第56話:まあ出るよね偽物
日本に戻った遥斗の新たな日常は、新たな家族、リケと共に始まることになった。
「リケ、電車とか店の中、バイト中は俺の影の中に入っててもらうからな。その代わり、バイト行く前の朝と夜に散歩に行こう。夜は部屋で一緒に遊んでやるから」
「ケリテテス!」
リケは楽しそうに鳴いた。影の中にいる間は基本的に浅い眠りについて、その眠りは際限がないらしく遥斗の都合がいい時だけ実体化するのでも十分らしい。
飼い主に都合が悪いときはずっと寝ていて、場所を取らず、汚物的な排泄物を出さず、餌は飴玉一つで一週間以上平気という、飼い主に都合が良すぎる生態で、生活サイクルや環境が作れずペットを飼うのを諦めている全国の動物好きが血涙しそうである。
さて、大家さんから許可をもらった帰り、遥斗はさっそくリケと初めての散歩に出かけた。ゆったりとしたパーカーを着て、フードにリケがすっぽり収まるようにした。リケは遥斗の胸元が好きだが、動き回ることを考えるとフードの方が都合がいい。
遥斗の背中でたるんだフードから顔を出すリケは、外の空気に触れて「ケリリ!」と嬉しそうに鳴いた。
アパートから続く道を歩くと、リケは遥斗の頭や肩の上をちょこまかと動き回る。アスファルトの匂い、遠くの車の音、人々の喧騒。すべてがリケにとっては新鮮なようで、たまに地面に降りては、道端の花やアスファルトのひび割れ、マンホールの蓋にまで興味津々で鼻を近づけていた。しかし、すぐに遥斗の肩に戻り、周囲をきょろきょろと見回す。初めて見る世界に感動し、そのすべてを知識として吸収しようとしているかのようだ。
一応、安物のリードは用意してあるが、基本的に装着はしない。リケが遥斗から離れて逃げ出す心配は皆無だからだ。これはあくまで、周囲への「ポーズ」に過ぎない。もし何かあった時に「ちゃんと飼い主として最低限のことはしていますよ」と示すための、保険のようなものだった。
遥斗が住宅街を歩くと、通りすがりの人々は皆、遥斗の肩に乗った可愛らしいリスザルを見て思わず顔を綻ばせた。中には、足を止めて「うわ、可愛ええ」「お利口さんだね」と声をかけてくる人もいる。
「すみません、触ってもいいですか?」
通学中の女子中学生が遠慮がちに尋ねてきた。リケの可愛さをみんなに認めてもらいたい遥斗にとって、これはまさに「待ってました」と言わんばかりの質問だ。遥斗はにこやかに頷いた。
「ああ、人懐っこいので、喜ぶよ。ただ優しくしてあげてね」
中学生が恐る恐る手を伸ばし、リケの背中をそっと撫でた。リケは気持ちよさそうに目を閉じ、「ケリリ……」と小さく喉を鳴らす。その仕草に、女の子は嬉しそうに笑った。
「本当に可愛い!こんなに賢くて可愛いお猿さん、初めて見た」
「リスザルのリケだよ。たまに散歩してるから、また遊んであげてね」
隣にいた友達らしき女の子も、リケを撫でながら嬉しそうに話しかけている。リケは二人の間を交互に動き回り、撫でられるたびに「ケリリ!」と元気な鳴き声を上げた。リケもまた、自分を可愛がってくれる人間が大好きなので、彼らの手にすり寄って甘える。その愛らしさに、その場にいた誰もが「リケちゃん、いい子だね」とメロメロになっていた。
なお朝から通学中の女子中学生と接触する仕20代の遥斗に「事案か!?」とやってきた巡回中の警察官もいたが、戯れてるリケを見て納得したらしく目を細めた。中学生が手を振って去っていき、リケも手を振っているのを見て膝から崩れ落ちた。
口元を押さえてえふっ、えふっとヤバイ感じの呼吸をしている。
遥斗は「へんなお巡りさんがいるなあ」と思いながら、散歩を続けていく。
こうして、リスザルを連れて散歩する遥斗は、この界隈で少しずつ知られるようになっていったのだった。
一方、ネット上では遥斗が出品した木工品が購入者の手に渡り、SNSや掲示板に手に入れた「波花の宝匣」や「星枝の壁飾り」の写真がアップされたことで、「次の入荷はまだですか!」と催促の声が飛び交っていた。
だが、その熱狂の陰で、遥斗を悩ませる問題も同時に表面化していた。
なんと、オークションサイトに遥斗が出した商品と酷似した文言と謳い文句で、木工品を売り出すアカウントが出現したのだ。さらにはフリマアプリにも「浪花の箱」「星影の壁飾り」など、遥斗の出品物とそっくりな名前の商品が高額で出品され始めた。しかもそこで商品として使われている画像は、遥斗が以前アップしたものを勝手に流用したり、粗悪に加工したりしたものばかりだった。幸い、数十万円という高額での落札はまだないものの、数千円、中には1万円ちょっとで売れてしまったものもあるという。
遥斗自身のSNSにも、
「これってヴェルナクラフトさんと同じところが出してるんですか?」
「もしかして、そちらがフリマアプリにも出してるんですか?」
といった質問が山のように押し寄せてきている。
「ルト様、当方ではオークションサイト以外での出品は行っておりません。また、出品されている商品の画像は当方が以前使用したものを無断転載・加工したものであり、当方とは一切関係ございません、とすでに各プラットフォームの運営元には説明して、SNSでも告示しております。しかしながら、少額とはいえ被害が出ている模様です」
遥斗はため息をつきながら、少額とはいえ被害が出ていることに危機感を感じ始めた。
さっそくとばかりに、アンチたちが騒ぎ始める。
「ほら見たことか!やっぱり怪しい奴だったんだ」
「よくある手だよな、最初は本物っぽいの見せて信用させて、あとは偽物流すんだろ」
「信じてたやつ、頭悪すぎワロタ」
といった辛辣な言葉が飛び交う。
しかし、そんな声を一蹴したのは、他でもない遥斗の本物を落札した購入者たちである。
「ふざけんな!私は実際にあの『波花の宝匣』を手にしたんだ!本物の格が違う!出品者さんは誠実だし、これは模倣犯による被害者だ!実際に持ってみろ!本物はオーラが違う。粗悪な模造品と一緒にすんな!」
「安物掴んで悔しいのはわかるが、本物を貶めるような発言は許さない。現に私は大満足している」
彼らが実際に手にした商品の写真を改めてアップし、「本物は格が違う」と擁護の声を上げることで、アンチの勢いは一時的に沈静化した。本物のオーラと、偽物の粗雑さは、写真越しでも一目瞭然だったのだ。
なにより、「星枝の壁飾り」を購入した人物が、堂々と名前を公表して意見を言ったのも大きかった。彼は研究者として権威ある大学の教授であり、一緒に研究や意見を言う仲間であり同志たちも声を上げたからだ。なお教授はこれが原因で勝手に30万近く出して落札したことが奥さんにばれて、折檻されることになった。
ちなみに箱を買ったOL、SNSでは「薄幸の葉子」と名乗るアカウントは別にそのような権威はなかったが、ネット上ではスピリチュアル系の箱や小物を買っては偽物や粗悪品を掴まされて数百万溶かしたことで通称『箱ネキ』として有名であり、「これまであれほど商品を買っては嘆いていた箱ネキが認めた」ということでよくわからない盛り上がりを見せている。
具体的には
「おいおい、箱ネキがガチになってんぞ」
「あーあ、箱ネキ怒らせやがった……アンチ、終わったな」
「お前ら箱ネキのなに知ってんの」
とみんなの玩具になっていた。
それはさておき、遥斗は歯がゆい思いで、ネットのコメントを眺めていた。「これらは偽物だ」と明確に言いたい。
だが、出品内容はパクリだとしても、そもそも「ホンモノ」というものがない。なぜなら、遥斗はオークションで「とある村の伝統工芸品」としか書いていない以上、相手に「うちの村もとある村なんですけど?」と言われてしまえば、それまでだからだ。
遥斗たちとしては「以前の出品物を作った村とは違う場所で作られたものです」としか言えない。それでは曖昧さが残る。
「そもそも、ヴェルナクラフトこそが嘘を言っていて、日本でつくったものをそう言ってるだけかもしれないだろ?」
おそらくはアンチだろうが、そんな意見もちらほらと目に付くようになってきた。
まずい流れである。
「ルト様、許可を貰えればこのような明らかな模倣犯の身元を割り出しますが」
シアが淡々とした声で提案するが、遥斗は首を横に振った。
「割り出したところでどうにもならないよ。訴訟とかに発展したら、それこそ大ごとだし、俺が異世界から持ち込んでるってバレるわけにもいかない。だいたい、どうやって身元を暴いたんだって言われたら説明できないし」
そこで遥斗は考えた。
「……そうだ、いっそのこと、個人サイトを作ってそこで販売すればいいんじゃないか?」
これならば、少なくともフリマアプリやオークションサイトで売られている品は自分たちとは一切関係ない、と明確に主張できる。
そして、独自の販路を確立することで、模倣犯による被害を最小限に抑えることができるだろう。
「シア、個人サイトの立ち上げはできるか?まあ、俺もある程度できるし、ドメインとかサーバーとかは俺が契約するけど」
「可能です。デザインはある程度基本的なフォーマットに沿ったものでよいでしょうか。ご依頼があればそれに合わせます。デザインのベースとなるものを提供いただければそれにも合わせられます」
「とりあえず基本フォーマットで」
自分でデザインを考えるのも楽しそうだが、そう答える。
中学、高校と女の子とのデートのたびに張り切って服のコーディネートをしては振られることを繰り返した遥斗は、自分のデザイン的なセンスを一切信用してはいけないという決意と、もし自分がデザインを担当したら絶対にろくなことにならないという自信に溢れていた。
そんな自信に溢れてどうする。
さて、遥斗はさっそく、その旨を自身のSNSに告知する。
「皆様にご報告があります。この度、私どもの商品を安心してご購入いただくため、独自の販売サイトを立ち上げることになりました。準備に多少お時間をいただきますが、販売はそちらのサイトで行います」
続けて、遥斗は購入を希望するファンに向けて、現状を説明した。
「すでに『星枝の壁飾り』や『波花の宝匣』も複数入荷しておりますが、販売は新サイトの立ち上げ後となります。皆様にはご不便をおかけしますが、ご理解いただけますようお願い申し上げます」
この告知に、ネット民は様々な反応を見せた。
「うわー、まじかよ!すぐにでも欲しかったのに!」
「そっか、個人サイトかー。それはそれで安心できるけど、早くしてくれー!」
遥斗の誠実な対応に感謝しつつも、時間がかかることに残念がる声が多数上がった。一方で、模倣犯に対して怒りの声をぶつける者もいた。
「てめぇら模倣犯のせいで、本物がすぐ買えなくなったじゃねぇか!責任取れ!」
「アプリの運営さん、こいつら捕まえてくださいよ!まじ迷惑!」
しかし、これだけでは「自分たちこそ秘境の村で手に入れている!」と主張する模倣犯の言い分を完全にひっくり返すことはできない。
なにしろ遥斗たちにしても、その証拠となるものをこれまで出していないのだから。
そこで遥斗は、最後の切り札を切ることにした。
世界的な動画配信サイトである「ShareTube」で動画を配信することにしたのだ。
それは、ヴェルナ村でセメラが実際に壁飾りを作っている姿を撮影したものである。
実は遥斗は、村に認められて挨拶をしていたときに、ついでにセメラたちに「自分の国の人たちに、みんなが作っているところを見せてもいいか」という許可をきちんと取っていたのだ。
セメラたちは、遥斗が子供たちの救出で見せた、その場にいないのに景色が見えるあの不思議な光景、それが「動画」というものだと漠然と理解した。
だから、自分たちが壁飾りを作っている様子も、同じように遥斗の国の人に見せるのだといわれて、セメラたちは恥ずかしがりながらも同意してくれた。これはヴェルナ村で撮影に協力してくれた全員が同じような反応だった。
もちろんであるが、セメラたちは遥斗がその動画を公開する「ネット」なるものがどういうものかは当然理解していない。
村の広場で見せたように、せいぜい購入してくれた人や遥斗の知人たち、多くても村くらいの規模の人間が見るものだと思っていた。間違っても、60億人もの人が、好きな時にいつでも見られるものだとは、夢にも思っていなかった。
こうしてヴェルナ村の人々は、彼らの知らないところで勝手に有名に、そして人気者になっていくのである。
そして、その動画がShareTubeにアップロードされた瞬間――ネット民は「うおおおお!?」と一気に反応したのだった。
次回は主にVtuberシアと、いくつもの未解決問題を解決した謎の賢人シアの話になると思う




