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第5話:ヴェラ・カルディス

作中のガルノヴァの言語体系は、ある程度考えたうえでそこからAIに依頼して整合性の確認をとる形にしています。

エリドリアについても同様です。

ただ作中では今後もほとんど出てきません。めんどいので。

「ヴェラ、お前なんてことするんだよ! 俺の弁当、全部食っちまったじゃねぇか!」



 遥斗は磁力ベルトで固定された両手をじたばたさせ、目の前の赤髪の少女を睨んだ。

 独房の金属椅子に座らされたまま、腹がグゥッと鳴る。目の前の机には、空っぽになった弁当箱が寂しく転がっている。



「うるせぇ、密航者。毒じゃないか確認してやったんだ。感謝しなよ」



 ヴェラは椅子の背にもたれ、足を組んでニヤリと笑う。作業服のポケットから新しい携帯食を取り出し、カサカサとかじり始めた。遥斗は内心「まだ食うのかよ」と突っ込みを我慢した。



「それにしても……何だよあの飯? 合成品(ファブ)じゃ味わったことのないうまさだったぞ?『つやひかり』とか言ったか? そんな穀物、連邦じゃ聞いたこともねぇ」


「え、マジで? お前ら米食わねぇの? つやひかりなんて普通のブランド米だぞ。具材だって俺のバイト先のスーパーで買ったやつだし」



 ヴェラの眉がピクッと動く。



「連邦じゃ天然素材(ナチュコア)なんて高級品だよ。穀物も魚もほとんどが合成品(ファブ)か除染処理した加工品で、お前が持ってたまじりっ気のないやつはお大尽かとんでもない大金持ちしか食えねぇ。市場に出回る天然物(ナチュ)はほんのわずかで、アタシみたいな辺境暮らしじゃ夢のまた夢さ」



 遥斗が目を丸くした。



「夢のまた夢って……米がそんな珍しいのかよ? 俺んところじゃ毎日食えるぞ」


「毎日!?」



 ヴェラが前のめりになり、手元の携帯食を落としそうになる。



「お前、どっから来たんだよ? そんな星、超がつくくらいの大金持ちが集まるリゾート星でもなきゃありえねぇぞ!」


「待て待て、落ち着けって! 俺はただ……えっと、自己紹介しとくか。俺、遠峰遥斗。よろしくな。出身は日本の埼玉、普通のアパート暮らしだよ。押入れの変な扉開けたらここに飛ばされてきた感じでさ」



 ヴェラが怪訝な顔で遥斗を見た。



「ハールト、ねぇ……二ホン? サイタマ? 訳わかんねぇな。お前、辺境星の土民か何かか?」


「ハールトじゃねぇ! ハルト! それに土民!? 失礼な奴だな! 俺だって一応文明人だぞ。埼玉は一応首都の隣だし、電気も水道もネットもあるしスマホだって型落ちだけどちゃんと5G対応だ!......まあ地元はまだ4Gしか繋がんないけど......』


 そういって目線を胸元のポケットに入ったスマホに向けるが、ヴェラの目が小馬鹿にしたように細まる。



「スマホ? そのガラクタみたいな骨董品のデバイスのことか? ……まあいい。アタシも自己紹介くらいはちゃんとするか」



 彼女は自分に向けて親指を向け、



「ヴェラ・カルディス。このシアルヴェンの船長兼整備士だよ。ガルノヴァ連邦の辺境で細々とやってる運送整備屋さながらの何でも屋さ。この船は爺さんから受け継いだオンボロだけど、アタシの腕と愛で何とか動いてる」


 ……まあ、借金まみれで大変なんだけど、とため息交じりに言葉を続けた。


 遥斗は首を振って周囲を見回した。

 錆だらけの壁、点滅するホログラムパネル、古びたタッチパッド。確かにボロい。



「ガルノヴァ連邦? 何だそれ? 国名か? つか、宇宙船ってマジかよ? まだ信じきれねぇんだけど」



 ヴェラが呆れた顔でため息をつく。



「ガルノヴァ連邦を知らないって? マジでどこの辺境星から来たんだよ。 国名っつーか、連邦だよ。宇宙をまたぐ何百もの星系をまとめた巨大な国家群だ。連邦の警備隊にゃお前みたいな密航者をとらえる権限もある。ただこの辺は監視が緩いからな。アタシみたいにかよほどの甘っちょろいやつでもなきゃ、お前なんてわざわざ突き出さずに身ぐるみ剥がれてとっくに宇宙にポイ、だ」



 ぽい、と何かを投げ捨てる仕草をするヴェラ。



「で、お前が宇宙船信じきれねぇって言うなら、見せてやるよ。シアルヴェン、外の景色映せ!」



 ホログラムパネルがピピッと光り、"Shiaruven(シアルーヴェン), karu vasu(カルー ヴァス)!"と中性的な声が響く。すると、独房の壁が一瞬揺らぎ、透明化して外の星空が広がった。無数の星が輝き、遠くに青い惑星が浮かんでいる。



 遥斗の口がポカンと開く。



「うおおおお! マジで宇宙じゃん! すげぇ……いや、待て、これCGじゃねぇの!?」


「CG? あー、かなり昔の演算ビジュアライズ技術だっけか? 違う、偽物じゃねぇよ、本物の宇宙だ。シアルヴェン、一部を残して外壁戻せ」



 "Aisa(アイサ)"と再び中性的な声が響き、壁が元に戻った。一部だけ窓のように外が覗け、そのまま星空を映している。



「信じろよ、密航者。お前がここにいるのは宇宙船の中だよ。で、お前が押入れの扉っつー転移装置で飛ばされたってことは……まさか、それがマジなら超文明の仕業か?」


「超文明!? いやいや、俺の押入れにそんなハイテク装置あるわけねぇだろ! ただの木の扉だったぞ!」



 ヴェラが顎に手を当てて独り言のように呟いた。



「 木の扉ねぇ……隠し機能か、自然素材を偽装した何かか? それにしてもヴェクシス・ワープ使ってもゲートなしの即時転移はできねぇ。しかもお前単体をこの船の部屋に飛ばすなんて都市伝説の超文明でもなけりゃありえねぇぞ!……おいマジで密航じゃないんだな?」


「しらないよ!だから俺はただの被害者なんだって! ……で、どうすんだよ? このまま警備隊ってやつに突き出すのか?」



 ヴェラがニヤッと笑い、遥斗の膝に携帯食を放り投げた。



「突き出すのもありだけどな……お前見てると、物取りやスパイでもねぇっぽいし、危害を加える気もなさそうだ。ほんとに転移してきたか、最悪でも密航者ってとこか。まあ、借金まみれのアタシにとっちゃ面倒事増やすのもバカらしいしな」



 彼女は立ち上がり、遥斗の両手の磁力ベルトを操作した。ピッと音が鳴り、手首の締め付けが緩む。



「完全な自由はやらねぇよ。いつでも拘束できるようにしとくけど、独房の中でなら好きに動いていい。お前が大人しくしてるなら、待遇も少しはマシにしてやる」


「マジか! 助かるわ……でも、独房から出してくれよぉ」


「それはまだだ。アタシがお前の荷物を調べるまではここにいろ。リュックの中身見せろよ。問題なけりゃ、さらに待遇改善してやる」



 遥斗は少し渋い顔をしたが、すぐに肩をすくめた。



「まあ、それで待遇良くなるならいいか。好きに見てくれよ。ただ、中身を勝手に食ったり壊したり捨てたりとかはやめてくれな」


 あいよ、とまったく誠意のない様子でひらひらと手を振りながら、ヴェラがリュックを手に持つと、独房の壁に小さな穴がスッと開いた。


「シアルヴェン、調査室に送れ」


 彼女の言葉とともに、"Aisa(アイサ)"とあの声が短く響いた。どうやら「了解」の意味らしい。ヴェラがリュックを穴に放り込むと、シュッと音を立てて消えた。

 

 

「へ? お、おい。どこやったんだよ!」


「調査室だよ。詳しく調べるにはそっちのが都合いい。しばらく待ってろ」



 ヴェラが独房を出て、扉が閉まった。



 独房に一人残された遥斗は、膝の携帯食を手に持つ。


「これしかねぇのか……つまんねぇな。なぁ、シアルヴェンだっけ? お前何か喋れよ」


"Tasu vasu(タスー ヴァス)?"


 謎の言葉が返ってきた。どうやら何かを問いかけているようだが、案の定さっぱり分からない。



「ヴェラの言葉は分かるのになんでだ? お前、俺のこと分かんねぇのか?」



 返事はなく、独房に静寂が戻った。

 遥斗はため息をつき、携帯食をかじった。


 味は決してまずくはなく、食感も悪くはなかったが――『何か』が物足りない。

 満たされない『何か』に首をかしげつつ、彼はもそもそと食べ続けた。




 一方、シアルヴェンの調査室に移動したヴェラは、リュックの中身を机に広げていた。財布、スマホ、ボールペンにノート、革のキーホルダー、小さな石のアクセサリー。そして大量のお菓子やジュース、それにインスタント麺や日用品たち。



「こりゃ何だ? 石油化工品の筆記具か? 今時、液体染料で書く道具なんて骨董品みてぇだな。しかもこっちは植物繊維でできた紙かよ!?」



 ボールペンを手に持つが、すぐに興味を失う。だが一緒にあったノートには驚愕した。



「こっちは……革!? 本物の獣皮かよ! こんな天然素材(ナチュコア)、下層のマーケットじゃまず見ねぇぞ!?」



 革のキーホルダーを手に目を輝かせ、次に石のアクセサリーをつまむ。



「鉱物だな……まあ珍しくは――え、待て待て。これもしかして天然石? なのに『ヴェクシス汚染』も『ガルノス(まだら)』もまったくねぇ! ありえねぇぞ、こんな綺麗な石! 結晶構造がなんか変だ……ヴェクシス粒子に反応しねぇのか?」



 震える手で石を置く。調査結果が本当なら、あまりに高価で辺境暮らしのヴェラには持て余す品だった。


 そして、今度はビニール袋からチョコ菓子のチョコナッツ棒を取り出し、スキャナーで光を当てる。ホログラムに「⊥・├ゝ ∴・⊃」(毒物なし)と表示。



「何だこれ? あいつは菓子って言ってたけど。い、一応人体に害があるものはないみたいだな......ごきゅり」



 包みを開けると、脳を刺激するような強烈な甘い匂い。

 その匂いに負けて、遥斗から注意されたことも忘れてふらふらと吸い寄せられるように一口かじる。



「……!? うめぇぇぇ! 何!? 何なのこの甘さ! 何かの植物と砂糖が天然物(ナチュ)じゃねぇか! 合成物(ファブ)ペーストじゃねぇ、こんな味初めてだ!」



 ヴェラが目を丸くしてチョコをガツガツ食べ始め、隣のグミ(果汁たっぷり)にも手を伸ばす。



「こっちもすげぇ! 人工甘味料じゃねぇ……植物の果汁ってことはこれが本物の果実の味かよ!」



 ヴェラは夢中でお菓子を食べ続ける。

 彼女のデザートタイムは今始まったばかりだった。



次回は明日の12時を予定しています。

高評価、お気に入り登録、感想などをいただけると作者が調子に乗って執筆ペースがあがりますのでよろしくお願いします。

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