第54話:普通そういうのはヒロインが先では?
彼らは村の長老たちと、一応村の取りまとめをしている男だった。
老人たちは遥斗に対して恭しい態度で、
「ハル様、貴方様が望まれるなら、ヴェルナ村は貴方の手伝いをさせてほしい」
と告げた。壮年の男だけは
「長老、勝手に決められては……」
と少し渋い顔をするが、長老たちは
「しぇからしか!」
と一喝した。
またイリスも前に出て、男に熱く訴えた。
「ゴルダン村長。ハル様は何もできない私たちに代わり、開拓者たちを雇う金貨八枚ものお金を出してくださったのです。我々はハル様のそのご厚意に報いないといけません。先ほども相談にも行きましたが、私はハル様の商売を手助けする『役目』に就きたい。それをもって恩を返したいのです」
いつも受け身で、村に何かを要求するようなことはないイリスが、これほど強く出ていることに、ゴルダンと呼ばれた男は驚きを隠せない。
「む、むう……」
声に詰まるゴルダンに、マレナが追い討ちをかけた。
「あんたも村長なら、ヴェルナの男なら、恩義を忘れてどうするんだい!だいたいヴェルナ村には利益しかない話だよ!」
「……まあ、確かに。だが若い男辺りは少し騒ぎそうでなあ……」
ゴルダンがぼそりと言う。遥斗は「若い男」に限定しているのが少し気になったが、特に気にせずにスルーした。
その後もどこか煮え切らない態度のゴルダンに、マレナは杖を突き付けて一喝する。
「それはあんたがちゃんと説得して取りまとめるんだよ!なにかい、あんたが昔アタシによこした恋文にあった『ぼくはおおきくなったらりっぱなおとこになってマレナおねえちゃんをしあわせにします!』は嘘だったんかい!立派な男っていうならそのくらいやってみせな!」
「ゲッブゥ」
その言葉に、ゴルダンは盛大に噴き出した。
「え、ゴルダンのやつ、そうなのかい?」
「あれまマレナちゃん、相変わらずの初恋キラーだねえ」
と村の老女たちやおばさんたちがニタニタしながらゴルダンとマレナを交互に見た。マレナはさらに畳みかける。
「そうなんだよ、そのために文字を覚えたんだと!それにアタシが王都に行く前日の夜にわんわん泣いて縋り付いてきて、結局朝まで添い寝してやって寝付かせたのさ」
「えー、そのくせマレナちゃんが王都に言ってる間に村長の娘のチマルを孕ませて婿入りしたんかい。あの時は村中のチマルファンの男がこいつを袋叩きに――」
「わかった!ヴェルナ村は全面的にハル殿を支援する!俺が責任をもつ!だ、だからこの話はチマルには内緒に……」
なんか知らないうちに全面支援を貰えた。
マレナは遥斗に「ニヤリ」といつもの魔女のような笑顔を向けた。
人に歴史ありである。
その後、遥斗はシアをスカッターとして飛ばしながら、イリスと共に周囲の村々を挨拶して回った。イリスは各村で、遥斗がヴェルナ村を拠点にすること、そして今後定期的にやってくることを告げていった。
その言葉に相変わらず年配の住民は歓喜し、遥斗に恭しく礼をした。
若者はこの閉鎖的な村が遥斗を受け入れたことに驚きながらも、村長や長老達が認めていると聞くと、特に反発はなかった。ただ、イリスが遥斗に仕える役目を負うということを聞くと、気のせいか一部の若い男たちの表情が少し硬くなったようだった。
他にも、リーリーやマレナが刺繍するところ、スガライが加工をしている様子、他の村人たちの普段の仕事をシアがスカッターで撮影したりした。
そしてすっかり日が沈み始めたので、遥斗は地球へ帰ることにする。バルバたちは交易所に泊まるらしく、遥斗は形の上ではイリスの家に泊まることになっていたが、実際には自宅に帰るつもりだった。
遥斗が帰る準備をしていると、バルバたちが驚いた顔で言った。
「こんな夜に旅立つのか、ハル殿。どこからか持ち込んだあの食材や酒と言い、近くに別の拠点が?」
「ええと……はい、まあ。……そのうち教えることになるかもしれませんが、今はちょっと説明は……」
「構わない。商人が商売のタネの秘密を持つのは当たり前のことだ」
「……ありがとうございます。多分、夕方か夜にはちょくちょくヴェルナ村に来ます。朝からいるのは、次は十日前後です」
バルバはそれならその間にいろいろやっておくと頷いた。
「あ、そうだ。記念に一枚どうでしょう」
遥斗はそう言って、ポケットからスカッターを取り出し、空中に飛ばした。
スカッターは光り輝いてあたりを照らしながら遥斗の頭上を旋回し、全員の方へとレンズを向ける。バルバやイリス、マレナは
「なんだなんだ?」
と顔を見合わせた。
「はーい、並んで並んでー。背の高い人は後ろで。皆さんアレを見て、自然体になってください」
よくわからないまま、各々が遥斗に言われたように飛んでいる物体を見る。
「じゃあシア、よろしく。取れたら映像を写して」
「はい。……完了しました。映像映します」
次の瞬間、スカッターが捉えた映像が突如として空中に鮮明に映し出された。夕焼けを背景に、楽しそうに笑う遥斗と、その頭の上にのって弾むリケ。その横に浮かびながら眼鏡をくいっと上げているシアのアバター。
その横で不思議そうにしながらも落ち着いた笑みを浮かべるイリス、そしてどこか得意げなマレナの姿。
どういう顔をしていいかわからずに固まっているのはバルバやティアリス。そして油断なく構えている冒険者たち。彼らの表情は、一瞬の静寂の後、驚愕に変わった。
「……これは、もしかして、風景を記録する魔道具か!?」
バルバが感嘆の声を漏らす。イリスもマレナも、自分の顔が空中に浮かび上がっていることに目を奪われていた。遥斗はそんな彼らの反応を微笑ましく見ながら、イリスに向き直った。
「ルクェンが元気になったら、今度はイリスとルク、エスニャと俺の四人でも撮ろう。その画像は、今日イリスにプレゼントしたその石に焼き付けられるんだ。俺がイリスの家族と一緒に映ってる写真を君が持っていてくれたら嬉しい。俺もイリスの家の一員になれた気がするしね」
家族写真は大事であった。主にエスニャのお兄ちゃとして。
さりげなく自分をイリス一家の中に入り込み「エスニャのお兄ちゃ」という立場をなし崩し的に確立しようと画策している遥斗である。
一方、遥斗の言葉にイリスはハッと息を呑んだ。そして、その「イリスの家の一員」という意味を考え、顔を赤らめながらはにかむように嬉しそうに頷いた。
「そういうとこですよ、ルト様」
遥斗の首元で、シアが小さく呟いた。
その後、イリスの家へと戻ってきた。
ルクェンはまだ疲労で寝続けており、エスニャもリケと遊び疲れて眠っていた。
遥斗はイリスに言った。
「君が良ければ、今後はここを移動の拠点にしたいと思ってるんだ。さすがに森から歩くのだと不都合が多いし。ただ今日みたいなことがあると……」
イリスは遥斗の言葉を遮った。
「ハル様が気にされることはないです。私たちは貴方に返しきれないほどの恩があります。いつでも、いかなる時でも気にせずいらしてください。でももし今日のようなことがどうしても気になるのであれば、部屋の隅に物置にしている場所がありますので、そこを使ってください」
イリスは部屋の片隅にある、雑多な荷物が置かれたスペースを指した。
「仕切りがありますので、いらした時には一度声をかけてもらえれば」
遥斗は感謝して了解し、早速帰ることにした。リュックには今日手に入れた色々な品があり、ずっしりと重い。いつものように空間に扉を出して、帰ろうとしたが、そういえばリケは一緒にいけるのだろうか、と遥斗は思った。
今まで自分以外に扉が見えた人はいなかったのだから。
ところがリケに扉が見えるか聞くと、「見える」とのこと。
「え、見えるの?うーん、魔法生物だからかなあ……よくわからん」
遥斗がそう言った瞬間、扉は「え、待って聞いてない」と動揺したようにガタっと軋んだ気がしたが、多分気のせいだろう。
「じゃあリケ、この扉つかめる?……え、無理?」
リケは触手を伸ばしたが、すり抜けてつかめないようだ。
扉はリケが扉に触れる瞬間、「マジかよ」と身構えたように輝きを強くしたが、リケの手がすり抜けた瞬間、安堵したかのようにすぐに落ち着いた。
ちなみに遥斗は「なんか今日は扉がいつもより光ってんな」くらいで気にしていない。
「ケリー……ケリテテス!」
そのとき、リケは遥斗の影の中に入った。
「え、これなら俺の精神の中にいるからなんか行けそう?ほーん、じゃあやってみるか」
うっそだろオイ。
なぜか扉がガタガタ揺れた気がした。室内だがどこからか風でも吹いているのだろうか。
とりあえず今は実験だと、試しにその状態で扉をくぐってみると、普通に遥斗のアパートに行けた。
そしてアパートの部屋の中でにゅるん、と影から触手を伸ばすリケ。
無事に来れたらしい。
その後いろいろ試してみると、リケ単独では扉を開けられないし入ることもできないが、遥斗の影に入っていたり、遥斗の体の上にいる状態で、遥斗が「リケも一緒に」と想いながらくぐると、行き来できることがわかった。
それがわかってキャッキャしていると、扉はなぜか煤けたような哀愁ある空気を出している気がするが、扉に意思があるわけではないのでそれも気のせいだろう。
そうやって遥斗がぴょこぴょこと扉を行き来しているとき、ふとイリスを見ると、彼女は呆然と扉の方を凝視していることに気づいた。
「あれ……もしかして、イリスにも見えるのか?」
遥斗が聞くと、イリスは驚いたように頷いた。
パァァァァ!
遥斗は扉に背を向けてイリスの方を向いていて気付いていないが、イリスが「見える」と頷いた瞬間に、扉は自分を迎え入れるかのように温かい光を放ちはじめた。
ただ、はっきりとした扉の形が見えるわけではなく、光輝く扉のような何か、があるという感覚である。
遥斗が「触れるか?」と聞いてみると、イリスが手を伸ばすと、リケと同じくそれはすり抜けてしまい、ドアには触れられない。試しにイリスの手を取って二人で一緒に手を差し込んでみたが、遥斗の手は扉に吸い込まれるように消えていくのに、イリスの手だけはすり抜けたようになった。扉をくぐるには何か条件があるのかもしれないが、今はわからない。
そしてわからないことはすぐに考えることを止める主義の遥斗はすぐに「仕方ないか」とあきらめた。
扉はそのとき何度も
「あきらめるな!」
「そっちのやっべーのが行けるならお前もさっさと行くんだヨォ!」
とばかりにぺかー、ぺかーと輝いたのがイリスは気になったが、遥斗はイリスの手が扉をくぐれるかだけに集中していて気付いていなかった。多分、この男は光に気づいても「おお、扉も応援してるんかな」とポジティブだけに捉えて何も変わらなかったろうが。
リケは行けたがイリスはダメ。
この結果にイリスはすこし寂しそうだったが、今後なにかきっかけがあればまた状況は変わるのかもしれない。
もし、その条件がわかれば、いつか日本に連れていけるかもと遥斗がいうと、イリスは「はい、その時を楽しみにしています」と彼女は笑ったのだった。
「ケリリリ!」
「うん、リケちゃん。向こうでハル様をよろしくね」
「ケリ!」
扉はずーんと黄昏ているかのように佇んでいた。




