第52話:魔法と科学が交差すると何かが起きちゃう
遥斗は、卓上に並べた飴玉とチョコの箱を指差して、リケに命じた。
「リケ、このお菓子の中の魔力を全部吸い取って」
リケは「ケリ?」と擬態したウサギの小首を傾げた後、遥斗の意図を理解したのか飴玉の前でふよんふよんと左右にダンスのように揺れ始めた。その小さな体から、無数の見えない触手が伸びていくような錯覚を覚える。やがて、リケは遥斗に「ケリリ!」と満足げに鳴いた。
「ごちそうさま、だそうです。じゃあルシさん、食べてみてください」
遥斗が差し出した、謎生物に謎ダンスをされた飴玉とチョコのかけらを、ルシは恐る恐る受け取った。ザヴァク、カイゼ、バルバたちも固唾を飲んで見守る。ルシはゆっくりとそれを口に含み、咀嚼して飲み込む。
「すごくおいしいです……。……あれ!?魔力が全然回復しない!?」
ルシの驚きに、遥斗は満面の笑みで叫んだ。
「やった、成功だ!」
"魔力の再充填は確認されず。推測通りです"
シアの言葉に、遥斗はサムズアップで応える。
この閃きは、先ほどルシが説明した『虚ろ喰らい』の生態に基づいている。『虚ろ喰らい』は本来、捕食せずに周囲の魔力を吸い取るが、効率が悪いため捕食行動を取るようになる。
つまり、リケが「魔力だけを吸い取る食事」ができるし、それをすれば、遥斗が持ち込んだ菓子もただの菓子に戻るのではないかと考えたのだ。また、遥斗が地球で買ったシュークリームなどに対し、シアが「この星に転移した瞬間から、謎の粒子を吸収して増幅、安定させている」と異常を検知したこともヒントになった。
つまり、理由は不明だが、遥斗が地球から持ち込んだ菓子類はエリドリアに到着した瞬間に大気中の魔素を吸収し、増幅と安定という作用を発揮する。それが魔力回復の謎の正体だった。
そしてどうやらこの効果は一度きりで、リケが魔力を抜き取った後は同じ効果は発動せず、ただの菓子になるらしい。遥斗はすぐさまバルバの元へ駆け寄った。
「バルバさん!朗報です!お菓子として売る分は、一度リケに魔力を吸わせれば行けそうです!これならもっと安く売れますよ!」
「売ってくれるのは嬉しいが、わざわざ価値を落としてから売るのか……」
バルバは商売人としての矜持がわずかに折れたような表情だったが、遥斗がそれでいいなら、異論はない。遥斗の奇妙な感性と行動には、もう慣れるしかなかった。
遥斗はご機嫌で、ルシにリケを差し出した。
「ほら、ルシさん!この子こんなに素直で役に立つんだから、大丈夫ですよ!ねー、リケ」
「ケリー!」
遥斗とリケがいちゃいちゃする様子に、ルシはとうとう諦めたように膝を抱え、床に座り込んだ。
「もういいです!」
そう拗ねたルシだったが、その表情にはどこか安堵の色が浮かんでいた。冒涜的過ぎてさすがに遥斗のように「可愛い」とは思えないが、自分たちに対してもどうやら好意的で、そして役立つところを見せつけられたら、もうこの子を殺せなどと言えるはずがない。それに、別に自分にそうする義務があるわけでもないのだ。討伐依頼を受けているならともかく、現状は『虚ろ喰らい』かもしれない魔物がいただけ。しかも、その生体が従来の虚ろ喰らいと全く違うなら、「これは虚ろ喰らいとはいえない」という言い逃れもできる。
「……でも、ちゃんと面倒見てくださいよ!もし制御できなくて問題が起きたら、私たちは責任もって討伐に参加しますからね!」
ルシは、半ば自分に言い聞かせるように念を押した。遥斗は、ルシに駆け寄って抱きつかんばかりの勢いで叫ぶ。
「おかあちゃんありがとう!」
「誰がおかあちゃんか!」
ルシが真っ赤な顔で怒鳴りつける。リケは「ケリ?」と不思議そうにルシを見つめた。遥斗と共有する感覚を通してわかったのだが、どうやら人間の親には「おとうちゃん」と「おかあちゃん」がいるらしい。じゃあ、遥斗は「おとうちゃん」だから、この目の前の人間に似た存在は「おかあちゃん」なのだろうか、とリケは思った。でも、この人間はそれを否定してるので多分「おかあちゃん」ではないらしい。
遥斗は、ザヴァクとカイゼにも頭を下げた。
「すみません、この子を見逃してもらって」
ザヴァクは苦笑し、カイゼは呆れたように肩をすくめる。
「まあ、ルシのいう通り、マジで面倒見てくれよ。ルシはこういっちゃいるが甘いから、そんなことになったら責任も感じるし、泣きながら討伐に参加するからな」
「まあ、口止め料ももらっちまったしな」
遥斗は、彼らに肉と酒、それにお菓子の優先購入権を与えていたのだ。といっても一人千円前後なのでそこまで大量のものは彼らは手に入れられないが、その後も何かお願いをするときには便宜を図ってもらうことになっている。
ちなみにルシお母ちゃんには、それとは別に後でシュークリーム3つが賄賂として渡される約束である。
問題が解決し、ふと遥斗は思い出したようにシアに尋ねた。
「そういえばシア、アルミ箔がなぜか魔術触媒になる原因って、わかった?」
その瞬間、遥斗の首元からシアのアバターがふわりと現れた。そして周囲のエリドリア人にはエリドリア語で語り始めたが、遥斗にはチョーカーのシア本体から振動で日本語の言葉が伝わり、同時に別言語で語ってくるいつものスタイルだ。
「はい、理由に見当が付きました」
「まじか、さすがシアだ」
二人の会話に、バルバが恐る恐る遥斗に尋ねた。
「ハル殿、あの、さっきは聞きそびれたがこの方は一体…」
「ああ、この子は精霊……じゃなかった、知恵ある魔法遺物、でしたっけ?そんなようなものです」
遥斗の答えに、シアは胸を張って自己紹介する。
「マスター・ハルの忠実な道具であり、できるデバイスのシアです。この姿は仮の物なので見えないときもありますが、いつもマスター・ハルと共にいます」
ルシは興味津々といった表情でシアを見つめ、ザヴァクやカイゼは「これが知恵ある魔法遺物か、初めて見た」と納得した様子だった。バルバは小声で「やはり、これは……」と何かを呟いた。
「それでシア、何に気づいたんだ?」
「ヴェクシス粒子です。アルミ箔の金属元素にヴェクシス粒子が付着している状態で、この星で魔力と仮称しているものにぶつかると、様々な反応を起こすようです」
「ヴェクシス粒子!?」
遥斗は驚きの声を上げた。周囲のエリドリア人たちには、シアの言っている言葉はさっぱり理解できないようだった。
「それでシアは、アルミ箔付きのチョコにパルスクリーナーをかけろ、と言ったのか」
「はい。私が直接照射してもよかったのですが、仮説においてより再現度を上げるには、マスターがパルスクリーナーを使用したときと同じ状況を作り出すのが最適と判断したからです」
「どういうこと?」
「先日マスターが部屋でパルスクリーナーを使って掃除をしたとき、リュックや買い置きのチョコにヴェクシス粒子が付着したと推測したからです。空気中のヴェクシス粒子は地球ではすぐに霧散します。そのため、その後に買ってリュックに入れずに持ち込んだチョコボンボンのアルミ箔は、効果がなかったのです」
「そうか、それでか。じゃあ効果がなかったチョコボンボンの包みにもクリーナーを使えば……」
「同じ効果が出る可能性が高いです」
「ルシさん、ちょっともう一度だけ実験してもらますか?」
遥斗は興奮を隠せない様子でルシに頼んだ。
遥斗がチョコボンボンの包みにパルスクリーナーを照射し、ルシがそこに火の粉の魔術を使用すると――シアの推察通り、チョコの包み紙と同じ効力を発揮した。
やはりこれが原因だったのか、と遥斗は確信した。だが、ふと疑問が湧く。
「あれ?でもこの前バルバさんが買っていったチョコのアルミ箔にもすごい効果があったんですよね?」
遥斗の言葉に、ティアリスが頷く。
「ええ、間違いないわよ」
「シア、これはどういうことだ?」
遥斗の問いに、シアは冷静に答えた。
「ハル様、忘れています。初めてあなたがシアルヴェンに来た時、キャプテン・ヴェラがリュックに本格的なスキャンをしていたことを」
「あっ!つまりリュックに思い切りヴェクシス粒子が付着していて……」
「はい、その状態でチョコをリュックに入れたため、ヴェクシス粒子が付着していたのでしょう。ただ、ヴェクシス粒子はハル様の星ではすぐに霧散していくため、パルスクリーナー程度のヴェクシス粒子であれば、数日で効果はなくなると思います。ただ、この星では魔力(仮)が大気中にあるため、付着し続ける可能性を提示します」
シアは結論を述べた。
「この現象が起きるのは、マスター・ハルの星の金属に対してヴェクシス粒子を一定量噴射して付着させること。この状態で、この星の魔力(仮)と反応を起こさせること、となります。私に付着しているヴェクシス粒子は魔力(仮)に対して反発しか起こしていないのがその根拠です。異なる金属原子が同じ反応を示すかは、検証が必要です」
まとめると、地球の金属にガルノヴァ独自の粒子であるヴェクシス粒子を付着させた状態で、エリドリアにしかない魔力とぶつけると、魔術触媒としての効果が出るということだ。三つの世界の独自性がかみ合ったときだけ、この現象は起きるとなると、とんでもない偶然でこの奇跡の物質はできたということになる。
バルバは、頭を抱えていた。
「ハル殿……我々にはシア殿の言ってることがさっぱりわからないのだが……」
遥斗は苦笑しながらバルバに言った。
「すみません。ただ、魔術触媒となる理由がわかりました。このアルミ箔はそのまま使ってもダメで、ある方法で加工したときだけ触媒になるようです。その方法は教えられませんが、俺がコントロールできるようですね」
バルバの顔に、諦めと同時に新たな希望が浮かんだ。
「なんと!ではこれで飴玉と同じく、高級なお菓子、包み紙としても、魔術触媒にもできるということか!」
そのとき、リケがじーっとシアを見ていた。シアはリケに、アバターの姿でそっと手を差し出した。
「同じ主を持つもの同士、仲良くしましょう」
実体はないので、リケを撫でることはできないが、その言葉には親愛の情が込められているようだった。遥斗は不思議に思った。
「そういえば、お前はリケには妙なマウントとらないんだな」
「ペットはデバイスではありませんので」
どうもシアは自分以外の「道具」が褒められることには反応するが、それ以外の存在といちゃいちゃするのはどうでもいいらしい。遥斗には、その「道具」としての感覚がよくわからなかった。
一方のリケは、シアを不思議がっていた。「魔力とは別の、知らない力」を発する人間(?)のメス。でも、なぜか嫌な感じはしない。そして思った。「おとうちゃん」である遥斗と仲が良く、パートナーであるというこの存在は、さっき言っていた「おかあちゃん」なのでは、と。だって不思議な力で頭を撫でられるのは、なんか新鮮でもっとやってほしいし、きっとおかあちゃんだ、と直感したのだ。
どうもその本体は遥斗の首筋にあるようで、リケは遥斗の首元とシアのアバターを交互に見つめ、「お父ちゃんとお母ちゃんができた!」と嬉しくなる。
「ケリー!」
だからリケは、遥斗の首にとびかかるようにすり寄って、お父ちゃんとお母ちゃんに同時に甘えることにした。
「ハル様、みなさん、お待たせしました。子供たちはみな元気になって――」
その時、扉が勢いよく開いて、イリスが慌てた様子で顔を覗かせた。
「ケリー!ケリテテス!テスー!」
「もがもがもが……」
イリスがそこで見たのは、謎のうじゅるうじゅるした冒涜的な造形の生き物が、遥斗にまとわりついている光景だった。
それはどうみても、恩人であり尊敬する遥斗が、謎の生物に捕食されているようにしか見えなかった。
しかも、遥斗の頭と半身を覆い尽くていて、どう考えても手遅れっぽい。
「はうっ……」
イリスは、卒倒した。
むくり。すぽん!
リケを持ち上げて体から離した遥斗が、リケを高い高いしながら叱る。
「あー、びっくりした。ダメだぞリケ。ちゃんと空気を送り込むようにしたのはえらいけど、顔にまとわりつかれるとびっくりするから」
「ケリー……」
「あの、ハル殿、テルミナ氏が……」
「え?……ああああ!イリス!?どうしたんだ!そ、そうだイリス!イリスに早く気つけの薬草を!」
「これは草。薬草だけに」
「やかましいわっ!」
交易所はカオスだった。




