第50話:お疲れ様!
パルスクリーナーは、遥斗がガルノヴァで手に入れた携帯用清掃器具だ。ヴェクシス粒子を分布、噴射することで、ただ汚れを落とすだけでなく、染み込んだ成分を分解し、痕跡を残さずに消すことができるというものだった。
シアの奇妙な提案は、作業としては大したことはなく、遥斗はよくわからないまま言われた通りにする。パルスクリーナーをチョコに翳し、ボタンを押すと、微かな振動と共に青白い光が放たれた。それは、地球で使った時よりも、遥かに強く輝いたように遥斗には感じられた。イリスが奇妙な行動をとる遥斗に不思議そうに目を向けるが、今はそれどころではないと、遥斗はその疑問を心に押しとどめた。
そこからの動きは早かった。
ザヴァク、カイゼ、ルシの三人は、すぐさま武器を構え、ゾル・モルガの巣穴がある場所へと走り出した。スカッターが先導をしているため、彼らは迷うことなく巣穴まで一直線に進む。そこは村から数キロ、森より少し離れた山林のふもとにある洞窟だった。洞窟といっても大した大きさではなく、せいぜいが十数メートル程度の空間だ。ここは昔からあったらしいが、特に鉱物が取れるわけでもなく、現在はモルガの巣になっているため、村人は山林に行くときも避けているという。自然にできたにしてはあまりに不自然な形状なので、もしかしたら大昔に人間が何かの目的で掘って利用していたのかもしれない。それとも、地球の常識では想像できないような理由があるのだろうか。
スカッターは、彼らの動きを追いながら、リアルタイムでその映像を村に届け続けた。村人たちは固唾を飲んでホログラフスクリーンを見守る。
スカッターの一機が、巣穴の奥深く、子供たちがいる場所へと先行した。
遥斗とイリスも、その映像を食い入るように見つめる。画面には、魔物の糸らしきものがまとわりついてぐったりとした様子の子供たちの姿が映し出された。彼らは動けず話すこともできないが、意識はあるようで、恐怖と不安で顔を歪め、静かに涙を流している。
遥斗は、スカッターを通じて子供たちに語りかけた。
シアが彼の声を拾い、子供たちのすぐ近くまで飛んだスカッターのスピーカーから、小さく流れる。
「ルク、トゥミル、みんな。大丈夫だ、見つけたぞ! 今から冒険者たちが助けに行くから、安心して待っててくれ!もうすぐだ!」
「大丈夫、大丈夫です。冒険者の皆さんが……ハル様が助けてくれるから!」
イリスも子供たちに呼びかける。
子供たちは暗闇の中でチカチカと光る虫のような存在に、魔物の仲間かと絶望の色を濃くする。朦朧としているためその声ははっきりとは聞こえない。だがその声は遥斗とイリスのもので、自分たちの名前を呼び、冒険者や遥斗が助ける、ということはなんとなく理解して、子供たちはさらに涙を流すと力尽きたように目を閉じた。
「ルク!トゥミル!」
「バイタルに大きな問題なし。イリスさん、子供たちは気絶しただけです」
「は、はい……」
そしてしばらくして。
戦いの火蓋は唐突に切られた。
まずは洞窟の周りを飛んでいた、人よりも大きな巨大蛾のゾル・モルガに火の魔術が一撃。その威力は見習いのそれではなく、熟練の魔術師と遜色ない威力となり、魔物を燃やしながら貫いた。そこにザヴァクが飛び込んで、大剣で横なぎに一閃。魔物は分断されながら燃え尽きた。
すると、ゾル・モルガは人間には感知できない何かで合図したのか、洞窟から数匹が飛んでくる。さらに、地中からも巨大な芋虫が湧き出し、糸を吐きつけようとしてくる。
「ザヴァク、成虫とワームは俺がひきつける。あんな鈍い糸、俺には届かん。その隙にワームを蹴散らせ。」
「あいよ、ルシ、お前は俺たちの後ろで火の魔術を続けろ。成虫が燃えたところで俺がとどめを刺す」
「うん!」
ホログラフスクリーンに映し出される映像は、村人たち全員を熱狂させた。
ザヴァクは、巨蟲の硬い甲殻を大剣で叩き割り、その巨大な体を地面に叩き伏せる。彼の剛腕から放たれる一撃は、大地を揺るがすほどの破壊力だった。地中から次々と這い出てくる魔物化したモルガの幼虫を薙ぎ払いながら、次々と殲滅していく。
カイゼは、素早い動きでゾル・モルガの死角を突き、その分厚い皮膚の隙間に短剣を突き立てる。彼の動きはまるで風のようで、ゾル・モルガの体当たりや鋭い嘴を軽々といなしながら、確実にダメージを与えていく。またワームの吐く糸にも動じずに、真後ろから飛んできた糸にも、後ろに目でもあるかのように危なげなく回避した。魔物化したモルガは、本来の臆病さとはかけ離れた凶暴さで襲いかかってくるが、カイゼの剣は正確に彼らの急所を捉えていた。
ルシは、遥斗から渡されたチョコを口に含むと、その甘さと共に全身を駆け巡る魔力の奔流に、恍惚とした表情を浮かべた。
先ほども感じたことだが、今ならこれまで使えなかった上位魔術も使える確信がある。
そのとき、ゾル・モルガの成虫の数匹が体を輝かせながら体を震わせ始めた。
ルシはその兆候を見逃さず、仲間に警告する。
「ゾル・モルガの魔法がくる!みんな、離れて!」
その言葉に一切の戸惑いも見せずに彼らは撤退。十分に離れたことを見届けて、ルシはチョコの残りを頬張って飲み込むと、遥斗から渡された銀紙――アルミ箔というらしいそれを小さく千切り丸めて呪文を詠唱し始める。
そしてルシは巣穴の入り口の上空に密集する成虫の群れに向けて狙いを定めた。この位置なら、洞窟の中に熱波が流れ込むこともない。だが、ゾル・モルガは魔法の準備を終えたのか、赤く輝く禍々しい鱗粉を彼らに向けて解き放った。
そのとき、ルシの魔術は完成する。彼女は先ほどまで握っていたアルミ箔を上空のゾル・モルガに向かって投げつけながら、魔の力を解放した。
「炎よ、集いて、捻じれろ――『焔の大渦』」
ルシの杖の先から放たれた巨大な炎が、先ほど投げた丸めたアルミ箔に当たった瞬間、それは竜巻のように渦を巻いて伸びあがった。地底から這い出てきたゾル・モルガの群れ、特に空中に飛び交う成虫たちを飲み込んだ。炎に包まれた巨蟲は、甲高い悲鳴を上げて、もがき苦しみながら地に倒れ伏す。その熱はルシのいる場所まで届き、あたりには虫を焼いた異臭が立ち込めた。
「すっげ……お前、いつの間にこんなん覚えたんだ?」
「前から術式そのものは覚えてたよ。でも、魔力が足りなくて使えてなかった。このお菓子がなかったら絶対無理だよ。それに今ので魔力なくなっちゃったから補充しないと」
そう言いながら二つ目のチョコを取り出し、ひとかけら頬張る。
あれだけの大技である。魔力がなくなるのは当然だとは思うが、使う前にチョコで増やしたんじゃなかったのか、魔力を半分も使えばいつももっと辛そうじゃなかったか、とザヴァクとカイゼは少し訝しむ。
しかし、口に含んだ瞬間、途端に蕩けたような笑顔になるルシに「魔力のため、だよな」と自分に言い聞かせて、今は何も言わなかった。
「うおおおおお!すげぇぇぇぇ!」
「わあああああああ!!」
一方村のほうは迫力ある戦いに大興奮だ。
ただでさえ冒険者の戦いなど見る機会はめったに無いうえに、相手は中位レベルの魔物であり、立ち向かうは上澄みの冒険者だ。見習いのルシですら、もともと素質があったことを考慮してもとんでもない働きを見せている。
しかもその映像、音はスカッターにより、鮮明且つ非常に見ごたえがある構図で映し出されている。
そりゃもう映像娯楽などない村人には劇薬であった。
遥斗ですら、子供たちのことがなければヒーローショーを応援する小学生なみにかぶりつきになって声を張り上げていたことだろう。
「よし、それじゃ巣穴の中にいる奴らをせん滅させるぞ」
「巣穴のなかじゃ大技は使えないね。使えて焔の矢くらいだから注意して」
「よし、俺が先頭で進むからランタンをつけよう」
カバンから携帯ランタンを取り出すカイゼ。
これは、ただのランタンではなく、横から覆いをつけることでランタンの光に指向性を持たせたものだ。日本でも古くは龕灯といって似たようなものがあり、一種の原始的な懐中電灯である。先頭がこれを持って正面を照らしながら進み、腰に下げた通常のランタンを持った仲間が後から続くのが基本である。
だが、カイゼがランタンに火をつけようとすると、彼らのそばにいたスカッターがふよふよと飛んでいき、洞窟の前で「ぺかー」と光り輝いてあたりを照らす。さらにスクリーンを中空に映し出して、洞窟の内部情報、どのあたりに敵、子供がいるかをマーカーでわかりやすく示した。
「……やばいな、これ」
「ランタン、いらないね」
「すげえな……くそ高いランタンの魔道具は見たことあるが、これほどじゃなかったぞ。それに洞窟の情報までこんなにはっきり伝えてきやがる」
「……これ、俺いる?」
カイゼが少し黄昏たようにつぶやいた。
その後、洞窟の中での戦いは、彼ら自身想像以上にスムーズに進んだ。光源を一切気にしなくていいこと、敵の場所がはっきりわかり、不意打ちなどの警戒もする必要がないのは大きなアドバンテージだった。
カイゼが撹乱し、魔力消費を気にしなくていいルシが遠距離から炎の矢を乱れうち、生き残ったゾル・モルガには、ザヴァクがとどめの一撃を食らわせ、次々と討伐されていった。訓練された戦士たちの連携は完璧で、激しい戦いながらも、その動きは安定していた。
そして、すべての成虫を駆逐すると、彼らは一息をついた。ワームたちは命令系統の成虫がいなくなったことで、完全に戦意を失っていた。ここに、戦いは終わったのだ。
「やったぁぁぁぁ!!」
「子供たちだ!子供たちがいたぞ!」
「ああ、ルク……」
シアの映し出した映像が、子供たちが無事に救出されたことを示し、村人たちの間に歓喜の雄叫びが上がった。冒険者たちはマーカーに記された場所を掘り起こして、中にいた子供たちを抱きかかえ、巣穴の奥からゆっくりと外へと運び出した。
そして、最後に残った巣穴ごと完全に消滅させるため、ルシが再び杖を構えた。
「炎よ、集いて、捻じれろ――『焔の大渦』」
アルミ箔を巣穴に投げ込みつつ魔術を放つと、ルシの唱えた特大の魔術はゾル・モルガの巣穴を灼熱の炎に包み、すべてを焼き尽くして灰燼と化した。
最後にスカッターが巣穴の中に残る生命反応がないことを確認。脅威は完全に排除された。
その後、冒険者たちに背負われて子供たちは村へと無事に帰ってきたが、毒の鱗粉の影響で依然として体を動かすことができなかった。冒険者たちを労いつつも、村人たちは心配そうに子供たちを見守る。
ルクやトゥミルは呼吸こそしているものの、その音は非常に小さく、遥斗は不安で押しつぶされそうだった。
その時、遥斗のチョーカーからシアの声が響いた。
「ルト様。子供たちの体に付着した鱗粉は、パルスクリーナーで除去できる可能性が高いです。すでに体内に吸収されたものは難しいですが、皮膚の表面、鼻腔や口内の表面の鱗粉であれば取り除けるでしょう。念のため、ザヴァクさん達にも使っておきましょう」
遥斗はその提案にうなずき、横たえられた子供たちに近づいていく。
何をするのか、と村人たちが問うまでもなく、遥斗はポケットからパルスクリーナーを取り出して操作すると、その先端から微かな光が放たれた。パルスクリーナーは子供たちの体に付着した鱗粉を確実に除去していく。
その際、ヴェクシス粒子の光は鱗粉と反応したのか、不思議なことにいつもより一層大きな輝きを放ち始め、子供たちはその光に包まれた。
まるで神秘的な力で浄化されているかのようだった。
「おお……」
「セモーリア様のお力だ……」
村人たちから声を抑えた吐息がいくつも上がる。
数秒後、光が収まると、子供たちはゆっくりと体を動かし始めた。
「うぅ……」
と小さなうめき声が聞こえ、やがてむくりと起き上がる。まだ完全に回復はしてないようだが、体は起こせるくらいにはなったようだ。
「トゥミル!だいじょうぶなのかい!?」
「カナン!ああ、カナン!」
「ポラ!よかった……」
「ルク!ああ……ありがとう……ありがとうございます、皆さん!ハル様!」
親たちが子供たちに駆け寄り、強く抱きしめた。
イリスもルクを抱きしめながら、安堵の涙を流している。
「奇跡だ!」
「まさか、本当に……」
村人たちからは、安堵と喜び、そして遥斗への畏敬の入り混じった声が上がる。
その後、村では大盛り上がりとなった。子供たちが無事に保護された報せに、村人たちは歓喜し、冒険者を称えた。
活躍した冒険者たちを、若者たちは賞賛した。彼らは遥斗の隣に浮かんでいた映像やスカッターを『そういう魔道具』と認識したようで、遥斗は道具を使っただけ、と思ったようだ。前線で戦う実戦部隊がなによりえらく、支援はあくまで補佐でしかない、という考えなのだろう。
しかし、年配の村人や一部の敬虔な人々は、崇めるかのように遥斗に向かって憧憬の目を向け、手を組んで一礼する。
遥斗は「俺より冒険者の皆を褒めてほしいな」と思いつつも、まあ礼くらいは受け取ろうと笑って頷いた。ついでにアバターのシアも横でひらひらと手を振る。
するとなぜか礼をされた村人たちは思いっきりテンションが上がっていた。アイドルにあったオタクの目である。
「おお、あの伝承がついに……」
「使徒様……」
「バカ、だまっとれ。人間の器に入られている以上、我々はあのお方を使徒ではなくあくまで人として接するのだ」
などと彼らは小さな声でひそひそ話し合う。
その様子を、バルバは「まさか」と何かに気づいたように目を見開くと、脂汗を流しながら、じっと遥斗を見つめていた。
その後、村人たちは冒険者を歓迎し、手持ちの麦や干した果物などを持ち寄って差し出す。
だが、そうはいっても大したものがない村だ。準備する期間もないなら、出てくるものは黒パン、豆やいくつかの野菜、そして干し肉くらいである。
今が繁殖期の春でなければ新鮮な獣を取りに行くのだが、今はせいぜい野鳥くらいしかいないし、時間もない。
結局ザヴァクたちはいくつかをつまんだ程度で、残りは旅の保存食として受け取った。
そして、ありがたいが今は少し休ませてほしいというと、村人たちは笑顔で了解して帰っていく。
子供たちも安静にするためそれぞれの家にもどり、イリスは薬草を煎じるために動き出す。
村人たちもまた魔物が入らないよう対策を練るとともに、また同じような穴がないか確認し始めた。
スカッターを使う限り見当たらないが、やはり自分たちの目で確認しないと不安なのだろう。
本当は遥斗もルクやエスニャのところにいって様子をうかがいたいが、今はやるべきことがある。
イリスにも言われて遥斗は冒険者やバルバたちと共にいることにした。
さて、大仕事を終えた冒険者たちにはさすがに疲れたのか、村からは正式に休憩所として貸し出された交易所で武具を外してぐったりとしている。
彼らにはあとで報酬は奮発するとして、今はとにかく労いたい。
「みなさん、好きな食べ物ってなんですか?」
遥斗がザヴァクたちに尋ねると、彼らはその質問に少し不思議そうにしながらも、ザヴァクは肉、カイゼは酒、ルシは甘いものと答えた。
遥斗は彼らに「四半刻ほどまっていてください」と一言告げると、イリスの家に行き(ついでにエスニャとルクの様子を見ながら)日本に戻る。
そしてバイト先の業務スーパー「カイナ・ハレ」に行くと、遥斗は大量の食材を仕入れて戻ってきた。
レンジで温めるだけの焼き鳥やから揚げ、ウインナーにレトルトのハンバーグ。大容量の菓子パンやシュークリーム、そして、ビールや日本酒のボトルに、ジュースのペットボトル。
レジの店長が「宴会でもするの?」と尋ねてきたので、遥斗はテンション高めに「はい!勇者たちを称えるんです!」と答えた。
店長は一瞬ドン引きしたような顔になったが、変な客には慣れている。こういうテンションの人間に何を言っても無駄と理解しているので、
「そりゃあ、盛大にやってください!」
と笑顔で送り出してくれた。
遥斗はそれらの品々を、えっちらおっちらと大きな袋に抱えて歩き、異世界へと戻る。
イリスの家でエスニャやイリスに食べ物やジュースを渡した後、交易所に戻ってきた遥斗が、その袋の中から次々と商品を取り出すと、護衛たちは目を丸くした。バルバとティアリスも驚きを隠せない。新鮮な肉に冷えた酒、そして見たこともない新たな菓子。彼らにとって、これらはこの田舎村どころか、王都ですら見たことがない食べ物の数々。
バルバは「いったいどこからこれを……」と別の驚きに声を失い、ティアリスは甘いものと、透明なペットボトルやアルミ缶を凝視していた。
幸い、交易所のすぐ隣には炊事用の湯沸かし場があり、そこでレトルトのハンバーグを温めて紙皿に盛り付ける。
ルシのために紙コップにジュースを注ぎつつ、カイゼには缶ビールを開けて渡す。
そしてあんパンやシュークリームの袋をあけてルシに差し出した。ちなみにヴェラが大好きなどら焼きは売り切れだった。この前、晴人が全部買い占めたせいである。
肉を豪快に頬張るザヴァク、奇妙な器の酒を酌み交わすカイゼ、そして菓子を次々と口に運ぶルシ。
「うおお、なんだこの肉は!今まで食ったどの獣の肉よりも美味ぇ!このソースがたまんねえ!」
「やばいな、これ!マジでやばいなこれ!」
「びゃああああ、甘い…!おいしい!ここは桃源郷ですか!?」
三人はもう狂喜乱舞である。
リシャッタの街の高級店で一度だけ贅沢したときの、「これが繊細な味です」というわけのわからない薄味とはまた違う。
肉!酒!砂糖!
と人間の本能を揺さぶってくるような暴力的な旨さがもうたまらない。
だというのに一つ一つの完成度が高く、奇妙な料理にもかかわらず調和されたバランスでできている。
噂の王都の貴族街でも行けばこういったものは食べられるのか、とバルバを思わず見る。
バルバはその視線の意味を瞬時に理解したのか、だがはっきりと首を振る。
「こんなうまいもの……王都での高級店でも出てこないだろう。それにこの鮮度、冷えた酒……ハル殿……これは一体……どこから……?」
「こ、こんな商品まで…!?この瓶や器はガラス?鉄?芸術品にしか見えないわ…!」
バルバもティアリスは興奮を隠せない。
だが遥斗は「まあ、こういうのもそのうち」とだけ言って言葉を濁した。
今は何も考えずに楽しんでほしい、というと、彼らはもう考えるのをやめたように笑顔になった。
無我夢中で食べて飲む三人。
バルバとティアリスも、未知の食感と味に感動を隠せない。
「みんな、美味しいですかー?」
と遥斗が尋ねると、一同は歓声で応えた。
「おお!」
「やばいな、これ!」
「サイコーです!」
「ああ、素晴らしい味だ」
「ちょ、ちょっとルシ、貴方それ二つ目でしょ!私にも食べさせてよ」
「ケリケリ!ケケリテ!」
「………?」
最後に妙な声が聞こえた。
あれ?と思いもう一回みんなに問いかける。
「もうお腹いっぱい?まだ残りあるけど開けますか?」
「ああ、いける!というか無理でも食う!」
「うおお、この酒、飲みやすいのに酔いのまわりがヤバイ……でももう少しくらいは…!」
「あああ、ティアリスさん!最後の一つは半分こ!半分こにしましょう!」
「俺は堪能したよ。……ティアリスも無理するなよ」
「え、もうないの?!私食べてないのに減るのがだいぶ早くない?」
「ケリケリ!ケリテテス!」
「………あっれえ?」
やはり最後に妙な声が聞こえた。
なにごとだと思い声の聞こえたほうをみると、交易所の机の下に、黒い靄に包まれた、一つ目のウサギのような見たこともない奇妙な存在がいる。それは体からいくつもの触手のような腕を伸ばして遥斗が持ち込んだばかりの料理、特にお菓子類を無心に食べている姿だった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「ケリケリ!テテス!ケリテテス!………………………ケリ?」
遥斗の周りの人間もその存在に気づくと、一斉に凝視する。
そのときになって、その存在は初めてあたりの様子の変化に気づいたのか、食べるのをやめて遥斗の方を見た。
「ケリケリ?」
「君、誰……?」
「ケリ!」




