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【書籍化進行中】星と魔法の交易路 ~ボロアパートから始まる異世界間貿易~  作者: ぐったり騎士
セリーモアの使徒

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第43話:バルバの決断

 

 蓄積した旅の疲れを乗せて、一台の馬車が石畳の道を軋ませながら、交易街リシャッタの門をくぐった。

 王都への中継地として栄えるこの街は、ヴェルナ村の素朴さとはまるで違う、活気と喧騒に満ちている。市場の露店では色とりどりの旗が翻り、塩漬け魚や薬草の香りが漂う。鍛冶屋の鉄槌が響き、酒場から歌声が漏れている。その全てがバルバたち交易商人にとって、実入りの良い取引の予感を告げていた。


 御者台から降りたバルバは、大きく伸びをした。

 彼らの馬車を牽くのは、通常の馬とは一線を画す獣だ。遠目には筋肉質な馬のように見えるが、その体表には毛と混じり合うように光沢のある鱗が点在し、首筋には硬質な甲羅のような板状の皮膚が連なっている。瞳は縦に細く、暗闇で鈍く光り、蹄は岩をも砕くかのような鋭利な形状をしていた。その足が地面を蹴るたび、揺るぎない安定感で重い馬車を力強く進ませる。速く走るよりも、悪路を突き進むことを得意とした、大型草食獣のような重量感がある。

 ただし、その顔はというとずいぶんと愛嬌があり、ぽえーっと口元を緩ませている。彼らはその日、町の一角にある厩舎へと愛馬たちを預け、果実を混ぜた、たっぷりの飼い葉と休息を与えた。


 バルバたち『ヤーネット商会』の交易サイクルは通常、この街を起点としてエリドリア国を横断するルートを取っている。リシャッタから各地を巡りながらエリドリアの外れにある交易都市『サマクマ』に向かい、そこからまた各地を巡ってリシャッタに戻る。ここで一度仕入れたものを整理したり、必要なことを行った後、今度は王都を目指すのだ。そしてまたリシャッタに戻ると、そこで数週間から数ヶ月にも及ぶ長期滞在をして、商品の整理や情報収集、そして商会自体の発展に努めるのが常だった。ヴェルナ村は、サマクマからリシャッタに向かうときのルートに含まれている。


 この町では、まずヴェルナ村で仕入れた新鮮な薬草や、これまで各地で集めてきた商品を、提携している馴染みの店へと丁寧に卸していく。その作業を終え、一息ついたバルバは、護衛たちには店の外で待機するよう伝え、妻のティアリスと共に商会の奥へと進んだ。


 一行は、この町に構えるヤーネット商会へと到着した。数人の見習いと、長年商会を支えるベテランの番頭が働く小規模な店舗だ。


「旦那様! お帰りなさいませ!」


 店の奥から出てきた番頭のオルンが、いつものように柔和な笑顔でバルバたちを迎えた。白い髭を蓄えた彼の顔には、疲労を癒やすために戻ってきた主への純粋な喜びが浮かんでいる。


 バルバは、オルンと見習いたちの顔を見渡すと、まず見習いたちに席を外すように言う。そして残ったのがオルンだけになると、彼は主のいつもと違う行動に少し不思議そうにしている。バルバはオルンに向かい、大きく息を吸い込んだ。


「オルン。ご苦労だったな。まずは数日休養を取りながら、今後の店舗の売り上げについてじっくり話そうと思っていたのだが……」


 オルンは心得たように頷く。しかし、バルバは一呼吸置いて、言葉を続けた。


「……だが、急な話で申し訳ないが、王都行きは取りやめだ。今からヴェルナ村へ引き返す」


 バルバの言葉に、オルンは一瞬、何が起こったのか理解できないといった様子で固まった。彼の顔から笑顔が消え、眉間に深い皺が刻まれる。隣にいたティアリスが、その腕を掴むようにして、興奮気味に言葉を継いだ。


「まぁ、素晴らしいわ、貴方! 早くヴェルナ村に戻って、あの『お菓子』のことをもっと詳しく調べましょう!」


 ティアリスの瞳は輝き、夫の突飛な心底から賛同していることが見て取れた。


 しかし、オルンの顔から困惑は消えない。


「旦那様! それはいくら何でも無茶というものでございましょう! 王都で確保できたはずの利益を見送るというのですか!? この時期の急なルート変更は、商会の安定した利益を揺るがすことになりかねませんぞ! それに残りの交易品はどうなさるおつもりですか?」


 オルンは具体的な数字と、これまで商会が堅実に築き上げてきた歴史を引き合いに出し、バルバの決断に強く反対した。彼の言葉には、バルバの直感を信じたい気持ちと、長年の経験からくるリスクへの心配が入り混じっていた。


「心配するな、オルン。残りの商品は、これから王都へ向かう知り合いの交易商人に全て売却するつもりだ。確かに、今回の王都行きは、利益を確保するための重要な行程だ。だがヴェルナ村で手に入れたある品が、それだけの価値を秘めていると確信しているのだ。この機を逃せば、他の商人に先を越されてしまうかもしれん。この商機は、私のこれまでの人生で一度も経験したことのないほど大きなものになるだろう。幸い、ここから先、王都までの間で『契約』をしているものはない。最速で戻るには今しかないのだ」


 バルバはオルンの目を見て、熱のこもった声で語った。彼の熱意と商人としての慧眼に、オルンは眉間の皺をさらに深くしたが、やがてその表情は諦めと、そして強い信頼へと変わっていった。


「旦那様がそこまでおっしゃるなら……わかりました。旦那様が決めたことなら、私は信じるだけです。貴方はこれまで、私ども家族に本当によくしてくれた。ならば、その行動は十分に商機があり、我々をないがしろにするものではないと信じます」


 オルンの言葉に、バルバは深く頷き、心からの感謝を伝えた。彼の胸には、長年苦楽を共にしてきた番頭の信頼が温かく響いのだ。


「それに、オルン」


 バルバはにやりと笑い、大きな包みを取り出した。


「王都にいく利益分は、これで十分おつりが出るはずだ」


 バルバが持ち込んだのは、魔狼の革、骨、爪、眼球、そして塩漬けにされた一部の肉といった戦利品だった。


「旦那様!これはもしや…!」


「ああ。ヴェルナ村からの帰り道でな。護衛たちがやってくれたよ。この町の魔物素材商に売却する手筈を整えてくれ」


 バルバは指示を出す。特に、魔狼の戦利品の中には、特殊個体の魔狼のものと思われる、通常では見られないような異質な輝きを持つ革や、奇妙な形状の骨の破片が含まれており、それを見たオルンはさらに驚愕した。


 ようやく一息ついたバルバとティアリスは、それぞれ次の行動に移った。

 ティアリスは、護身用の魔道具の威力向上に確信を持ちたいという思いから、見習いの商会スタッフを連れて街へと買い物に出かけた。

 一方バルバは、傭兵たちが依頼を達成したことを示す任務証明書を作成し、店の外で待機していたザヴァクたち三人に手渡した。


「ご苦労だったな。さて、数日休養を取ったら、王都行きをやめて再びヴェルナ村へ向かう予定だ。当初の予定と変わってしまうが、もしよければ引き続き君たちを雇いたい。これはその指名依頼書類だ。確認しておいてくれ」


 バルバはそう言い、ザヴァクに書類を渡すと、これまでのねぎらいを示すように三人の肩を叩き、店へと戻っていった。

 ザヴァクたち三人はバルバが王都行きを取りやめ、急にヴェルナ村に戻るという言葉に驚く。契約というわけではないが、本来はここから王都に向かうという話を聞いていたからだ。


 しかし、彼らにも王都へ行く目的はあった。報酬を元手に様々な品物を買い揃え、新たな依頼で名を上げる好機を王都で伺うつもりでいたのだ。護衛という仕事をしながら王都に向かうというのは、非常に都合がいいものだったのである。だが、その予定は変わってしまったらしい。その懸念を察したカイゼがザヴァクに問う。


「ザヴァク、どうする? 王都行きはまた今度ってことになるが…」


 ザヴァクは任務証明書をちらりと見やり、ニヤリと笑った。


「いいさ。今回の件で、俺たちの名声は一気に上がるだろうよ。それに、この旦那は払いがいいし、何より信頼できる。なあ、お前ら…バルバの旦那についていった方が、もっと面白いことになると思わないか?」


 カイゼとルシは顔を見合わせ、やがて同時に頷いた。特にルシは、今回の戦いで得た魔法の新たな境地に、バルバたちが持っていたものが関わっていることに強く興味があったのだ。


 ザヴァク、カイゼ、ルシの三人は、バルバから受け取った任務証明書を手に、この町に構える冒険者(イグノータン)ギルドへ向かった。ギルドでバルバからの依頼達成報告をすると、受付の職員は書類に記載された高い評価を見て喜び、三人を出迎えた。しかし、書類の中に「魔狼討伐」の文字を見つけ、受付嬢の顔色が変わる。


「ま、魔狼ですか!?」


 普段は落ち着いた様子の受付嬢が、信じられないといった様子で声を上げた。

 ザヴァクは不敵な笑みを浮かべ、淡々と言葉を続けた。


「レンダの森に魔狼が五匹出現し、そのうち一匹は特殊個体だった。我々が討伐した。詳細はここにまとめてある」


 ギルドはこのような魔物の出現情報を、依頼達成報酬とは別に買い取ってくれる。そのため、彼らは詳細な報告を行ったのだ。


 ギルド内はにわかに騒然となった。


「本当か」

「大ぼらだろう」

「そんなバカな」

「しかし、ザヴァクのとこの『折れぬ大剣』だぞ。出まかせじゃないだろう」


 そんな声が飛び交い、他の冒険者たちもざわつき始めた。


 ザヴァクは皆の視線を受け止めながら、背負っていた大袋をドン、と床に置いた。


「ほらよ。ここに証拠があるぜ」


 ザヴァクが取り出したのは、魔狼の革、爪、眼球、そして頭蓋骨の一部だった。「塩漬け肉や他の部位もあるが、匂いが強いからそれは買い取りの場所で出すぜ」


 実物の魔狼の戦利品を目の当たりにし、ギルド内は一転して大騒ぎになった。


 持ち込まれた戦利品は見分された。皮は炎の魔法で焼けたものが多かったため、ザヴァクたちには一匹分しか残っていなかったが、他の部位はどれも最上質だった。特に、特殊個体のものと思われる部位からは、不自然なほどの濃い魔力の残滓が発見され、ギルドの魔術師や鑑定士たちは首を傾げ、この魔狼が単なる変異種ではない可能性を示唆した。そして、ルシの「焰の矢」で倒された魔狼の部位を調べた専門家は、その一発一発の威力が非常に強かったことに驚きを隠せない。その跡は、見習い魔術師だったルシが、まるで熟練した一人前の魔術師のような力を見せたことを如実に物語っている。


 ギルド内にいた魔術師の一人が、ルシの傍に歩み寄り、彼女の魔力の流れを確かめるように静かに語りかけた。


「おい、そこの小娘。お前たしかザヴァクのところで世話になっとる見習いだったよな。何か強力な魔術の補助具でも使ったのか? いや、それにしては……お前の魔術の核そのものが、まるで何か硬い壁を破ったかのように、ワンランク上へと到達しているぞ……何があった?」


 そうは言われても、自分でもわからない。いや、おそらく心当たりはあった。だが、それはバルバとの約束で言うわけにはいかず、「必死だったから」とだけ答えた。彼女は、あとでこの町の修練所に行って、自分の魔法がどれほど変化したのかを試してみようと心に決めた。


 レンダの森に魔狼が出現したこと自体は危険な情報であったものの、わずか三人組のパーティが、合計五匹、しかもそのうち一匹は特殊個体という前代未聞の脅威を討伐したことで、彼らの名声は一気に高まることになった。またギルドは、この情報の真実を確認するため、レンダの森への調査部隊の派遣を検討し始めた。


 こうして、ザヴァクたちのパーティ『折れぬ大剣』の名は、世に広まっていくことになる。今ここに、彼らの英雄譚は始まったのだ。



 以降は余談である。


 時は流れ、エリドリアの王都は()()()飛躍的な進歩を遂げていた。そこにはエリドリア国で、いや、おそらくはこの世界で初めてできた『ラジオ局』である、石造りの『セリーモア・ラジオ局』がある。

 この日、局内の収録所では、魔力を帯びたスガライ式レコーダーの前で、一人の老人が女性と向き合っていた。その老人の白髪に刻まれた傷が、彼の冒険の日々を物語っている。


「『折れぬ大剣』のザヴァクさん! 魔狼戦から始まった英雄譚は今も語り草です。そのときの心境を教えてください!」


 とインタビュアーの女性がレコーダーのマイクを向けて彼に問う。


 ザヴァクは低く笑い、傷だらけの手で顎を撫でた。


「まったく……あそこでバルバの旦那についていかなかったら、俺たち、あんなに胃が痛くなる目にあわずに済んだんだがなあ」

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