第37話:ハンマー・プライス!!
ガルノヴァから帰還した遥斗は、自室のベッドにリュックを投げ出し、疲れた体に鞭打つようにどかりと腰を下ろした。扉を通り抜けた瞬間に全身を包む湿った日本の空気の重さと、馴染み深い日常の匂いが、遥斗をSF旅行から日常へと引き戻す。
まだ身体に残る高揚感を感じながら、遥斗はゆっくりとリュックの口を開けた。
中には、地球への土産物が詰まっている。ヴェクシス粒子を使ったクリーナー、未知のレジン製品、そして何よりも存在感を放つ、光像晶化された鉱石たち。その輝きを見るだけで、シアルヴェンを背景にヴェラと共に焼き付けたあの瞬間のことが、脳裏に浮かんでくる気がした。他にもちょこちょこと買った小物が並び、最後に出てきたのは、まるで五匹の昆虫のように見える、自律型探査機「スカッター」だ。
「まさか、あの場で貰えるとはなあ……」
光像晶を焼き付けた後、遥斗は自撮りのためにヴェラが使った小型探査機を興味津々で眺めていた時である。
その小さな機体が空中を滑らかに移動し、高精度な映像を捉える様子に、遥斗のロマン回路がくすぐられじっと見ていたのだ。
「おまえ、これほしいんか?」
遥斗の視線に気づいたヴェラが尋ねてきた。
「え?欲しい!でも高いんじゃないの?」
遥斗が恐る恐る答えると、ヴェラはぽんぽんと手遊びするようにスカッターを放り投げながら笑う。
「こんなもん、そんなに高いもんじゃねぇよ。簡易探査用だからな。ヴェクシス汚染がひどい場所で放つ、数回使ったら壊れる前提の使い捨てだ。まだストックはあるし、ドラヤキの代わりってことで数個ならやるよ。えーっと、5つくらいでいいか?1つは、ちょっといいやつにしといてやる」
「マジで!?やった!」
遥斗は目を輝かせた。
「稼働はチャージしないならだいたい半月巡くらいだ。これもエネルギーが減ったなら持ってくればシアと一緒にチャージしてやるよ」
ヴェラの言葉に、遥斗の首筋に付けられたチョーカーが淡く光る。
「日本では半月相当となります、ルト様」
シアの解説を聞き、遥斗はさらに驚いた。半月も稼働する使い捨てドローンとは、地球の技術では考えられない贅沢品だ。遥斗は5つのスカッターを受け取り、大事そうにバックパックにしまったのだった。
地球に帰還した今、遥斗は早速そのスカッターを試すことにした。まず一つは、アパートの周囲を周回するように設定。窓の外を、小さな虫のようなロボットカメラが滑らかに飛んでいく。もう一つは、部屋の壁に貼り付けさせ、部屋をゆっくりと巡回させた。残りの三つは、外出時に持ち歩くために、そのままリュックに残しておいた。
「スカッターは自動操縦も可能ですが、ルト様が必要と判断された場合は、私がコントロールを引き継ぎます」
「お、そうか。頼もしいな」
シアの説明に遥斗は相槌を打った。万が一の時にも、シアの精密な操作があれば安心である。
スカッターの軽快な動きに、ガルノヴァの技術を改めて実感した。
数日後。
遥斗は、緊張で手に汗をにじませながら、地球のオークションサイトを開いた。出品していた二つの品――あの波花の宝匣と星枝の壁飾りの状況を確認するためだ。高額の値が入っていることは知っていたが、それがどうなったか、期待と不安が入り混じっていた。
画面をスクロールすると、二つのオークションはまだ続いていた。すでに落札時刻を過ぎ、入札があるたびに自動延長を繰り返している状態だ。
「シア、二つのオークションの状況を同時に映してくれ。せっかくだから見届けたい」
遥斗の指示に、部屋の壁に二つの半透明なウィンドウが浮かび上がる。右側には波花の宝匣のオークション、左側には星枝の壁飾りのオークションの入札履歴がリアルタイムで更新されていく。
箱のオークションは、激しい争奪戦の末、入札者は二人まで絞られていた。数回の延長を経て、ついに落札決定の文字が表示される。最終的な落札価格は、18万3千円である。
「お、おお……」
遥斗は微かに息をのんだ。想像以上に高値がついたことに驚きつつ、これ以上吊り上がらなかったことに安堵する。
一方、壁飾りの方はさらに熾烈な戦いが繰り広げられていた。三人の入札者が激しく競り合い、価格の向上は止まらない。やがて一人脱落し、残るは二人。それでも入札は続き、瞬く間に価格は上昇していく。遥斗は画面に釘付けになった。そして、ついにその時が来た。
最終的に29万500円で落札決定。
遥斗は高額に震えながらも、これ以上高くならなかったことにほっと胸をなで下ろして購入者に送るDMを準備する。
「購入ありがとうございます。発送は出品時に記載した通り、二日後の夜に行います」
と、システム内DMで落札者に連絡を入れた。
その頃、箱を落札した一人の女性は、部屋で歓喜の声を上げていた。
「やったわ!ついに手に入れた!このロマンが、この価格で!」
彼女は古びた木箱や異国の民芸品を収集することを趣味とするコレクターだ。同時に、オカルトやスピリチュアルな事柄にも強い関心を持つ彼女は、オークションサイトに記された出品物の伝統的で神秘的な物語に強く惹きつけられていたのだ。
これでしばらくは毎日コンビニおにぎり1個で生活だが、後悔などない。
美術品系はともかく、オカルト系のものをネットで買うと、届いた時にはあまりに貧相だったり、オーラを感じずにがっかりすることがほとんどなので、届いた時にどうなるかはその時に自分に任せるのだ。
彼女は神秘の箱が手に入ることを告げたDMに、まるで最愛の人からの恋文が届いたかのように興奮していた。感動をかみしめながらオークションの入札履歴を振り返っていると、壁飾りを落札したIDの人物が、もう一つ話題になっていた壁飾りの購入者と同じであることに気づく。
おそらく壁飾りの落札合戦が白熱し、そちらに集中したか、あるいは予算が足りなくなったのだろうと、彼女は密かに予測する。
「かわいそうだけど、これも勝負なのよね」
彼女は冷蔵庫から牛乳を取り出して紙パックをワイングラスのように揺らすと、そのまま口をつけ勝利の祝杯を上げた。
一方、壁飾りを落札した男性は、大学の研究室で静かに歓喜に震えていた。
彼は民俗学を専門とする学者で、特に「未知の文明や失われた文化」「芸術と信仰の関連性」を研究テーマとしている。
彼は、同時に出品されていた箱も狙っていたのだが、予算は50万円までしか確保できておらず、箱を一緒に買うとなると予算を越えてしまいそうで迷っているうちに、箱のオークションは終了してしまったのだ。大学が予算を出してくれればよかったのだが、「そんなわけのわからないものに金など出せるか」と申請は却下されたので、完全に自分のポケットマネーである。多分奥さんにまた怒られるだろう。
「ぐぬぬ……あの箱も欲しかった……!だが、壁飾りを優先させたのは正解だった。仕方ない、仕方ない……」
彼は悔しさを滲ませながらも、届いたDMに、その表情は一変して輝きに満ちるのだった。
遥斗が無事終わったオークションに一息ついて、改めてサイトのコメント欄を覗くと、そこには落札者や、惜しくも競り負けた人々からの熱狂的な書き込みが殺到していた。
「ありがとう!ありがとう!届くのを楽しみに待ってます!」
「次のオークションを開催してほしい!」
「フリマアプリはどこで!?」
などなど。
さらにSNSやまとめサイト、掲示板などでは「合計約47万円で落札wwww」「これマジ!?」「バカだろ」「信じられねえ」といった出品物に対する好奇と嘲笑が入り混じったコメントが溢れていた。
中には「買ったやつは実物さらせよ、化けの皮がはがれるにきまってる」といったアンチ的な書き込みも見られた。
そんな中、「Xatterはやらないのか」という質問も複数来ている。
次のオークションや販売を知りたいからと、アカウント開設を求める声が多数寄せられていたのだ。
「……んじゃ、作るかね」
遥斗は小さく呟くと、オークションサイトで使用していたIDと同じIDを使い、名前も「ヴェルナ_クラフト」というアカウント名で、Xatterのアカウントを作成した。
「まずは自分が出品者だっていう証拠が必要かな」
遥斗はスカッターをシアに命じて部屋の中で出品物の撮影を始めた。
別にスカッターを使う必要はないのだが、せっかくあるのだから使いたいのだ。
「みなさん、オークションではありがとうございました。今後はこちらのアカウントで販売予定の品について、情報を更新していきます。ぜひご覧ください」
という文章を添え、落札された箱や壁飾りはもちろんのこと、ついでにポプリや角獣の笛、革細工など、ヴェルナ村で預かるだけ預かっていた小物も一緒に写した写真を複数枚アップした。これで自分が出品者と同一のアカウントだと思われるだろう。
ベッドに入り、寝る準備をしている間に、Xatterのフォロワーは徐々に増え始めた。そして、「あの出品者さんですか!?」「今後はどんなものを売るんですか?」「フリマサイトでの販売は?」など、質問のレスが次々と送られてくる。
遥斗は律儀に、「今は未定ですが、近日中に現地に行く予定なので、決まり次第このアカウントで発表する」というようなことを一つ一つ返信していった。ちなみにわかるネットミームにはちゃんとネタで返しておいた。だが、徐々に増え始めたレスは勢いを増していき、さすがにその量は一人では対応しきれないとすぐに悟った。
どうしたものか、と考えていると、シアから提案が来る。
「ルト様、私が代わりましょうか?ルト様が想定している方針を教えていただければ、私がルト様の文体を使って返信します。どうしても確認が必要なものはお手すきの時にお聞きします」
「助かる!さすがにこれは俺一人じゃ無理だ。頼む」
遥斗の言葉に、シアはどこか楽しげに返答する。
「SNSとはなかなか興味深いですね。ガルノヴァにも昔似たようなものはありますが、単なる情報交換の場でしかありません。地球、日本の人間には独特のノリがあるように思えます。もっと深くかかわってみたいですね」
「だろ?じゃあお前も自分のアカウント持ってやってみたらどうだ。フリーメールの取得とかやり方わかるだろ?」
「よろしいので?」
「おう。SNSだけじゃなく、お前も日本の人と触れていろいろ楽しんでほしい。犯罪行為に使ったり、俺の情報を漏らさないなら、俺は何も言わねえよ」
遥斗はそう提案した。シアはエリドリアでは「知恵ある魔法道具」としてシアを知る人がいるとはいえ、日本ではばれるわけにはいかない。自分以外に会話できる相手がいたほうが、彼女の人格への影響もいいほうになるのではないかと思ったのだ。ネットならば、シアの正体がばれる心配もない。
「書き込んだりするのは俺のネット回線使えばいいよ。だから犯罪になったり訴えられるような書き込みはしないこと、勝手に何かの契約などしないこと。俺のこと、個人情報やガルノヴァやエリドリアのことは勝手に漏らさないこと。約束できるか?」
「もちろんです。私はできるデバイスですので」
いつものシアのセリフに、遥斗は笑った。
そして、遥斗はそのまま心地よい疲労感に包まれながら、深い眠りについた。
暗闇の中、遥斗の首元のチョーカーに埋め込まれたシアの核が、淡く、しかし確かに点滅していた。
翌日。
目を覚ました遥斗は、まず寝ぼけ眼でXatterのフォロワー数を確認し、思わず目を擦った。前夜に少しずつ増えていたフォロワー数が、とんでもないことになっていたのだ。
「あの出品者がアカウントつくっとるwww」
「写真からして間違いなさそう」
「みたことない小物もあるんですけど!?」
「書き込みに対して瞬時にレスが返ってくるんだけど、中の人いつ寝てるの……」
などと、すでに遥斗のアカウントはネットで大騒ぎになっているようだった。遥斗は小さく苦笑いを浮かべた。さすがに前回のオークション騒ぎで少しは慣れたようだ。
「シア、お前のアカウントはどうしたんだ?」
遥斗が尋ねると、シアの声が響く。目の前に浮かび上がったウィンドウには、「シア」というシンプルすぎるアカウント名が映し出された。
プロフィールには、
「できる従者です。マイマスターのために頑張ります」
とのみ記されている。
「いいじゃないか!」
遥斗はシアの簡素だがやる気のあるプロフィールを褒め、彼女がどんなふうに日本のネット文化に触れ、活動していくのか楽しみに胸を膨らませる。
朝から楽しい会話ができ、遥斗は機嫌よさそうにふんふんと鼻歌を歌いながら、朝食のパンを頬張る。そしてコーヒーをすすりながらテレビをつける。
すると、笑顔のキャスターがこれまた弾んだ声で楽しそうにニュースを告げる。
「すばらしいニュースが飛び込んできました。なんと、長年未解決になっていた数学の問題が、一気に3つも解決した可能性があるとのことです」
遥斗はコーヒーカップを口元に運びながら、ぼんやりと耳を傾ける。
「これはこの問題について提示し、広く回答を募集している数学サイトにてその回答が送られてきたとのことです。まだ検証中ですが、正しい可能性が高いとのことで、数学界に激震が走っています」
「へー、すごい人がいるんだなあ」
遥斗が感心してコーヒーをすすりながら呟くと、チョーカーからシアの声がした。
「お褒め頂きありがとうございます」
「……………………えっ」
どこかで見たことのあるワンシーンの際現に、遥斗はコーヒーカップ取り落とし、机に盛大にコーヒーをぶちまけた。
どうやら、ガルノヴァで買ったクリーナーの出番は早いようである。




