表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/63

第3話:準備は万端、行き先不明

 日がわずかに傾き始めた頃、ヴェルナ村の空気が少し冷たくなってきた。


 鍛冶屋の槌音が遠くに響き、辺りの喧騒も落ち着きつつある。遥斗は立ち上がり、「そろそろ帰るか」と呟くと、それを聞いたイリスが隣で小さく言った。


「もうすぐ暗くなりますよ。拠点に戻るなら気をつけてくださいね」



 遥斗は「拠点?」と首を傾げた。


 イリスはこのとき、遥斗を森に迷い込んだ旅人と思っていた。

 彼の軽装なのに自信たっぷりな態度から、物資を補給する拠点が近くにあるのだろうと推測していたのだ。きっとそこに本格的な旅道具や仲間がいるのだろうと。


 だから、村まで案内をお願いしていたのも、集落を結ぶ里道を知りたいのだろうと、そう考えていた。

 

 だが同時に、神聖な森の中から現れた彼に、不思議な気配を感じてもいた。

 自分以外はめったに人が来ない森の奥の聖域で彼と出会ったとき、一瞬「精霊様?」と驚いたことは、彼には秘密にしている。


「拠点って――まあ拠点は拠点か。おんぼろだけど」


 と遥斗は笑う。


「旅をされているならご存じでしょうけど、暗くなれば狼が出ることもあります」


 そんな彼女の言葉に呼応するように、遠くから低い遠吠えが聞こえてきた。

 狼かどうかは分からないが、このあたりが人間の支配下にないことを告げている。

  

「マジか、オオカミ!? 急がないとヤバいな」


 と遥斗は慌てたが

 

「まぁあの森の道をまた戻るだけだし、今からなら大丈夫だろ」


 と気楽に考え直した。


 狼への反応ひとつとっても、彼は完全に都会っ子の感覚だった。

 日本人でも、自然に囲まれた場所で暮らしていればその危険を理解して、まだ日が明るいとはいえもう少し焦るだろうに。


 

 村の入り口までは石畳が続き、その先は街道へ向かう踏み固められた道と、森へ伸びる草の踏み跡が続いている。

 イリスは遥斗が街道へ向かうと思い込んでいたから、改めて彼を見て心配そうに言った。


「その格好で大丈夫ですか? ランプも持ってないなら、暗くなると危ないですよ。あまり安くはないですが、交易所に行けば変えるかもしれませんが、手続きをしましょうか?」


 彼女は「故郷へ旅立つ旅人」である彼に心配が募る。

 遥斗は内心「いや、来た道戻るだけだし」と思いながら、大丈夫だよと笑った。

 

「ランプか……あー、まあ携帯のライトあるからそれでなんとかなるよ。心配ありがとな、イリス」


 ポケットからスマホを取り出し、ライトを点けてみせる。


 イリスは少し驚いた顔で、「不思議な道具……」とつぶやいた後、それは自分の知らない魔道具なのだろうと、己を納得させた。

 彼は村で役目を持つ自分と違い、旅人なのだ。

 当然、このような軽装に見えて十全な装備をしているに違いない。



 村の入り口に着くと、来た時にはいなかった自警団らしき見張りが立っていた。

 イリスが軽く会釈すると、その見張りも彼女と遥斗を一瞥する。


 遥斗がよく見れば、その門兵は先ほど見かけたヨルクだった。


 相変わらず口を開かずに黙々と村の外を見ている。

 どうやら遥斗にそっけなかったのは、警戒していただけではなく元からの性格のようだ。


 

「ここまでです」


 とイリスは言った。


「ああ、ここまでありがと。じゃあな!」


「はい、お元気で。また会いましょう」


 遥斗は笑顔で手を振り、イリスも小さく手を上げ、彼が歩き出すところまで見送る。

 彼の足取りは軽く、本当に自由人なのだな、とその姿を少しだけ羨望して、ため息。

 

 いけないいけない、あの人はあの人だ。

 確かにいつにない出会いに心が少し踊ったのは確かだが、今日はこれからもまだまだやることがある。

 イリスはもう一度だけ遥斗を見た後、村に振り返って奥へと歩き出す。

 今日のなすべきことを、成すために――。

 

 そのため、イリスは気づかなかった。

 遥斗が再び森の中へと向かったことに。

 

 ヨルクだけが、こんな時間から森へ向かう遥斗を、変な奴だと訝しげに見送っていた。



 遥斗がアパートに戻ったのは、夕方になった頃だった。

 走るように早歩きしてきたのか、息を切らせてへとへとだった。

 

 途中までは目印になる踏み固められた地面があったので問題なかったが、森の奥まで来ると徐々に獣道に近くなり、さすがに焦った。たしかどこか大きな石があるところを登り、木々の間を抜けたと思うのだが、進む向きが変わったことでそれがわかりずらい。

 だが、不思議なことに


「こちらにあの扉がある」


 と頭に浮かび、無事に戻ることができたのだ。来た時に見た石畳の道が見えた時は心から安堵した。


 扉が閉まり、森の匂いが消えると、嗅ぎなれた無機質なおんぼろ部屋の香り。

 そのままベッドに倒れ込み、目を閉じる。

 

「……異世界、行ったんだよな?」


 思い出すのは森の木々と、ヴェルナ村の鍛冶の音やトゥミルの笑い声。そして、手を振るイリスの姿。

 夢のような時間で――夢ではない。

 

 それは、袋の中の数の減ったチョコナッツ棒が証拠だ。

 

「よし……やってやるか! 異世界探検! 決めたら即行動だ、まずは腹ごしらえして計画を練らなくっちゃな!」


 時間と調理器具がなくてイリスに食べさせられなかったインスタント麺を取り出し、あの世界に思いを馳せつつキッチンへと向かう遥斗だった。



 それからしばらく、遥斗は日常のルーティンをこなした。

 バイトは主に昼シフトが中心で、スーパーのレジ対応にホームセンターの棚卸と、忙しく動く。

 

 いつものクレーム客がやってきては騒動を起こし、バイト仲間や店長が愚痴をこぼすが、そんな中でも遥斗だけはニコニコとクレーマーに対応していた。

 

「ええ、はいはい!買ったこちらの商品がうまく使えなかったから返す、金も返せ、と。無理でございますお客様」

「え、半額シールをこれにも貼れ?あと4時間お待ちになられればワンチャンあるかもですよお客様」

「50円引きクーポンを20枚一度に使わせろ?ハハハ御冗談をお客様」


 朗らかな笑顔で嫌な顔一つせずに、一つ一つ対応していく遥斗。

 そんな彼に毒気を抜かれて静かになったり、さらにネチネチと文句をいう客など様々だったが、今の彼は無敵である。


 何を言われても笑ってそれを許せるのだ。

 

 なにしろ

 

「うんうん、貴方が俺に何言おうと俺異世界に行けちゃうし?テンプレの日本の商品で商売して無双しちゃうし?」


 である。

 そりゃ浮かれるってもんである。

 

 それが終われば買い出しだ。

 バイト先が業務スーパーであることもあり、大量の買い込みもお手の物である。

 お菓子をはじめ即席麺、レトルト、ついでに向こうで使えそうな日用品に雑貨を大量購入。

 店長には「趣味の仲間同士でイベントやるんで買い出しっす」といえば、いろいろ便宜してもらえる。

 

 ホームセンターでも丈夫そうなリュックやサバイバル道具、キャンプ道具などを、バイト代をつぎ込んで買い込んだ。


 夜はアパートで異世界もののアニメや小説を読み漁ったり、使えそうな知識を調べてはスマホにデータを取り込んでいく。

 そんなことをしつつ、押入れの扉をチラッと見るたび胸が少し高鳴った。



 そして4日後。いよいよ明日は完全オフの休日。エリドリアに再び向かう前夜となり、遥斗はベッドに横たわっていた。

 準備はOK、明日の朝ごはん用の手作りおにぎりもOK!

 朝早くに出て、おにぎりは向こうの森の中で木々に囲まれて食べるのだ。


 中身は鮭に梅干し。そしておかずにウィンナーに卵焼き。

 絶対に旨いやつである。

 

 すべての準備ができていることを寝そべりながら確認し、彼は瞼を落とす。

 春の風が窓を叩き、彼を眠りへと誘う。

 

 

 そして、眠りに落ちると彼は夢を見た。

 以前扉越しに見た星空が目の前に広がり、無数の光が瞬く。そんな空間に自分がいる。

 

 次の瞬間、体がふわりと浮き、宇宙を漂う感覚に包まれた。

 遠くには、何かの乗り物のような鉄の塊が飛んでいるのが見える。

 そんな夢だ。

 

 彼が眠り続けるその横で、気づかぬうちにアパートの押入れで異変が起きていた。

 扉が一瞬歪み、低い軋み音が響く。

 

 薄暗い部屋に金属の反射光が漏れ、すぐに消えた。

 夢の中にいる彼は、それに気づかぬまま、夜は更けていく。

 

 

 翌朝、ついにその日を迎えた。

 春の陽気が窓から差し込み、遥斗は出立の準備に取り掛かった。

 

 キャンプ道具にサバイバル道具。インスタント麺にお菓子に日用品。

 リュックに詰め込まれたそれを勢いよく背負うと、ズシリと肩に重みがかかる。

 だが、それもこれからの異世界への旅立ちを思えば足取りは軽くなろうというものだ。

 

 扉の前に立ち

 

「よし、エリドリアだ。イリスと取引、そして本格的な異世界冒険計画への第一歩だぞ」


 と気合を入れる。

 そして、手を伸ばすそのとき、ふと昨夜の夢を思い出し

 

「そういや星空と宇宙遊泳か……変な夢だったな。異世界にいくってのに、宇宙じゃまるでSFだ」


 と笑った。

 

 その瞬間、前夜のような軋みとともに扉が揺れたが、浮かれている遥斗は気づかない。


 

 扉の取っ手を握り、期待に胸を膨らませて力を籠める。

 ギィッと軋む音と共に扉が開いたその瞬間、視界が一変する。


 そこには、想像していた森の風や土の匂いはなく、冷たく錆臭い空気に匂い。


「……は?」


 視界に広がっていたのは、薄暗い照明に照らされた金属の壁と、雑然と積まれた機械部品。

 床には油汚れのようなものが滲み、遠くで低い機械音が唸っている。


「うおっ、なんだこれ!?」


 遥斗は目を丸くし、リュックを肩に掛けたまま一歩踏み出す。足音が金属板に響き、背後で扉がバタンと閉まった。


「待て待て、エリドリアじゃねぇぞ! なんだよここ!?」


 慌てて周囲を見回すと、壁に錆びたパイプが走り、天井には剥き出しの配線が垂れている。

 机らしき上には工具やガラクタにしか見えない何かが散乱し、遠くからはガタガタと物音がしている。


「マジかよ……ここ、どこだ? 森じゃなくて……機械しかないのかよ!?」


 遥斗の異世界計画は、その第一歩から躓いていた。


 

次回はSF世界です。

早ければ明日の12時or20時に投下です。


ご感想、お気に入り登録などがあれば励みになります


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ