第36話:とりあえず木刀を買っちゃうアレ
ザルティスでの買い物を終え、ヴェラと遥斗はホバーカーのある駐車場につながるメイン通路を歩いていた。
遥斗が街の煌びやかなネオンを眺めていると、ヴェラが不意に足を止める。
「悪いルト、アタシはちょっと便所に行ってくる。この辺りは比較的安全だから、遠くに行かないなら適当に見てていいぜ。なんかありゃシアで通信しろ」
「Aisa!」
観光でテンションが高いままの遥斗はガルノヴァの言葉で答えて頷いた。
ちなみに謎の意思疎通翻訳が発動しているので、ヴェラには普通に「了解」と返したように聞こえているので、わざわざガルノヴァの言葉で返す意味はなかった。
ちなみにザルティスのトイレは遥斗も一度利用したことがあった。
SFな超科学の星とはいえ、町並みは退廃的な雰囲気が漂っていて不安だったが、清掃装置が発達しているのか、きわめて清潔で匂いも少ない。ただし、壁にはひどい落書きが多かったのと、便座が冷たく、日本のウォシュレットのような機能は一切なかった。
お尻を拭くのは紙ではなく使い捨ての布のようなものを使うのだが、これがトイレットペーパーよりはるかに綺麗に汚れが取れる。さらに使用後には汚物除去装置のようなものが働くのか、便座や床に何かが吹き付けられたかと思うとあっという間に綺麗になった。
にもかかわらず遥斗は「汚れの取れ方はともかく、快適さはウォシュレット付きの日本のトイレの方が上だな」と密かに結論付けていた。
ひょっとして、日本のトイレの便座温めやビデ、ウォシュレットは、技術的にはともかく発想は革命的なのかもしれない。
のちの話だが、ヴェラはその便座機能について話を聞いて
「うわ、ニホンの技術者ひくわー」
と口を下にゆがませてドン引きしたものの、一度体験して以降は
「ぜってーニホンの開発者は頭おかしいわ」
と言いながら即シアルヴェンを改造して日本式トイレを取り付けることとなった。
閑話休題。
「あ、それと、さっきのガキに渡すつもりだった10カスのチップだが、口座に戻すのも面倒だから、飲み物でも食べ物でも欲しいのがあれば好きに使え」
ヴェラはそう言って、遥斗の手に小さなカードのようなものを握らせた。すべては粒子情報として管理されるデバイスが普及したガルノヴァではめったに使われない小切手のようなものだが、デバイスが使えない時など万が一の時のために持っているらしい。ヴェラは軽く手を振り、建物の中へと消えていった。
遥斗は言われた通り、ヴェラの姿が見えなくなるまで見送ってから、周囲を軽く見て回った。比較的広々としたメイン通路の両脇には、様々な店がひしめき合っている。携帯食料を売る露店、複雑な機械部品が並ぶ専門店、煌びやかな宝飾品を扱うブティックなど、多様な店が軒を連ねていた。その中で、遥斗の目を引いたのは、土産物や加工品を扱う一際小さな店だった。そこでは、色とりどりの鉱物がアクセサリーに加工され、ショーケースに並べられている。
遥斗はショーケースを覗き込み、おそらくはザルティスの定住民であろう、小柄で赤黒い肌の店主らしき男に話しかけた。
「おっちゃん、ここの店ってなにやってんの」
「ああ、ここかい。この星で採れた鉱物を、好きな形に加工して、ペンダントやブローチにするサービスさ。観光客が記念によく買ってくね。鉱物は店にも用意してるけど、持ち込みが普通だよ」
「なるほど。でも、なんか削るだけじゃなく、変な装置埋め込んでね? 何これ」
遥斗が指さした先には、研磨用の機械の他、小さな集積回路のような何かが作業台の上にいくつもおいてある。
「若ぇもんは知らないか。光像晶化の回路だ。鉱物に映像を焼き付ける装置だよ。ヴェクシス機関は使ってない、ひと昔前の玩具さ。好きな場所で風景を撮れば、特定の条件でその映像を空中に映し出す。焼き付けできるのは一回だけで、上書きはできないがな。だからこそ、宇宙で唯一自分だけの鉱物になるってわけだ。ひと昔前ははやってたんだがね。最近じゃデバイス一つで似たようなことはできちまうからあんまり人気はないが、観光客や物好きはぼちぼちやってくんだよ」
遥斗は興味を引かれる。
なるほど、地球でいうなら、ご当地の石を加工した記念品や、ご当地プリクラのようなものだろう。
スマートフォンで簡単に写真が撮れても、ご当地プリクラのような「特別な形で残る思い出」はまだ需要がある日本と似た感覚なのかもしれないと、遥斗は内心で考えた。
「面白いな!これ、試しにやってもらってもいいか?いくつか鉱物を持ってるんだけど」
遥斗はそう言って、先日浮浪児から購入した、ガルノス斑がびっちりと出た鉱物をリュックから取り出した。店主はそれを見るなり、目を丸くして、次いで呆れたような表情を浮かべた。
「ああ、まいど……ん? お、おいおい兄ちゃん。これ、ガルノス斑でまくった産廃じゃねーか。こんなんで依頼されたのは初めてだぜ。普通はもっと綺麗な石を持ち込むんだがな。それこそ、その辺の石ころを拾った方がましだぞ」
「いいんだよ。これがいいんだ」
店主は首を傾げながらも、遥斗の手にあった鉱物を一つ手に取った。そして、表面に触れては、奇妙な唸り声を上げた。
「……ん?これ、もう誰かが加工しようとした跡があるな。しかも、こんな産廃に。……これ加工した奴はなんだ?ろくでもない道具でひどく効率の悪いやり方で加工しようとしてるのに、カットと研磨の方向性は最適解に近い。わけがわからん。……ま、いいや、アンタがこれを気に入ってるっていうなら、やってやるよ。光像晶への焼き付け方、再生方法とかはその首のデバイスに送ってやるからいえば勝手にやってくれるぞ。安心しな」
店主は首をひねりながらも、遥斗の依頼を引き受けてくれた。店主の言葉に、遥斗はあの浮浪児の『少年』が自分で石を磨いていたことを思い出す。店主の口ぶりでは、それは「評価しづらい」ようだが、何かを感じさせるものではあったらしい。
だが、それがどういう意味を持つのかは、遥斗にはよくわからない。
光像晶化機能込みで加工は一つ3カスという安さもあり、遥斗は手持ちの鉱物を3つほど加工してもらうことにした。二つは自分用、もう一つはイリスへのお土産である。
加工が終わった後、遥斗はふと残金の1カスを思い出した。
「おっちゃん、すまないが、もう一つ頼みがあるんだけど。残りの1カスでカットだけしてもらうことはできるか?自然な形のまま、見た目だけ綺麗な置物になるくらいでいいんだけど」
店主は「こんな産廃の切れ端で何をするんだか」とぼやきながらも、遥斗が指先でつまめるほどの小さな輝く欠片を一つ作り上げてくれた。これはこれで地球のオークションに出したらどうなるのかなと期待したのである。
なおロマン回路が唸り続けている遥斗に、それが地球にない鉱物だったら大騒ぎになるのでは、などということは頭にはない。
もっともエリドリアという異世界から植物の加工品を売ろうとしている遥斗なので、今さらではあるかもしれない。
しばらくして、用事を済ませたヴェラが戻ってきた。遥斗が加工してもらったばかりの鉱物を見せると、ヴェラはちらりと目をやった。
「お前それ加工したんか……まあいいけど」
ヴェラは呆れたような顔をしたが、特に咎めることもなかった。AIと寸劇して楽しむような趣味があるわけだし、変なものをアクセサリにして持っていても今さらで、まあいいか、である。
なお遥斗があまりに堂々としていたこともあり、同じようなアクセサリが2つあることには気づいていない。
「ところでさ、次ってどこに行くんだ?このザルティスも面白いけど、なんか次の目的地も決まってるんだろ」
遥斗の問いに、ヴェラは腕を組み、ニヤリと笑った。
「ああ、実はな、配達依頼が入ってるんだ。ザルティスから出て、また別の星に行くことになる。今度はゲートを使って、もう少し連邦の中央に近いところに行く。そこならお前の菓子も高額で売れるだろうし、面白いモンが見れるかもしれねぇぞ」
それは嬉しい報告だ。遥斗は胸を高鳴らせた。
「出発はお前が来てから一緒に出るとするか。シアルヴェンが地上から宇宙に発進するとこ、コックピットから見てみたいだろ。時間はまた今回と同じ間隔でいいか」
「おお、それは楽しみ!わかった。それでいいよ」
ガルノヴァでの生活は、常に新しい発見と冒険に満ちている。早くも次回の航海に、胸が高鳴った。
シアルヴェンに戻るホバーカーの中で、ヴェラがふと真面目な顔で尋ねた。
「そういや、今回の分け前どうする? 買い物でやった100カスだと全然公平じゃないだろ」
遥斗は少し考えてから、首を振った。
「ザルティスを案内してくれただけで十分だよ。もともとそういう約束だっただろ。それに、結構それなりに買えたしな」
実はあの後も、細々としたものは買っている遥斗である。
「だけど、お土産ももらってるし、ドラヤキは完全にお前の厚意に甘えてるから、その分は返しときたいんだ」
ヴェラがそう言い募る。
「いや、シアをもらえただけで、毎回のドラヤキ代金なんざお釣りがくるんだって」
遥斗が本心からそう言うと、彼の首についたチョーカーに搭載されたAIであるシアが、少しだけ光を強くした。
「ありがとうございます、光栄です、ルト様!」
「シア!」
遥斗が慈しむようにチョーカーを撫でると、ヴェラはその寸劇に「スン……」と無の表情になる。あ、チベットスナギツネだ、と遥斗は思ったが黙っていた。
「んー、まあいい。また何か考えとく」
ヴェラは納得したような、していないような顔でそう言って、それ以上は追求しなかった。
ホバーカーが到着した宇宙港は、ザルティスの市場区画とはまた異なる喧騒に包まれていた。大きな赤い月をバックにして、様々な形状の宇宙船が並び、小型のシャトルや、遥斗の想像をはるかに超える超大型の貨物船まで、多種多様な機体が所狭しと停泊している。整備士らしき人々が忙しなく動き回り、荷物を積み降ろすフォークリフト型ロボットが行き交い、金属音やヴェクシス機関の青白い光、そして排気音が響いていた。ガルノヴァ各地から集まってきた多様な種族の宇宙人が行き交い、「錨星」としての存在を大きくアピールしている。
シアルヴェンが停泊している区画へと続くスロープを歩いていると、遥斗はふと立ち止まった。視線の先には、流線形が勇ましい、ヴェラの愛機『シアルヴェン』の雄姿がある。彼女自身オンボロという通り、整備が終わってなおいくつもの汚れやガルノス斑のくすみが見られるが、それこそがこの船が宇宙の中を生きてきた証であることを雄弁に物語っていた。
「そうだ、せっかくだしさっそくこれをやってみよう」
遥斗はリュックから加工してもらったばかりの光像晶化したブローチを取り出し、興奮気味にヴェラへと差し出した。手の中で鈍く光るガルノス斑に覆われた鉱石は、あの怪しげな店主の手にかかると、不思議と美しい輝きを放っていた。
「ヴェラ、こっちこっち。シアルヴェンをバックにしてこれに映像を焼き付けようぜ!」
「ああ?なんだよ、マジでやるのかよ」
ヴェラは呆れたように片眉を上げたが、その口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。露骨に「ええー」という顔をしつつも、拒むでもなく、遥斗の隣へと一歩近づいた。
シアルヴェンを背景にした二人の姿が、自然にそこに収まる。
「シア、じゃあ撮影お願い。なるべく格好良く頼むぜ」
遥斗がそう指示すると、首のチョーカーが淡く光った。シアの声が響く。
「ルト様、恐れ入りますが、私の現在の位置からは、記念撮影に相応しい画角の確保が困難です。ヴェラ様、小型の探査機はお持ちでしょうか。それを借りさせていただければ、遠隔操作で高精度な撮影が可能です」
ヴェラはシアの冷静な提案に「ふむ」と短く答えると、腰のポーチから指先ほどの小さなデバイスを取り出した。それは、折りたたまれた昆虫のような外見で、何かカチカチ通すとあっという間に薄い羽のようなものを広げ、僅かな羽音と共に宙へと浮かび上がった。
「ああ、探査用の『スカッター』ならいくつか積んでるぜ。これでいいか」
「はい、問題ありません。制御権限を移譲します」
シアの声に、スカッターは遥斗とヴェラの正面へと滑らかに移動し、ぴたりと静止した。
「自撮りもこうするとすげーハイテクだなあ」
遥斗は思わず感嘆の声を漏らした。
スカッターと呼ばれた浮遊機械のレンズが二人を捉え、淡い光を放つ。
「撮影シーケンスを開始します。対象を捕捉、画角調整、照明補正……。データ取得完了しました。鉱石の中の光像晶に焼き付けます。この処理は一度きりとなりますので、よろしいですか?よろしければ再生キーを指定してください」
「ああ、もちろん。再生キーはどうしようかな。何かの合言葉とか、短いフレーズとか。何がいいかな」
遥斗は腕を組み、どんな言葉を選ぶべきか考え始めた。記念に相応しい、それでいて少し特別な言葉がいい。ふと、旅の始まりからずっと隣で支えてくれているヴェラの顔が目に浮かんだ。
「んじゃ日本語で――『ガルノヴァの相棒と共に』にしよう」
遥斗が少し照れたようにそう告げると、ヴェラの表情が一瞬固まった。それから、ゆっくりと遥斗の方を振り向く。
「うわ、恥ずかしい奴だな、お前は」
ヴェラは「うへえ」と言いながらそう言い放ったが、彼女の耳の先がうっすらと赤く染まっていたのは、赤い月の光のせいだろうか。
「焼き付け処理を開始します。完了しました。おめでとうございます、ルト様、キャプテン・ヴェラ。世界に一つだけの光像晶を持つ鉱石が誕生しました」
シアの声が響く中、遥斗は掌の光像晶を握りしめる。
ヴェラとの旅の始まり、そしてこれからの冒険への期待が、この小さな輝きの中に凝縮されたような気がした。




