第33話:初出品
全話について、主にラストシーンを大きく変更しています。全体的に1000文字程度加筆いているので、ご確認いただければ幸いです。
帰還した遥斗は、リュックを床に置き、中から持ち帰った木工品を慎重に取り出した。セメラから受け取った『星枝の壁飾り』が二つと、『波花の宝匣』が四つ。どれも木の温もりと、素朴ながら丁寧な手仕事が感じられる逸品だ。窓から差し込む陽光を受けると、木目がきらきらと虹色に輝き出し、まるで芸術品のような荘厳さと気品を放つ。
遥斗はまず、一セット分を自分用として自室に飾ることにした。壁飾りは、以前から殺風景だった壁の一角に丁寧に掛ける。カーテンを開ければ朝日を受ける位置なのがまたいい。淡い木肌と、そこに彫り込まれた星のような花々が、アパートの白い壁に不思議と馴染んだ。
波花の宝匣はパソコンラックに並べてみる。まだ何も入れる物はないが、小さな宝物を入れていこう、と遥斗は密かに決めていた。残り三つのうち、一つはヴェラにあげてもいいかもしれない、と確保し、二つは販売用に丁寧に布に包んだ。
「さて、じゃあ早速、写真を撮って出品準備するか。初めてだな、こういうの」
新しい試みをするのはいつだってワクワクする。
遥斗がスマートフォンを構えようとすると、首元のチョーカーからシアの声が響いた。
「ルト様。私に任せてください。私が見栄えがよくなるよう映像を撮り、売れるように最大限配慮します」
「え、シアが? できるのか?」
「はい。現代のネット販売モデルをサンプルに、ユーザーの購買意識を高める光の加減、アングル、質感の表現、全てにおいて最適化されたビジュアルを検討、提供します」
また道具マウントか、と思ったが、その提案は魅力的ではある。
「すごいな……!ああ、でも画像をあり得ない形で加工するとかは止めてくれよ。あくまで実際の魅力で売れないと意味ないからな。あと、スマホで撮ったことにしとこう。最近は画像情報からいろいろバレるらしいからな。……お願いできるか?」
「承知いたしました。では、私が一度撮影をした後、ルト様の粗末で簡素で矮小なデバイスを通した画像となるように調整します」
「ええと、そろそろ俺のスマホやパソコンをディスるのやめようね。お前が優秀なのはわかるけど、日本で暮らしていくには持ってないと困るし」
道具マウントはもうシアの癖だと思うので止める気はないが、自分の電子機器をディスられ続けるのは精神衛生上よろしくない。
「ほら、あれよ。お前が一番優秀で大事な相棒なのは間違いないけど、他の道具はお前の子分というか、弟子というか、できの悪い弟とかみたいに思えない?」
自分でもわけのわからんことを言ってるとは思う。
そう投げやりに言うと、シアは
「弟子……弟……。そういうのもあるのか」
とぶつぶつつぶやいて。
「Aisa。では私が撮影したものを、スマ吉のカメラ機能で写した形にして連携します」
「スマ吉て」
自分はシアにとんでもないことを吹き込んだのかもしれない。
そう冷や汗を流しながら遥斗が壁飾りと宝匣をテーブルの上に並べると、シアは空中の一点に光の球を発生させた。その光は、天井の蛍光灯とは全く異なる、柔らかく、それでいて被写体の木目を際立たせるような、絶妙な色合いと強さで品々を照らし出した。
そしてシアの指示通り、様々な角度から何枚もの写真を撮影していく。といっても、遥斗はただテーブルの周りをぐるっと回っただけだ。それだけで後は勝手にやってくれるらしい。歩いている場所や速度にしたがって、空中の光が微妙に変化していたので、おそらく自動で最適になるように調整しているのだろう。
その後、連動された画像をスマホとパソコンそれぞれで確認する。他の人が画像を見た時にどのように見えるかを確認するためだ。
シアが映し出す完成品は、遥斗が自分のスマホで撮ったものとは比べ物にならないほど、素晴らしい仕上がりだった。ただでさえ美しい木工品が、その品々から発せられるであろう「物語」が、写真一枚一枚から溢れ出しているように見えた。
「すげぇ……プロが撮ったみたいだ」
「ご満足いただけたでしょうか?」
「ああ、もちろんだ!完璧だ、ありがとうシア!」
さっそくそれを使って、久方ぶりにPCを立ち上げて、日本で一番有名なオークションサイト『SeriDasu』を開く。
アカウントをちょちょいと新規で作り、準備をした。
シアに任せてもいいのだが、最初の第一歩は自分でやりたいのだ。
シアも「パソ太にも少しは頑張ってもらわないとですね」と認めてくれた。
「パソ太」て。
まずは壁飾りから出品する。
最低落札価格は星枝の壁飾りが3,000円、波花の宝匣は2,000円に設定した。両方合わせて1万円くらいなら売れるとは思うが、日和ったのだ。
遥斗は、出品文を書き始める。
シアが「高値で売れるための最適な文言を提案できます」と進言したが、遥斗は首を振った。
「高値で売れるに越したことないけど、俺はヴェルナの商品をみんなに認めてもらいたいんだ。その想いを伝えるのは、俺の『役目』だ」
遥斗はネットオークションの経験がなく、文章のセオリーなども知らない。ただ拙くも自分の想いを込めて真剣に文章を綴った。
そして書きあがったのがこうだ。
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商品名:【精霊の森に伝わる祈りの木工品】星枝の壁飾り
商品説明:
はじめまして、遠い異国の地より、この特別な品をお届けします。
これは、とある国の小さな集落に代々伝わる伝統的な木工細工の壁飾りです。
彼らが深く信仰する森の精霊『セリーモア』が、初めて大地に降り立ち、世界を結ぶ広大な森林を作り上げたという古の逸話をモチーフに、精霊祭での奉納品として現地の熟練の木工職人が一つ一つ手作業で作っています。
木の温もりと素朴な美しさの中に、彼らの暮らしと信仰が息づいているのを感じていただけると思います。壁に掛けることで、家の者に安らぎと希望をもたらすと信じられています。
今回、現地の方との同意のもと、こちらを販売することとなりました。
正直な話、私自身もこのような品が日本の皆様にどう受け止められるか、不安です。
一般的な市場価格や相場があるわけでもないため、まずはこの品が皆様にとってどのような価値を持つのか、その評価をお聞かせいただきたく、オークション形式で出品することにいたしました。
もしこの品に心惹かれる方がいらっしゃいましたら、ぜひご検討ください。
現地では化学薬品などによる加工、保護はしていないため、日本の気候環境(特に乾燥や湿気)によっては木材が変質する可能性があります。
直射日光や高湿度な場所を避け、飾る場所にはご配慮ください。
もし商品の状態が写真と大きく異なる場合、サイトの返品手続きをご利用ください。
大変残念ではありますが、誠意をもって返金対応いたします。
今回は1点のみの出品となりますが、現在追加で制作を依頼しており、今後はフリマサイトでの少数販売も検討しています。その時の価格は、今回のオークション結果と皆様のご意見を参考に決定する予定です。
この品が、皆様の日常に小さな奇跡と物語を添えることができれば幸いです。
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商品名:【聖なる泉の美しき花】波花の箱
商品説明:
これは、とある国の小さな集落村に伝わる伝統的な木工細工の箱です。
詳しくは http://seridasu.com/2411/Verna_Crafts/2108 の『星枝の壁飾り』をご参照ください。
セリーモアの森の奥深くにある「生命の泉」に住まう、セリーモアの娘である泉の精霊【シーヴァー】。彼女が水面に咲かせたという神秘的な『波花』の伝承がこの箱には込められています。
この「波花」は、かつて村の娘が大切な形見を森で失くし、泉のほとりで涙していた際、哀れに思った泉の精霊シーヴァーはその涙に応えるかのように失せ物を森の水を通して探し出すと、娘のいる泉の水面に美しい花を咲かせ、その花の中に形見は納められていたと伝えられています。以来、村人たちはこの箱を、精霊シーヴァーへの感謝と、失われたものが再び手元に戻るようにとの願いを込めた奉納品として、また「大切なものを守る」お守りとして使ってきました。
村では、家族の思い出の品や、将来への願いを込めた大切な宝物をこの箱に納め、永く守り続けてきました。手触りの良い木肌と、波紋のように美しい木目が特徴で、その一つ一つに職人の祈りと魂が宿っています。
現在、この箱は他に1点の手持ちがございます。今回のオークションでの反響によっては、残りも同じように出品することを検討いたします。フリマサイトでの価格設定は、先の壁飾り同様、今回の結果と皆様のご意見を参考に決定する予定です。
この品が、皆様にとってかけがえのない思い出を守る存在となりますように。
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遥斗が書いた出品文は、オークションサイトではあまり見ない、長々とした独特のものだった。
普通はもっと「これがいかに素晴らしい商品なのか」や「こういう風に使えますよ」、あるいは「こんな価値がある」など、いかに売り込むかが書かれるものだ。
だがその本文は、金儲けというより、その小さな村の文化と、それを表す工芸品の価値を評価してほしい、という彼の純粋な思いが伝わってくる内容となっている。
そのせいか、最低落札価格やサイズなどの商品情報を除けば、短い物語を語るテキストサイトのようなものになっている。
だが、本人は自身はあまりオークションサイトを使わないこともあり、そんなことは一切気にせずできた文言に大満足していた。
「よし、これで出品完了!」
遥斗は達成感に浸りながら、PCを閉じた。
明日はバイトがあるので、早めに寝なければならない。
夕食は、簡単にレトルトカレーで済ませると、風呂に入り身を清めてから、自室のベッドに倒れ込む。今日は疲れていたこともあり、暗黒竜も落ち着いている。まあ迂闊に触るとすぐに目覚めるのであるが。
「シア、なんか面白い動画ないか? 今日は一日頑張ったから、ちょっと息抜きしたい。できればこう、すっごいくだらないやつ」
「Aisa」
遥斗はシアが空中に映し出したホログラム映像に釘付けになった。それは、遥斗の知る地球では国民的コメディアンとして愛された男の、数々の傑作コント集だった。彼の繰り出す奇妙な動き、独特の間合い、そして顔芸に、遥斗は腹を抱えて笑った。
『とんでもねえ!あたしゃ神様だよ!!』
爆笑のボケに遥斗はもうダメだった。
これはあとでエスニャやルクェンにも見せてやろう、とつぶやくと、壁飾りが「え、マジ?あの子笑い過ぎて死んじゃったりしない?」とばかりに少し傾いた気がした。多分気のせいである。
遠い異世界で自身が祈りを捧げられてるなど思いもしない遥斗である。
翌日。
遥斗は普段通り業務スーパーとホームセンターでのバイトに出かけた。慣れた手つきで品出しを行い、レジ打ちをこなし、客からの問い合わせに対応する。昨日までの異世界での出来事が、まるで夢だったかのように感じるほど、日常は淡々と過ぎていく。
バイトを終え、疲れた体でアパートに帰ってきた遥斗は、インスタントラーメンでも作ろうかと考えながら、ふと、オークションのことが気になった。
「そういえば、オークションどうなってるかな……シア、サイトを表示してくれ」
「承知いたしました」
シアにより、面前の空中にオークションサイトが表示された。
遥斗は、「両方あわせて1万……いや、せめて8,000円くらいを越えてくれれば」と淡い期待を持ちながら、その映像を見る。
「……?」
遥斗は、表示された数字に目を疑った。
箱の現在の入札価格は、31,300円。そして壁飾りは、なんと53,600円と、5万を軽く超えていた。合わせて8000円どころか10倍の8万を超えている。
「うそだろ!? なんでこんなに!?」
遥斗は思わず叫んだ。最低落札価格をはるかに超える金額に、心臓がバクバクと音を立てる。同時に、今も少しずつであるがその値段は上がり続けている。
また、商品ページには膨大な数の質問が寄せられていた。
それは純粋に商品が欲しいというものであったり、『設定』に興味があるという知識欲だったり、何かの詐欺じゃないかと疑う声まで様々だ。
それに対して遥斗は一つ一つ丁寧に返信を返していく。
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商品名:【精霊の森に伝わる祈りの木工品】星枝の壁飾り
現在の価格:53,700円
入札:28件
質問欄
質問者: 神秘ハンター
Q: この壁飾りは、どの時代から作られたものですか? 美術品としての価値は?
A (出品者: Verna_Crafts): 古くから村に伝わる伝統的なものですので、特定の年代についてはわかりません。芸術的な価値については、日本の美術品とは異なる文化背景を持つため、皆様のご判断にお任せします。美術品としてより、あくまで商品そのものの価値を皆さんで見出して欲しいと思います。
質問者: どんとこい花三郎
Q: この『精霊セリーモア』とは、どのような存在なのですか? 別の出品で『泉の精霊』などがでてますけど、もっとエピソードが知りたいです。
A (出品者: Verna_Crafts): セリーモアは森と生命、そして世界を司る精霊で、村人たちの暮らしを支える存在です。具体的な逸話については、出品文に記載の通り、森の誕生に深く関わるものです。他エピソードはあると思いますが、出品者のリサーチがまだ完全ではないため、現状はこれ以上はわかりません。次回があれば、その時までに詳しく聞いてきます。
質問者: 興味津々丸
Q: 制作している職人さんの写真や、村の風景は見せてもらえませんか?
A (出品者: Verna_Crafts): 残念ながら、映像は現地の許可を確認していないため、少なくとも今回の出品の間は画像を載せることができません。また、文化保護の観点から、あまり詳細の情報は載せる予定もありません。しかし、彼らが丹精込めて一つ一つ手作業で作り上げていることだけはお伝えできます。
質問者: 伝説のすこんぶ
Q: 異国の手作り工芸品っていってるけど、日本で機械で作ってるんじゃないの?そのほうが高く売れるから。
A (出品者: Verna_Crafts): 疑念を持たれるのは当然だと思います。高い値段で購入していただけることが喜ばしいことも否定しません。しかし、私はこの品が持つ物語と価値を日本にも伝えたい、認めてもらいたいと思い、出品しています。ただしそれを証明することができないことも理解しています。
皆様が実際に品を手にした際、その手触りや職人の技術から、確かなものを感じていただけることを願っております。
質問者: 高次元伝道師
Q: これって本当に精霊の力とかあるんですか? 家に飾ったら良いことありますか!?
A (出品者: Verna_Crafts): 現地ではそのように信じられています。しかし、効果を保証するものではありません。また本商品をスピリチュアやオカルト品として販売する意図はありません。どうか、あくまでその文化と物語に価値を感じていただける方にご購入いただければ幸いです。
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次々と届く質問に、遥斗は一つ一つできるだけ包み隠さず返信をしていく。
バイトで疲れ切ってはいたが、皆がヴェルナの工芸品に興味を持ってくれているからこそ反応してくれるのだ、とキーボードを叩き続けた。
その間も入札数も増え続け、価格は上がり続けていた。
「こりゃ、明日はもっとすごいことになるかもな!」
遥斗は今後、さらに値が上がるだろうことにウキウキしながら、翌日のバイトに備えて眠りについた。
翌日、バイトを終えた遥斗はまっすぐ帰宅。電車の中でスマホで確認することもできるのだが、お楽しみはちゃんと自室でゆっくり確認したい。
彼は食事もそこそこに、オークションサイトを開く。
「よし、シア、どうなってる!? さらに一万円くらい上がってたりして!?」
そして画面に表示された数字を見て、遥斗は目を見開いた。
宝匣はあっという間に7万円を超え、壁飾りに至っては、もはや桁が一つ増えて12万6千円を突破していた。
質問もさらに桁が増えている。
「なんで!? なんでこんなにも!?」
高いのは嬉しい。
嬉しいがたった一夜で2、3倍に跳ね上がっているのは一緒の恐怖である。
「これのせいかと推測されます」
遥斗が叫んでいると、シアがホログラムで、世界でもっとも有名なSNSの一つ、「Xatter」のタイムラインを表示する。
そこに表示されていたのは、遥斗が出品した『波花の宝匣』と『星枝の壁飾り』の写真と共にアップされた、こんな書き込みだった。
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どすこいホムーラン@Doskoi_homhom
なんかSeriDasuにやべーの出てる!
あと出品者の返答、煽りにも全部マジレスなの天然やろwww
でもネタにはちゃんと返してくるwwwwwwww
#SeriDasuセリダス #やべーの出てる
(URLとスクショ)
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投稿は数千リツイート、万超えのいいねを集め、コメント欄は「これヤバい!」「私も見た」「誰か詳細調べて!」「新手の詐欺やろ」「スクショに俺いるんだけどwwww」と、欲しがるものからアンチまで、大盛り上がりになっていた。
他にも同様の投稿が、同じように万バズをしており、トレンドにもSeriDasu、『やべーの出てる』にはじまりいくつかのキーワードが乗っている。
「うわあ……なんかすごいことになっちゃったぞ……」
遥斗は額に手を当て、どこぞの大食い貿易商よろしく、少し虚ろに笑いながら頭を抱えた。
とりあえず、彼は返信で寝るのが遅くなる覚悟をして、夕飯はコンビニで大量に買い込むことに決めた。
あと「自分は天然だったのか」と地味にへこんだ。




