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【書籍化進行中】星と魔法の交易路 ~ボロアパートから始まる異世界間貿易~  作者: ぐったり騎士
世界を超える特産品

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第32話:そもそも自重してなかった主人公

「へー、それじゃ、星枝の壁飾りは、精霊『セリーモア』の伝承のワンシーンなんですか」


「そう。世界へと枝を広げ、そして星を越えて世界を越えていく。その枝の広がりを表して――」



 遥斗はセメラから受け取った『星枝の壁飾り』、そして『波花(なみはな)宝匣(はこ)』の逸話を聞きながらメモをする。

 こういうエピソードがあると、好きな人には刺さるはずである。

 実際にそのような物語が伝わっているのだから嘘ではないし、セメラはセメラで精霊の物語が広まることは嬉しいのかいろいろと話してくれる。

 こんなに熱心に聞いてくれたのはかつてやってきた学者くらいだと彼女は笑った。


 ちなみにまだ家にあるという壁飾りと宝匣(はこ)は、トゥミルたちに頼んで持ってきてもらった。

 飴ちゃん玉を上げたら喜んで手伝っており、遥斗が労って休んでいいというと、彼らはそのまま遊びに行ってしまった。

 さすがキッズ。子供たちの『休む=遊ぶ』の精神性は世界を越えても変わらないらしい。


 さて、一通りの準備はできた気がする、あとは皆に頑張ってもらうだけである。


「よし、決めることは決めたかな。それじゃこの裁縫に関する道具は全部ここに置いていきます。布も糸も好きに使ってください。できたものは五日後に取りに来ます」


「しかしよ、ハル。こんな貴重な品をそんな簡単に置いていっていいのか?……万が一、盗られたりしたらよ……」


 スガライが心配そうに言うと、マレナが「何を言うんだい、スガライ」と彼を嗜めた。


「この薬草師の工房は、村の者にとっちゃ守らなきゃいけない大事な場所さ。そこに盗みに入るような阿呆はこの村じゃいないさ」


 ヴェルナ村は貧しいながらも、村人同士の結束が固く、盗難など滅多に起こらない平和な村だった。

 ましてやこの薬草師の『役目』に任されたこの工房は、精霊の森に次いで重要な場所である。集会所としての機能もあるが、そこにあるものを漁ろうとするあさましいものがいようものなら、両腕を折られたうえて村から追い出されて野垂れ死にしても仕方ない。


「わかってるって婆さん。俺だって村のやつに盗まれるなんて心配はしてねえよ。ないと思うが外のやつや盗賊が襲ってくることもないわけじゃねえだろ?」


「ふん、そんときゃ男どもが体を張って守るんだよ!アタシだって槍は無理でもアードくらいはぶん回して老い先短い命くらいはってやるさね。女どももそれしかなけりゃためらわんだろうがよ」


 きひひ、とマレナが笑うと、セメラ、リーリーも真剣な目で頷く。イリスは頷きこそしないが、その目には絶対に守るのだ、という強い決意が見える。

 どうやら本当にこの村の人はそうするだけの気概があるものが集まっているらしい。

 それはこの薬草工房が大事であるのも当然だが、自分たちを信頼してこれほど高価なものを預けた遥斗に対しても、敬意を持ってくれているようである。

 

 その想いは多変嬉しい。だが、そこまでされても困ってしまう。

 遥斗は、彼らの真剣な眼差しを受け止め、ゆっくりと、しかしはっきりと告げた。


「大切にしてもらえるのはありがたいです。でも、俺にとって大事なのはあくまで皆さんです。万が一のときは、これらの道具が失われたって構いません。絶対に、みんなの安全を最優先してください」



 その言葉は、村人たちの心に深く響いた。

 この世界において、人命は重くないとは言わないが、金に変わることが往々にしてあるのも事実だ。

 

 金は金で、命は命で償うべし、が基本のエリドリアであるが、それでも金を命で償わせようとする者は決して少なくない。

 平民、それも農民の扱いは決して良くはない。

 金を持つもの、力を持つものほどそれは顕著だ。

 

 そして遥斗はここにいる村人たちからは実は「とんでもなく大きな商会の若旦那」か「貴族の放蕩息子」だと思われていた。

 それくらいしか、彼の持つ品々の説明がつけられなかったのだ。

 

 そんな存在が、自分たちの人生を買えてしまうほどの高価な品々を「信頼する」と預け、いざとなれば捨ててもいいという。

 彼は自身のためといいながら様々な「秘伝」ともいえる知識を提供し、村がよくなることを考えていた。

 

 この信頼には応えなければならない。みなは決心を新たにした。

 


「あの、これはマジですからね!ふりじゃないですから!マジで万が一の時はみんなを優先してくださいね!」


 押すなよ、絶対押すなよ!

 わずか数千円で命を張られても困る遥斗は、それはもう必死で頼んだ。

 


 

 

 とはいえ一人だけ遥斗に対する扱いを変えない者もいる。

 マレナだ。

 

 遥斗の言葉に彼女は「そうかい」とだけ言って、笑う。

 そしてマレナは持っていた刺繍の本を手に遥斗に聞いた。



「ハル坊、婆の予算は聞いたがよ。婆の腕を高く買った分、その予算じゃどう考えてもこの布の3割も使い切らねえ。だが好きに使っていいってことはこの布や糸で刺繍をじゃんじゃん作ってもいいんだな? 刺繍が得意な奴を村から集めて、道具も使わせて秘伝も教えちまってもいいんだな?」


 遥斗は「はりきってるなあ」とニコニコして頷き、次にマレナを見た。


「はい、いいですよ。でも今は手元に銅貨がないので、予算以上はすぐに代金をお支払いすることはできませんが……」


 遥斗が少し申し訳なさそうに言うと、マレナは手をひらひらと振った。


「ふぇふぇふぇ、金はいらんさね。縫いたいから縫うんだ。今は試したいことがたくさんあって、わくわくが止まらないのさ。この布と糸を使わせてもらえるだけで十分さ」


 その熱意に、遥斗は感銘を受けた。


「分かりました。でも、作った分はちゃんとお金は払います。ただ、さっき言ったとおり、今は銅貨がないので、後払いか現物支給をさせてください」


「ああ、もちろんさ。ハル坊の言葉なら信じるよ」


 マレナは満足そうに頷いた。他の女性たち、スガライも新しい技術や知識、そして遥斗の言葉に触発され、次々と声を上げた。

「私もマレナさんと同じ条件でお願いします!この針と糸で魔術刻印が出来るなら、きっともっといいものが……!」

「あ、アタシもいいかい?できる限り頑張って作っておくよ」


 遥斗は笑顔で応じ、


「分かりました。皆さん、よろしくお願いしますね!」


 と快諾した。



 話が一通りまとまると、村人たちは口々に感謝を述べ、興奮冷めやらぬままそれぞれの家へと帰っていった。

 工房に残ったのは遥斗とマレナ、そしてイリスだけになった。マレナはすぐさま机の上の裁縫の本に集中し始め、彼女の指がページをめくるたび、若い頃の情熱が蘇るように、口元に笑みが広がっていた。



「ハル様、軽食にしませんか?」


 イリスが遠慮がちに遥斗に声をかけた。ヴェルナ村では正式な昼食という習慣はないが、昼を越えれば間食を取ることが一般的だ。


「そうですね。お腹も空いてきましたし」


「私の家で簡単なものでよければ……」


 イリスの提案に遥斗は二つ返事で頷いた。現代日本人の遥斗的には、普通に昼ごはん時であるし、がっつり食べる派である。

 

「ではハル様さんの大切な道具なので、ここにしまっておきましょう。ここなら安全です」


 イリスはそういって部屋のとある壁に向かっていくと、ある部分を特定の順番で押してから、足元の薬瓶の中からドアノブのようなものを取り出して、壁に取り付ける。そしてゆっくりと引くと小さな収納スペースが現れた。

 遥斗が感心していると、そこに彼が預けた裁縫道具や布などを丁寧に収めていく。


「ここは私以外だとマレナお婆さんしか知らない、特別な保管場所なんです」

 イリスは少し得意げに言った。

 マレナは「婆の目が光ってるから、誰も手出しできねえよ」と笑う。

 頼もしい限りである。


「ありがとう、イリス」


「改めてみても、ハル様の道具はどれも本当に素晴らしいですね。こんなものがあるなんて……信じられません」


 しまいながらイリスが感嘆の声を漏らすと、マレナも頷いた。


「ああ、まったくだね。こんな便利な道具があるなんて、あたしゃこの歳になるまで知らなかったよ。これがあれば、若いころどれだけ仕事が楽になったか……」


 そう言って遥斗の道具を称えられて遥斗が恐縮していたとき、声が聞こえた。


"――ルト様。少しずつですが、この星の言葉を理解しています。今、ルト様の持ち込んだ道具がもてはやされていますね?"



 シアの声が脳に響いた。


(え? ああ、うん。そうだけど……)


遥斗が答えると、シアは僅かに間を置いてから続けた。


"……ルト様。ルト様の持つ『できる道具』は私では?"


(お、おう)


 やばい。

 シアが道具マウントを取り出したぞ?


"ルト様。現時点では言語理解が完ぺきではありません。ルト様の返答から推測することしかできないからです。ですが実際に会話をした方が、この星の言語は早く正確に覚えられるでしょう。そのためにも、紹介するべきです。私は早くここで、ルト様のお役に立ちたいのです"



 シアの言葉は理に適ってはいる。マウント癖が本音だとは思うが。

 遥斗は考え込んだ。

 確かに、この世界では魔法や精霊といった概念が存在する。

 地球では大騒ぎだろうが、この世界ではどっちにしろ地球のものを持ち込んでも大騒ぎなのだ。

 なら隠し続けるよりも、ある程度オープンにしてしまった方が、今後の活動にも有利に働くかもしれない。それに、シア自身もそれを望んでいる。


(……分かった。でも、あまり驚かせないでくれよ。あと、俺はこっちではハルだからそこだけよろしく)


 遥斗が覚悟を決めて頷くと、シアは"Aisa"と返す。


「イリスさん、マレナさん」


 遥斗が二人に呼びかけると、二人は不思議そうに遥斗を見た。遥斗は首元のチョーカーにそっと手を触れる。


「実は、このチョーカー、ただのチョーカーじゃないんです。中に精霊のようなものが宿っているというか、……えっと、知恵を持った魔法道具、というか」


 遙斗はそう前置きし、シアに声をかける。


「シア、自己紹介を頼む」


 次の瞬間、イリスとマレナの耳に、まるで遥か遠くから聞こえてくるような、しかしはっきりと、現地語の声が響いた。


「こんにちは。ヴェルナの人。私、シア。主、ハルに忠実な道具。よろしく」


 その声は、イリスとマレナの思考を停止させた。目の前の遥斗のチョーカーが、まるで意思を持ったかのように喋り出したのだ。二人は目を見開き、口をあんぐりと開けたまま、その場に立ち尽くした。


「……せ、精霊様……?いえ、知恵ある(ワイズ)魔法遺物(アーティファクト)……?」


 イリスが震える声で呟いた。マレナも驚きのあまり、言葉を失っている。


 よかった。固定の名前があるということはそういうもの、概念はあるらしい。

 それでいこう、と遥斗は決めた。


「そう!その知恵ある(ワイズ)魔法遺物(アーティファクト)だよ。まだこいつは言葉に慣れてないんだ。これからよろしくやってほしい」

 

 とりあえず、押し切れたな、と遥斗は苦笑いをした。

 声もなくこくこくとうなずく二人。多分、本日の驚きのキャパを超えただけで押しきれてない。


 

 その後、イリスの家に戻ると、彼女が淹れてくれた薬草茶を飲みながら、遥斗はシアの指示通り、少しずつ二人にシアのことを説明した。シアも片言ながらも現地語で会話に参加し、二人の質問に答えていった。

 特にイリスは、シアが「様々な知識を司る」存在だと知ると、その瞳に強い好奇心が宿った。

 マレナも、ずいぶん機嫌よさそうに笑っている。

 ちなみにシアはイリスたちにはエリドリアの言葉で話しながら、遥斗には日本語でその内容を伝える、ということを同時に行っている。現地語部分は遥斗には聞こえづらくしつつ、遥斗的には日本語がはっきり聞こえるようにしているので、会話は自然に行われていた。

 ハマトクでの通訳ラッシュで完成された同時通訳法である。


 イリスの家で出されたのは、少しのナッツと、ぼそぼそとした麦を焼いたものだった。ナッツはそこそこ美味しかったが、パンはやはり硬く、味気ない。だが、それも異世界のナッツとパンと思うとニコニコしながら食べる遥斗である。


 食事が終わると、遥斗はエスニャとルクに日本の話をして聞かせた。


「あるとき、とても駄目だけど優しい男の子のところに不思議な魔道具をたくさん持った青いタヌキがやってきてね……」


 遥斗がそう切り出すと、子供たちは目を輝かせ、身を乗り出して話に聞き入った。

 未来道具はすべて魔法の道具で押し切るが、そうしても物語性に違和感がないのがすごい。

 物語といえばせいぜい精霊の伝承か、国の成り立ちや冒険者の英雄譚しかないこの地に、ジャパンの国民的青ダヌキはやはり子供に受けた。



 日が少しだけ傾き始める頃、遥斗はイリスの家を後にしようとした。

 ついでに遥斗はリュックから栄養ゼリーとレトルトおかゆのパックを取り出し、イリスに手渡した。


「これ、エスニャが調子を崩したときとかにいいよ。固形物が食べられない時も。こうやってあけて吸って、こっちはお湯で温めて、ここを手でちぎるようにしてお皿に開ければいいよ」


 イリスは不思議そうにそれらを受け取ったが、遥斗の真剣な説明に、その便利さを理解したようだった。

 もらい過ぎだとは思うが、こと家族のことであれば、イリスもプライドは捨てられる。

 ありがたくそれを受け取った。


 遥斗は「じゃ、そろそろ帰るかな」と立ち上がった。イリス、マレナ、エスニャ、ルクが家の外まで見送りに出る。遥斗は笑顔で手を振り、村の外へと歩いていった。


 遥斗の姿が見えなくなったとき、イリスはマレナに顔を向けた。


「マレナさん、私に計算、他にも知識を教えてほしいんです」


 マレナは驚いたようにイリスを見た。


「どうしたんだい、急に」


「みんなはちゃんと仕事をして、その対価で銅貨をもらっています。でも私、ハル様からすでにたくさんお金をもらっているのに、直接役立っている実感がありません。私は、もっとハル様のために知恵と知識が必要なんです」


 今日のことは、遥斗が自分が得た銅貨を「村に返さなければ」と強い意志で臨んだ結果だ。

 一方で自分はどうか。

 たいした手伝いもせずに「村人たちからのお金」を自分が得ただけである。

 この村の者ではない遥斗が気づいたことを、自分は気づかないままでいた。それが、悔しいし情けない。

 

「マレナさんは、今日ハル様がおっしゃっていたことを、いろいろ理解して納得されてましたよね。でも、私にはわからないことがたくさんあった。私は、まず、それを理解しないとダメだと思うのです」

 

 イリスの真剣な眼差しに、マレナはにっこりと微笑んだ。


「分かったよ。あたしでよければ、いくらでも教えてやるさ。おまえは元々賢い子だからね」


 イリスはお礼を言って、ふと机を見ると、遥斗の忘れ物が一つ見つかった。それは、遥斗が使っていた「ぼーるぺん」とかいう筆記具である。

 確か紙に図を描いた後に、胸に挿していたと思うが、それがいつの間にか落ちてしまったらしい。

 

 

「ハル様の忘れ物だわ!」


「まったくハル坊もしかたないね。イリス、届けるのかい?」


「はい、こんなすごいもの、忘れて言ったらハル様も困ると思います。今ならすぐ追いつけます」


 遥斗が聞いたら「いやそれ街中でティッシュと一緒にもらったやつだし上げる」と言ったことだろう。

 ただ悲しいかな、その遥斗はえっちらおっちら森に向かっている。


「いつもハル様は森の道の向こうからやってくる……なら、そっちに行けば――」


 イリスは慌ててそれを手に取った。まだ遥斗が出発して薬草の調合をする程度も時は経っていない。

 彼は大荷物でゆっくり歩いていたので、今なら走ればすぐに追いつくだろう。イリスはペンを握りしめ、遥斗を追いかけるように工房を飛び出した。

 


 一方、遥斗は森の中の石畳の道を、いつも通り進んでいた。しかし、今日は何故か不思議な感覚があった。朝来た時よりも、扉の位置を村の方に近づけられる気がするのだ。遥斗は無意識に、扉を動かすイメージを頭に描いた。


 するとまだ森に入って20分も経っていないはずなのに、突然、目の前に見慣れた木の扉が現れた。

 扉の淵に『()()()()()()()()()()()()』が微かに光を放っている、あの扉だ。

 

 遥斗は驚きつつも、これは便利だと喜んで扉をくぐろうとする。



 ちょうどその頃、イリスが森の中を早歩きで進み、大きく道を曲がった先で遥斗の姿を視界に捉えた。


「ハル様っ」


 イリスが声をかけようとした、その瞬間だった。


「ハル様――えっ?」


 遥斗はイリスに気づかずに扉をくぐる。

 それはイリスからは遥斗が光に包まれて消えていくように見えた。


「え……うそ?」


 そして、目の前で遥斗は消えた。

 どこかに隠れたわけでもない。

 はっきりと、遥斗が消えるのを目にしたのだ。

 

 イリスは立ち止まり、目の前の木々を呆然と見つめた。あたりを見渡すが、どこにもいない。


 その後はあまり記憶にない。

 は、と気づいた時には家についていて、マレナは帰ったのがすでにいなかった。

 

 中に入り力なく座ると、ぼうっと天井を見て考える。


 前々から思っていたことがある。

 遥斗と初めて出会ったときも、一瞬「もしかしたら」と思いながら、そんなことはあり得ないと頭から捨てたとあることだ。

 もしかして、もしかして、と思うが、それはあまりにもお伽話めいたものだ。


 でも、まさか、本当に――?

 


 その日の夜。

 

 夕食の前にエスニャが体調を崩した。

 熱は出ていないようだが、咳き込み、夕食の黒パンも喉を通らない。

 これは私が余計なことを考え、妹をちゃんと見ていなかったせいかと自分を責めながら、何とかしようと薬草をすり潰して飲ませる。だが、あまりよくはならない。

 せめて何か食べてくれれば持ち直すと思うのだが――と考えた時、思い出す。

 そうだ、彼からもらったものがある。


 イリスは棚から奇妙な袋に入った「栄養ぜりぃ」とかいうものを取ると、教えてもらった通りに先端を捻り開ける。

 未知のものだ。

 普通ならそんなものは、まずは中身を出して確認したり、自分で試したりするのだが、今は『彼』を信じたかった。


 もしかして、『(ハル)』がほんとうにそうならば――。


「エスニャ、これを食べて……精霊セリーモア様、どうかご加護を――」


 そう言って口に運んで袋を押すと、エスニャは目を閉じたままそれを力なく吸う。

 どうか飲んで、とイリスが思うまでもなく、エスニャはごくんと喉を鳴らすと目を開いて体を起こした。

 その目は生気に満ちており、薬草師に過ぎない自分にも、エスニャの体調が回復したのだと確信できるものだった。



「エスニャ、よかっ」


「おいし!」


「った……え?」


「おねえちゃ、こえ、すごくおいしっ!むにゅにゅにゅにゅ……」


 気づくと、エスニャは自ら『ぜりぃ』を手にしてちゅーちゅーと吸い付いている。

 そして「はあ」と息を吐くと、「もうないの?」と聞いてくる。



「エスニャ、大丈夫……なの?」


 そばで心配そうに見ていたルクェンがそう聞くと、エスニャはにっこり笑って答える。

 

「うん!げんき!あ、でも……」


「でも、なに?」


「……おなかすいた……なにかたべものなぁい?」



 そういって、おなかを抑える。

 イリスは安心して崩れ落ちそうになるが、なんとか膝に力を入れて立ち上がる。


「う、うん!すぐ用意するから!えと、じゃあハル様からもらった『おかゆ』を作るね!」


 鍋に向かって歩く彼女のその目には、うっすらと小さな雫があふれていた。



 その夜、イリスの家では不安な一夜から一気に幸せな夜へと変わり、遥斗の持ってきた不思議な袋に入ったとても美味しい穀物の食べ物をみんなで食べて、笑いあって過ごしたのだ。

 

 イリスは、エスニャとルクェンを寝藁を詰めたベッドに寝かしつけると、自分は月明りに照らされる窓辺へと歩く。

 そしてそこから見える森の木々を見据えながら、祈るように跪くと、震える声で呟いた。

 


「ありがとうございます、精霊様……そしてハル様。()()()()貴方は、精霊セリーモア様の使徒様だったのですね――」






『とんでもねえ! あたしゃ神様だよ!!』


「ゲラゲラゲラゲラ!ゲラゲラゲラゲラ!」


 そんなとんでもない勘違いがイリスに生まれてるなど知りもしない遥斗は、シアによる巨大ホログラム画面にて伝説のコメディアンの動画を見て爆笑していた。





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