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【書籍化進行中】星と魔法の交易路 ~ボロアパートから始まる異世界間貿易~  作者: ぐったり騎士
世界を超える特産品

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第31話:そろそろ自重しなくなった主人公

「スガライさん、見ていただけますか?」



 そう言って遥斗は、リュックの奥から一冊のノートと、ペンを取り出した。

 そのまま遥斗はノートを開き、ペンを走らせる。スガライに作ってもらうキーホルダー用の革細工の概要を描いたのだ。細かいデザインは任せるとして、この辺りにこういう金具を取り付けたい、ということを図示して見せた。


 だが、スガライが注目したのは描かれているものではなく、描いている道具そのものだ。あまりに薄く美しい表面の紙。そしてサラサラと紙の上を滑るペン先から、驚くほど滑らかな線が描かれていく。


 彼らが普段使っている筆記具といえば、木を細く削ったペンか、高価であれば羽ペンだ。染料をペン先に浸し、木片や布、あるいは紙に文字を綴る。

 紙は王都では普及しておりそこまで高くはないが、ヴェルナ村で手に入れるとしたら、紙もインクも交易商人から買うものしかなかった。

 ついでに言えば、文字を書ける者も少ない。


 だが遥斗のペンは、羽ペンなどよりはるかに洗練された作りで、インク壺に浸すこともせずにインクが途切れることもなく、自在に線を描き続けている。



「で、こんな感じなんですが――あれ?」


「な、なんだこいつぁ……墨壺を使わずして、どうやって墨が供給されているんだ!?」



 スガライが興奮気味に遥斗の手元を覗き込んだ。


「えっ?……あー……これはボールペンといって、中にインクが内蔵されているので、インク壺は必要ありません。……えっと、それでこういうのなんですけど、さっき聞いた手間でつくれますか?」


「あ、ああ……」


「じゃあお願いしますね。それでマレナさんの言ってた布の方ですけど――」



 次にリュックから現れたのは、色とりどりの布の束だった。畳まれた状態でも分かる鮮やかな色彩と、触れたことのない滑らかな手触りに、ヴェルナ村の工房に小さなざわめきが広がった。


 リーリーが思わずといった様子で手を伸ばし、紺色の布切れに触れる。指先に伝わる麻布のざらつきとは比べ物にならない滑らかさに、彼女の眠そうな目が見開かれた。

 ヴェルナ村で手に入る布といえば、主に麻布だ。粗く織られた生地は丈夫ではあるが、ゴワゴワとして肌触りも良くない。また色は生成りか、せいぜい植物染料で染めたくすんだ茶色や緑が関の山だった。


 しかし、遥斗が取り出した布は違った。綿の平織り生地は、まるで水が布となったかのように滑らかで、それでいてしっかりとした厚みがある。何よりもその色は、深い藍色が均一に染め上げられ、明り取りの窓から差し込む陽光の下でわずかに光沢を放っていた。



「こりゃまさか……『ククル織り』じゃないかい!?」


「ククル織り?」



 遥斗の持ってきた綿の布を見ながらマレナが興奮したように言う。何か似たような布がすでにあるのだろうか。



「ククル織り?婆様、そりゃなんだい?」


「海の向こうのはるか先にある大陸からやってくる、極上の布の一つさ。ククルという花にできる糸を使った布だよ。虫の繭から作るという月繭紬(シェルナつむぎ)と並んで、貴族共が欲しがるとんでもなく高価な布だよ。あたしが若い頃、一度だけ裁縫所に持ち込まれて大騒ぎになったよ。その時の布にそっくりだ」


「花!?花に糸がそのままできるってのかい!?」



 セメラの問いにマレナが答えると、他の者もまさかそんなすごい布なのかとどよめいている。


 なおマレナの言葉に一番びびっていたのは遥斗である。

 バイト先のホームセンターで棚卸セールで投げ売りされてた安物の布です、とは言いたくても言えない雰囲気だ。


 ちなみに遥斗は別にこの布がここまで騒ぎになるとはあまり考えていなかった。

 確かにこの村基準では綺麗な布だろうが、革製品の方がかっこいい、とか思っちゃうくらいなワンパクボーイである。

 そもそもマレナが「布は自分で用意しないと」と言っていたので、


「あ、そっか、布は一から作ると大変だし費用も材料代がかかるもんな。一応最終手段の内職対応のために持ってきてよかった」

 と出しただけである。



「あー……すみません、そのククル織りではないんですが、おそらく似たようなものかと。綿花という植物になる繊維を糸にして織った布で綿(コットン)といいます」



 月繭紬(シェルナつむぎ)、というのは多分シルクのことかなあ……と思いながらそう答えた。



「コットン……それにこの色……これほど鮮やかに、しかも均一に染め上げるなんて、一体どの染料を使ったんですか?」



 染物については草花を扱うイリスが気になったようだ。



「えっと……すいません、ちょっと製法までは……多分化学染料だとは思うんですけど」



 『化学染料』という聞きなれない言葉に、村人たちは首を傾げた。遥斗は続ける。



「この紺色の他にも、赤、黄、緑、淡いピンクや水色の布もありますよ」



 次々とリュックから取り出される色とりどりの布地は、村人たちの目にはまるで虹の欠片のように映った。

 特に女性たちの目は輝き、セメラやイリス、リーリーは目を凝らして見つめている。

 麻布が主流のこの世界で、これほど多種多様な色合いを持つ布は、彼らにとってまさに奇跡の存在だった。


 次に遥斗が取り出したのは、掌に乗るほどの小さな箱だった。ただ素材は妙につるつるした表面であること以外はよくわからない。

 その中には、まるで銀の髪の毛のように細く、先が鋭利に尖った棒が何本も収まっている。



「あ、一応ソーイングセット……針のセットも持ってきました。必要なら使ってください」



 遥斗が一本取り出して見せると、スガライが驚きの声を上げた。



「針、だと? これが……?」


 ヴェルナ村で使われている針は、大きな鉄針か、あるいは骨を削って作られた骨針が主流だ。どれも太く、先端も荒いため、繊細な作業には向かない。しかし、遥斗が持つ針は、それらとは比べ物にならないほど細く、均一な形をしている。そして、何よりもその先端は、まるで刃物のように鋭利だった。



「……こりゃ驚いたよ。あたしが昔使っていた専用の針よりよほど細いね。これなら相当細かい刺繍もできそうだ。ただこれに合う糸が――」



 マレナが呟いた途端、遥斗はリュックから色とりどりの糸束を取り出した。



「あ、糸も持ってきました」



 出てきた糸束は、色だけでなく、太さも微妙に違うものが取り揃えられている。

 何より驚くのは、一束にされた糸は太さがすべて均一に見えることだ。つまり、どうやって揃えたのかはわからないが、「恐ろしい精密さで太さごとに分け揃えた」ということである。



「……まいったね。こりゃ久しぶりに婆の手がうずいてくるね」


 マレナは口角を上げながら言った。

 彼女は針子として、これまで何度も分厚い麻布に針を通すのに苦労してきた。そのたびに指を刺し、血を流してきたからこそ、この針と糸の持つ価値が理解できたのだ。


 遥斗はさらに、リュックからキラキラと光る小さな粒や、様々な形に加工された小さな飾り物を取り出した。



「こちらは、ビーズやボタン、それにスパンコールという飾りです」



 それらは、村人たちの目にはもう宝石にしか見えなかった。ヴェルナ村で手に入る飾りといえば、革や石、木工細工が関の山だ。だが遥斗が取り出したビーズは、主にプラスチック製。それらは日本では安っぽく見られるが、彼らにとっては透明な輝きを放ち、鮮やかな色彩を持つ希少な宝石に見えたのだ。



「こ、これは、一体……宝石なのかい!?」



 セメラが興奮した声で尋ねた。



「いえ、これは人工的に作ったものです」


「ま、まさかガラスですか!?」



 イリスが問う。一応エリドリアにもガラスという超高級品があることは知っているが、見たことはない。

 もしやこれがそのガラスかと思ったのだ。



「いや、多分全部プラスチックじゃないかなあ……」



 ほとんど100円ショップで買った安いのだし。と遥斗は独り言ちる。



「プラスチック」という単語は、村人たちには理解不能だった。

 また光り輝く粒が宝石以外の人工物だということも信じがたいことなのだ。


「これ、必要なら刺繍に使ってください。あとは――うーん、刺繍セット全部おいてっちゃうか」


 そう言ってぽいぽいと中のものを取り出しては机に置いていく。

 糸と布双方のハサミ、指ぬき、巻き尺、糸通し、チョークペン、針山等。

 

 これらは使い道はわかる。

 だがどれもその機能性の良さに、みな驚いていく。

 これを自由に使っていいと、彼はそういうのだ。


 その時、マレナが遥斗が出したものの中から、一つの薄い冊子を見つけた。


「ハル坊、こいつは……?」


 マレナがそれを指さすと、遥斗は「ああ、それも見てみてください」と答えた。


 それは、遥斗がサンプル品として持参していた刺繍の冊子だった。日本の手芸店でよく見かける、様々なステッチ方法の丁寧な解説が載せられた、手芸を始める人に向けた小冊子だ。手芸コーナーで安かったのでついでに買ってきたのだ。


 本が開かれた瞬間、その場にいた全員から、再び感嘆の声が上がった。



「なんて鮮やかなんだ!」


「これが……本!?」



 村人たちは、本の表紙やページいっぱいに広がるカラフルな写真に目を奪われた。

 彼女たちにとって、本といえば粗い紙に、墨で書かれた文字と、ごく簡単な挿絵が描かれているものしか知らなかったからだ。

 それだって「高級品」である。

 だがこの刺繍の本は、まるで魔法のように美しい色彩に溢れ、精緻な絵が掲載されている。それ自体が、彼らにとって奇跡のような存在だった。



「ものすげえ絵描きが世界にゃいるんだな……」


「ええ……すごい……」



 スガライやイリスがその精巧な絵――『写真』に驚いていた時、しかし、マレナの反応は、少し違った。

 彼女も同じように写真に目を向けていたが、衝撃を受けていたのは絵の精密さではない。

 写し出された刺繍の模様、そしてその下に描かれている針と糸の図示を食い入るように見つめている。


 そこには自身がよく知る並み縫いや返し縫い、十字縫い(クロスステッチ)などの他、立体的なフレンチノット、サテンステッチ等——ヴェルナ村はおろか、エリドリアの王都でも見たことのない技法が、細かな手順とともに描かれていた。

 異国のものらしい文字は読めない。だが、熟練の針子である彼女にとって、糸の運び方や、針の刺し方、布の扱い方などは、一緒に描かれた絵を見れば十分に理解できるものだった。



「これは……! こんな刺繍の仕方があるなんて……!」



 マレナの顔には、驚きと興奮が入り混じった表情が浮かんでいた。彼女は、これまで培ってきた自身の刺繍の知識では考えられないような、新しい手法や模様の数々を写真の中から読み取っていた。

 細かく、そして立体的に表現された花の刺繍、グラデーションを巧みに利用した風景画のような模様。それは、彼女の知る刺繍の概念を遥かに超えるものだった。

 だが、それが今、まだまだ耄碌など許さないとばかりにすとんと頭の中に落ちてきた。

 これを駆使すれば、自分はいかなるものが作り出せるかと、若いころでもなかった興奮に、自身の老体に力が湧き上がってくるかのようだ。


 さらに驚きは続く。刺繍の本と一緒に、刺繍セットとして入っていた「刺繍枠」の存在を遥斗が取り出した時だった。



「あ、これも使います? おまけでつけてもらったやつなんですけど、一応3つありますし」



 遥斗が、大小二つの輪を組み合わせたようなシンプルな道具を手にすると、セメラは首を傾げた。



「ハルさん、なんだいこりゃあ」


「えっ?刺繍枠ですけど……もしかして、こっちにはないんです?」


「え、刺繍用の枠? そりゃあるけど……こういうもんだっけ?」


 セメラの言葉に、遥斗は少し首を傾げた。

 遥斗は「あるなら見ればすぐわかるよね」と、とりあえずその刺繍枠の仕組みを実演してみせた。

 内側の輪に布を乗せ、外側の輪を上から被せて布を挟み込み、ネジを回して固定する。それだけで、布はピンと張り、シワ一つなく固定された。



「これは……すごい!」


 マレナが思わず声を上げた。布がしっかりと固定されることで、針の運びが格段に楽になることが、一目で理解できたのだ。

 実のところ、現在地球でよく使われるフープと言われる刺繍枠は、割と近代になって一般的に普及したものである。

 エリドリアでも、布を張るための木製の枠は存在するが、遥斗が持ってきたような手元で簡単に布を固定し、調整できるような便利な道具は見たことがなかった。 だいたいは大きな板に布を打ち付けるか、木枠を使いながら指や手で押さえることでピンと張るようなものが主流である。そのため、調整が難しいか、長時間の作業には向いていないものしかなかったのだ。



「こんな簡単な仕組みなのに……こんなに刺繍が楽になるなんて……!」



 彼女は、この刺繍枠があれば、細かい作業や、より複雑な模様も楽になると直感した。なにより、スピードが段違いになるだろう。


 スガライもまた、その単純ながらも画期的な仕組みに感銘を受けていた。彼はその構造のシンプルさと機能性の高さに驚いたのだ。先ほどのボールペンなどは仕組みはわかってもどう作ればいいのかはさっぱりわからない。だがこれは仕組みがすとんと理解できる。



「あれ?……そっか、こっちにはこういうのないのか。じゃあスガライさん、これって作れますか?」



 遥斗が尋ねると、スガライは、少し考え込んでから答えた。



「布をはめて固定するだけ……調整に木ねじを使えば……一部は鉄くずを伸ばして……ああ、これと全く同じものは無理でも、同じようなものは作れるだろう」



 スガライの『モノづくり』をする者としての魂に火が付いたようだった。これほど単純な構造でありながら、これほどまでに作業効率を向上させる道具があるとは、と彼は興奮していた。

 もしこれを村で作って普及させれば、きっと『役目』に匹敵するくらいの貢献になるだろう。

 だが、これはあくまで『ハル』という男の持ってきたものだ。

 この若者は故郷で売るため、と言ってはいるが、明らかにヴェルナ村に貢献しようとしてくれている。

 そんな若者が善意で見せてくれた『秘伝』のものを勝手に売り出すことは、著作権なんて概念がなくても、スガライには許されないことのように思った。


 だが、遥斗は気にせずにあっさりとこういった。



「あ、じゃあ、似たものを作って、村のみんなに売ってみてはどうでしょう? 刺繍自体はする人はいますよね。需要あると思うんですが。なんなら、交易商人とかに売ってもいいと思うんですよね」



 遥斗の提案に、スガライはハッとした表情を浮かべた。



「作って……売っていいのか? 交易商人にも!?」



「え?ええ。これは皆さんの村の素材と技術で作れるものですから。俺が持ち込む必要のないものですし」


 なんで俺に確認するんだろう、と疑問に思いながらそう答える。


 これが遥斗の持ってきた布や糸で作ったものを外部に売る、となれば話が変わる。

 異世界から観光気分でやってきてる自分が要になるような商売は、一時の金稼ぎとしてはよくても、長期的には遥斗に依存した発展しかできなくなる。

 一時的な支援なら構わないが、それはお互いのためにならないだろう。

 だが、自分に頼らずともできることならガンガンやっちゃってほしい。

 


「わ、わかった!俺ぁ、やってみるぜ!」



 スガライは、大きな気合と共に目を輝かせる。



 その日、ヴェルナ村の片隅で、静かに、しかし確かな一歩を踏み出した場所があった。


 エリドリア、ヴェルナ村だけの特別なものが、村どころか『世界』を越えて地球へと持ち込まれる始まりの場所。

 そして地球から持ち込まれた布、糸、針、そして刺繍枠。

 それらを見た村人たちの目の輝きと、新たな技術。それはヴェルナ村にこれまでにない変化をもたらし始めていく。

 また、遥斗が持ち込んだ知識が、この世界になかった新たなものづくりの元となる。


 こうしてこの日、後に世界を越えて『トーミネ異世界商会』と言われる大商会の、「異世界工房:ヴェルナ支部」がこのヴェルナ村に産声を上げ始めたのだ。






 世界を股にかける変人職人たちの変態工房第一号が生まれた瞬間ともいう。

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針先に蝋燭を塗った覚えが小学生か中学生の家庭科の授業でやった気がするが何の為だか覚えていない。 糸の場合は耐久性と耐水性アップだったと思う。
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