第30話:ホワイトな仕事場がモットーです
おっさんの生きざまに感動した遥斗は、ポプリ袋を手に、頭をフル回転させた。
本物の魔法のアイテムである。確かにすごい。
しかし効果がしょぼすぎる。
「気がするレベル」で効果を謳うのはどうしたって詐欺だ。
スガライの作った笛を手に取る。何かの動物の角の滑らかな感触、葉模様の繊細さ。悪くないが、正直言うと値段がつけづらい。
ポプリにしても、スガライが作ったものも、おそらく日本で『売れれば』、最低限の儲けは出る。
たとえ数百円程度でも、その費用が自分では使えない銅貨で作ってもらうなら儲けにはなるのだ。
ただ、それは経済格差を前提に、ここにいる人を労働力として扱い、薄利多売で儲けるというあり方でもある。
お互いが納得して契約してお互いが喜ぶ以上、その在り方は間違いではないし、それを悪だという気は遥斗はない。
そもそも日本でいろいろなものが安く手に入るのだって『人件費が安い国の労働』の結果で成り立ってるものも多くあるし、その恩恵を受けている自分が文句をいうのも違うと思っている。
遥斗にしても最終手段としてはヴェルナ村の人に「内職」に近いことをしてもらうことも考慮はしていて、そのための道具も持ってきてはいる。
だが、せっかくの異世界の商品である。
ちゃんとその商品価値を伝えてその価値を認めてもらい、その結果をこの村に還元したいのである。
このままでは売れない。
なら、付加価値をつけるならどうだろうか?
例えばマレナが刺繍をポプリ袋に施し、そこにリーリーの魔術刻印を入れる。
『とある民族に伝わる癒しの文様と綺麗な刺繍を入れた手作りのポプリ。幸せな香りで安眠を誘います』
これなら嘘ではないし、特別感がある。2000~3000円くらいでなら売れるのではないか。
例えばスガライに革細工を用意してもらい、そこにも同様に刻印を入れる。
その革細工はあらかじめ仕様を伝えて、それをキーホルダーに加工してしまうのだ。
『革細工のキーホルダー。革細工には伝統ある加護の文様が刻まれています』
などとすればいいだろう。
革製品がそこそこ高いことを考えれば、1000円くらいにはなるかもしれない。
重要なのは売値そのものではなく、ヴェルナ村で作ったものを見た誰かが、そこに特別な価値を感じてお金を出して買ってくれることなのだ。
角獣の笛はそのままでも売れそうではあるが、まずはこちらに集中してみたい。
それで売れなければ――そのときはまた考えればいい。
遥斗が黙っていたのは、ほんの30秒ほどだった。考えをまとめた遥斗は、全員を見渡して口を開いた。
「リーリーさん、作ったものじゃなくて、魔術刻印の仕事に報酬を払うってのはどう?どのくらい欲しい?」
「え?う、うーん……1回で銅貨2枚……いや、1枚で十分かな。暇なときにちょこちょこやってるだけだし……」
「イリス、ポプリの中身を作るのってどれくらいかかる?とりあえず10袋分で」
「え?えっと、中身だけですか?それなら花を乾燥させる手間くらいで……ごめんなさい、お金になるって考えたことなくて……。ポプリに使うリャムラム草の花は村で集められるし、薬草と違って選別も簡単だから、子供たちに頼めば拾ってきてくれると思います」
急に話を振られたためか、すこし慌てた様子でそう答えるイリス。
「じゃあ、薬草の乾燥だと考えたら?時間は?」
「乾燥の触媒は薬草と同じで……10袋分なら銅貨3枚で十分です。乾燥には8日ほどかかります」
「マレナお婆さん。ポプリ用の袋を作って、簡単な樹や花の刺繍を入れるとしたら、いくら?どのくらいでつくれる?」
「ふぇふぇ、婆は高いよ?1つ銅貨3枚!……と言いたいが、もう引退した婆の手慰みだ。1つ銅貨2枚でやってやる。若い頃ならそのくらい、怒鳴られながら1日5つや6つは縫ったもんだが、のんびりやるなら1日2つくらいかねえ」
マレナは相変わらず魔女のように笑うと、口角を上げてそう答えた。
「スガライさん、このくらいの革の札を作るのに、材料費抜きでいくら?ここに後から金具をつける感じにしたいんだけど」
遥斗が指で大体の大きさを示し、さらにもう片方の手で鍵形に曲げた指を通してスガライに見せる。
そこにあとからキーホルダーの素材をつける予定である。
「うん?材料費考えないなら3つで銅貨1枚、材料費込みで2枚ってとこか。俺ぁ雑用しかやってねえで、暇だからな。その程度のもんなら10や20くらいは1日でつくってやるわい」
一通りの話を聞いた遥斗は、「うん」と納得したようにうなずいて――そのまま頭を抱えた。
「どうして、みんなこんなに自身の労働対価が安いんだよ!」
と。
いやまあわかるのだ。
イリスに初めてヴェルナ村に連れてきてもらったとき、薬草が銅貨12枚で売れたことに「たくさん売れた」と喜んでいた。
セメラにしても、1~2日がかりで作る木工の民芸品も20枚で売れたら嬉しい、と言っていた。
そのことからも、おそらく一日に銅貨10枚稼げる時点で外貨の獲得としては「上澄み」なのだろう。
マレナの最初に提示した銅貨3枚!というのも『引退してあまり多く作れない元針子の老婆』の作業費用としては、おそらくかなり強気なほうなのだ。
なにしろ1日5,6も作っていたなら、賃金は相応にもらえていた可能性がある。
彼女は都で針子で働いたことがある、ということなので、労働対価に対する見識が広いのかもしれない。
魔術を習いに王都にいったというリーリーの金銭感覚が他の村人と同じなのは少し気になるが。
そしてこれも推測だが、スガライは自分に自信がなく、あくまでまがい物、村人が必要だから作ったもの、程度で値段をつけているのではないだろうか。
それではどうあがいても求める対価が低いままだ。
かといってあまり大金を払うのもよくない。それはそれで、同じように働いている様々な人がいるこの村で、格差や軋轢を生むだけである。
ただ、そうはいってもこれで作業してもらうのは罪悪感がやばいことになる。
そうやって頭を抱えている遥斗に、やはり自分たちは無理を言ったのか、役にも立たない魔術刻印ひとつで銅貨1枚もお金を貰おうなんて強欲すぎたのではないかとリーリーが不安げに見る。
やがて遥斗は顔を上げ、決意を込めて周りを見渡した。
「リーリーさん」
「は、はい!?」
「魔術刻印、1個につき銅貨3枚。難しい素材なら5枚。あとは応相談。予算は最大銅貨60枚。刻印できる他の人にもその値段で交渉して手伝ってもらってください」
「ろくっ……!?」
自身の強欲を反省していたら、なぜか3倍になった。
わけがわからなかった。
リーリーが目を白黒させ、膝から崩れ落ちそうになる。
わかる、わかるよ!と銅貨の山に震えていたセメラが頷いていたが、リーリーはそれに気づく余裕はない。
「スガライさん、革細工は材料込みで3つで銅貨5枚。ただしそれはあくまでさっきお願いした物の場合。やってもらう大きさや手間次第では追加します。予算はいったん銅貨50枚」
「……は?」
スガライは驚きからか、落としていた腰を上げて、茫然と口を開けた。
「マレナさん、刺繍は出来次第だけど、針子としての経歴を信頼して、ポプリ袋の製作と刺繍で1個銅貨4枚。予算は銅貨40枚」
「……ほう」
マレナは特に驚かない。ただ、相変わらず怪しげに笑うだけだ。
「イリス、残り10枚ちょっとで悪いけど、ポプリの中身を作って詰めて欲しい。それと俺の手持ちの銀貨を銅貨に両替してもらえるかな。あとはそうだな……子供たちに花集め手伝わせていいよ。トゥミル、カナン、ポラ、。イリスの花集めやここにいる皆に何か頼まれたとき手伝うって約束するなら飴をみんなにやる。次回来た時に約束通りちゃんと手伝ったと聞けたなら、そのときもまた飴をあげるよ。どう?」
「やる!」
「やらせて!」
「やったー!」
トゥミルたちが飛び跳ね、工房が騒然となる。
一方でイリスは遥斗に告げられたことの内容を理解すると、慌てたように手を振った。
銀貨の両替、というのはわかる。彼の持つ銅貨が足りなくなったのだ。
そしておそらくこの場で銅貨100枚以上もっているのは、前回銅貨150枚の報酬を貰ったイリスだけだからだろう。
セメラも一時的に100枚以上渡されたわけだが、これは作業を手伝うものに分ける必要があるため、銀貨で渡すわけにはいかない。
それはいい。
だが、なぜすでに以前の手伝いで分けてもらった自分にまで報酬が発生しているのか。
「両替はわかりました。でも私の分の報酬はいいですよ!わ、私はもう十分もらってるから……」
「ダメ。これは最初に約束した商売の手伝いとは別の、俺のための新しい仕事だ。なら報酬は出すよ。仕事には誰であろうと報酬を出すし、決めたこと以外を頼むならちゃんと追加で対価を出す。これは絶対」
そう断ずる遥斗。
今はフリーターでしかない自分であるが、今後自分が会社に勤めたときにサービス残業などという悍ましいものがあってはならないのだ。
自分がそんなおっそろしいものを受け入れないためにも、自分が誰かに頼むことにもそのルールは守るのである。
サービス残業、ダメ絶対、である
「みんなも、誰かに手伝うのは推奨するけど、お金は公平に分けてね。今後は責任者として扱うから、商品の売れ行き次第だけど、責任者手当もつけるよ。……銅貨が手に入らない間はお菓子とかの現物支給になっちゃうかもだけど」
嬉しそうにする子供たちと対照的に、その場の大人たちは遥斗の言葉にもうわけがわからないのか、目を見開きながらもコクコクと頷いた。
そんな中、大人たちの中で一人にやにや笑っていたマレナが一歩前に出て遥斗に向き合う。
「ハル坊、婆の腕を高く買ってくれるのはいいが、布と糸は用意できるんだろうね?あたしも人集めて布がなけりゃ話にならんよ?」
「大丈夫。この後、作る物の詳細を説明したいし、そのための材料を広げましょう。……ハル坊?」
マレナの遥斗に対する呼称が、なぜか代わったことに少し驚きつつ、遥斗は床に置いたリュックを掴む。
さて、どんなものが出てくるやら、マレナが面白そうに笑っているが、周りの大人達は真剣な目で遥斗を見ていた。
そして遥斗がリュックを開け取り出したものに、そこにいたすべての人が声を失うことになる。




