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【書籍化進行中】星と魔法の交易路 ~ボロアパートから始まる異世界間貿易~  作者: ぐったり騎士
世界を超える特産品

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第27話:SFガジェット、ファンタジー世界へ

 埼玉のボロアパート『越世荘(こしよのそう)』に住むフリーター、遠峰遥斗の休日の朝は、最近やたら早い。

 普段なら休日は昼過ぎまでグースカ寝て、ダラダラ過ごしてゲームや動画で遊ぶのが関の山だった。

 だが、異世界への扉と出会ってから、休日は「楽しみまくる日」に変わった。

 朝7時には起きてモーニングコーヒーを淹れ、朝食を済ませるのがルーティンだ。


 大学時代の友人が釣りで暗いうちから出かけたり、別の友人は炎天下で同人誌即売会に並ぶのを見て「よーやるわ」と思っていたが、今ならその気持ちが分かる。楽しいことのためなら、早起きも疲れもどうでもいいのだ。

 若いうちだけかもしれないが。


 押し入れの前に立つ遥斗は、いつもの通勤用リュックではなく、キャップ付きのアウトドア用リュックを背負う。黒地に赤いステッチのゴツいデザインで、初めてエリドリアに行った後に「異世界行くならこれだろ」とバイト先のホームセンターで衝動買いしたものだ。結局その思いは初回から躓き、ガルノヴァのシアルヴェンへと出てしまった結果、ヴェラによってさんざんスキャンされたり漁られたりしたのだが、その後も異世界に行くときはコイツ、として使っている。

 

 遥斗は肩に食い込む重さを感じつつ、押し入れの扉を見つめていると、首元のチョーカー――シアが話しかけてきた。


「ルト様、どこに向かうのですか?本日はお仕事はお休みとスケジュールにあります。シアルヴェンへの転移ですか?」


 シアはガルノヴァの宇宙船「シアルヴェン」への転移は知っているが、エリドリアのことは一切知らない。

 そもそも今、遥斗の目の前にある扉にしても、シアは認識していない。


「行けば分かるって。秘密だ。それと、これから行く場所は絶対内密にしろよ。シアルヴェンにリンクしても、ヴェラに漏らすな。いいな?」


Aisa(アイサ)


 バレたらバレたで仕方ないが、別の場所に転移できてそこでもパートナーがいることをヴェラに知られるのはなんとなく気まずい。

 さらにイリスにガルノヴァのこと隠してヴェラにだけ話すのも、不義理な気がする。

 つまり精神的には「どちらかに教える=二人に教える」になるので、いろいろめんどいのである。

 

 遥斗は押し入れの取っ手に手をかけ、イリスの笑顔、彼女の家、そしてヴェルナ村の木造の家々を思い浮かべた。

 薄茶色の髪を麻ひもでまとめたイリス、薬草の匂い、村の畑……。イメージを強く持つと、扉がいつものように一瞬軋んだ音がする。

 そしてゆっくりと扉を開くとそこからはアパートからは絶対に見えないはずの深い木陰と、草木の匂いが鼻についた。


 だが、いつもと様子が違う。


「あれ?ここ、いつもの場所じゃないぞ?」


 いつもならヴェルナ村近くの森の奥、空き地のような場所に出るのに、今回は石畳の道の途中だ。苔むした石が続き、遠くにヴェルナ村の畑がぼんやり見える。いつもより明らかに村に近い。

 

「なんかズレた?俺が『ヴェルナ村』をイメージしたからか?シアルヴェンで独房に出たときみたいに、扉の出る場所って移動できるのかな」


 試しに扉を閉め、今度は「ヴェルナ村の入口」のみを明確にイメージする。だが、なぜかしっくりこない。扉を開けるときに感じる「どこかに繋がる」感覚がない。

「このままでは扉が開かない」


 試さなくても、それがなぜかわかる。


 今度は最初にエリドリアに出た「森の奥の空き地」をイメージ。

 すると、繋がる感覚が戻った。扉を開けると、間違いなくあの空き地だ。

 何度か試して分かったのは、「森の奥の空き地」を起点に、石畳の道の途中までは自由に出現場所を動かせるということ。だが、ある地点より先には繋がらない。まるで「今はそこまで」と拒まれているような感覚だ。


「ルト様?何をされているのですか?扉を開け閉めするパントマイムに見えます」


「え?……あー、おまえからするとそう見えるのか……うん、まだ俺もわからないから、今はいいや。とりあえず、今はできるだけヴェルナ村に近い場所からいこう」


 遥斗は「ヴェルナ村に近い石畳の途中」をイメージして扉を開ける。

 そして扉をくぐると、世界が変わった。

 ばたん、と扉を閉めると、扉は石畳の真ん中に悠然と立ったままだ。だが、それも誰にも見えないのだろう。


「ルト様、ここは一体どこですか?」


 シアの声に焦りが混じっている感じがする。

 地球なら衛星データや情報網で場所を特定できるが、ここではそんなものは皆無なのでわからないのだろう。


「ガルノヴァとも地球とも違う世界、エリドリアだよ。たぶん、魔法とかあるファンタジーなとこ」


 鳥のさえずり、風に揺れる葉、遠くの川のせせらぎ。

 こういったもの自体は地球にもあるだろうが、おそらくそこにある動植物も、地球のそれとは全く違うのかもしれない。

 そもそもシアからすれば動植物が当たり前のようにあることそのものが異常なのだろうが。


「ルト様、ここは異常です」


「まぁ、お前からすると自然が多いここはそうだよなー。埼玉じゃここまでじゃないし」


「そういう意味ではありません。不可解です。地球ではヴェクシス粒子がほぼ検出されず、汚染ゼロでした。異常ですが、理解可能な範囲です。地球は最上位のリゾート星を超える、極めて環境の良い連邦未登録の隠れ星と推測できます。しかし、この星では……エラー。ヴェクシス粒子に近しい、しかし異なる粒子の存在を検出。あり得ません」


 シアの戸惑いのような言葉に、遥斗は逆にテンションが上がる。


「それ、魔法に使う魔素とかマナとか、そういうやつじゃね?俺も魔法使えるフラグきたぞ!」


「反論します。魔法などありません。超文明の遺産の可能性があります。解析を続行します」


「おう、頼む。ついでに、歩きながら見える動植物のデータ、全部記録しといて。俺には分かんねえけど、地球と違う種かもしれないし、後で役立つかも。できるか?」


Aisa(アイサ)。視覚データ、化学組成、環境情報を記録します。できるデバイスですので」


 相変わらずチョロかった。

 遥斗は満足げに頷き、ヴェルナ村へ向かう。

 

 村の入口に着くと、畑で働く人々の姿。麦を刈る農夫、子供を背負った女性が見える。

 何人かは前の「露店売り」の時に見た人で、まだ警戒はゼロではないが前よりは視線が柔らかい。

 

「お、露店の兄ちゃん!この前の飴、うまかったぞ!女房に散財したって怒られたけど、また金貯まったら買うわ!」


 畑の端で鍬を振る中年男が笑顔で声をかけてくる。


「ハハ、そりゃ良かった!また何か持ってくるよ!」


 前回心配した通り、あれは村人には相応の贅沢だったようだ。ここで荒稼ぎのようなことはやはり避けた方がいいだろう。

 

 すると、小さな影が走ってくる。村の子供、トゥミルだ。相変わらず元気そうで、手を振り回しながらやってくる。

 

「ハル兄ちゃん!おかえりー! なあ、飴くれよー」


 目をキラキラさせながら飛びついてくる。遥斗はリュックを下ろし、頭をくしゃくしゃにした。


「おう。ただいまトゥミル。それじゃ、あとで俺を手伝ってくれるか?終わったらいいもんをやるよ」


 ここでは最初にダメ、と言わないのが子供を相手にするコツだ。


「前回はタダにしたけど今度は手伝わないとダメ」


 というと、クソガキッズは断られた、ケチ、と短絡的に考えてしまう。だが、


「いいよ。手伝ってくれたらあげる」


 というと、内容は変わらないのにキッズは報酬のために喜んで手伝うのだから不思議である。

 案の定、トゥミルは「じゃあ手伝うよ!何すればいいの!?」と張り切りだした。


「今はまずイリスに会わなくちゃだから、その後でな」


 絶対だぞー、と叫ぶトゥミルに見送られながらイリスの家に向かう。

 土壁の家は相変わらず薬草の匂いが漂っていた。

 

 ドアをノックすると、イリスが顔を出す。


「ハル様!来てくれたんですね!」


 薄茶色の髪を麻ひもでまとめ、白い野花を挿したイリス。前回は花など挿していなかったので、少しおしゃれをしたのだろうか。

 色白の肌はどこか土に汚れているが、健康的である。控えめな笑顔が彼女らしい。

 ヴェラのこちらを蹴っ飛ばしながら歓迎するスタイルとは全く違う愛らしさだ。

 

 迎え入れられた家の中では、弟のルクェンと妹のエスニャが顔を出す。二人とも前に見た時は少しこけていた顔だが、今日は前よりもほんのわずかだが血色が良く見える。


「ハルさん、こ、こんにちは……」


「ハルおにいちゃ、いらっちゃい……」


 エスニャのモジモジした声に、遥斗は足をガクつかせながら膝から崩れ落ちる。


(シア!今の!エスニャの「おにいちゃ」録れよ!帰ったら絶対見返すから!)


Aisa(アイサ)


 嗚咽をこらえるように、口元を押さえながらシアにいうハルト。

 シアは即座に了承するが、どことなく呆れたような声だったのは気のせいだろうか。


「ハ、ハル様?大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫!ルク、エスニャ、元気そうじゃん!」


 ガクつく足を奮い立たせ言うと、イリスが微笑む。


「ハル様から前にいただいたスープを飲んだ後、二人とも驚くほど元気で……。本当にありがとうございます」


「そっか、良かった!今日も美味しいお土産、面白いものもあるから、楽しみにしてろよ!」


 リュックには今日の『仕事』のための道具の他、お土産のお菓子やおもちゃに加え、ルクェンとエスニャ用にレトルトのおかゆや栄養ゼリーを詰め込んできている。

 彼らの体調がどんなものかわからない以上、変に薬は上げられないが、栄養食だったら困ることはないだろう、との安易な考えではあるが。 

 イリスが「え、でも、悪いです」と遠慮するが、遥斗は笑う。


「俺がみんなで食いたくて持ってきただけだから!気にすんなって」


 そう言って家の中を見渡すと、薬草の束が並び、テーブルにすり鉢や瓶が置いてある。イリスは薬草をすり潰していたらしい。


「これ、薬?相変わらず薬草師って感じだな、イリス」


「村のみんなのための、私の『役目』ですから。傷薬と風邪薬、作ってるんです」


 役目。

 イリスがたまに使う言葉だ。深い意味があるのか、ただの「仕事」のことなのか、遥斗には分からない。

 ガルノヴァでの『天然素材』と同じで、もしかしたらニュアンスが違うのかもしれないが、今はそれを確認するすべはない。


 再会の喜びを分かち合った後、イリスが言う。


「ハル様、前に話した通り、裁縫や手仕事ができる人と話を付けてあります。今から呼んできてもいいでしょうか」


「マジ?仕事早いな。それじゃ、頼むよ」


「ふふ、じゃあ行ってきますね。ルク、エスニャ、お昼寝の時間だから休んでてね」


「エスニャ、寝たくない……ハルおにいちゃと遊びたい……」


 エスニャの声に遥斗は再び足をガクつかせたが、エスニャたちのことをよく知るイリスが休ませたいというのだから、休ませるべきだ。

 遥斗は血涙を流さんばかりに口をかみしめながら、「俺はまだ帰らないから、おやすみ」という。

 

「ほら、エスニャ。ハルさんもそう言ってるから、休もうね」


 ルクェンに促され、エスニャが「うん、寝る……」と素直に頷く。二人ともちらちら遥斗を見ながら、イリスに連れられて奥の部屋へ向かった。

 イリスはそのまま村人を呼びに出たので、遥斗は一人、居間で待つ。


「ルト様、この人物たちと会話が可能なのですね。私にはルト様の日本語しか解析できません。彼女たちの言語はデータ不足で、推測ベースでしか対応できません」


「へえ、お前でも分かんねえことあんだな」


「シアルヴェンならよりスムーズに解析できますが、サポート端末の私では限界があります。さらに、この星では未知の粒子がヴェクシス粒子に反発、干渉する現象が発生。私のヴェクシス機能が3割低下、エネルギー効率もシアルヴェン時の3倍、地球の5倍で消費が早くなっています。まるで高濃度ヴェクシス汚染地域のようです」


「え、マジ?お前、ポンコツ化した上にエネルギー切れちゃう?つか、地球だと効率いいの?」


「会話、解析、記録は問題ありません。光エネルギーで最低限の機能は数十星巡――地球換算で数十年維持可能です。ただし、センサー、ホログラム、通信、エネルギー出力はヴェクシス粒子を消費。地球では数ヶ月持つセンサーが、ここでは1ヶ月持ちません。あとポンコツ違います、できるデバイスです」


「消費だいぶ違うな。でも、それなら十分だろ。だいたい今日の夕方には地球に戻るし、5日後にシアルヴェンでチャージすりゃ平気か」


 そう軽く考え、遥斗は窓の外の畑を眺める。

 

 しばらくして、イリスが戻ってきた。後ろには裁縫や手仕事が得意な村の女性たちが集められている。

 その中にはしっかりとツンデレばあさんのマレナもいた。ついでになぜかトゥミルや他の子供たちもゾロゾロついてくる。


「ハル様、連れてきました。皆さん、裁縫や細かい手仕事が得意な方です。ハル様が仕事くれるって聞いて、みんな興味津々なの。あ、子供たちは……勝手についてきただけ」


 マレナが目を細めて遥斗を睨む。


「ふん、よそ者のハルトか。前回の焼き菓子はまあまあだったよ。今回は仕事の話なんだろ?どんなもんか、ちゃんと話しな」


「手伝いをすると銅貨をくれるんだって?あまり大したことはできないけどねえ」


「兄ちゃん!手伝いにきたぞー!飴玉、飴玉!」


 ザルティスの市場とはまた違う、ヴェルナ村での柔らかな喧騒が始まった。

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