第25話:こんにゃくのアレ
駅前の雑踏を抜け、遥斗は春先の汗で張り付く前髪を掻き上げながら電車ホームに立っていた。
バイト先は隣の駅からの方が近いので、基本電車で向かう。交通費も出してくれてるのでありがたい限りである。
安物の通勤リュックにはコンビニのサンドイッチとバイト先の制服が詰まっている。薄手のトレーナーにジーンズ、擦り切れたスニーカーというダサい普段着とは裏腹に、首筋の黒い革のチョーカー――シアだけが妙に洒落ていた。
遥斗はコンビニでマスクを買い、装着。
日常的にマスクをする人が多いこのご時世、独り言を隠すのにちょうどいいだろう。
「よし、シア、今日はホームセンターでバイトだ。今から電車で行くぞ。……マスク越しでも聞こえるか?」
遥斗が小声で試す。ここまで抑えた囁きなら、マスク越しなら独り言とも思われないはずだ。
”Aisa、問題ありません"
遥斗がほれ込んだ声でそういうシア。やはりこの声は最高だった。残念なのは、今は外なので遥斗のみに聞こえるようにスピーカーではなく振動による伝導で伝えていることだろうか。
「そういや、お前、今もチカチカ光ってんの? あれ、抑えられない?」
"光は正常応答を示すものですが、装着モードでは基本的に発光しません。ご安心ください"
「あ、そうなんだ、助かる」
都心と違い、電車の来る間隔が微妙に長い。一人ならスマホで無駄につぶすこの待ち時間も、二人で話をしていればあっという間だった。
ホームの喧騒の中、電車が滑り込んでくる。
都心に向かう通勤客はもっと早い時間に乗るため、この時間はそこまで込み合っているわけでもない。とはいえ座れるほどではなく、乗り込んだ遥斗はそのまま吊り革を握った。
手持無沙汰になったので、いつものようにスマホを取り出して音楽でも聞くことにする。
シアとこそこそと会話してもいいのだが、いくら聞こえないだろうとはいえ、満員電車で独り言もどきをする度胸は遥斗にはない。
イヤホンを取り出して、スマホのミュージックアプリを起動しようとしたが、そのとき待ったがかかった。
"ルト様……何をするおつもりですか?"
「え?いや、音楽を聴こうかなって……」
"それでしたら私が対応いたします。その粗末で簡素で矮小なデバイスを使わずとも、ルト様の持っていた電子情報は解析、コピー済みですので再生可能です。よく聞かれるミックスリストをランダム再生でよろしいでしょうか"
「あ、ハイ」
相変わらずスマホにマウント取るシアだったが、もう何も突っ込まなかった。
なんか怖かったともいう。
私というものがありながら、ではないが、なんか逆らったらやばい気がした。
マスターなのに。
そうして少し冷や汗をかきながら音楽を聴いていると、車内のモニターがニュースを流していた。
「…昨夜、国内外の様々な機関のサーバーが何者かにハッキングされ情報が漏れた可能性が...当局は調査を…」
遥斗の背中に冷や汗がツツーと流れた。
隣に並んでいたサラリーマンが同僚に囁いた。
「ハッカーとかやべえよな。どこの国の仕業だろ?」
「いや、個人のハッカー集団じゃね? 国によっちゃばれたら拷問されて殺されかねないってのに、よくやるよな」
遥斗はマスクをグイッと上げ、目を逸らした。
心臓がバクバクしているが、それも聞こえないふりをする。
"ルト様、異常な発汗と心拍数上昇を検知。体調に不安要素がございます。診断モードを…"
「お前のやったことのせいだよ!」
遥斗が小声で突っ込むと、前に座っていた女子高生がチラッと目線を上げた。
彼は慌てて咳払いで誤魔化し、ため息をついた。
電車がバイト先であるホームセンター「ハマトク」の最寄り駅に着くと、遥斗は逃げるように降りる。
朝の空気がまだ少しだけ冷たく、汗が引いていく気がする。
タマゴサンドを食べながらしばらく歩くとペンキと木材の匂いが漂う巨大な看板が見え、遥斗は一度深呼吸して裏口へ向かった。
従業員ロッカーで制服に着替えると、店長の山田がドカドカ入ってきた。
50代のガタイのいいおっさんで、いい人だが声がデカいのが玉に瑕である。
「お、遠峰くん、おはよう! 今日も気合入れてけよ!……って、なんか疲れてない?」
「おはようございます、店長。……えっと、あはは、少し寝不足でして」
遥斗は少し引きつった笑顔で返す。
山田はそんな遥斗に少し心配そうな顔をした後、ポケットからタブレットのケースを取り出した。
「ほれ、少し食っとけ。頭をシャッキリさせて、朝からテンション上げてけな!」
「あ、ありがとうございます」
遥斗が手を差し出すと、そこに数粒の錠剤を落とす山田。
それを口に放り込み、スース―とする刺激に脳を活性化させながら、制服のしわを直す。
その様子を見て、うんうん、とうなずいていた山田が、ふと思い出したように続けた。
「そういや、最近、万引きが増えてんだ。商品が明らかに減ってる。まだ特定できてないんだけど、悪いけど、目ぇ光らせてくれよ!」
「了解です」
シアが囁いてきた。
"泥棒ですか。許可いただければ、店内の監視システムを私のアルゴリズムで強化して常にリアルタイムで不審な客の洗い出しを――"
「うん、やめようね」
言ってることは頼もしいが、要はホームセンターというシステムをジャックする、と言ってるのである。
シアが悪用するつもりはなく、遥斗にも無い以上、会社に迷惑が掛かるわけではないが、胃がキリキリしたくないからやめてほしい。
「ん? 何か言ったか?」
「いや、なんでもありません! 売り場、行きます!」
遥斗は慌てて飛び出した。
ハマトクの売り場は広大だ。工具、園芸用品、ペンキ、電球、雑多な客層に合わせて何でも揃う。棚の間には木材の匂いとプラスチックの油臭が混じる。
遥斗の仕事は棚卸しと客対応。今日は在庫管理用のタブレットを渡され、商品をスキャンしながら数を確認する。
タブレットの画面がカクカク動く。
以前はこんなものだと気にしていなかったが、朝、シアのホログラムによるコンピューターの動作を体験した今からすると、さすがにストレスがある。
"ルト様。私のヴェクシス・プロンプトであれば、一瞬で全在庫を把握可能。許可いただければ、この店の粗末で簡素で美しさのないシステムを書き換えて高速化し制御を――"
「ことあらば地球の道具にマウントとるの、なんとかなんない?」
仕事中は緊急時やこちらから話しかけた時以外、できるだけ話しかけないように、と伝えて、ようやくおとなしくなったシア
その後、日曜大工をするので木材と工具が欲しい、という老人の対応以外は、いつも通りの仕事が進む。
その客にたいしても遥斗は笑顔で先導。
モンスタークレーマーじゃない普通の客は、対応するとバイトの時間がサクサク進むような気がするので嫌いじゃないのだ。
しばらくしてタブレットの充電のためにスタッフルームに戻ると、騒ぎが起きていた。
幼い女の子が部屋の隅の椅子に半べそになって座っている。
金髪で青い目の5歳くらいの女の子だ。その周りを店員たちがオロオロと囲んでいる。
同僚である専門学生の女性、春日が必死にあやしているが、効果はないようだ。
「店長、どうしたんですか、この子?」
「遠峰くん! 迷子らしいんだが、ただでさえ子供なのに外国の子供みたいで何言ってるか分かんなくて……春日さんが応対してくれてるんだけど、泣き止まないんだ。スマホの翻訳アプリ、試してみるかなあ……家電売り場に翻訳機が売ってればよかったんだけど」
山田が頭を掻いてスマホをいじる。
「へい、店長、俺に任せて! 英語ならバッチリっすよ!」
そこへ、バイトの佐藤がドヤ顔で割り込んだ。
20歳、早波田大学の2年で、トラブルメーカー。顔はいいが態度がでかく、仕事はテキトーで、しょっちゅう山田に怒られている。ただ悪人と言うほどでもないので、憎めない厄介者、と言うイメージが強い。
本人曰くアメリカに留学していたらしく英語が得意なので、たまに来る海外からの客の相手がなければいつ首になってもおかしくないだろう。
遥斗も簡単な日常会話くらいはできるし、そのくらいであれば英語を使える人間はこの店ではゼロではないのだが。
早波田の学生なら家庭教師とかもっと割のいいバイトがありそうなものだが、モンスタークレーマーの蔓延るこの魔窟の店でバイトしてる当たり、何かやらかしたのではないかと思ってるものも少なくない。
本当は大学卒業と同時にやめるはずだった遥斗が、内定先がつぶれた時に戻ってきた挙句にシフトを平日まで入れたことに、ゲラゲラ笑っていた奴だ。
遥斗は佐藤のその傲慢さが苦手だが、面倒だからいつも軽く流している、そんな同僚だ。
まあ性格は悪いが話が通じる分、モンスタークレーマーよりはましなので、大体許せている。
そもそもモンスタークレーマー達の攻撃を受けて辞めてない時点で、彼は十分に貴重な戦力なのだ。
多分この店の大半のスタッフは鍛えられすぎていると思う。
「あ、そう?お願いできる?」
「まーかせてくださいよ!結衣ちゃんも俺に任せなって!」
「……お願いします」
結衣――春日の名前であるが、別に彼女は名前で呼ぶことを許しているわけではない。
ただいくら注意してもやめないので、あきらめてる節がある。
佐藤は女の子の前に立つと、へらへら笑いながら話しかけた。
「Hey, kid, what's your name? Don't worry, I'll find your parents!(おい、ガキンチョ。 心配すんな、俺がお前の親を見つけてやるからよ)」
態度も話してる言葉もずいぶん威圧的だな、と遥斗は少し眉を顰める。
まあ子供にわかりやすいようにカジュアルにしてるのだろうが、不安でいっぱいの女の子には少しきついかもしれない。
だが、女の子はキョトンとして、余計に泣き出した。
佐藤がイラッと顔を歪める。
「なんで!? 泣きすぎだろ、これだからガキは…えっと、Stop crying!」
声を大きくした佐藤に、山田が慌てて止める。
「おい、佐藤、怖がらせんな!」
女の子を怯えさせてどうする。さすがに遥斗も止めようとした瞬間、女の子の呟きが聞こえた。
「Папа… Мама…」
「……あれ?」
言ってることはわかる。パパ、ママと親を探してるのだ。
だがイントネーションが独特である。
……おそらくこれは、英語ではない。
「……なあシア、これもしかして英語外の言語か?」
こっそりつぶやくと、その声を拾ってシアが答えてきた。
”ルト様、女児の言語はロシア語と推測。『パパ、ママ』と述べています”
「やっぱりかー……というかお前に翻訳してらえるのか。あ、でもこっちから伝えるのはどうしようかな……」
"私がルト様の声で通訳いたしましょうか"
「マジ!? よし、シア、頼む!」
内緒話を終えた遥斗は、女の子に近づくと、驚かせないようゆっくり膝をつき、目線を合わせてニッコリ笑った。
焦っていた佐藤が邪魔するな、とばかりに睨むが遥斗は気にしない。
マスク越しに小声で呟いた。
「どうしたの、大丈夫かな?」
シアが指向性スピーカーでハルトの声を模倣し、マスクから漏れるような音質でロシア語を再生する。
「Как дела? Всё в порядке?」
女の子がハッと顔を上げ、泣き声を抑えた。
高みからよくわからない言葉で声をかけてくる怖い人ではなく、同じ目線で柔らかく笑う男の人がいる。
口元はマスクで隠れて見えないが、おそらく優しく微笑んでいるだろう。
少女は嗚咽を少しずつ抑えると、青年に向かって小さく答える。
「Папа и мама пропали…(パパとママがいないの…)」
シアからその意味が通知され、遥斗は頷くと言葉をつづけた。
「де ты их видела?(最後にどこでパパとママを見たのかな?)」
「Аптека……(おくすりやさん…)」
明らかに会話が成立しており、「え、遠峰、喋れてんの!?」「何語?!」と周りのスタッフがザワついた。
遥斗はそれらを無視し、女の子に集中する。
「Всё будет хорошо, я найду их. Что было потом?(大丈夫、探してあげるよ。そのあとは?)」
「Не знаю… скучно было, вышла на улицу, а когда вернулась, магазин другой…(わかんない……つまんなくてお外に出て、戻ったら違うお店だったの……)」
なるほど、大体理解した。
遥斗は立ち上がり、山田に報告する。
「店長、この子の親は多分、隣の大型薬局にいると思います。家族で薬局に来て、迷子になってこっちに来たみたいです。電話で確認してください」
「遠峰くん、この子の言葉わかるのか? え、何語?」
「ロシア語です。それより、早く連絡を! 親、絶対心配してますよ!」
「……チッ、英語じゃねえのか…」
佐藤が小さく舌打ちしたが、騒ぎで誰も気づかない。
山田が薬局に電話した数分後、30代のロシア人夫婦が息を切らせて駆け込んできた。
金髪の母親が女の子を抱きしめ、父親が遥斗に礼を言う。
「アリガトー! 貴方のオカゲで、ムスメブジでした!」
「Спасибо! Спасибо большое!(ありがとう! 本当にありがとう!)」
どうやら父親は日本語が話せるようだ。母親も話せるのかもしれないが、今は感情が高ぶっているのか、ロシア語で感謝を述べている。
女の子も泣き止み、笑顔で手を振った。
「Спасибо, большой брат!(おにいちゃん、ありがとう!)」
「де-то не теряйся, ладно(もうパパとママから離れないでね)」
そうして去っていく三人を見送ると、スタッフルームは一気に盛り上がった。
バイト仲間が「すげえ!」「ロシア語どこで覚えた!?」と騒ぐ。佐藤はけだるそうにスマホをいじっていた。
遥斗は頭を掻いた。
「え、大学の第二外国語でちょっとかじっただけで…… たまたまですよ!」
「それでもすごいじゃん、見直したよ」
春日が肘でうりうりと遥斗の腕をつつきながら、笑っている。
正直、全部シアのおかげである。
それを褒められるのはさすがに罪悪感がある。
「そ、そう?それほどでも――ある、かな?」
――が、賞賛の声が気持ちいいので調子に乗った。
春日は美人よりではあるが、遥斗は春日のことを特に意識してない。
友達としてどこかに遊びに行くなどを繰り返せば、今後として意識することはあるかもしれないが、少なくても今は
「同僚の春日さん」
である。
ただそういう意識とは関係なく、女の子に褒められるのは嬉しくなっちゃうのだ。
多分こうやってちやほやすると、遥斗はお金のこと以外なら大体何でもしてくれる。
基本的にこの男は単純である。あまり容姿や性格は関係なく、自分を好きになってくれる人、好意を向けてくれる人には好意を持っちゃうのである。
チョロいともいう。
遥斗はいい気になって胸を張りつつ、こっそりシアに感謝する。
(よくやったぞシア!お前は最高のデバイス、そして相棒だ!)
”お褒め頂きありがとうございます。私はルト様の最高の相棒。今の音声を最重要情報としてメモリに記録。最高セキュリティで保管します”
シアが感謝しつつ何か言ってるが、テンションが上がっている遥斗はそれをスルーして周りに向けて恥ずかしそうに頭をかいていた。
そこへ、バイトの田中くんが慌てて駆けてきた。
彼は売り場で仕事をしていたので、今の騒動は知らず、妙な雰囲気のスタッフルームに少しだけひるんだが、要件を切り出した。
「店長! なんか、言葉が通じない客がいて! 俺、英語もあんまダメだし、困ってるんですが……」
「え、また?」
「またって……とにかく誰か来てくれません? 多分、フランス語っぽいんですけど……」
フランス語。
わざわざ日本に来ている外国人の多くは、英語はできる傾向にあるので英語でも何とかなるとは思う。
だが、ちょうど先ほどのこともあり周りのスタッフがチラッと遥斗を見た。
視線を受けた遥斗は一瞬「え」と声を上げたが、スタッフたちの目はこう言っている。
「ロシア語行けるんならフランス語もいけるのでは?」
と。
どう考えてもロシア語が使えるからと言ってフランス語が使える理屈はないのだが、そこは外国語コンプレックスの多い日本人。
国際言語の英語はともかく、それ以外まで使えちゃう人がいるならワンチャン期待の目で見てしまうのだ。
「え、いや……」
”ルト様。フランス語も通訳可能。言語体系が公開されネットにアップされている言語は、日常会話レベルであれば、問題ありません”
なぜか少しやる気に満ちているように感じるシア。
だがことはそう単純ではない。
(そりゃお前はフランス語くらいできるだろうけどさ、実際の俺はしゃべれないわけで悪目立ちするのもちょっと――)
万が一にもお前のことがばれたら大変だし。
そう思って目を泳がせていると、春日が遥斗に向かって期待のまなざしを向けながら言った。
「もしかして……遠峰くん、フランス語もできちゃったりする? だったら尊敬しちゃうかも」
「よっしゃ、まかせろ!」
彼はまた調子に乗った。
これで見直されたら女の子からのフラグとかどんどん立つかもしれないしな、と。
悪目立ちしたくないとか、シアがばれたら大変だとかの考えはどこかに消えた。
春日にがんばって、と応援され、気合を入れて田中についていった先にいたのは50代の男性である。
片言の日本語で何か言ってるが、それ以上に彼の母国語と思わしき言葉が多くて聞き取れない。
「シア、通訳できるか?」
”フランス語です。翻訳します”
内容を聞き、遥斗が小声で「安いドリルなら通路15の奥」と呟くとシアが再生する。
「Si vous cherchez un foret pas cher, c'est au fond de l'allée 15. (安いドリルなら通路15の奥です)」
男性が目を輝かせ、「Merci!(ありがとう!)」と去った。
遥斗は笑顔で見送った。
たまにネット広告で見たことがある、ポケット翻訳機を使う以上にスムーズに会話ができて、ウキウキである。
すると、その様子を見ていた20代の女性が、おそるおそる近づいてきた。
「Ähm… Ich möchte Stoff für Vorhänge haben.」
シアがすぐさま答えた。
”ドイツ語です。『カーテンの布が欲しい』と”
「それなら8番通路に――」
さらに、30代の男性が様子を見て話しかけてきた。
「我想要一个书架。」
”中国語です。『本棚がほしい』”
「ならこの通路を右に曲がって――」
「مطعم رامن لذيذ أين؟」
”アラビア語です。『おいしいラーメン店は』”
「ああそれならラーメン麺吉がお勧めで――って、ウチと関係ないじゃねーか!」
その後も、なぜか言葉が通じない客が次々に現れ、彼は通訳による接客を立て続けにこなした。
スタッフたちは最初、「すげえ!」「遠峰、やるじゃん!」と目を輝かせていた。
フランス語、ドイツ語、中国語、アラビア語、韓国語と、ヨーロッパやアジア、中東の言葉を通訳するマルチリンガルな遥斗に見直したスタッフも多く、あこがれの目で見てる女性もゼロではなかった。
女の子と仲良くなるフラグは確かに立とうとしていたのだ!
だが、ヒンドゥー語、タイ語と、まず日本では縁がないような言語まで対応し始めたところで、「ん?」となった。
そしてタガログ語、、スワヒリ語、タミル語などの「そういえばそういう言語や国を聞いたことがある」レベルの言語を使いだしたあたりで「ええ……」tなった。
そして10を超えたところで明らかに空気が変わった。
「ここまでくるとなんか怖い」
と。
それからもひっきりなしに来る異国からのお客様対応し続け、最終的にツワナ語(南アフリカあたりの地域限定言語)を訳した時。
周りからは言語マニアのやべーやつと認識された上で、遥斗の評価は
「まあいいか。便利だし」
に落ち着いた。
「Ee, kwa tshwantle go ya tirong ya tshwanetswe ke Fuji Yama―(そうですね、観光はやっぱり富士山が――)……って、だから店のこと聞けよ!なんなの今日!万博でもやってんのここ!?」
「あ、遠峰くん、あっちに外国の団体さんが来たからよろしくねー」
フラグは立たなかった。




