第18話:灰髪の徴収人
ヴェラが『ダリ』と呼んだ相手は金のネックレスをジャラつかせ、ヴェラの挑発を気にした様子もなくさらりと返す。
「暇? それはお前のほうじゃねえのか? 俺は義体のメンテでザルティスに来たら、シアルヴェンの信号がピピッと鳴ったんでな。ついでにウチの負債女の顔でも拝もうかと思ってよ」
にやにやと笑いながら髪をかきあげた彼の手は、確かに見るからに金属質の義手だった。ギラギラと輝くその義手は、ネックレスと同じ金色の装飾が施され、ヴェクシス結晶の青い光を帯びて下品に瞬く。カタカタと微妙な音がしてるところを見ると、彼の言う「メンテ」は本当に必要なようだ。
ヴェラは「ガルノス斑の鉄クズ野郎が!」と毒づくが、背後にいたガタイのいい部下がその男を守るように一歩踏み出し、マーケットの喧騒が一瞬静まる。
赤肌の野次馬が「灰髪かよ」「金鎖」などと囁いているのが聞こえる。
遥斗は「こいつが借金取りか」と呟き、ヴェラの強張った顔を見て「マジでヤバい奴なのか?」と体が震える。
こいつの胸三寸で、シアルヴェンとヴェラに危機が迫るのかもしれないと、その恐ろしさが胸に鉛のようにのしかかる。
それでも、男のギラつく義手と冷たい目に飲まれてたまるかと気合を入れ、「知り合いか?」とヴェラに問う。
ヴェラは男を睨みつつ、遥斗に小声で耳打ちする。
「ああ、ダリスコルだ。通称『灰髪のダリ』とか『金鎖』とか言われてる金貸しだ。一応金融業は連邦の許可を取ってるらしいが、裏社会にも顔が利くらしい。金を貸した相手がブラックホールに落ちようと、必ず取り立てるって噂の厄介な奴だよ」
「お前、なんでそんな相手から借りたんだよ!」
いよいよこそこそ話をしてる場合ではなく、遥斗は頭を抱えながら叫んだ。
「うるせえ!爺さんのシアルヴェンを取り戻すにはそれしかなかったって言っただろ!」
耳打ちを忘れて、盛大にキレ返すヴェラ。
そんなヴェラと遥斗のやり取りを見て、ぴくりと片眉を上げたその男は、今ようやく興味を持ったように遥斗を見やる。
「…ふん、このガキは誰だ?新入りか?」
嘲るような、睨みつけるかのような視線。
ダリスコルの冷たい目は、まるで遥斗の存在を値踏みする蛇のようだ。遥斗は日本なら絶対関わりたくないタイプの人間だと肌で感じる。背中に壮大なお絵描きとかがありそう。
だが、ヴェラとパートナーである以上、これから避けられない相手だ。
何より、ここで怯んだら、この男からはずっと見下される気がする。
遥斗は一瞬だけ拳を握り、ヴェラを見た。
彼女はほんの僅かに頷き、澄んだその緑の目で「ルトはアタシの大切な相棒だ」と訴えかけてきた。
言葉にしなくても伝わってくる彼女のその信頼が、遥斗の心に熱い火を灯した。
(ああ、わかってるさ。ヴェラの信頼を裏切れねえ!)
彼女と遥斗の思いが重なる。
遥斗はダリスコルの目を正面から打ち返すように視線を向け、彼女を守るように立ち、堂々と宣言する。
「俺はヴェラの相ぼ——」
「こいつは宇宙に出たくてシアルヴェンに密航してきた辺境のガキだ。とっつかまえたんで、運賃代わりに船でタダ働きさせてんだよ。したっぱ、挨拶くらいしとけ」
何もわかりあえていなかった。
ヴェラに遥斗の肩をガシッと掴まれ言葉を遮られて命令される。
「…密航者で下働き中のルトでやんす…」
遥斗は素直にダリスコルに挨拶した。
まあ間違ってはいない。一応船長がヴェラと認めてるし、宇宙旅行を代価にして『働いている』のだから。
それに確かに下手に二人の関係を話して自分のことを追及されても困る。
彼女がこういってごまかしたのは遥斗を守るためでもあるのだろう。
ただちょっと悲しい遥斗くんである。
そりゃ思わずしたっぱ言語になろうというもの。
「てことだ。文句あんのか?」
とヴェラが返すと、ダリスコルは「密航、ね…」と遥斗をじろりと見つめ、ほんの一瞬、敵意のような冷たい視線を向ける。
遥斗は少し寒気のようなものを感じ、
(え、なんで俺このおっさんににらまれてんでやんすか?)
とビビっていた。
さっきの熱い想い?
舐めてはいけない。
語尾が「やんす」なしたっぱ語を使ってるようなやつにあるわけがなかった。
なんならダリスコルに詰め寄られたら震えながら
「ぷるぷるぷる、ぼく、わるいみっこうしゃじゃないよ」
とかいう気満々だった。
なお密航は当然犯罪なので『わるいみっこうしゃ』しかいない。
「ま、俺はお前がちゃんと借金返済の金を稼いでるなら何でもいい。で、何売ってんだ? 時代遅れのシアルヴェンのパーツか? 賞味期限切れの携帯食か? 前の菓子みたいな掘り出し物があるなら、俺が買ってやっても――は?」
ダリスコルは小物感いっぱいの遥斗を見据えていたが、興味を失ったのか視線を露店の商品に移す。だが、その軽口は一瞬で凍りついた。
以前ヴェラから買い取った天然素材の菓子と同じものがシートに並び、さらには前回なかった飴玉や板チョコなどを見て固まる。
そしてディスプレイの成分データ——砂糖、カカオ、ナッツ、果汁、全てが天然素材——に再び目を奪われた。
ダリスコルは前回の菓子を利子として取り立て、そのときの調査でこれらが本物であることを知っている。
何しろデータを見ながらも半信半疑で一つ食べてみた時、その美味さに負けて全部食べてしまったほどだ。
どっかの船長と同類だった。
食べ終わった後、実質会社の資産を横領したのと同じになっていることに慌てながらも、ちゃんと帳簿ではヴェラの借金を返済済みとして、ポケットマネーで穴埋めして会社の資産の整合性をとったあたり、人格がなんであれ約束は守る男である。
あの菓子の甘さがダリスコルの脳裏をよぎり、彼の義手が無意識にカチャッと震えた。
ダリスコルは、あれはヴェラがたまたま仕事で手に入れたものを金欠で売っただけだと思っていたので、自身の失態の対応をした後は忘れていた。
だが、今、こいつらは堂々と天然素材の菓子を売っている。しかも、前回より上等な品揃えだ。ダリスコルの胸に、ヴェラが何か「交易路」を持っているのではないかという疑いが芽生える。
「前回の菓子も上等だったが…こりゃ、桁違いだな。この砂糖と植物の実を用いたチョコとやらが100カスだと?」
ダリスコルは声を抑えつつ、そう驚愕する。ダリスコルを警戒して離れていた野次馬たちが、少しだけ興味を持ったようにちらちらをみていた。
ダリスコルは周りに目もくれず、ヴェラに詰め寄る。
「ヴェラ、お前…どうやって天然素材の菓子を手に入れたんだ?」
ダリスコルの声は低く、独特の粘り気をまとわせている。
ヴェラは遥斗に「黙ってろ」と素早く目配せし、
「誰がてめえに教えるかよ!天然素材の仕入れ先はアタシの命綱だ」
と怒鳴るように言う。
ダリスコルはニヤリと笑う。
「仕入れ先、ね。てことは定期的に手に入れる交易路を開拓したってことかい」
蛇のようなねちっこい笑顔でそういうダリスコルの言葉に、ヴェラは「しまった」と顔を歪めた。
「まあいい。だが、この菓子…マジか……しかしなんで残ってんだ?…ああ、そうか」
ダリスコルは周りを見回し、納得したように頷く。
マーケットの客はダリスコルがずいぶん長くいることに興味を持ったようだが、相変わらずディスプレイをチラ見しては去っていくだけだ。
「ここにあるもの、全部買い取る。ちゃんとこの値段を出せば文句ねえだろ。なんなら今後仕入れたもんはうちに全部よこすってなら、借金含めいろいろ便宜を図ってやるぜ?」
ダリスコルが義手をカチャッと鳴らし、提案する。
遥斗は「別にちゃんと買うなら売るのはいいけど」と考えるが、ヴェラは苛立ちを隠さずに拒否した。
「てめえ、これを転売する気だろ!いくらの値をつけるつもりだ?」
「さあな、だが悪い話じゃねえだろ」
「悪いさ。ああ、悪い話だ。なにが悪いって、てめえにアタシたちの商売の主導権を握られるのが気に食わねえ!」
ヴェラはシートをバンと叩き、赤い髪を振り乱して吠えた。
「客だってならいくつかはちゃんと売ってはやるさ。一つや二つ買ったものを転売するのも、まあ仕方ねえ。だが、買い占めもその提案もお断りだ。アタシはてめえの部下じゃねえ!シアルヴェンの船長だ!借金はちゃんと返す。アタシらがシアルヴェンと共に宇宙を飛び、商売を広げて、爺ちゃんの魂を守るんだ!このマーケットはその第一歩なんだよ!」
遥斗は「船長かっこいいでやんす!」と心の中で喝采を上げた。
そうだ、俺はお前のしたっぱじゃない!ヴェラのしたっぱでやんす!
そこまで気合を入れた時に、どこかで
「おにいちゃ、したっぱなの……?」
というエスニャのきょとんとした顔が見えた気がして、遥斗は我に返った。
あぶなかった、したっぱ語は心までしたっぱにしてしまうのだ。
そんな内なる熱い戦いを遥斗が繰り広げているとは知らず、ヴェラは淡々とダリスコルを見つめてきっぱりという。
「だから、悪いがお断りだ。爺ちゃんが生きてたら、ぜってーそう言うに決まってる」
ヴェラの言葉に、ダリスコルは一瞬だけ何とも言えない目をする。
再び彼の義手が小さく鳴った。
だが、ヴェラも遥斗もそれには気づかない。
ダリスコルはふいに空を見上げ、ふう、と息をはくと、「わかった」と短く答える。何か言われるかと思っていたが、拍子抜けする二人。
「この場でなら俺をただの客として売りはするんだろ? ならそれでいい。…だがお前ら、啖呵を切るのはいいが、俺以外に売れんのかよ」
ダリスコルの言葉に、ヴェラが「ぐっ」と息を詰まらせる。
遥斗も「うん、まあ……」とディスプレイを見つめた。
ダリスコルは義手で飴玉を摘まみ上げる。
「いっとくが、値段のせいじゃねえぞ。こんな場所に本物の天然素材の菓子があるなんて、ザルティスの連中は誰も信じてねえんだ」
赤土の地面に並ぶ菓子は、ヴェクシス機関の光により宝石のように輝くが、客の目には偽物のジャンクにしか映らない。
「このマーケットじゃ、天然物は偽物である、ってのがすでに相場なんだ。裏の賭博場の景品くらいでしか信用されねえ。データなんて、改ざんする奴はいくらでもいるからな」
ヴェラが「ぐむむ」と唸る中、遥斗が素直に聞いた。
「じゃあ、どうすりゃいいんです?」
「お、おい、ルト!何こんなやつに聞いてんだよ!」
「え、だって悩んでても解決しねえし。聞いちゃったほうが早くね?」
啖呵をきったヴェラをかっこいいとは思うがそれはそれ。
ヴェラの想い自体は認めるし大事にしたいが、楽に効率よくいきたい現代っ子な遥斗には、聞けるんなら聞こうの精神である。
最初はダリスコルに恐れを抱いてはいたが、さすがに会話をしていけば「とりあえず今すぐ取って食われたりしない」のはわかる。
何より話が通じる。
怒らせたときにどうなるかは知らないが、会話が成立して不当な要求をしないなら、それはちゃんと人間だ。
それだけでモンスタークレーマーよりは怖くはなかった。
ダリスコルはこの前スーパーに来たクソジジイみたいに
「2つ買うと1割引なら20個買えば10割引でただにしろ」
みたいなことは言わないのだ!
モンスタークレーマーがどんだけ、ともいう。
「お客様からの貴重なご意見ってだけだろ。別にそれを聞いたとして彼の部下になるってことじゃないぞ」
遥斗が言うと、ヴェラは顔を歪めながら唸る。
「うう…まあ、そうだけどよ…」
「そういうわけで、ダリさん、教えていただけると助かります」
ジャパニーズな謙虚さと営業スマイルでそんなことを言う遥斗に、ダリスコルは毒気を抜かれたのか「はっ」と軽く小馬鹿にしたように息を吐くと、彼はうなずいた。
「いいぜ、教えてやるよ。だがその代価は? まさかこの灰髪にただで働かせるわけじゃねえんだよな?言っておくがここにある菓子が代価ってんなら、俺は普通に買うだけだぞ?」
彼のその言葉に遥斗は「ふむ」と考え、ヴェラに耳打ちした。
ヴェラは「ゲギャッ!」と女の子らしからぬ声を上げ、遥斗を睨む。だが再び遥斗に何かを言われ、彼女は渋々頷いた。
遥斗はダリスコルに向き直り、不満げなヴェラを尻目に言う。
「とびきり旨い菓子1個。ここには出してない、ウチの船長のお気に入りのとっておきだ。ただし転売させたくないから目の前で食ってけ」
具体的に言うと、ヴェラえもんのおやつだ。
ヴェラが「あたしのドラヤキ……ドラヤキ……」とぶつぶつとつぶやいてるのは見ないことにする。
そんなヴェラをダリスコルは面白そうに見た後、灰髪をかきあげ皮肉気に笑う。
「いいぜ、乗った」




