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【書籍化進行中】星と魔法の交易路 ~ボロアパートから始まる異世界間貿易~  作者: ぐったり騎士
敵と味方と

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第92話:汝が深淵を覗きこうわなにをするやめr

 結局、ヴェラの首を縦に振らせることはできなかった。


「ダメだ。いいかルト、さっきも言ったけど、これは完全に道楽の乗り物なんだよ。そもそも予算オーバーもいいとこさ」


 彼女が内心で「遥斗への褒美」として想定していた予算は、せいぜい五百カス。四千八百カスの本体に千五百カスの改造費など、論外である。加えて、ヴェラが懸念しているのは維持管理の問題だった。


「それに、この旧式のコーティングじゃヴェクシス汚染に弱すぎる。こまめに除染とメンテナンスをしていかないと、すぐにガタがきて動かなくなるぜ?その維持費だけでどれだけかかると思ってるんだい。道楽を楽しむことはアタシも否定しないが、いくらなんでもデメリットが多すぎる。アタシは反対だ」


 ヴェラがそう警告するのは、当然このマシンを自船シアルヴェンに格納し、これからも過酷な「宇宙の星々」で運用することを想定しているからだ。そんな環境では、このアンティークはあまりに繊細で、金食い虫の荷物になりかねない。だが、遥斗がこれを使うと決めているのは、ヴェクシス汚染など存在しないエリドリアか、あるいは地球だ。ヴェラが心配するリスクは、遥斗の計画上では最初からクリアされている。


「お願い、ヴェラ。これがあれば、俺もっと頑張れるから!」


 普段はへらへらしている遥斗がこれほど食い下がるのは珍しい。それに、遥斗の貢献によって五万カスの借金返済が目前なのも事実だ。しばらくの沈黙の後、ヴェラは深くため息をついた。


「……分かったよ。ただし、『今すぐ』じゃない。この星でしっかり稼いで借金を完済して、余裕ができたあとだ。その時まで店に残ってたら、お前のやる気に免じて許可してやる」


「……本当!?よっしゃあああああ!」


 飛び上がる遥斗を横目に、ヴェラは店主に「仮予約ってことにしといてくれ」と告げておく。店主も「まあ、そうそう売れるものではないですから」と笑って了承した。効力のない口約束ではあるが、売れたら売れたで縁がなかったということだろう。とはいえ、頼んでおいて手付金もなしというのもバツが悪い。


 ヴェラは遥斗に「これとは別に、今日の分の予算はちゃんと使っていいぞ」と言い添えた。彼はその言葉に甘え、店で目を引いた「骨董品」をいくつか購入し、さらに別の店でも便利そうな生活ガジェットや、増設用のスカッターなども買い揃えた。


 帰り道、都市間輸送路(シィル・レイル)のポッドの窓からは、ノーサリス特有の「終わらない夕暮れ」が広がっていた。常夕の星ゆえに夜景はないが、街を照らすホロネオンの輝きは、沈まぬ夕陽と混ざり合って独特の情景を作り出している。


「なあヴェラ。そういえば俺たちの商売、結構稼いでる感じだと思うけど……返済ってまだそんなにかかるのか?」遥斗がふと気になったことを聞いてみると、ヴェラは心底嫌そうな顔をしながら唇を歪める。


「税金がたけーんだよ。アタシはどこの星にも所属しない『星外漂流民(アスティラ)』だからな。故星のナジェルマ含めて、星民義務を何ひとつ負っちゃいない代わりに、最高税率をぶっかけられてるのさ」


星外漂流民(アスティラ)?星民義務?」


 遥斗の疑問に、シアが即座に応じる。


「星民義務とは、各星の政府が定めた星民としての義務です。労働や兵役、収益の提供など、その星に守ってもらうための対価ですね。しかし星外漂流民(アスティラ)には加護が一切ありません。星外漂流民(アスティラ)は、いつどこで死んでも自己責任。だからこそ、星民には許可されない危険宙域への立ち入りも、漂流民なら簡単にパスが下りるという利点もありますが」


「そう。どこの星の加護もねえ。だが、アタシが行きたいところへ行くのに役人のサイン待ちは真っ平ご免なんだよ。……それに、アタシらみたいな『宇宙の血液』が自由に飛び回ることは新航路の開拓に繋がるからってんで、ゲートの使用料とかは格安に設定されてる。……自由でいるためには自身のことは自身で守り、このバカ高い税金を払って権利を買うしかねえのさ」


 ヴェラが自嘲気味にそう付け加えた。


「宇宙の血液……」


「輸送や配達、整備とかで宇宙を回ってる間は減税されるんだがな。今のアタシらみたいに一つの星に留まって店を出すのは、あいつらに言わせりゃ『血栓』なんだとさ。星のインフラをタダ乗りしてるペナルティとして、星だけじゃなく中央にも税をむしり取られる仕組みだよ。ザルティスみたいな、船乗りや|星外漂流民が集まる錨星(ドック星)なら、もう少しマシなんだがな」


「そっか……じゃあもっと頑張んないとな」


「とはいっても今の調子なら十分に目途は立ってる。抽選式にしたし、商品さえあればアタシだけでも店は回せるから、お前はお前ですることがあるなら自分を優先しろ」


「そっか……じゃあ、お言葉に甘えて、これからは数日ごとにこっちに来るよ」


「まあ、完済が延びれば延びた分だけ、あの『道楽品』を買うのは先になるけどよ。誰かに買われないといいな」


「ギギギ……」


「ま、頑張れ」


 歯ぎしりしながら悶絶する遥斗に、ヴェラは不敵に笑って彼の背中を力強く叩いた。




『扉』を潜り抜けた瞬間、全身を包む空気の密度が変わった。ノーサリスの、あの無機質な空気ではない。湿気を含んだ、生活感のある日本の夜の匂いだ。


 六畳一間のワンルーム、越世荘(こしよのそう)の自室。こまめに掃除をしているとはいえ、どこか土臭く、安物の冷蔵庫が唸りを上げている。ガルノヴァの圧倒的なホロネオンや、巨獣のごときビル群、宇宙船の威容を思い返すと、この部屋はあまりに小さく、そして静かだった。


 これからは数日ごとにガルノヴァへ行き、カステラを焼く生活になる。とはいえ、ヴェラに任せる店頭の商品を空にするわけにはいかない。補充は毎日必要だし、シミュレーション訓練やトレーニングも一日たりとも欠かすつもりはなかった。結局、ほぼ毎日あちらの空気を吸いに行くことには変わりないだろう。


 だが、買い出しの手間が大幅に減っていたのは、不幸中の幸いだ。

 カイナ・ハレの店長には、飴、チョコレート、グミといった定番商品を、個人的に定期的に購入させてほしいとお願いしてある。「そんなに食って、お前さん糖尿にでもなるつもりか?」と店長には本気で心配されたが、結局は「損になる話じゃないしな」と二つ返事で快諾された。遥斗が変な行動をするのは今に始まったことではないし、商売として見れば、彼は上顧客以外の何物でもなかったからだ。


 しかし、今日は本当に楽しかった。SF世界で出会った、あの「運命」と言えるマシンのことを想うと、いまだに心がはやる。だが、そこは切り替えなくてはならない。

 とはいえ、考えを切り替えることには定評のある遥斗である。すでに心は、次の目的地――ファンタジー世界のエリドリアへと旅立っていた。


「リケ、風呂だぞ」


 頭にスライム状態になったリケを乗せて、遥斗は浴室へ向かう。向こうの世界で『フロ・バスラ』による洗体を済ませていても、やはり日本の風呂に浸からなければ一日は終わらない。湯船でリラックスしたあと、エリドリア行きの装備を整えてベッドへ腰掛ける。すると、すかさずリケも潜り込み、そのまま軟体化。そして「人間をダメにする枕」へと早変わりした。


 これを頭の下に敷きつつ、抱きしめて眠りにつくのが、最近の遥斗のお気に入りの睡眠環境である。とはいえ、巨大な目玉を漂わせ、うじゅるうじゅると触手を這わせている枕を「気持ちいいなー」と平然と使いこなせるのは、世界広しといえどこの男くらいのものだろう。


「ケリテテス!」


「よし、寝るぞ、リケ!」


 さあ、明日からはエリドリアだ。

 遥斗は大きくあくびをして、心地よい疲れと共に夢の世界へと旅立っていった。



 そのころ――遥斗のアパート、越世荘(こしよのそう)から少し離れた路上にて。

 車の中からカメラの望遠レンズで越世荘(こしよのそう)を見つめ続ける一人の男がいた。


 彼は遥斗の部屋をじっと監視していたが、電気が消えたことを確認すると、手元のメモにペンを走らせる。そのまま部屋の様子に変化がないことを確かめて、重いため息をついた。


「どういうことだ……?」


 彼の呟きに応える者は誰もいない。男は思考を整理するように、独り言をこぼす。


「ここ数日の行動パターンは同じだ。朝に弁当やおにぎりと共に、大量の牛乳、卵、ホットケーキミックスを買って部屋に戻る。そのあとは一切外に出ることなく、夜になっても電気はつかない。にもかかわらず、就寝前と思われる数十分だけ部屋の灯りがつき、風呂場の電気がつき、そして消える。……一体、中で何をしている?」


 日中にセールスが訪ねても、一向に応対する気配がない。


「ヘッドホンをしてゲームでもしているのか?……彼の雰囲気からはイメージできないが。在宅仕事にしても、電気がつかないのは妙だ。室内で違法植物でも栽培している可能性もあるが、ホットケーキの材料で何をするというのだ?くそ、行動から人物像が繋がらん!」


 手詰まりだった。だが、ここで退くという選択肢はない。

 男――佐々木警部補は、刑事としての本能が告げる違和感に、自身の腕を強く掴む。


 あの電車爆破未遂事件。

 それはすでに犯人逮捕という形で解決はしている。だが、現場に現れた謎の男「マスク・ド・ケリテテス」の正体は未だ闇の中だ。ネット上では「犯人の一味説」から「責任を負いたくない警察の自作自演説」、はては「ただの変態」まで様々な憶測が飛び交っている。


 警察としても扱いに苦慮していた。犯人の吉沢は男との関係を否定しており、手がかりがない。逮捕後の彼は別人になったかの如く警察に協力的で全てを自白し、それの正しさも捜査によって証明されていた。そんな彼が、この件だけ嘘をついている、というのは考えにくい。


 そして最大の問題は、男が残していった「謎のレジン」だった。科学班が調べても構造が全く理解できず、専門の研究所に依頼すれば「こ、これはいったいなんなんだ!誰がこれを!?」と大騒ぎになる始末。上層部どころかさらにその上からも命令が下り、警察は血眼で男を追ったが、乗客に身体的特徴の一致する人間はおらず、「外部から乗り込んだ何者か」というのが公式見解となっていた。


 だが、佐々木はそうは思っていない。彼の勘が囁いている。

 あの男は、乗客の中にいた――いや、あの青年、遠峰遥斗こそがその正体だと!


 ちなみに調べたら彼は子猿のペットを飼っていた。

 隠す気あんのかお前、と佐々木は心の中で突っ込んだ。


 いや、それは証拠にはならない。確かに猿を飼っているのは珍しいが、いないわけではない。それに、なによりあの猿はだいぶ大きかった。謎の男の体格が大きかったこともあるが、ニホンザルくらいはあった気がする。さすがに、子猿とは違い過ぎるだろう。そんなものを報告するわけにはいかない。

 それに、もしそうなら、彼が自分の命の恩人ということでもある。何か事情があるなら、上への報告には最大限には配慮するし、内容次第では胸の中に納める覚悟もあった。たとえ、その行為が自身の刑事生命を終わらせることであったとしても――!


 だが、そのためにも、まず自分が最初に彼の秘密に最初にたどり着かなくてはならない。


「マスク・ド・ケリテテス……いや、遠峰遥斗くん。俺の刑事としての勘、経験、すべてを駆使して、必ず君の正体にたどり着いて見せる」


 佐々木は、闇に消えたアパートの窓を見据えたまま、刑事としての闘志を静かに燃え上がらせるのだった。



 ちなみに翌日に周辺で聞き込みをしたら、


「遠峰さん?ここの公園にペットの子猿つれて散歩に来てますよ」


「リスザルのリケちゃんですか?この辺では有名ですよ!ケリテテスって鳴くの、すっごく可愛いんですよ」


 とか出てきた。「ケリテテス」ってお前……。

 刑事の勘とか経験がなくても普通にたどり着けそうだった。


「だから隠す気あんのかお前は!」


 佐々木は、持っていたペンを地面に叩きつけて、そう叫ぶのだった。


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