第91話:でも、お高いんでしょう?
ヴェクシス蓄積症→ヴェクシス変異症
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「……そうですか。見られていましたか」
彼は小さく頭を下げ、苦い笑みを浮かべた。義眼の赤い光が、わずかに明滅する。職人として働く中で、何かの事故で失ったのだろうか。それでもこの道を歩み続ける彼には、相応の誇りがあるに違いない。
遥斗はそんな彼の姿勢に、熱いものを感じた気がした。
「ああ、失礼。オプティカル・スキャナーをつけっぱなしでした」
彼は慣れた手つきで、目元を覆っていたデバイスを外した。
普通に外すことができる道具だった。その下には普通にお目目があった。
先ほど感じた熱いものは気のせいだった。
「はい、お気づきの通り、私の養父が……最近、ヴェクシス変異症を発症したんです」
彼の声は静かだったが、言葉の端々に重いものが沈んでいる。
「特殊難病なので、専用の保険に入っていない庶民には、治療費は絶望的です。ただ……ごく稀に、経年劣化で廃棄対象になった治療器と、汚染が進んで最低品質になった天然素材エキスが出回ることがありまして。結果を問わないという条件でなら、一、二万カスで治療を受けられる場合があるんです」
店主はそこで言葉を切った。
指先でカウンターの埃を払う仕草は、無意識の癖のようだった。
「……どうにかならないかと、ウチの財産を担保にして交渉したんですけど。結局、ダメでした」
最後の言葉は、ほとんど吐息に近かった。
だが、彼は一度深く息を吸い、すぐに商売人の顔に戻る。
「ああ、すいません。つい愚痴のようなことを。お客様のお耳汚しになってしまいましたね。それで、どうでしょうか。こちらの商品が気になるようでしたら、実物をお見せしますが」
遥斗は頷き、ヴェラと顔を見合わせた。
ヴェラは「まあ、暇だしな」と肩を竦め、リケは「ケリリ」と遥斗の肩から興味深そうにホログラムを覗き込んでいる。
店主はリケを珍しい自律デバイスだと思っているのか、技術者らしい好奇の視線を向けたが、さすがに「解体させてくれ」という言葉は飲み込み、一行を在庫ルームへと案内した。
店主は奥の扉を開け、薄暗い通路を進む。
倉庫は意外に広く、湿っぽい空気の中に、古い機械の油の匂いが混じっていた。
そして――そこに『それ』があった。
「……っ」
ホログラムで見ていたよりもずっと存在感が濃い。ヴェクシス技術による実体と遜色のない映像だったはずなのに、今、目の前に鎮座する実物は圧倒的だった。
マットブラックの装甲は、ところどころ細かな傷や塗装剥げが歴史を語っている。サイドカーは頑丈なフレームで固定され、後部のプラズマ推進ユニットは今にも唸りを上げそうな迫力だ。タイヤはゴムではなく、水銀を思わせる液体金属のようだ。また、浮遊するためのリフトフィールドが、エメラルドグリーンと白の輝きを放っている。
「うわ……かっこいい、すげえ……! これ超欲しい!」
遥斗は思わず駆け寄り、車体に触れようとしてやめる。下手に触って傷を付けたら大変だと思ったのだ。実際には、すでに無数の「戦歴」がそこに刻まれているのだが。
「マジかよ……」
ヴェラはそんな遥斗を呆れたように見ている。
「なあ、ルト。それ欲しいんなら、ニ星巡くらい前に出た型落ちのホバーカーのほうが安いし性能はいいぞ? 1000シクタくらいで買えるはずだ」
「えっ……あー、そうなんですか?」
ヴェラに言われて、思わず店主に聞いてしまう遥斗。
「は、はい……性能で言えばその通りですね。これは完全にそういう趣味を持った方向けですので」
店主も店主で、この星にしては珍しくあまり商売っ気を出してこない。
ヴェラの指摘に嫌そうな顔一つせず、正直に答えた。
「うーん……そうかあ……でもカッコいいはカッコいいんだよな……」
むむむ、と目の前の乗り物から目をそらせずにいると、首元のチョーカーが静かに光った。
『ルト様。こちらはどこでお使いになるおつもりですか?』
遥斗だけに聞こえるようにシアが聞いてくる。
「え、どこってウチのアパートからの通勤とかで――」
『違法改造車扱いになり、公道を走らせたら捕まるのでは』
「あっ!」
それはそう。
遥斗は凍りついた。
『使うならエリドリアでしょうね。森の中は難しいですが、空を飛んだり、草原や水面などでは問題ないかと』
「そうか……ちなみにヴェラのいう通り、普通のホバーカーを買った方がいいと思う?」
『普通であればそうですが、もしエリドリアで乗るために欲しいというならヴェクシス式ホバーカーは勧めません』
「え、なんで」
『エリドリアでは魔力と呼ばれる謎の力場があります。こちらはヴェクシスエネルギーの効率をひどく落とします。演算には影響しませんし、スカッター程度の小さな物なら少し燃費が悪い程度で済むでしょうが、ホバーカーほどのサイズではどこまで影響が出るかわかりません。実験のために購入するならともかく、実用上の安全性を保障できません』
「なるほど……じゃあこいつは?」
『アルドボード式ですので、ヴェクシス技術は使われていません。縮退圧結晶を心臓部とするレトロ品ですから、エリドリアでも問題なく稼働するでしょう。触媒として水と光、ある程度の鉱物があればチャージも可能です』
そうなると、もはやこの――“ブレスドット・ルドルフ”――は、手に入れなければならない運命の機体に思えてきた。
ただ、日本では使えないことだけが残念過ぎる。
そんな風に遥斗がシアとぼそぼそ話しているのを見て、店主は察したらしい。
これは推し時だと、彼は内心で拳を握る。
「ご希望があれば、より詳細なスペックデータを送りますし、使えるオプションや、カタログにはないオリジナルサービスもありますよ。私にできる範囲であれば、カスタマイズもします」
カスタマイズ。
もしかしてうまくすれば日本でも乗れるようにできないだろうか。
遥斗はふと期待を込めてヴェラを振り返った。
それでヴェラは遥斗が言わんとしていることを理解したらしい。
腕を組んで、車体をじろじろ眺めながら答えた。
「これ、ヴェクシス工学以前の旧世代の回路とエンジンかよ。電気回路とプラズマ・リフトコアはともかく、マイクロ縮退圧結晶による縮退相転移なんてめんどくせーもん、アタシは専門外だぞ。理屈はわかるがいじくれる自信がねー」
彼女のその答えに、店主がにこりと笑った。
「ああ、ヴェクシス技術者の方ですか。ええ、これは現在では相当な趣味人でないと使いませんしね。確かにメンテナンスや改造は難しいですが、最新のホバーカーほどではないとはいえ、それなりに丈夫ですよ。150バルク(時速200キロ)で岩にぶつかる程度であればボディに傷はついてもへこみませんし、衝撃も吸収します。エンジン部の縮退圧結晶は強固な特殊合金のボックスで囲まれてまず故障もしません。チャージ方法ですが、この星程度の光量を保っている恒星がある星ならば、一定の酸素と水、適当な鉱物を入れて3シクタほどで50%、そこからは少しチャージ効率が落ちますが、10シクタほどで最大チャージが可能です」
「超欲しい……」
遥斗の目が完全に星になっていた。トランペットを見る少年状態発動である。
ヴェラは「買わねえよ?」とあきれながらつぶやくが、遥斗は聞いてない。
「何か気になる点がありますか?」
店主に問われ、遥斗は現実に戻ると唸るように答えた。
「いや……これ自体は最高なんですけど、それとは別にバイクや自動車……えっと空も飛べないやつで、ガソリン使って走る燃焼機関の車か、電気で走るタイプにも、このマシンみたいな形で走れないかなーって……」
店主の目が輝いた。
「おお、お客様はすでにレトロカーの同士でしたか! どのモデルをお使いでしょう?」
「いや、多分『こっち』じゃ売ってないんじゃないかなあ……えっと、完全オリジナルのマシンなんですよ。それじゃ難しいですよね。マシンの形状や仕組みはそのままに、このマシンみたいにすごい速度で走れたり、空に飛ばしたかったんですが」
「なるほど、同士の技術者が自分で作ったレトロシステムのマシンですか。いいですね! それなら、マシンを持ち込んでもらえれば、私の方でカスタマイズしますよ。その場合、部品は当時のアンティーク品ではなく、現在の技術で作る再現品でいいのですよね?」
「本当ですか!? ……あー、でもそれじゃおんなじか。それがその俺のいる世界……じゃなかった、俺の星だと基準が厳しくて、勝手に改造したものは私道はともかく公道では走れないし、車検が通らないんですよ……」
店主は少し考え、にやりと笑った。
「ほう、確かに厳しい星もあると聞いたことがあります。それならどうでしょう。マシン本体は改造せず、ミニサイズのアルドボード式エンジンと、プラズマ・リフトコアを『着脱式』にするというのは。速度や高度などのスペックはこのマシンよりだいぶ落ちますが、改造は最小限にできますよ。見た目もほとんど変わりませんし、今まで通り燃焼機関や電気で走れるよう、取り付けたエンジン部側で切り替えができるようにします。私道では取り付けたシステムを使い、公道では今まで通りで、車検時には取り外してしまえばいい」
「それだ!」
遥斗がびしっ! と店主を指さすと、肩の上のリケも同じように小さな手を伸ばして指をさした。まねっこである。
店主は心の中で盛大にガッツポーズ!
だが、遥斗は不安そうに店主に聞く。
「でも……そういうカスタマイズって、お高いんでしょう?」
「お客様の持ち込むマシンのサイズやシステムによりますが、再現品のエンジンと、プラズマ・リフトコア部分だけならそこまでは。技術料はいただきますので1000カスほどになるかと。ですが、こちらのマシンを4800カスでお買い上げ下さるのなら、そちらのカスタマイズは部品込みで頑張って900カス……いえ、850カスでやらせていただきます!」
その言葉に、遥斗の覚悟が決まる。拳を突き上げ、たからかに宣言した。
「買ったぁぁぁ!」
「売ったぁぁぁぁ!」
「いや、買わねえよ!?」
ヴェラの突っ込みが、虚しく倉庫の奥へと響き渡った。




