見知らぬ精霊
目を開けると、家の天井が見えた。戻ってきたのか。窓の外を見ると、明るくなっていた。体を起こす。熟睡したのと変わらないぐらいすっきりとした目覚めだった。今日は何しようか。ごろごろしながら考えていると、スマホのライン音が聞こえた。私はスマホをとり開く。結からだった。
『おはよ。今日暇?』
と連絡がきている。
『暇だよ。どうしたの?』
とうって送ると、すぐに既読がついた。
『精霊達が困ってないか見回りしようと思ってて、よかったらくる?』
と結から返ってきた。
『行く』
スタンプを送り、結に指定された集合場所へ向かった。道には相変わらず精霊がいた。自由に過ごしているのが見ててわかった。歩いているとたまに、挨拶してくれた。私のことが周知されているようだった。
集合場所につくと結がいた。
「結、おはよう。待った?」
結に近づきながら言った。
「ううん。今着たところだよ」
そう言って、微笑んだ。
結と歩きながらいろいろ話した。話の内容がつきず、ずっと話していた。
「そういえば、近所の精霊に挨拶されたんだけど、私が見えてるの知ってるみたいだった」
そう言うと、結はうなずき
「新しい助け人が入ると、その人の情報が配られるの。特に地界に住んでる精霊達にね。精霊から声をかけやすくしてるらしいよ。まあ、助け人は多いから、みんな顔だけ覚えてるかな」
と教えてくれた。
結に連れられ長いこと歩くと、たくさんの花に囲まれたお店についた。
「ここは?」
「ここは、地界に住んでる精霊が困らないように、食べ物とか道具とか売ってるお店だよ。私がたまに手伝ってるお店なの」
とドアを開け、中に入っていった。私も結に続けて入った。お店の中は、棚や机が壁に沿って置いてあり、その上には商品が置いてあった。食べ物から雑貨、日用品までたくさん売られていた。お客さんなのか精霊もいる。
「あら、いらっしゃいませ、紀夜。こちらの方は?」
女性が奥からでてきた。知り合いなのか、結に親しく話しかけていた。
「おじゃまします。この子は翡夜。私の友達なの」
そう結は言った。私はお辞儀をする。
「そうなのね。私は紗夜。よろしくね」
とにこっと微笑んだ。結とは一緒に学んだ同期らしい。
「向こうで仕事してるけど、自由に見ていいからね」
3人で少し話した後、紗夜さんはそう言って、奥に消えていった。結と商品を見た。種類別に棚が分かれていて探しやすい。テントや寝袋なども売っている。家がない精霊のために売っていたらしいが、今はキャンプというものに興味を持った精霊が買っていくのが多いらしい。なんでもアニメの影響なのだとか。この商品も普通の人には見えていないという。だから、道の真ん中で堂々と道具を広げてても気づかれることはない。精霊達は見比べたり、触りながら選んでいた。
お土産コーナーと書かれた棚を見ていると
「ここはお土産も置いてあるから、遊びに来た精霊がよく買いに来てるよ」
と結が言ってきた。富士山の絵柄のタオルや食器とか置いてある。置かれてる商品が外国人が買っていそうなものと似ていた。
一通り見て終わると、ちょうどお昼だった。私たちは紗夜さんにお礼を言って外にでた。紗夜さんはキッチンで料理しながら、私たちに手を振ってくれた。お店の収入で、お腹がすいてる精霊にお弁当を作って届けているらしい。すごい人だと感じた。
「お店どうだった?」
歩きながら、結が聞いてきた。
「すごかった。あれだけ商品あったら、精霊も困らないね」
と精霊が楽しく商品を選んでいたのを思い出す。結はうなずき
「だよね。私もああいう、精霊のためになることしたいな」
とつぶやいた。
「そうだね」
私もうなずく。いつの間にか、精霊のために何かしたいという気持ちが芽生えていたことに気づいた。
私の言葉を聞いて、結は何か思いついたのか、私の方をみた。
「ねえ、学校卒業したらそういうのやらない?今も同じような感じだけど。紗夜みたいにお店たてて、精霊のために何かするみたいな..」
確かにいいかもしれない。そう感じた。
「いいよ。結とやれるなら楽しそう」
と返事した。
2人で歩いていると、草むらがごそごそと動いた。私たちは足を止めた。なんだろう。動く草むらをじっとみた。そこから現れたのは、血生臭い匂いが漂う小さな生き物だった。動物?精霊?体も汚れていてなんの生き物かみただけではわからなかった。その子はふらふらと歩き私たちの前で倒れた。私たちは驚き駆けよった。
「だ、大丈夫?」
聞こえてるかわからないが、声をかける。すると、その子は目を開け、そして閉じた。
「どうしよう」
見つけた以上私たちが助けないといけない。
「私の家、近くなんだよね。そこまで行けば手当てできるよ」
と結が言った。私はその子を抱え、結の家に向かった。
結の家は平屋建ての広い家だった。ドアを開け、中に入った。部屋に入り、結が大きいタオルを敷いてくれた。私はその子をタオルの上にそっと置いた。
「ちょっと待ってて。お薬とってくる」
と言って、部屋をでていった。私はその子に近づいて、そっと触る。手に泥がついた。
「お待たせ」
結が箱とバケツを持ってきた。バケツの中にはお湯が入っている。先に体を洗った。お湯の温度がちょうどいいのか気持ちよさそうだった。透明だったお湯があっという間に黒くなった。何回か汲みなおして洗った。茶色い毛から真っ白な毛並みに変わった。小さな花が集まって毛が形成されている。そこで私たちは精霊だと気づいた。毛が全身を覆っていて、角が生えていた。お尻には葉がついた枝が生えていてしっぽになっている。
「なんの精霊なんだろう」
「なんだろうね。私も初めて見た」
結もわからないらしい。座布団の上に移動させ、精霊用の消毒液を傷口にかけ、テープを貼った。幸い傷は浅かった。毛についてたたくさんの血はどこかでつけたものだろう。精霊は目を開けた。
「なにか、食べさせてくれ。お腹すいて死にそう」
と弱々しい男の声でねだる。結がバナナを持ってくると、むしゃむしゃと皮ごと食べた。食べ終わると、安心したのかすやすやと眠り始めた。タオルを体にかけ、私たちはそっと部屋をでた。
起きるまで、私たちはリビングでお茶にすることにした。リビングは精霊のいる部屋の隣なので、何かあればすぐわかる。
話ながらのんびりしていると、ゴトッという音が聞こえた。あの精霊がいる部屋だ。急いで部屋に戻ると、目を疑った。小さかった精霊が、私たちの身長よりも大きくなっていた。
「ああ、来たか。君たちのおかげで元気になった」
と、私たちに気づいた精霊は話しかけてきた。太鼓が鳴ったような、お腹に響く声だ。
私たちはひとまず座り、話すことにした。
「あなたは一体、誰ですか?なぜあんなに汚れていたんでしょうか」
結がずばずばと聞く。
「わしはな、オルというものだ。いちよう雪柳の精霊じゃな」
結が雪柳を調べ、画像を見せてくれた。細い枝にたくさん白い小さな花が咲いている。
「実はな、地界に来るのが初めてなんじゃ。1度は来てみたいと思ってな。来たのはいいんだが、帰り方がわからなくてのう。さまよってるうちにお腹がすいてきて、魚と格闘しているときに、泥沼に落ちてしまったんじゃ。やっとのことで、這い上がって精霊に道を聞いても、みんな逃げてしまった。助け人なら、こんな格好でも助けてくれるだろうと思って、探していたところにお主らに会ったのじゃ」
オルさんはたんたんと話した。なるほどと納得した。
「オルさんは海界に住んでいるんですよね?でも私、雪柳の精霊見たことないんですけど」
助け人は海界に住んでいる精霊を大体把握しているという。結は自分が知らなかったため、疑問になっているのだろう。 それを聞きオルさんは少し動揺したようにみえたが、しっかりと私たちの方を見て
「それはな。わしは主様の側近なんじゃ。地界の様子を見てきてほしいと言われ向かったが、こうなってしまった。お主が見たことないのも無理はない。わしは王城からあまりでないからな」
と微笑んだ。
「そうだったんですね」
側近は主様の身の回りの世話や護衛を行い、時には危険な任務もやるという。そのため、重臣たちも側近が誰なのか知らないらしい。会議以外は主様と一緒に行動してることが多いため、オルさんのことを知ってるのはごく少数に限られていた。なにか事情があると思っていたが、こういう理由だったとは。結も感じてはいたらしく、質問していたがそれ以上なにも聞かなかった。
「帰り方ですよね。廃校に扉があります。そこに行けば帰れますよ。よかったら私たちもついていきましょうか?」
少し沈黙が流れたあと、結がきりだした。
「ああ。それはありがたい」
私たちはあの廃校に向かった。
夕焼けがさすなか、私たちは廃校を訪れた。体育館に入ると、絵画が変わらずに置かれていた。結が先に向かい、私とオルさんは少し離れたところで待った。
「翡夜さん。空界や精霊はなれたか?紀夜さんとは良い相棒だな」
あれ?私たち名乗ったっけ?と疑問に思った。が、結が扉を開ける姿を見ながら
「はい。学ぶことがたくさんあるので頑張りたいです」
と言った。オルさんは満足そうだった。結が開いたと合図する。私たちは空扉に近づいた。オルさんはお辞儀をして、扉の中に消えていった。落ち着いて考えると、なぜ側近が私たちの名前を知っているのだろうか?助け人の情報は入るだろうが、全員の名前と顔を一致させるのは、他の仕事をこなす側近には難しいのではと感じていた。その後ろ姿を見ながら、何者だろうと不思議に思った。
絵画に戻ったのを確認して、ほっとした。オルさんとの話した内容を結に伝えようと思ったが、結が少し疲れているように見えたため言わなかった。扉を開けるには、集中力がいるらしい。
「おつかれさま」
私は結にそっと言った。