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わたしを殺すあなた  作者: 摩莉花
9/13

眠り姫の目覚めー2

 次に目を開けたとき、すぐにお医者さんが呼ばれ、簡単な問診を受けた。

 口がうまく動かなくて、おまけにしゃがれ声。

 採血、点滴、心電図。

 そのうちに、お母さんが呼ばれたようで、病室へ入ってきた。

「今度こそ、本当に目が覚めたんだね」

 お母さんは涙ぐんでいた。気丈な人なんだけど、それだけ心配をかけたということで、申し訳なかった。

 医師と看護師が出ていくと、入れ替わりにアンナちゃんのおじいさんが入ってきた。

 シルバーのスーツを着たイケオジだ。

「心を落ち着けて、よく聞いてね」

 と、お母さんが話し出す。

「亜里沙は交通事故に遭って、四年間眠っていたの。そして三日前に一度、目覚めたのだけど、また眠ってしまった。次にいつ目覚めるか、それともずっと眠ったままになってしまうのか、ドクターにも分からないって言われていたの。でね、この人は……」

 言葉をつまらせたお母さんの代わりに、アンナちゃんのおじいさんが言った。

「わしは……私は、楡崎泰造にれざきたいぞうと言います。君の父親だ。長い間、放っておいて、すまなかった」

 と、頭を下げた。

 知ってます、とは言えないので、ぎこちない笑みを浮かべた。

「君をこんなにした加害者の父親でもある。不幸な偶然で、異母きょうだいが出会い、君が私の娘であることが分かった。私は妻とすでに離婚している。だから、君のお母さんに結婚を申し込んだ。憎くて別れたわけじゃない。私の不実のせいだ。君のお母さんは、私のプロポーズに良い返事をしてくれなかったが、君が目覚めたことで、承諾してくれた。これから、婚姻届を出してくる。退院したら、一緒に暮らそう。これまで放っておいた埋め合わせをさせてくれ」

 そっか。お母さん、結婚するのか。じゃ、私は楡崎亜里沙になるのかな。

 で、アンナちゃんと一緒に住めるんだ。

「この人、しつこくてねえ。おまえが生き返ってくれたんなら、結婚するのもいいか、と思ったのよ。介護のつもりで」

「何を言うか。わしはまだ若い!」

「ふーん?」

 と、いきなりお母さんは、泰造さんをお姫様だっこした。

「これでも?」

 澄ましているお母さん。対して、泰造さん、お父さんは真っ赤になって、もがいたあげく、下に降りた。

「介護の必要は、ないからな!」

 くくっと笑いがもれ、「あはは」と目覚めてから初めて、私は笑い声をあげた。

 検査をたくさんやって、一般の病室へ移った。といっても、アンナちゃんと同じ特別室。

「これまでの費用は、全部、泰造さんが出していたのよ」

 と、お母さんが教えてくれた。

 仕事も一年ごとの契約だったから、切れている。

 四年寝ていたから、今、三十二歳か。どんな仕事ができるかな。それより、まずは体力をつけなくちゃね。

 これも、アンナちゃんと一緒か。

 そんなことをベッドの上でつらつらと考えていたら、夕食後の時間に大地くんがやってきた。

 家族以外の面会が許可されたんだって。

 大地くんは、ベッドの横でひざまずき、ポケットからケースを出して、私の左手の薬指へ婚約指輪と結婚指輪をはめた。ゆるゆるなんですけど。

「今すぐ、入籍しよう。亜里沙がいない人生なんて、考えられない。君が死んだら、僕も死ぬ」

 と、ぼろぼろ泣いている。

 重たいなあ。けど、うれしく感じる自分がいる。

「この、ポンコツ」

 デコピンしてやった。でも、力が弱いので、全然きいていない。

 泣きながら笑った大地くんは、スーツの胸ポケットから一枚の紙を取り出した。

 大地くんの名前がすでに書かれた婚姻届だった。

「起こして」

 大地くんに抱き起してもらい、彼がカバンから出したノートを下敷きにして、自分の名前を書いた。

「へろへろの字」

 声は長くはしゃべれないけれど、もとに戻りつつある。でも、握力がまだ。

「苗字が違っているよ」

 注意されて、思い出した。母の姓の上原でなく、楡崎だ。

 大地くんは、もう一枚、婚姻届を出した。

 用意のいいやつ。

 それに私は新しい姓の名前を書いたのだった。

 アンナちゃんと一緒の苗字、一瞬だったね。

「東堂くんは、どうしてるか、分かった?」

「ああ、ぎりぎりだった」

 と、大地くんは難しい顔をした。

「激務に耐えかねて会社を辞めて引きこもっていたあいつは、僕が居場所を調べていったとき、ガスも電気も水道も止められて、餓死寸前だった。すぐに入院させて、助かったけど、君があのとき目覚めて彼のことを告げなかったら、あぶなかった」

 よかった。

「恋敵に助けられて、東堂は不満かもしれないけど」

「彼の気持ち、知ってたの?」

「そう。だから、あせった。あいつが身を引いてくれなかったら、君はあいつを選んだかもしれないって、今でも思っている。君、僕みたいなタイプ、嫌いだろう?」

 ま、そうね。イケメンは観賞用に限るから。

「僕は卑怯者だ」

 大地くんが眉根を寄せた。

「それもひっくるめて、好きなんですけど?」

 そう答えたら、頬をそめた。

 イケメンの恥じらい。眼福です。

「と、東堂には、身体が良くなったら、うちの大学で働いてもらおうと思う。プログラミングなんか教えるの、いいんじゃないか?」

「そうだね」

 男の友情って、いいなあ。

 と、にまにましていたら、彼が話題を変えてきた。

「君のお父さんが、家の庭に僕たちの新居を造ると言っている。退院したら、忙しくなるよ」

「え? でも、大地くん、一人息子でしょ? 『嫁が、嫁が』と言っていたご両親は何も言わなかった?」

 これでは、入り婿同然じゃない。

「小さな頃から家にいなかった両親に、今さら親の顔、されてもな。気にしなくても、いいみたいだよ? 君のお父さんが話をつけてくれた」

 いや、ちがうでしょー。きっと、あのオヤジのことだから、何かやってる。

 そうだね、と大地くんも目線で返したとき、ドアがノックされ、話題のヌシが入ってきた。

「おう、大地くん。来ていたか。プロポーズはもうしたのかな」

「はい、書類にサインをもらいました」

 二人して、にこやかだ。

「それは、重畳ちょうじょう。ああ、聖華学園の新理事長は、君の叔父さんに決まったよ。君のお父さんは、ただの理事になって、今年度限りで勇退だ」

「いいんじゃないですか? 年金もらえる年ですから、母とゆっくりして」

「そうだな。わしは、外部理事に就任するがな。叔父さんが、君にもいずれ、経営に参加してほしいと、言っておったぞ。それまでに、しっかり経営のイロハを叩き込むからな」

 大地くんの笑顔が凍ったように見えた。

 お母さんの話によると、お父さんは息子の不祥事の責任をとって、親から受け継ぎ、一代で大きくした会社を辞め、今は起業しようとする人向けのコンサルタント会社を立ち上げて、活動しているとか。

「お……とうさん」

 こう呼ぶのは、なんか、恥ずかしい。でも、それ以外、呼びようがないんだけど。

 私の呼びかけに、お父さんは――泰造さんは、とろけるような笑顔をこちらに向けた。

「大地くんのご両親に、何を言ったの?」

「なに、うちの娘に『父親がいないから』とか、『使用人の分際で』なんて、言ってくれたことに、ちょっと意見しただけさ」

 笑顔ながら、その目は笑っていない。

 脅したね、このオヤジ。それもえげつなく。で、大地くんのお父さんは、泰造さんの言い分を飲んで、辞任することになったんだ。それまで周囲にも根回しして、逃げないように追い込んでおいて。

 たぶんね、と大地くんも目で語る。

 困った人がお父さんになったものだ、と思いつつ、大地くんだけじゃなく、アンナちゃんとも一緒に住むのが、今から楽しみだった。








 

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