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わたしを殺すあなた  作者: 摩莉花
7/13

現実世界でのアリサちゃん

 脅しともとれる衝撃の告白をしたあと、暮林さんは捜しにきた先生に連れられて行ってしまった。

「楡崎さん、大丈夫だった?」

 運動場の真ん中で見てたのか、和久井さんをはじめとするクラスの女子が全員やってきて、心配してくれた。

「うん、大丈夫。何もされなかったよ。ありがとう」

 わたしは笑顔で答えた。

 体育の先生がみんなを呼んだので、和久井さんたちは授業に戻ったのだけれど、わたしはアリサちゃんに心の中で告げた。

「暮林さんが、六回目のひどいことしたルルベルだった」

『そんな、バナナ』

 なに、そのオヤジギャグ。

「暮林さんは、パパが起こした事故の被害者で、意識がなかった人なの。アンナマリーを殺した六回目のルイも、事故の関係者かも」

『いやー。ないない。アンナちゃん、考えすぎだよ』

 アリサちゃんは全然、取り合ってくれなかったので、その日の授業が終わって、迎えに来てくれたおじいちゃんに、パパが交通事故を起こしたときの詳しいことを訊いた。

「そうだな、いつかは杏奈にも話さなくてはならないと思っていたんだ」

 おじいちゃんはそう言って、家に帰ってから居間で話してくれた。

 あのクリスマス・イヴのとき、パパは能力がないってことで役職を降格になるところだった。それを察して、それまで次期後継者として、ちやほやしていた人たちが去っていき、パパは沙織さんとわたしに八つ当たりした。

 夏江さんが救急車を呼んだことで警察も来て、パパは逃げて、運転操作を誤り、歩道にいた小学校六年生だった暮林さんと、彼女をかばった若月先生、その二人を突き飛ばして、車の正面に出てしまった上原亜里沙さんを轢いてしまった。

 若月先生は数日で意識が戻り、暮林さんとパパは一か月後、上原さんは未だに意識不明のままだと。

 アリサちゃん、生きてるじゃーん! 

『パパがごめんね。でも、生きてるよ。死んでない!』

 心の中でアリサちゃんに語りかけていると、おじいちゃんが爆弾発言をした。

「事故のあと、上原亜里沙さんのお母さんが駆けつけて、病院で会ったところ、これが昔の恋人でな。亜里沙さんは、わしの娘だとわかった。それで、ばあさんと別れたあと、ずっとプロポーズしているんだが、なかなか『うん』と言ってくれなくて……」

 は?

 いまの言葉を理解するのに、少し時間がかかった。

『むかしのこいびと』『ありささんは、むすめ』

「おじいちゃんが、サイテー男だったのね!」

 わたしは椅子から立ち上がって、ぶうと怒った。

 アリサちゃんは、『うそーっ』と叫んで、どこかに消えてしまった。

「いや、出会った当時、妻子がいたが、離婚して、房江さんを妻にするつもりだったんだ。そうする前に逃げられてしまって」

 と、おじいちゃんがしどろもどろになる。

「亜里沙さんに、会わせて!」

「そうしたいのはやまやまだが、面会謝絶なんだ」

 おじいちゃんはそう言って、わたしの願いを聞いてくれることはなかった。

そして付け加えた。

「透が週末、うちに来る。わしの養子にした。正式な手続きはまだ済んでいないが、うちで引き取ることになったので、仲良くやってくれ」

「ええーっ。どんな手を使ったのよ!」

 最近では、おじいちゃんがワルだってのが分かってきたので、わたしは問い詰めた。

「いやいや、沙織さんの子を聖華学園に入れるよう、推薦しておいただけだ。あとは本人の努力しだい。あそこはエスカレーター式に大学へ行けるとうたっているが、一定の学力に達しない者を進級させることはない。特に高等部に入ってからは。それに再婚相手に保護責任の遺棄や育児放棄の話をしたら、すんなり、わしの養子になることを納得してくれたよ」

 ふーん。脅したりすかしたりもしたのよね。

 というわけで、週末、透くんが荷物と共にうちへやってきて、昔使っていた部屋に住むことになった。

「なんか、妙な感じだな」

 家の中を見回して、透くんがしみじみと言う。

「改めて、これからよろしく」

 と、わたしが手を出したら、透くんが握手をしてくれた。

「『姉さん』と呼ぶには、今更だし、杏奈さんと呼ぶのも変か。うーん、では、『あねちゃん』ってどう?」

「いいよ」

 わたしも笑って賛成した。

 その日の夕食どき、おじいちゃんがわたしたちに言う。

「これで、わしの子どもは四人となったが、純一は、わしの相続人から外す。亜里沙と杏奈と透が相続人となるよう、遺言書を書いておく」

 このことが、幸と不幸がないまぜになった、とんでもない事件を引き起こすことになったとは、言ったおじいちゃん本人も聞いたわたしたちも、予想ができなかった。

 この数日、家でいろいろあったことを交換日記に書いたら、大道寺くんがびっくりすることを書いて寄越した。

『父と母も再婚同士で、父は二回目、母は三回目。父のほうには前の奥さんとの間に二人の子どもがいて、母のほうはフランスに二人、スペインに一人子どもがいるよ。父のほうとは交流はないけれど、母のほうの異父兄弟とは、冬休みに会いに向こうへ行くよ』

 と、あった。

 そうかー。うちだけが特別じゃないんだ。と、なんだか安心した。

 この間、学校では。

 学食へ行けば、暮林さんがぶつかってきて、トレイの上の料理を床に落としてしまった上、制服まで汚してしまうし。

「ひどい! 楡崎さんがぶつかってきたの!」

 と泣き出した暮林さんに、一緒にいた特進クラスの子が、

「あなたから、ぶつかってきたんでしょう。見てたわよ!」

 と、怒り出す。

 わたしがおろおろしていると、学食係のおばさんが白衣のまま中から出てきて、

「そうじはあたしがやっとくから、早く着替えに行きな。制服が染みになってしまうよ」

と、仲裁してくれた。

 あとで、お礼を言いにいったけど。

 わたしは食べ終わった食器を置きに行ったときにぶつかったんだけど、暮林さんはミートスパとサラダを載せたトレイをひっくり返したので、お昼は食べられなかったはずだ。制服はミートソースの染みが落ちなくて、結局、その日のうちに買い直すことになった。

 他にも、ノートを破られたとか、体操服を汚されたとか、言いふらしている。

「強運のハムちゃん様は、転移魔法か、分身の術が使えるのかな~~」

 隣の席の和久井さんが、こてんと首をかしげ、ふざけて言う。

「使えないよ。本館からここは距離があるのに、あの人、何考えているんだろう」

 そのうち、暮林さんは「楡崎さんに、階段から突き落とされた」と言い出した。

 本館にはクラブの正式入部申し込みの日にしか行っていないのに、どうしてそんなことができるというのだろう。

 わたしは若月先生に放課後、職員室へ呼び出され、確認された。

「E組の暮林が、突き落とされたと言っているが、楡崎としては、どうなんだ?」

「ありえません。わたしは、やっていません」

「だろうな。各所に置かれた防犯カメラの映像を見ても、彼女の自作自演だと判明している。後日、保護者を呼んで、厳重注意になるだろう」

 暮林さん、入学式のとき、同意書に親と一緒にサインしなかったのかな。この学校はセキュリティ対策で、廊下と出入口に防犯カメラが設置してあるって、説明もあったのに。

「用事はそれだけだ。誰も楡崎のことを疑っていないから、安心しろ」

「はい、ありがとうございます。それで、先生、わたしのほうも先生に用があるのですが」

 おじいちゃんは、がんとしてアリサちゃんの身体がある病院に連れて行ってくれなかったので、わたしは若月先生を頼ることにしたのだ。

 おじいちゃんの娘発言から、アリサちゃんは出てきてくれなくなってしまったし。

「ほかに聞かれたくない用事か? なら、数学科の準備室へ行こうか」

 と、わたしと先生は移動した。

 数学科の準備室は本館の二階の端にあって、数学科教師の専用職員室の隣にあった。

「面談するんで」

 と、同僚の教師に声をかけた先生は『使用中』の札をドアにかけてから、わたしと二人でそこに入った。

 椅子に座ったわたしは、これまで誰にも話さなかった、心の中に住むアリサちゃんのことを語った。

「アリサちゃんは、優しくてお人好しで、オヤジギャグをいう人で」

「そうそう。最初、それで、おもしれー女と思ったのが、きっかけ」

 先生とは、アリサちゃんのことで仲間みたいに話せた。

 でも、おもしれー女枠だったのね、アリサちゃん。

『ちがーう!』

 あ、出てきた。

 くすりと笑うと、先生が「どうした?」と訊く。

「今、アリサちゃんが出てきて、おもしれー女とは『違う』って、怒ってるの」

「そうか……あいつは、楡崎と一緒にいるんだな」

 と、若月先生はうつむいて、右手の親指と小指を左右のこめかみにひっかけ、手で目元をおおった。

 しばらくして、「ふう」と息を吐き、右手を下した先生は、わたしに向き直った。

「この四年、亜里沙は眠ったままだ。心臓は動き、脳波も途切れずにある。事故の怪我は治ったのに、目覚めない。医師も原因が分からないと言っている。何でもいい。きっかけが欲しいんだ。亜里沙が直前までやっていて持っていたゲームを、俺もやってみた。『隠しキャラが出ると願いがかなう』なんて噂にまですがって何度もやって、隠しキャラを出せた。そうか、これか。……楡崎を亜里沙に会わせることで、彼女が目覚めるなら、やってみたい。今日、これから行ってもいいか?」

「もちろん!」

 本当は、わたしだってアリサちゃんと別れたくない。いろんなこと相談したり、励ましてもらいたい。でも、生き返れるんなら、アリサちゃんが家族のもとへ戻れるんなら、がまんする!

「楡崎は、おじいさんが迎えに来ているんだったな。話を通しておく」

 そう言った先生は、携帯電話を取り出し、わたしの保護者である、おじいちゃんに話してくれた。

 先生の説得で、おじいちゃんも折れたようだ。病院の時間外出入口の前で待ち合わせる、ということになり、わたしはおじいちゃんの運転する車で、アリサちゃんが入院している病院へ向かった。先生はあとから自分の車で来るそうだ。

「純一の事故の被害者の一人、わしの娘・上原亜里沙は、ずっと意識がないままなんだ。房江さんは――亜里沙の母親なんだが、彼女がわしのプロポーズを受けてくれたら、杏奈に会わせるつもりだったんだがな」

 と、おじちゃんはぼやいて、病院に着いてから、房江さんにも連絡をした。

 房江さんもやってくるとのことで、おじいちゃんは時間外出入口の前で待つと言う。

 そうしているうちに、病院の駐車場に車を停めた先生がやってきた。

 房江さんを待っているおじいちゃんとは、あとで合流という話になって、わたしと先生は先に病院内へと入った。

 院内の廊下を行き、エレベーターで上の階へのぼって、アリサちゃんの病室へ向かう。

 アリサちゃんの素顔って、どんなだろう。

 胸が緊張で、どきどきしてきた。

 アリサちゃんはまた、どこかに隠れてしまった。

 ねえ、身体に戻ろう。おかあさん、きっと心配しているよ。恋人と喧嘩しても、何やっても、生きていれば、何でもできるんだよ。

 と、わたしはアリサちゃんに話しかけた。

 わたしは知っていた。小児病棟で仲良くなった子で退院していった子たちがみんな完治したわけではないことを。最後のときを、家族と過ごすために帰っていった子もいたことを。

 ねえ、アリサちゃん。

 わたしが再び呼びかけたとき、若月先生が足を止め、わたしも一緒に立ち止まった。

「今、白衣の人が病室へ入っていったが、何かあったのか?」

 先生が走り出し、わたしはそのあとを追いかけた。

 ガラッと引き戸を開けて入室した先生が怒鳴る。

「なにをしているんだ!」

 わたしが追いついて、部屋の中を見れば、白衣の人がベッドに横たわる人につけられた点滴などのチューブや機械のコードを引き抜いて、めちゃめちゃにしていた。

「こいつさえ、生まれなかったら!」

 声を聞いて、分かった。パパだ。

 やつれて頬はこけ、すっかり面変わりしていた。

 パパは裁判で上告し、無罪を主張していたけど、執行猶予つきの実刑判決が下されたばかりだ。どうして、ここにいるの? アリサちゃんを殺そうとするの?

「やめて、パパ!」

「おまえもだ!」

 わたしが叫んだことで、こっちを向いた。

「親父の財産は、やらないぞ!」

 わたしのほうへ向かってき、腕をつかんだ。

 そのとき、映像と感情が流れ込んできた。

 お金持ちの御曹司として育ったパパ。何不自由なく、イケメンだったから、学生時代はもてて、ガールフレンドなんて、選びたいほうだいだった。ところが、親のコネで入社すると、表面上はちやほやするのに、陰では無能とあざ笑う人たち。

 そして、王様の一人息子として生まれ、優秀なアンナマリーを妬んで、ルルベルという恋人を得たことで、二人で共謀し、思いつく限りの残忍な方法でアンナマリーを殺し、快感を得ていた――そんな記憶。

 ああ、六回目のルイは、パパだったんだ……。

 パパが私の首を絞める。

「楡崎さんから、手を放せ!」

 先生がパパを床に押さえつけた。

「どうしたんですか。きゃあっ」

 のぞきにきた女性看護師が悲鳴を上げる。

「こいつ!」

 男性看護師が駆けつけてきて、先生に加勢し、パパは完全に身動きができなくなった。

 そのとき、ベッドの上の人がかすかにうめき、身動きした。

「亜里沙!」

 がばっ、と若月先生がベッドのほうへ行って、呼びかける。

「とうどう……くんを……さがして……」

 それだけ途切れ途切れに言うと、がくりと力が抜けたようだ。

「先生を呼んで!」

 女性看護師が叫ぶ。

 バタバタと廊下を幾人かが走り回っている。

「アリサちゃん、いやあああーっ」

 わたしの叫びが、虚しく響いた。









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