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わたしを殺すあなた  作者: 摩莉花
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現実世界でのゲームの始まり

 わたしは今、夢の中で、アンナマリーことアリサちゃんとおそろいのワンピースを着て、花畑に座っている。

「明日は高校の入学式だけど、準備はできてる?」

 アンナマリーの顔をしたアリサちゃんが尋ねた。

ゲームのアンナマリーじゃなくなっても、姿かたちはそのままで、わたしが『アリサちゃんの姿になったら?』と言っても、『なんかできないのよー』と困った顔したので、それっきりだ。

 アリサちゃんの本当の顔、見たかったな。

「バッチリできてるよ。でも、ちょっと不安だから、ぎゅっして?」

「甘えっこ~~」

 そう言いながらわたしのそばに寄ったアリサちゃんは、わたしを抱きしめてくれた。

 わたしの世話を小さいころからしてくれている夏江さんは五十代で、家族同然にほめたり叱ったりしてくれる。けど、おばあちゃんというのには若く、おかあさんというのには少し遠慮がある。その点、わたしの中にいるアリサちゃんは、わたしのことを何でも分かってくれるので、おねえさんでおかあさんだ。

 それから昨日、白鳥さんから電話がきて、ゲームのことと暮林さんのことで分かったことを教えてくれた。

「あの乙女ゲーム、二年間しか発売してなくて、今は中古しかないのよ。ゲーム自体はわりと簡単なんだけど、隠しキャラがなかなか出てこなくて、『出せた人は、願いがかなう』って噂もあったみたい。ブラックな職場環境だったから、製作者の一人が過労死したとか、入院したとかで、その後、制作会社は倒産してるわ。ゲームについては、このくらいしか分からなかった。

暮林さんについては、お父さんがⅠT会社の社長で、お母さんが元モデル。お兄さんが二人いて、末っ子で女の子の暮林さんは家族から溺愛されてるみたい。お母さんの影響で、本人も小さいころからポスターなんかのモデルをしていて、でも四年前の小学校六年生のとき、交通事故に遭ってから、仕事はしていないわね。それもあってか、本当なら私たちと同じ学年だけど、一年遅れて受験し、中等部から、うちの学校へ入っている。一年生のとき、弟が同じクラスで、初めての自己紹介のとき、名前を言ってから『樹里って名前は、ジュエリーのことで、私たちの宝石って意味で両親がつけてくれました』と話したそうよ。ナルシストの傾向があるって弟は言っていたわ。かわいくて愛想がいいから、すぐに友達が大勢できたそうだけど、男子に媚びを売る態度に女子が反発して、友達が減ったみたい。分かったのは、そんなところ」

「すごい、白鳥さん。調査員みたい!」

 感心と驚きで、わたしはつい叫んだ。

「たいしたことないわよ」

 照れたのか、もごもごしたあと、

「ルイたちと対策を練るから、楡崎さんも気をつけなさいよ」

 と、電話が切れた。

 入学式に、まずイベントが発生するから、気を引き締めていかなくちゃ。




 そして入学式当日。

 わたしはおじいちゃんに連れられて、聖華学園の高等部へ赴いた。

 車での送り迎えは禁止。なので、近くのコインパーキングに停めて、五百メートルほど歩いて校門を潜った。百メートルほど離れたところにある児童公園の周囲に車を停める人もいるみたいだけどね。

 おじいちゃんは髪を黒く染めたので、六十代というより四十代に見えるイケオジだ。夫婦で来ている保護者の奥さんたちがちらちら視線を送っている。

 その横にいるわたしは、というと、髪を襟足までの長さにマッシュルームカットにし、大きなフレームの度なし眼鏡をかけた姿になり、バッグや持ち物も地味にして、モブに徹していた。制服は、なぜか乙女ゲームのと一緒。

 この学校はエスカレーター式に大学まで行けるけど、幼稚園からずっと同じ顔触れというわけでもなく、途中で転校する人もいるし、中学・高校で試験を受けて入ってくる人もいる。幼稚園・小学部は一学年二クラス、中等部になると三クラス、高等部は五クラスになる。

 高校からは、Aクラスは特進コース、他が一般コースと分けられている。特進コースとカリキュラムが違うので、一年生から三年生の特進コースだけは別棟で、体育と学校行事のときに一般コースの子たちと合流する。

 あらかじめ家に送られてきたガイダンスの資料を見たら、特進コースは三年間の授業内容を二年間で修了し、あとの一年間は受験対策に特化すると書かれてあった。

 おそろしい。ついていけるのか、わたし。

 今日の入学式も、一般コースの子は式を終えたあと、学級会があるだけで帰宅できるんだけど、特進コースは五教科の試験があるので、お弁当を持ってくるようにと、お知らせにあった。学食は明日からしか開かないそうなので。

 クラスわけは、入学式前日にメールでお知らせがあった。特進コースは一クラスしかないので、わかっていたことだけど、お試しの登校のときのように、一学年下の子たちなので、知らない顔ばかりだと思うと、緊張する。

 体育館で、クラス別に生徒と保護者が座り、入学式が始まる、というときだった。

 後ろの扉が開き、その音で振り返ると、大道寺くんに連れられた暮林さんがいた。すぐに保護者らしき大人が迎えにいって、大道寺くんは姿を消した。

 けどね。これ、入学式のイベント。新入生であるヒロインがヒーローと出会って、ヒーローが一目ぼれするところだよね。

 ちゃっかり済ませているんだ、へー。

 ま、わたしは大道寺くんに告白されたってことで、いい思い出ができたけど。

『どうどう。アンナちゃん、むくれないの。大道寺くんが、あのクソ王太子と同じとはかぎらないでしょ?』

 アリサちゃんが慰めてくれる。

 でもアリサちゃん、暮林さんの思い通りになっていくじゃない? これは現実なのに。

 と、心の中で会話していたら、校長先生の話と来賓の祝辞が終わっていた。そしてブラスバンド部の歓迎の演奏があり、教室へ移動することになった。

 ぞろぞろと生徒が行列をつくって体育館を出ていき、わたしたちは別棟にある教室へ入った。三階建てで、一年生は三階。各階に教室の他、トイレと更衣室とロッカールームがある。

 机の名前の書いた紙が貼ってあったので、そこに着席した。

 担任の先生は、体育館から誘導してくれた若い男性教師のようだ。

「みんな、座ったな。私が君たちの担任になる、若月大地わかつきだいちだ。専攻は数学。よろしく」

 と、教壇で頭を下げた。

 きりりとしたイケメンだ。紺色のオーダーメイドらしきスーツが似合っている。

「これから名前を呼ぶから、立って簡単な自己紹介をしてくれ」

 先生が出席簿を見て、名を呼んだ。

 一人の男子が立ち上がる。

 教室内をざっと見渡したところ、生徒は三十人。そのうち女子が十人。男子が圧倒的に多い。

「あ……」

 と、その子が自己紹介しようとしたら、バンと前の扉が開いた。

「どうして! どうして、楡崎杏奈が特進クラスにいるの? ずるい。何か、不正をしたんでしょ。きっと、そうよ!」

 叫んだのは、暮林さんだった。

「公正に選抜した結果だ。妙な言いがかりは、やめたまえ、暮林さん。君のクラスに戻ったら、どうかな?」

「なによ。先生まで、あいつに味方するの? 悪役なのに」

「君の言い分は、よくわからないのだが?」

 先生が眉をしかめ、ポケットから携帯電話を取り出すと、どこかへ連絡しだした。

 クラスのみんなもざわざわしている。

「ともかく、この人は、ここにいちゃいけないの! 私の言うことが聞けないの? ひらの教師のくせに! パパに言いつけて、クビにしてやるわ!」

 クラスのみんなからは、「なに言ってるんだ? こいつ」「どこのおじょうーさま?」「あぶねー女」とか、声が聞こえる。

 若月先生は、電話を切って、暮林さんに向き直った。

「君はもう、忘れたのかもしれないが、四年前、君をかばって怪我をしたのは、私だ。むしろ、君のほうが私に借りがあるはずだが? それ以前に、生徒である君に、教師を解雇する権限はない」

 がたん、と椅子を引く音がして、一人の男子生徒が立ち上がった。

「君は、僕たちの貴重な時間を奪っている。早く自分の教室に戻ったらどうだ!」

 言い切った彼に、みんなが拍手した。

「な、なによ」

 彼女がひるんだそのとき、教頭先生と警備員さんがやってきて、遅れて暮林さんのお父さんと思われる男性もやってき、先生に平謝りして彼女を連れて行った。

「さて」

 と、こちらへ向き直った先生は、こほんと空咳をした。

「白鳥くんの言う通り、無駄な時間を使ってしまった。自己紹介は明日のホームルームにまわす。年間スケジュールの説明が終わったら、テストに入るぞ」

 ええーっ、とみんなの叫びにかまわず、手身近に説明をすますと、先生はテスト用紙を配り始めた。

 そっか、あの勇気ある子は、白鳥さんの弟だったのか。はっきりした性格のイケメン。納得。

 午前中に国・数・英の三教科のテストが終わり、お昼の時間となった。みんな、それぞれ机の上にお弁当を広げている。

 わたしは自分で作ったハムときゅうりのサンドイッチとパックのオレンジジュース。

 使い捨てのお手拭きで手を拭いて、はむはむと両手でパンを持って食べ始めたら、横から「かわいい」と声がした。

 そちらを向くと、女の子がわたしを見ている。

「それ、お母さんに作ってもらったの?」

「いえ、わたしが今朝つくったの」

 いくら住み込みといっても、夏江さんに早起きしてお弁当をつくって、なんて言えない。勤務時間は契約通りにね。おじいちゃんにも、そういわれているし。

「えらいな。うちは兄弟もお弁当だから、一緒につくってもらったの」

 見れば、かわいらしいお弁当箱に、から揚げと卵焼きとミニトマト。

「あ、私は和久井由衣わくいゆい

「わたし、楡崎杏奈」

「楡崎さん、食べ方、かわいいね。小動物みたいで」

「そうかな」

 こんなこと、言われたのは初めてだ。

「かわいいよな」「癒されるー」「ハムスターみてえ」「おれ、むかし飼ってた」

 そんな声が、ちらちらこちらを見ている男子たちから聞こえた。

「せんせー、お昼、それだけ?」

 職員室に戻らず、教壇横の教師用の机にコンビニのおにぎりを二つとペットボトルのお茶を置いて、おにぎりの一つを食べ終えようとしていた若月先生に、白鳥くんが訊いた。

「一人暮らししてるから、そんなに手をかけられねえんだよ」

 と、そこでお茶をひと口飲んだ。

「自己紹介は明日って言ったが、今やってもいいな。座ったままでいいから、出席番号順に手ェ上げて、名前と趣味くらい言っていけ」

「せんせー、さっきと口調が違うけど?」

 また、白鳥くんがちゃちゃを入れる。彼はムードメーカーのようだ。

「あれは、挨拶。けじめだ。これが素だからな。それから、そこで、ちまちまとサンドイッチを食べている楡崎だが、病気で入院していて、中学の三年間、闘病に費やした。だから。一年遅れの高校入学だ。ドクターストップがかかっているから、体育は見学となる。医者の許可が出てから参加ということになるが、それまで体育はレポート提出だ。みんな、了解してくれ」

「はーい」

 と、一部の人が返事をし、「中学、行ってないのに、特進かよ」という言葉も混ざった。

 白鳥くんが席から立ちあがって、こちらへやってくる。

 背高いな。

 見上げたら、首が痛くなった。

「楡崎さん、このクラスで持ち上がり組は君と僕だけのようだ。しかし、さっきの女子のように、君が特進クラスにいることに疑問を持つ人間もいるだろう。でも、そんなこと、気にせずにがんばろう」

 と、右手を差し出した。

「はい、ありがとうございます。よろしく」

 わたしもその手を握った。

「おとこまえー」

「もう、学級委員は白鳥でいいんじゃねえの?」

 そんな声が飛んだ。

「それじゃ、残りの二科目のあとで、学級委員決めの選挙をやるぞー。今はまず、自己紹介からな」

 若月先生が出席番号一番の生徒の名を呼び、お弁当を食べながら自己紹介が始まった。

 それが終わるころには、みんなも食べ終わり、ゴミと午前中に済んだテストの用紙を持って、先生は「二十分の休憩な」と言って、教室を出て行った。

「楡崎さん、休学してたの? 病名、聞いていい?」

 前の席の男子が後ろを振り向いて、尋ねてきた。

「えー、なにそれ。個人的なことでしょー。だめに決まってるじゃない」

 私に代わって、和久井さんが答えたけれど、「いいよ」と言って、わたしは病名を告げた。

「すげ。それ、治ったの?」

「うん、新薬ができたの」

「え、あれ。治る病気になったんだ」

 と、他の男子が席を立って、寄ってきて話に加わった。

「治療法って、対処療法しかなくてさ。すげえ。強運」

「すごいのは、お医者さんと製薬会社の人だよ」

「それでもさ。全員が完治するわけ、ないんだ」

 どうやら医学部志望の男子たちらしく、五、六人が集まってきて、専門的な話をし出した。

「ちょっと、ごめんね」

 わたしは机の上を片付けて、おトイレに行った。

 トイレから戻ってくると、廊下に大道寺くんがいた。

「楡崎さん、交換日記用のノート、持ってきたんだ」

 ばあっと笑顔になった大道寺くんを見たクラスの女子が、「きゃあ」と声を上げた。

「先輩」

 と、白鳥くんが後ろの扉から廊下に出てくる。

「あれ、来ました」

 親指を上げて、くいと、どこかを指した。

「そうか」

 うなずいた大道寺くんは、

「これからも気を付けてくれ」

 と、白鳥くんに言ってから、廊下側の窓を開けてのぞいていたクラスの子たちへ、にっこり笑みを向け、告げた。

「楡崎さんと僕は、付き合ってるんだ。君たち、身体の弱い彼女を、よろしくね」

 そして、「なにかあったら、二階の教室においで。僕がいなくても、サイか、レイ。エーコもいるから」と、手を振って階段を下りて行った。

「白鳥。あの人、誰だよ!」

 白鳥くんが、男子たちに詰め寄られている。

「生徒会長で二年の大道寺さんだよ。ちなみに、特進クラスで、全国模試総合一位」

 うおー、という雄たけびと、「リア充か!」という叫びが上がった。

「牽制かよ」

 という白鳥くんのつぶやきは、それにかき消されてしまったけど。

「ねえねえ、楡崎さん! あの人といつから付き合ってるの? どこまでいった?」

 和久井さんは、きらきらした眼をして、興奮しまくってる。女子もみんな、わたしの周りに集まった。

 圧がこわい。

「は……春休みに告白されて、交換日記をこれから……」

「えー」

 と、女子から落胆のため息が漏れた。

「なーんだ。小学生のお付き合いかあ」

 和久井さんも、興味がそがれたようだ。

「おーい、教室に入れー。午後のテストをやるぞー」

 そこへ、若月先生がやってきた。

 わたしたちは、慌てて教室へ入り、席に着いた。そして、理科と社会のテストのあと、学級委員を選ぶ選挙をしたのだけど、選ばれたのは、白鳥くんと和久井さんだった。

 で、翌日からなぜか、わたしのあだ名が『強運のハムちゃん様』となり、数日後、一般クラスでは噂で、「特進一年に、男をたぶらかす悪女がいる」っていうのが出回った。

 物好きにも、特進クラスのある別棟の三階に、わたしを見に来る子たちがいたけれど、男子が「あくじょぉ? どこにいるか、さがしてみ?」と、圧をかけるし、女子は「それって、わたしのことぉ?」と、スカートをつまんで、おどけるし、で追っ払っている。

 このクラス、まとまりがいい上に、ノリもいいみたい。









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