二人の悪役令嬢とヒロイン
アンナマリーとしてわたしの前に姿を現し、すぐにわたしの中に吸い込まれて同化したアリサちゃんと、わたしは対話した。
「私、浮遊霊? ってやつかな?」
と言ったアリサちゃんは、交通事故で死んでからゲームの中に転生し、アンナマリーとなった。前世は「うえはらありさ」という二十八歳の会社員、と自己紹介した。そして、ゲームの中で何千回も死んで、どういうわけか、ここに飛ばされたとか。
へー、そんなことがあるんだ。と、わたしはあんまり驚かなかった。それよりも、薬の副作用に耐えることがまずやることだったから。
アリサちゃんが身体の中にはいったときも、吐いてしまって、ナースコールした。
でも、アリサちゃんが来てくれて良かった。
「大丈夫だよ、アンナちゃん。もうじき苦しいのは終わるからね」
「がんばれ。でも、頑張りすぎなくても、いいからね」
「いつも一緒にいるよ。だから、寂しくないよ」
という、アリサちゃんの励ましで、つらい治療を乗り越えることができた。眠ると、アリサちゃんと遊べるし。
夢の中だと、わたしは自由だ。二人でお花畑にいることもあるし、外国の古城を探検したり、銀座やパリでショッピングをしたりできるから。
それには具体的なイメージがいるので、夏江さんに本や雑誌を取り寄せてもらって、勉強し、風景の細かいところまで記憶した。
小学校六年生の冬に入院し、本当なら中学生になる年の春から治療が開始され、秋にアリサちゃんと出会って、翌年の秋に薬の結果が表れはじめ、年明けに病気は治って、自宅療養となった。そして、本来なら高校一年生なんだけど、一年遅れで中学三年生に編入、ということで、二学期はじめから、お試しの登校ということになった。
この間、いろいろな出来事があった。
パパが轢いた人のうち、男の人は四日で意識を取り戻し、全身の打撲だけだったので、短期の入院だけで済んだそうだ。だけど、小学生の女の子は一か月、パパも一か月、意識不明の重体だった。さらに女の人は未だに意識が戻らず、入院している。
女の子は半年、病院での治療ののち、自宅治療になった。パパは身体が良くなると勾留され、保釈金を払って出てき、裁判中だ。
「意識が戻ったら、純一のやつ、『自分は王太子だ。何をやっても許される。おまえらはみんな死刑だ!』と叫んだものだから、弁護士は心神喪失を申し立てるらしい」
と、おじいちゃんが言っていた。
なに、それ。責任転嫁? できるの?
で、おじいちゃん、パパが保釈される前に、おばあちゃんと離婚協議に入った。
パパは事件を起こしたので会社は解雇され、おじいちゃんは不祥事の責任を取る形で社長を辞任し、会社も辞めて経営から手を引いた。それもあって、おばあちゃんは離婚を申し出たそうだ。
「金の切れ目が縁の切れ目とは、よく言ったもんだ」
と、おじいちゃんは笑っていた。
その前に、沙織さんはパパの意識が戻ると離婚して、透くんを連れて家を出て行ったそうだ。
「あの家と土地の権利は、杏奈のものにしておくからな。税金は、わしが払っておく」
と言ったおじいちゃんは、わたしが自宅療養になって家へ戻ると、キャリーバック一つ持って、うちへやってきた。
「ばあさんに今まで住んでいた家と土地、そして預貯金を全部渡して正式に離婚した。文無しになった年寄りを、泊めてくれんかの」
ボルサリーノをかぶり、生成りのジャケットにビンテージ物のジーンズといった格好のおじいちゃんは、ちょいワルおやじといった感じだ。
応対に出た夏江さんがおろおろしながらわたしを呼びに来て、そんなおじいちゃんとわたしは会い、「いいよ」と即答した。
それからおじいちゃんと同居することになったのだけど、おじいちゃんは、パパの部屋の家具ごとパパの持ち物をおばあちゃんちに送った。パパは、おばあちゃんと暮らしているから。
「わしの荷物は売ッぱらって金に換えて、慰謝料の一部にして、ばあさんへ渡したんだ」
と言いつつ、「土地と株式は親からもらったもんだから、渡しとらんがね」
と、付け加えた。
それを元に、今は資産を増やし中。
やっぱ、ワルだ。
部屋をリフォームしながら、おじいちゃんは新しい会社を設立するために飛び回っている。おまけに、意外なところで昔の恋人に会ったとかで、再びプロポーズするんだと、張り切っていた。
若いなあ。
で、わたしは九月になって、おじいちゃんに付き添われ、中等部の校舎に足を踏み入れた。
聖華学園は、幼稚園から高等部まで同じ敷地内にある。大学になると、郊外で遠くなるんだけど、高等部までは市街地にあるので、通いやすい。
おじいちゃんと一緒に、校長先生、担任の女性教諭に挨拶し、おじいちゃんとはそこで別れて、教室へ行った。
担任の先生が私をクラスのみんなに紹介してくれる。中等部から入ってきた子もいる。一年下の学年だとその子が誰かもわからないほど、知らない顔ばかりだ。同じ学年だったら、持ち上がりの子は全員知っているのにな。でも、出席日数の関係で一年遅れになったのだから、しょうがない。
私も自己紹介し、「長く入院していたので、分からないことが多いから、よろしくお願いします」と、一礼し、先生に言われた席に、座った。
それから教室のテレビに映像が映り、教頭先生の司会で、中等部の校長先生のお話が始まった。
すると、横の席の女の子が、わたしのほうへ手を伸ばしてき、机の上に置いていたわたしの手をつんつん突ついた。
「ね、私は暮林樹里」
「あ、よろしく」
「『あんな』って、アンナマリー?」
「えっ……」
そこで教室のテレビ画面が切り替わった。中等部の生徒会長の挨拶があり、次に高等部の生徒会長と紹介されたのは、大道寺くん。
画面には、成長した大道寺一臣くんが映っていた。
『三年生の皆さんはあと半年ほどで高校生となります。高等部の我々は、仲間が増えることを楽しみし、今日はどんな活動をしているかをお知らせしようと……』
大道寺くんがそんなことを話している間にも、暮林さんはしゃべりつづけている。
「かっこいいよね。高等部の生徒会長の大道寺くんは、ルイ。副会長の万里小路さまは、ラウって仲間うちでは呼ばれていて、つまりライリー。会計の日向くんは、サイ、サイラス。で、乙女ゲーム『グラフールの花の乙女』の、私はヒロインよ。悪役令嬢さん、私、ルイくんを狙っているの」
にやり、と笑った顔に、わたしの中のアリサちゃんが動揺する。すると、アンナマリーとしての記憶がどっと流れ込んできた。
「あなた、赤茶の髪なんて、みっともないわね。悪役令嬢らしくないわ。ブサイク」
わたしの髪は、治療後、黒ではなく茶色っぽくなっていて、このときまだ全体に十センチほどまでしかのびてなく、ベリーショートだった。
「ねえ、悪役令嬢らしくしてよね。私が輝かないじゃない」
そのかわいらしい顔で邪悪な言葉を吐く暮林さんと、アリサちゃんの記憶にある六回目のルルベルが重なった。
ぞっとした。
そのとたん、ぜいぜいと息が苦しくなり、肺に空気が入って来なくなって、わたしは椅子から滑り落ちた。
過呼吸を起こしたのだった。
教室は大騒ぎとなり、救急車が呼ばれて、わたしは入院した。
お試しの登校は大失敗だった。
アリサちゃんが何度も謝ってくれた。けど、わたしの体力がないのは本当のところだから、「気にしないで」と言って置いた。
でも、いいことが一つあった。麗ちゃんがわたしのお見舞いに来てくれたのだ。
「闘病中、会いに来れなくて、ごめんね。事故って聞いたのが、その……」
「親から虐待されてるって、気づいてた?」
恥ずかしくて以前は言えなかった言葉が、今はするりと出た。
『えらい!』
わたしの中で、アリサちゃんが喜んで踊ってる。
そう、『わたし応援団』のアリサちゃんのおかげで、わたしも少しは成長できたと思う。
「うん……なんとなく」
「いいよ。もう大丈夫だから。わたし、おじいちゃんの子どもになったの。病気も、もう治って、再発してるかしてないか確認のための検査で定期的に通うだけだから。でも、体力落ちちゃって」
「また……友達になってくれる?」
「もちろん!」
そう答えると、麗ちゃんも笑顔になった。
電話番号を交換しようと言われたけれど、スマホを持ってないと答えたら、番号をそばにあったテッシュペーパーの箱にメモって教えてくれた。
麗ちゃん、意外とアバウトな性格なのかもしれない。
二日後に退院してから、おじいちゃんとスマホを買いに行き、麗ちゃんに初めて電話した。
それから、麗ちゃんをきっかけにして、大道寺くんと日向くんと、生徒会で会計をしている白鳥英子さんも交えて、メールでの付き合いが始まった。
わたしのクラスでは、『病弱令嬢』ってあだ名がついたと教えてくれたのも、同じ中三クラスに弟さんがいる白鳥さんだった。