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わたしを殺すあなた  作者: 摩莉花
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病弱令嬢・楡崎杏奈

 わたし、楡崎杏奈にれざきあんなのパパは、クズだ。

 楡崎不動産という世間に名の知られた企業の社長の一人息子で専務。イケメンで外面そとづらがいいので、だまされる人が多いけど、我儘で遊び好き。おじいちゃんが引退できないのは、いくら親の欲目で甘くても、無能だとわかってるから、パパを社長にできないだけ。

 ママも別の会社社長のお嬢さまで、恋愛結婚だったけど、ちょっと政略も入っていたみたい。

 結婚してすぐ、わたしがママのお腹に宿ると、パパは浮気して、その人とも子どもをつくった。それは、ばれて、何年ももめたあげく、私を置いて一人で実家に帰ったママは、離婚した。わたしが、小学校三年生のときだ。

 パパはすぐに愛人と再婚して、わたしには一歳年下の弟ができた。名前をとおるという。

 両親の離婚と再婚に混乱していたわたしは、現実を受け入れられず、パパの再婚相手の沙織さんと異母弟の透くんを無視した。

 沙織さんは、ホステスをしていてパパに見初められ、子どもができたので仕事をやめて、囲われたって、パパと沙織さんの結婚式のとき、親戚のおばさんが言っていた。

 どうでもいいけど。

 反抗するわたしに、パパはキレて暴力をふるった。文字通り、殴る蹴る。

 そんなとき、沙織さんは透くんを連れて、別室へ逃げ、止めなかった。パパは、わたしを殴るのにあきると、お酒を飲んで寝てしまう。

 手当てをしてくれたのは、わたしが生まれたときから住み込みの家政婦をしている篠原夏江さんだった。

 身寄りがなくて行くとこがない夏江さんは、「通報するなら解雇して、二度と就職できないようにしてやる」って、パパに脅されていたので、「ごめんね」って謝りながら、手当てをしてくれた。

 見えるところにできた痣が消えるまで、学校は休んだ。

 わたしが通っているのは、聖華学園というミッション系の学校で、幼稚園から大学まで、エスカレーター式に行ける。通うのは、裕福な家の子だけだ。ママの母校だったので、お受験のとき、受かったら、すごく褒められた。ママから褒められたのは、このときだけだけど。

 幼稚園から小学校に上がっても二クラスだけ。二年に一度クラス替えがあり、みんな友だちで、いじめなんてなかった。休みがちなわたしを「身体が弱いから、大変だね」って、順番に授業のノートをとって持って来てくれる子たちだった。

 クラスメイトはみんな優しいけど、わたしはうちで起きていることを、誰にも話さなかった。恥だと思っていた。

 小学校六年生になったとき、三人、転校生が入って来た。

 大道寺だいどうじ・ルーイ・一臣かずおみくんと、日向聡ひむかいさとしくんと万里小路麗までのこうじうららちゃんだ。

 大道寺くんは、お父さんが実業家で、お母さんがフランス人画家。お母さんが日本に拠点を移すことになったので、引っ越してきた。フランス語と英語がペラペラで、金色に近い茶色い髪に琥珀色の瞳をした天使みたいな美少年だった。

 日向くんは、お父さんが建設会社の社長、お母さんが華道の家元。本人は地元の学校のほうが良かったみたいだけど、お母さんの強い意向で、中学にあがる前に公立の小学校から、この学校へ転校してきた、という感じが態度から透けて見える。

 万里小路さんは、戦前は華族だったというおうちの人で、お父さんが外交官なので、家族そろっての海外勤務から帰ってきたところなんだって。

 三人とも、すごいなあ。

 といっても、この学校の生徒の親は会社社長・役員・外交官・高級官僚なんて、ごろごろいる。でも、いい父親の仮面をかぶって、子どもを虐待しているわたしのパパみたいのは、珍しいんじゃないかな。みんな、学校のお休みには、家族で海外旅行なんか行ってて、仲好さそう。そして、みんな、お高くとまっているとかはなくて、まったり・のんびり・のほほん、としている。

 この雰囲気に、大道寺くんと日向くんと万里小路さんは最初、戸惑ったようだ。でも、すぐ馴染んだ。そして、わたしが休むとノートを持って来てくれる当番にも、すすんで加わってくれた。

 ノートを持って来ても、家政婦の夏江さんが受け取って、わたしが姿を見せず、ときどき感謝の手紙をさし出す、という状態に、外から来たこの三人は、何か察したようだ。

『交換日記をしようよ』

 と、うららちゃんが授業ノートと一緒にメモを寄越した。

 面倒だな、と思ったけれど、うちのことがばれるのも嫌だったので、わたしは了解し、交換日記を始めることになった。

 うららちゃんだけだと思っていたのに、何故か、大道寺くんと日向くんも参加している。

 わたしは、当たり障りのないことを書いておいた。それは夏休みには中断したけれど、二学期が始まると再開し、続いていた。

 パパに殴られることがひんぱんになってきたので、わたしはいつもだるく、体育も秋からは見学ばかりとなった。それでも家にいるよりは、学校のほうが楽しかったので、出来る限り登校した。

 そんなとき、パパが爆発した。

 クリスマス・イヴに、家でパーティをする予定だったのだけど、招待したお客さんに断られたり、ドタキャンされたりして誰も来なかったのだ。

「くそう! 馬鹿にしやがって!」

 シャンパンを瓶から直接飲んで、パパは暴れた。

「だいたい、おまえがホステス役をちゃんとしないからだ!」

 パパが沙織さんの頬を平手で打った。

 こんなこと、初めてだ。わたしが知らなかっただけかもしれないけれど、沙織さんにも暴力を振るっていた?

 沙織さんをかばって、透くんが前に出た。

「母さんを殴るのは、やめろ!」

 小学五年生の透くんがパパに突き飛ばされる。

「そうだ。おまえだ」

 と、今度はわたしのほうを向いたパパは、私の前髪をつかんで頬を殴る。

 お腹を蹴られた。

 何度も何度も、殴られ、蹴られ、意識が飛んだ。

「旦那さま、やめてください!」

 見かねた夏江さんが、止めに入ったけれど、顔を殴られた。

 口の中に鉄の味が広がり、わたしが床に倒れるとき、視界のすみで透くんが真っ青な顔をしているのが見えた。

 それを最後に、わたしの意識は途切れた。




 次に目を開けたとき、わたしは病院にいた。

 白い天井。腕には点滴。頭と手足には包帯が巻かれている。

 体中が痛い。

「杏奈、目が覚めたの?」

 私を覗き込んだ老婦人が言い、ブザーを押した。

 藤色の着物をきた品の良さそうな人だ。

 おばあちゃん――だっけ。パパのほうの。

 今まで数えるほどしか会ったことがない。ママのほうのおじいちゃんとおばあちゃんなんて、記憶にもないけど。

 病室のドアが開いて、お医者さんと看護師さんが入ってきた。

「楡崎杏奈さん」

「はい」

 お医者さんに呼びかけられて答えたら、にこりとされた。

「三日間、意識がなかったんだよ。目が覚めてよかった。これからちょっと簡単な検査をするから、答えてね」

 四十代くらいに見えるお医者さんが優しく言い、目の見え方とかの問診があった。それが済むと、採血されて、お医者さんが「ご家族なら、会っていいですよ」と、おばあちゃんに告げて出て行った。

 おばあちゃんも廊下に出ていって、看護師さんが点滴の管を点検している。

「わたし、学校へ行けるようになりますか?」

 かすれた声で訊くと、

「大丈夫、治るわよ。ちょーっとリハビリがあるかもしれないけれどね」

 と、励ますように明るく答え、おばあちゃんが部屋に入ってくると、交代で出て行った。

「おじいさんがじきに来ますからね」

 と、わたしに告げたおばあちゃんは、少しベッドから離れたところにあるソファーに腰をおろした。ここは病室でも特別室みたい。一日、いくらするんだろう。

「まったく。じゅんちゃんが、あんなことになってしまって。だから、あたくしは沙織さんとの結婚は反対だったのよ」

 と、ぶつぶつ言っている。

 じゅんちゃん? 誰だっけ。

 まだ、ぼうっとしている頭で考えた。

 じゅんちゃん、じゅんちゃん……。

 あっ。パパは純一っていったっけ。でも、三十五歳だよ?

 びっくりすると同時に、あきれた。

 パパの我儘で自己中な性格って、おばあちゃんのせいでもあるわけね? 三十過ぎた大人を子ども扱いするなんて、甘やかしすぎだよ。

 パパは大学生のとき、おじいちゃんの知り合いの紹介で、同い年の門脇里奈・私のママと出会った。

 ママはホテルチェーンの経営者の娘で、けっこう美人だった。おまけに派手好き遊び好きで、同じ性格のパパと気が合って、大学を卒業すると結婚した。

 パパはおじいちゃんの会社へ入社して、将来の経営者としての勉強を始め、ママはわたしを産んで主婦していたわけだけど、わたしはベビーシッターさんと家政婦の夏江さんに育てられたようなものだ。ママはお友達と観劇・旅行・ゴルフなんてのに忙しかったし、パパは浮気していたから。

 パパと喧嘩ばかりしていたママが家出したとき、帰って来なくても、わたしは少しも寂しくなかった。だって、もともと、いない人だったもの。お受験のときだけは、パパと一緒に幸せなファミリーしてたけど。

 わたしを育ててくれたのは、そのときどきで交代したシッターさんと夏江さんだ。

 小学校三年生の秋にパパとママの離婚が成立して、わたしの親権はパパが持つことになった。

『ママには恋人がいるってさ』

 パパが、わたしに告げた。

 わたしは、いらない子なんだと思った。パパにも浮気相手がいるし。

 じゃあなんで、産んだの。

 そう言いたかったけれど、その言葉は飲み込んだ。

 新学期に合わせて、沙織さんと透くんがうちにやってきたけれど、もうわたしには、どうでもよかった。

 反抗的なわたしに、パパは暴力を振るうようになり、結果がこれだ。

 そんなことを、つらつら考えていたら、ノックがしてドアが開き、おじいちゃんが入ってきた。

 白髪交じりの髪をオールバックにし、しゅっとしていて鉄色のスーツが似合うイケオジだ。眼光が鋭いので、怖そうに見えて、わたしは苦手だった。

「杏奈、純一がすまなかった。自分の子どもに暴力を振るうような息子に育てた、わしら親の責任だ」

 と、ベッドのそばに来たおじいちゃんは、わたしに頭を下げた。

 わたしはびっくりして、声も出なかった。

「純一は、虐待した罪で杏奈には接近禁止だ。だから、杏奈をわしらの養女にする。今は、その手続き中だ」

「えっ……おじいちゃんが、おとうさん?」

「まあ、そうだ。若くないが、かんべんしてくれ」

 にかっと笑ったおじいちゃんは、いたずらっ子のようだった。それを見て、怖かったのがウソのようになくなった。

「おじいちゃん、いくつ?」

「六十六歳だ。ばあさん――麗子は五十六」

「わかーい。そんな年に見えないよ」

 わたしが声を上げると、「あら」とおばあちゃんが嬉しそうに言った。

「杏奈の怪我は、全身打撲と左腕と肋骨の骨折。頭の検査がOKなら、わりと早く退院できるぞ」

「そうなの? あのね、おじいちゃん。夏江さんは?」

「ああ、純一に殴られた篠原さんだな。軽い打撲だけだった。わしが謝罪して、このあと賠償金を支払う予定だ。それで、引き続き、うちで働いてもらうことにした。家のことと、杏奈の世話を頼んだ。事後承諾になるが、いいかな?」

「うん、そのほうがいい」

 わたしも知った人がいたほうがいいから。

「すぐに呼ぼう」

「では、あたくしは純一のほうへ行きますわね」

 と、おばあちゃんが立ち上がった。

「ああ、見に行ってくれ」

 振り返りもせず、おじいちゃんが答え、おばあちゃんは病室を出て行った。

 すると、おじいちゃんは椅子をベッドの脇に持ってきて座った。

「杏奈は六年生だな。まだ子どもだが、正確な事実を話すぞ。つらいかもしれんが、いいか?」

 わたしを真っ直ぐに見て、おじいちゃんが言った。

 ああ、一人前に扱ってくれるんだ。

 それまで、いらない子として、いい加減に扱われてきたわたしに。

「うん」

 嬉しくなって、同時に緊張して、わたしは答えた。

 おじいちゃんの話によると、わたしが血を吐いて倒れたことで危機感を覚えた夏江さんは救急車を呼んだ。それを止めようと、通話中に殴ったパパ。

 悲鳴は相手にも聞こえていて、警察が救急車よりも早くやってきて、パパは捕まらないように車に乗って逃げ、猛スピードだったから、途中で子ども一人とその子をかばった大人の男女を轢いて、自分も怪我をし、意識不明で、この病院に入院しているそうだ。

 いい年をした大人のくせに、バカだよね。

 轢いた三人も意識不明の重体。

 こんなだから、わたしの親権を持ち続けることはできないので、ママのところに話をしたら、もう再婚して、子どもも二人いて、幸せにやっているから、わたしを引き取れないって。だから、おじいちゃんが養女にすることにしたんだって。

 それを聞いて、ママについてはもう、産んでくれただけでいい、と思った。パパについても。

 おじいちゃんは二人に代わって謝ってくれた。

「多分、ばあさんは純一にかかりきりになるだろう」

「いいよ、別に」

 おばあちゃんにも、期待なんかしない。

 それだけ話して、「また来る」と言って、おじいちゃんは帰っていった。

 わたしは、ふとんをかぶって、しばらく涙を流し続けていた。

 誰にも愛されていないって、わかっていたけれど、それでも涙が出るんだもの。




 でも、こんなのは始まりの始まりに過ぎなかった。

 ベッドに起きられるようになってからした検査の結果、わたしはナントカという難病を発症していて、今は治療法がないということ。ゆっくりと進行していくから、すぐには死なないけれど、おばあちゃんになるまでは生きれないって。

 身体がずっとだるかったのは、パパに殴られていたからだけじゃなかったんだ。

 大人には頼らないで早く自立しよう、と決心したばかりのときに、こんなことをお医者さんから告げられて、わたしは目の前が真っ暗になった。

「大丈夫だ、杏奈。じいちゃんがきっと治療法をみつけてやる。金に糸目はつけん。きっと元気になる。希望を捨てるな」

 おじいちゃんは励ましてくれたけど、わたしは落ち込んだ。

 それを見かねて、担当の看護師さんが、院内学級を見学にいかないか、と誘ってくれた。

 断る気力もなく、車椅子に乗せられて小児病棟のホールに行くと、入院中の子たちが集まって、授業を受けていた。ちょうど工作をしているときだった。

 わたしと同じく車椅子に座っている子が三人、毛糸の帽子をかぶっている子も何人かいた。

 闘病しているのは、わたしだけじゃないんだ。そう思ったら、ちょっと気持ちが浮上した。

 我ながら、ゲンキンだと思う。

 自己紹介して、仲間に入れてもらい、わたしはそれから授業を受けるようになった。すぐにみんなと仲良くなり、その中で親友になったのは、恵理ちゃんという一つ年上の女の子だった。

 薬物療法で髪が抜け、帽子をかぶっていた。

「スキンヘッドのモデルさんもいるんだから。これがポストモダンにおけるキッチュの最先端なのよ」

 わたしには意味のわかんないことをすまして語る恵理ちゃんは、大人だなあと感心した。

 そのうちに、わたしの病気にも有効だと思われる薬が開発され、わたしは治験者となった。そして、恵理ちゃんと同じスキンヘッド仲間となる。

 絶対、良くなると信じて、発熱や吐き気といった副作用に耐えて、恵理ちゃんと励ましあった。

 わたしの検査結果が好転しだした頃、恵理ちゃんのほうは寛解かんかいとなったので、退院することになった。

「これ、乙女ゲームの『グラフールの花の乙女』っていってね。テンプレなやつだけど、ゲームをしたことのない杏奈ちゃんには、暇つぶしにいいと思うの」

 と、恵理ちゃんが使い方を教えてくれ、ゲーム機ごと、餞別にくれた。

 病気が治って、いなくなるのはうれしいことだけれど、残されたほうは、やっぱり寂しい。家に戻って、いつもの生活になっていくと、手紙なんかもしだいに来なくなるのは、知っていたしね。

 わたしは一人で病室にいて、体調が良いときに、そのゲームをやってみた。

 テンプレだって、恵理ちゃんは言っていたけれど、ゲームの中のアンナマリーの境遇が、あまりもわたしに似ていて、ヒロインに同調するより、アンナマリーに気持ちが入ってしまい、つらくて涙が出た。

 消灯後、眠れないままゲーム機を手にして泣いていると、目の前にぼんやりと白い影が立った。

 ゆうれい?

 ぎょっとした。でも、すぐに違うと分かった。

「うそっ! アンナマリー?」

 叫んだら、ドレス姿のアンナマリーは きれいなお辞儀をして、消えた。

 どこへ行ったって?

 わたしの中へ、吸い込まれたのよ。









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