もう一つのエンディング
【アンナマリー・エリ・ザンネミッシェル公爵令嬢! ルルベルに悪口雑言、服を汚し、教科書などの私物を破損し、はては悪漢を使って殺そうとした罪、許し難し。公爵も承知もすでに承知して、きさまを貴族籍からのぞき、家から放逐した。王法にのっとって、死罪とする!】
夜会で、小動物のようにかわいらしい令嬢を背にかばって、ルイ王太子が叫ぶ。
アホか。ここは裁判所ではないし、あんたは裁判官じゃない。おまけに、証拠ってやらもでっち上げじゃん。
冷ややかに思った。
あれ? でも、ゲームは終わったんじゃなかったの? 私は上原亜里沙、いえ結婚して若月亜里沙になったのよね。昏睡から目覚めたのよね? それなのにどうして、ゲームの世界の悪役令嬢アンナマリーに戻っていて、断罪されてるわけ?
混乱して、返事もせずにぼうっと突っ立っていたら、その間に王太子が喚き散らし、ヒロインのルルベルを抱き寄せて二人の世界に入っているし、宰相の息子のサイラス、騎士団長の息子のライリー、異母弟のアレンがアンナマリーに罵声を浴びせている。
周囲の人たちは遠巻きで、広間の様子はゲームのスチルそのままだ。
王太子ルイの断罪だから、地下牢に入れられて兵士たちに殴られ、公開処刑されるエンドか……。
心の中で溜め息を吐いた。とそのとき、バリトンボイスがする。
【失礼。確認したいのだが、アンナマリー嬢は婚約破棄されたのだな? そして、生家を追放され、もう関りないと】
白い軍服の正装姿の男性が進み出て来た。秀麗な容貌で金髪碧眼から、高位貴族だと思われる。
【そうだ、アレクサンドル。こいつは今や平民のアンナマリー。いきなり出て来て、なんだ? 隣国の王太子が何の用だ】
【ならば、いいんだ】
その人は微笑み、私の前に進み出た。
【あなたにはたいしたことではなく、もうお忘れでしょうけれど、以前、学園でいじめられていた僕を助けてくれましたね】
そうだっけ。こんなイケメンに会った記憶はない。
【あなたの優しさに触れて以来、愛しています。アンナマリー・エリ・ザンネミッシェル嬢、どうか私・アレクサンドル・ミハイネン・エーゼベルクの妻になってください】
首を傾げていると、私の前で片膝をつき、イケメンがいきなりプロポーズした。
【え……ええ?】
私だけでなく、ヒーローたちとヒロインが困惑の声を上げる。
初めての展開に私が戸惑っていると、彼が右手を顔の前で振る。
地味な容貌で、栗色の髪に金色の瞳をした侍従さん、隠し攻略キャラがそこにいた。魔法で顔を変えていたようだ。
ああ、そっか。
私は思い出した。
六回目のルイ、つまりアンナちゃんのパパが入っていたときの王太子ルイは、外面はいいんだけど、使用人たちには威張り腐って、いじめていた。それは隣国から短期留学してきていたアレクサンドル王太子のお付きの人に対しても同じで、アンナマリーだった私はかばってあげたことがあった。でも、一回だけだよ?
(隠しキャラの攻略は、モブたちとの何回かのからみシーンで親切にすること。そのモブのうちの一人が侍従と立場を交換していた隣国の王太子だ。若月が隠しキャラを攻略したのが六回目。ゲーム内にいる君に現世から声が届くまで、タイムラグが発生したんだ)
東堂くんこと、製作者の声がした。
一方、目の前では王太子同士が対峙していた。
【アレクサンドル、きさま、使用人と立場を入れ替えていたのか!】
ルイが激高する。
【そ、社会勉強の一環で】
しらっと答えた隣国の王太子殿下は、顔を元に戻した。
腹黒だ。
そして、彼は私を現実世界に戻してくれた人。もしくは東堂くん。
何してんのーっ。
(違うよ。僕じゃない。よく見て)
東堂くんの声が再びした。
その通りによくよく見れば、東堂くんじゃない。大地くん? 背後霊みたいになってるよ。ならば。
【……はい。お受けします】
答えたら、彼が嬉しそうに立ち上がる。
「亜里沙の〝王子様〟は、僕しかいないよね」
「もう、結婚してるじゃない。夫、旦那様よ」
差し出された大地くんの手を取ったら引き寄せられ、腰を抱かれた状態で私たちは二人一緒に駆け出し、広間を出て行った。
貴族たちから悲鳴が上がる。
後ろで王子たちが喚いていたけど、知ったこっちゃないわ。
舞台の書割みたいだった建物が現実みを帯び、驚いた顔の衛兵の息づかい、宮殿の庭木、その梢を鳴らす冷たい風を感じる。
ゲームの舞台だった広間から扉を開けて出ても、もう白い世界じゃない。そこに感触も匂いもある。この世界は生きている。
ゲームが終わって、この世界の人たちの現実が始まったのだろう。
私たちは車寄せで隣国の王家の紋章がついた馬車に乗った。そのまま隣国へ行くのだ。駆け落ちとも言う。
「この結末を忘れないで、アンナちゃんに話そう」
笑った私へ、大地くんは返事の代わりにキスをした。
ねえ、アンナちゃん。
アンナマリーはもう、かわいそうな女の子じゃない。死という悲劇から解放されるルートを見つけたのだから。
悪役令嬢だって、生きて幸せになれるのよ。
終
お付き合いくださり、ありがとうございました。