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わたしを殺すあなた  作者: 摩莉花
11/13

現実世界の悪役令嬢ー2

 おじいちゃんから許可をもぎとり、電車通学の初日、透くんが約束通り、わたしと一緒に下車する。

 ホームには、すでに大道寺くんがいて、わたしを待っていた。

「うちの姉は、精神的に幼いので、清い交際をお願いしますよ、先輩」

 と、いきなり透くんが言う。

「楡崎さんのことは、よくわかっているから、安心したまえ」

 大道寺くんもにこやかに返すのだけど、寒々しいのは、どうしてかな?

「では、よろしく」

 透くんがきびすを返す。

「シスコンもたいがいにしろ」

 その背へ、小声で言った大道寺くんがわたしのほうへは甘い笑顔を向けた。

「電話してくれて、うれしかった」

「え……ううん?」

 久しぶりに近くで大道寺くんの顔を見て、言葉がとっさに出なかった。美形の破壊力は、ハンパない。

 こんな素敵な人と、付き合っているなんて、いまだに信じられない。

「これから毎日、楡崎さんと一緒に登校できるなんて、夢みたいだ」

 いえ、こちらこそ。超絶美少年の笑顔でおなかいっぱいになりました。

 これって、アリサちゃんの影響かな。

 大道寺くんとおしゃべりしながらの登校は、ほんとうにうれしく楽しかったのだけど、学校ではわたしの悪口・悪評がとどまることを知らない。一般クラス限定のようだけど。

「三年生はもう大学受験に向かって動き出しているから、そんなことにかまっちゃいないわよ。持ち上がりで聖華の大学へ行く子も、高等部一年からの成績プラス秋の試験で大学部に行けるか決まるんで、必死よね。二年生はハムちゃん様の小学校からの同級生が多いから、噂を聞いても一笑に付している感じ。問題は一年生だよね」

 と、バトミントン部に入った和久井さんが、一緒に食堂でお昼を食べているときに言った。

「高校入試で入った私たちには分からなかったけど、暮林って子。中等部では人気者だったみたい。成績いいし、かわいいしで、大道寺先輩の追っかけ隊の筆頭だったって」

 和久井さんの言ったことを受けて、テニス部に入った小畑さんが、クラブの先輩たちや一般クラスの一年生から聞き込んだことを話す。

 うちのクラスは十人しか女子がいないので、お昼はみんな一緒にとって、おしゃべりしているのだ。

「大道寺先輩の人気はすごかったらしいよ。あれだけのイケメンで文武両道だしね。二番は頭脳キャラで日向先輩。三番は同列でレイ先輩と白鳥先輩。去年の後期生徒会は、人気者ぞろいだったみたい」

 このメンバーと友達のわたしは、モブだけどね!

 電話番号を交換した白鳥さんと日向くんは、わたしが「電話やメールは緊急のとき」と言ったことを聞いていて、してこない。うららちゃんは「ルイが何か企んでいるから、学校では親しく声もかけられないんだ。時期がきたら、わけを話すから、それまでごめんね」と一度、メールしてきた。

 たくらみって、なんだろう。

「大道寺先輩への追っかけがすごくて、私物まで盗られる騒ぎが起きたものだから、学校側が注意したそうだよ。それから過激な子は減ったようだけど、暮林さんはまだストーキングしてるって。だからかな、楡崎さんがオコサマの付き合いとはいえ、大道寺先輩に特別扱いされてるのが気に入らないのかもね」

 小畑さんがそう締めくくった。

 実は、それだけじゃないんだけどね。

「ねえ、ハムちゃん様は今日、お弁当? 自分で作ったやつ?」

 わたしの手元を覗き込み、和久井さんが尋ねた。

「そうなの。弟のを作ることになったので、ついでに自分のも作ったの」

「へえ、弟さん、いるの」

「うん、松葉が丘高校」

「すご。で、イケメンなんだ。美形の姉弟きょうだいなんだろうな」

 は? 聞きなれない言葉が。

「やだあ、気づいてない」

 向かいに座っていた栗林さんが笑った。

「最近、お肉がついてきて、ふっくらしてきたでしょう? 標準体重に戻ってきたら、そんな眼鏡と前髪で隠していても、素顔がかわいいって、バレバレだよ?」

「そんなこと言われたの、初めて」

「うわ、自覚なし?」

「大道寺先輩からも言われてない?」

「きっと、自覚してないハムちゃん様を囲い込みたいのよ」

「やけるぅ」

 他の子たちも、きゃいきゃい言ってる。

 そうかなー。

 その日、家へ帰ってから、洗面所の鏡でじっくりと自分の顔を見てみた。

 眼鏡をして、前髪を下ろしていたら、やっぱり目立たない。クラスメイトの女子たちはいつも一緒にいるから、素顔が分かるのかな?

 眼鏡をとって、前髪を横にわけてみた。

 たしかにガリガリのときより、頬がふっくらとしている。電車通学できるくらい体力が回復したので、お肉がついてきている。

 美少女? というかは、微妙なところだけど、パパとママは性格はともかく、顔だけは良かったから、遺伝子的には希望があるかも。がんばっているけど、胸はまだそれほど育っていない。

「標準体重になったら、それを維持」

 太らないよう、これを目標にしよう。




 一般クラスの一年生の間で悪口が飛び交っていようが、特進クラスが入っている別館にいると、そんなのは全然、関係ない。わたしが本館へ行くのは、クラブの部室へ行くときと、職員室に用があるときだけだから。

 囲碁将棋クラブに正式入部したら、先輩女子――といっても、同い年で二年生の石井先輩と高梨先輩がとても喜んでくれた。

「女子部をつくるのが悲願なのよ」

 と、石井先輩。

「一回戦で負けてもいいから、大会に出たいよね」

 高梨先輩もうなずいている。二人とも、高校受験で入ってきた人たちだ。

 囲碁将棋クラブは、週二回・火曜と木曜は必ず来ること。それ以外は自由。将棋と囲碁をひと通り覚えたら、将棋・囲碁以外のこと、勉強していてもいいし、他のボードゲームをしていてもいい。と、かなり自由度が高い。男子は有志が大会に出ている。部長は、日向くん。

「まさか、楡崎さんが、うちに来るとは思わなかったな」

 クラブの部室で顔を合わせたとき、日向くんが驚いていた。

「知り合い?」

 石井先輩の問いに、

「病気でだぶりました」

 と、答えたら、同情されてしまった。

 けれども、二人とも普通に接してくれている。

 今年は結局、入部したのは、男子が三名、女子がわたし一人という結果になった。

「いえ、まだまだ。五月の連休明けに代わる子もいるから」

 と、高梨先輩は新入生の勧誘に闘志を燃やしている。

 これが、クラブに入部した初日。

 次の必修日、放課後、荷物を持ち、特進クラスの棟から出て、渡り廊下を本館のほうへ歩いていると、すっと後ろから来た人がわたしの横についた。

「ねえ、楡崎アンナ」

 暮林さんだった。

 いつのまに、とぞっとして足が止まり、手提げカバンを落としてしまった。

「まだ、私のルイにまとわりついているの? 悪役令嬢は早く退場しなさいよ。ヒロインは、私なのよ?」

 と、立ちすくんでいるわたしに、顔を近づけた。

「イライラしていると、あんたを何度も頭の中で殺すの。槍で刺し殺そうか。剣で? それとも、ギロチン? 毒殺もいいわね。あんたが苦しんで死んでいくさまを想像すると、すうっと気分がよくなるのよ」

 ……この人は、なにを言っているんだろう。

 アリサちゃん。

 呼んでも、今はわたしの中にいない。

 どうしよう。

 そのとき、本館のほうから声がした。

「楡崎さん」

 日向くんだった。

「クラブに来るのが遅いから、迎えに来たよ。迷ったかな」

 と、やってきてカバンを拾い、渡してくれる。

「学校で迷子なんて、バッカじゃない?」

 暮林さんが、「きゃははっ」と笑う。

「君も、入学式のとき、迷子になっていたよね。あんなにわかりやすい案内表示があったのに」

 日向くんは、ぱしりと言うと、わたしの腕を引いて本館へ向かって歩き出した。

「なによ! 人が優しくしたら、つけあがって!」

 暮林さんは叫んでいたけれど、無視だ。

 本館に入ってから、ぽつりと日向くんがこぼした。

「油断も隙もない。ストーカー女」

 暮林さん、前にも似たようなこと、したことあるんだろうか。

「あの、日向くん。ありがとう」

 わたしはお礼を言った。

「今度から、特進棟の二階の階段の踊り場で待ち合わせてクラブに行こう。僕に用事ができたときには、石井さんか高梨さんに迎えにいってもらう。そのときは、メールするよ。彼女に遭遇すると、危険だ」

「そうします」

 わたしは、うなずいた。

 あの暮林さん、すごく怖かった。




 週末の学級会で、委員長の白鳥くんが、

「来週から、前期生徒会選挙の活動が始まります。月曜の昼までには候補者の名簿が各掲示板に張り出されますので、目を通しておいてください。金曜日の学級会の時間に、選挙放送があります。その日の授業が終わったら、投票がありますので、よく考えておいてください」

 と伝達があった。

 聖華学園は三学期制をとっているのだけど、中等部・高等部の生徒会は前期後期の二つに期間が分かれ、四月末と文化祭が終わった九月末に選挙がある。前期で選出された生徒会役員が後期もまたやることが多く、通年で生徒会にかかわるのが慣例となっている。昨年度は、一年生でも持ち上がり組の大道寺くんが会長に当選し、副会長に日向くん、会計に白鳥さん、書記にうららちゃんがなった。

 今年度も推す人が多く、大道寺くんが会長に立候補するんじゃないか、との噂だ。

 自分に関係がないから、わたしは聞き流していた。日曜日にアリサちゃんに会うことばかり考えていたからだ。

 土曜日は塾に行ってないぶん、勉強にいそしみ、日曜は透くんと一緒にアリサちゃんのお見舞いに行って楽しい時間を過ごし、帰ってきてまた勉強。

 月曜日は日直の当番だったので、黒板の掃除をして日誌を書き、昼休みに若月先生が忘れて行った手帳(中は見てないよ)を職員室に届けに行こうと、学食で和久井さんたちと別れ、本館一階の廊下を歩いていた。

 すると、一年生の下駄箱近くの廊下の掲示板に、人だかりができている。

「うそよっ。ルイくんが会長に立候補してないなんて!」

 生徒会の立候補者のリストが貼りだされているようだ。

 それを見て、暮林さんが叫んでいた。周りには、その友達の女生徒たち五人ほどがいる。

「生徒会長じゃないルイくんなんて、意味ないわ! 私、推すのをやめる! 書記にも立候補しない!」

「ひどいわ、樹里ちゃん。期待して、推薦人になった私たちの気持ちはどうなるの?」

 女の子の一人が叫んだ。

「は? 知らないわ」

「どういうこと?」

 別の女の子が怒って言う。

「私はヒロインで、あなたたちはモブってことよ」

「なによ、それ!」

「そんなふうに思っていたの? ルイ推しの仲間だと思っていたのに」

「樹里ちゃんとは、絶交よ!」

 もめだしたので、わたしは廊下の向こうの突き当りにある職員室へ行くのをあきらめて、教室へ戻ろうとした。

 そのとき、暮林さんがわたしを見つけた。

「待ちなさいよ、にれざき、あんなァ!」

 ぎょっとして立ち止まったわたしに向かって、鬼の形相をした暮林さんがずんずんと迫ってくる。

「ぜんぶ、あんたのせいね。あんたが、みんなに私の悪口を吹き込んだんでしょう?」

 騒ぎを聞きつけて、他の生徒も集まってきた。

「ち……ちがう」

 怖くて、わたしは足が震えて動けない。

 ゲームのルルベルが暮林さんと二重写しになった。

「あんたが、生きてるから、いけないのよ」

 制服のブレザーのポケットから、暮林さんはカッターを取り出し、チキキと刃を出した。

「最初っから、こうすれば、よかったのよ!」

 わたしに走り寄った暮林さんが、カッターナイフを突き出した。

 もう、だめ!

 わたしが目をつぶったとき、

「やあっ!」

 と、麗ちゃんの声がして、ぴしりと音がした。

 すると、暮林さんが泣き出した。

 目を開ければ、

「いったあーい。手首の骨が折れたわ!」

 と、暮林さんは左手で右手の手首をつかんでいる。

 カッターナイフは床に落ちていて、家庭科で使う五十センチの竹定規を持ったうららちゃんが、落ちたカッターを蹴飛ばして、暮林さんの手が届かないところへやった。

「きゃあ! レイ様~~」

「すてき~~」

「あいしてる~~」

 野次馬の女子生徒から黄色い声が上がる。

「ひっどーい! 暴力を振るわれたわ! いじめよ!」

 暮林さんが廊下に座り込んで、めそめそと泣き出した。

「どうした。何があった!」

 職員室の扉が開いて、先生たちが出てくる。

「あら、おもらし、したの?」

 このとき、よく通るソプラノが言った。

 ざあっと野次馬が左右に別れ、白鳥さんが姿を現した。

「いやあっ、おもらしなんて、してないわよ!」

 暮林さんは、ぴょんと飛び上がるようにして立ち上がり、人をかき分けて逃げて行った。

「まあ、涙が、と言おうとしたのに、何と勘違いしたのかしらね」

 澄まして答える白鳥さんの言葉に、その場にいたみんなが笑い出した。

「あー、ごめんね。とっさのこととはいえ、定規を壊してしまった。弁償するよ、小山田さん」

 うららちゃんが言うと、いつの間にか、そこに家庭科部の部長さんが来ていて、

「いいえ、レイさまのお役にたてて、その定規も本望でしょう」

 と、縦に真っ二つに割れてしまった定規を手にし、頬を染めた。

 なんで?

「おまえたち、なにやってるんだ?」

 一年生の国語教師・鬼頭先生がやってきて訊く。

 その後ろから来た若月先生は、ポケットからハンカチを出して、床に転がっていたカッターナイフをくるんで拾い上げた。

「防犯カメラのチェックをしてください」

 振り返り、遅れてやってきた一年生の主任先生へ告げた。

 主任先生はうなずき、その場にいた生徒の名前を確認してから、「教室へ戻りなさい」と言う。

 ちょうど予鈴が鳴り、生徒たちはそれぞれの教室へ帰って行った。

 その後は何事もなかったように午後の授業を終えたのだけど、帰るとき、若月先生に呼び留められた。

「楡崎、保護者の方に連絡したので、あとでまた来てもらうことになる。体調のほうはいいか?」

「なんともありません。大丈夫です」

「小学部からの付き合いの、万里小路までのこうじか、白鳥に頼みたかったが、当事者なので、大道寺に付き添いを頼んだ。やつなら、家の場所を知っているだろう?」

「それは、そうなんですけど」

 おおげさだなあ、と思った。わたしに怪我はなかったんだし。

 このとき、クラスのみんなは教室を出ていたけれど、まだ数人は残っていた。和久井さんと小畑さん、栗林さんもなぜか、ぐずぐずしており、席にいる。

 そこへ後ろの扉から、大道寺くんが飛び込んできた。

「楡崎さん、襲われたって? 無事?」

「うん、だいじょうーぶ」

 わたしは笑おうとして、失敗した。

 大道寺くんを見て気が緩んだのか、ぽろりと涙が出たのだ。

 がばり、と大道寺くんがわたしをハグする。そして、フランス語で何かつぶやいた。

 意味はわかんなかったけど、ニュアンスは伝わった。

 わたしは、かちんと固まり、真っ赤になった。

 同時に、「きゃあ!」と和久井さんたちが歓声を上げる。

「おーい、大道寺。ここはフランスじゃないんだ。日本の高校生には、刺激が強すぎる。特に聖華の持ち上がり組は、箱入りなんだ」

 若月先生が、のんびりと言った。

「あ……すいません」

 赤くなった大道寺くんが、身体を離してくれた。

「ねえねえ、何があったんですか?」

 和久井さんと小畑さんと栗林さんが、すすすっとやってきて、小畑さんが言い、三人は好奇心いっぱいの顔で先生の返事を待っている。教室に残っていた数人の男子も聞き耳をたてていた。

「ちょっと、トラブルがあった」

 歯切れ悪く、先生が言う。

「やっぱ、あの子?」

「そうだ。はっきりしたことが分かったら、発表する。それまでは憶測で物を言うなよ?」

 先生の口止めに、三人は「はーい」と、いい子の返事をした。

 わたしと大道寺くんは、その間に、そそくさと教室をあとにした。

 下駄箱で靴を履き替え、帰る道みち、大道寺くんは暮林さん対策でしていたことを話してくれた。

「もともとの原因は、僕にある」

 大道寺くんの話では、暮林さんが入学した年の中等部二年生のときからストーキングが始まり、彼女は大道寺くんのファンと称した女の子の集団の中心となった。

 最初のうちは仲間たちと騒いでいるだけだったが、しだいに学校内だけでなく、校外でもあとをつけられたり、勝手に写真を撮られたりするようになった。そのうち、教室の机の中に置いてあった筆箱の中身が盗まれたり、通学用カバンのタグが消えたりした。あげくには、ロッカーが壊され、置いてあった勉強道具類が盗まれた。

 このことで、両親が激怒し、警察に被害届を出したことで、恐ろしくなった女子生徒が一人、犯人として名乗り出てきた。彼女は自主退学をして、公立の中学に転校したという。

「そのとき、もっと追及しておけばよかったんだ。窃盗をしたのは彼女だったとしても、命令したやつがいた。それが暮林さんとあの五人だったが、証拠がなかった。退学した女の子は、いじめの被害者でもあったんだ」

 その問題が収まったのが中学三年のとき。

「高等部の校舎に移ったときには、心からほっとしたよ」

 でも油断はできなかった。暮林さんはモデルをしていたこともあるから、かわいくて、彼女の言うことを聞く男子生徒が何人もいて、大道寺くんの動向は中等部にいる暮林さんに報告されていたらしい。

「ラウ……うららの話で、楡崎さんが一年遅れで復学することを知った。僕は君を好きだったから、早く再会して、他のやつに取られないように必死だった。それで、うららのおかげでまた会うことができ、暮林さんが君に接触したことも知って、心配になった。春休みに会ったとき、彼女がゲームの登場人物に執着していることを知り、その乙女ゲームをやってみたエーコの提案で、現実でも似たような状況を作り出し、自分から破滅するように誘導しよう、となった。暮林さんのストーキングに悩んでいるとき、親身になって相談に乗ってくれた若林先生に、生徒会長の顔で君が編入されるクラスの顔触れを訊いたら、エーコの弟の雄司ゆうじくんがいることが分かり、協力をお願いした」

 白鳥くんは、初めて会ったときから、暮林さんとわたしのことを知っていたんだ、と今さらながらに腑に落ちることが多かった。

「雄司くんは、君が不在のとき、クラスのみんなに、君が暮林さんに狙われていることを話し、協力を頼んでくれた」

 だから、みんな、優しかったんだ。

「いつか、クラスのみんなにお礼を言わなきゃね」

「そうだね」

 わたしたちは微笑みあった。今回のことで、暮林さんはもう、わたしにつきまとわないだろう、と分かっていたからだ。

「彼女のしていたゲームの始まりどおりに、入学式のとき、迷子になったふりをしていた暮林さんを体育館に送り届けた。それだけで、良かった。あとは勝手に自分で自作自演をしてくれたよ。ただ、君に危害が加えられることだけが心配だった。大人の協力がいるかもしれない事態になる可能性もあったから、若月先生と君のおじいさんには事情を話しておいた」

「あ、だから、透くんが学校に来たとき、おじいちゃんの携帯に電話できたんだね。あのときは、わたしより透くんのほうが危ない状態だったから、良かったよ。ありがとう」

 あのときをきっかけに、透くんは虐げられていた家を出ることができたんだ。

「そっか、怪我の功名? ってやつかな」

 大道寺くんが微笑んだ。

「特進棟にいるときは、雄司くんをはじめとするクラスメイトが気をつけてくれていたが、暮林さんとその仲間のいる本館に来るときが危険だ。そこで、雄司くんのメールで、うららか、エーコが動くことにした。女子だったら、同性がつけていても不審に思われないだろう、というサイの提言だった」

「知らなかったな。うららちゃんと白鳥さんがあとをつけてるの」

 二人とも、刑事さんになれるね!

「でも、まさかカッターナイフを振り回すとは、思わなかった。先生から、ことの顛末を聞いたとき、血の気がうせたよ。元気な姿を見るまで、心配でたまらなかった」

 それで、あのハグ。

 思い出すと、また顔が赤くなった。同時に、これほど人から想われていることがうれしいと共に信じられなかった。

「本当に、ありがとう」

 そう言うのが、精一杯だった。

「あ、そういえば、家庭科部の小山田さん、うららちゃんと、とっても親しいんだね」

「ああ、小山田さんは」

 と、大道寺くんが苦笑する。

「中等部のときから、うららのファンで、今ではファンクラブをつくって、その会長なんだ。うららの追っかけの女子は、彼女の下で実によく統制がとれている」

 それもすごいかも。

「今回のことを協力してくれたみんなに、お礼の食事会を五月の連休にしようと思う。生徒会の仕事も引き継ぎが終われば済むから、これからはクラブにも顔出しできるな」

「大道寺くん、そういえば、どこに入っていたの?」

「囲碁将棋部」

 と、大道寺くんはウインクした。

「ええっ」

「来月からは、クラブで楡崎さんと会えるし、通学も一緒だし、うれしいな。もちろん、彼女がいるから成績が落ちた、なんて言われないよう、勉強も頑張るよ」

「うん、わたしも」

「うちのトレーニングジムでの体力づくりも始めよう。連休中に、インストラクターに会わせるよ。都合のいい日を教えてね」

「はい、お願いします」

 と、答えたわたしに、大道寺くんが手をさし伸ばしてきた。

 わたしも手をつないだのだけど、大道寺くんはそれを恋人つなぎにした。

 驚いて顔を見れば、微笑んでいる。

 わたしはまた赤くなり、ほわほわした気分のまま、帰宅したのだった。




 

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