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わたしを殺すあなた  作者: 摩莉花
10/13

現実世界の悪役令嬢ー1

 アリサちゃんが一度目覚めて、また意識を失ったときは、もうだめだ、と思ったけれど、三日目に気がついて、それからはずっと起きていると、おじいちゃんから聞き、ほっとした。

 そのとき、おじいちゃんは、アリサちゃんのお母さんと結婚すると言って、上原房江さんをわたしと透くんに紹介してくれた。

 少しふくよかで、かわいらしい感じの人だったけど、看護師さんということで、しっかり者の上、おじいちゃんにも負けていない。

 義理の祖母であり、戸籍上は母となる人だけど、おばあちゃんやおかあさんと呼ぶのは、なんだかなー、ということで、透くんと相談の結果、「ふうちゃんさん」と呼ぶことにした。

「まあ、かわいいわねー」

 と、これを聞いて笑っていた房江さん。アリサちゃんの前で、おじいちゃんをお姫様だっこしたんだって。

 プライドが傷ついたのか、おじいちゃんはそれから大道寺くんのお父さんが経営するスポーツジムの会員になって、トレーニングに励んでいる。

「妻となる女性にだっこされるなんて、男の沽券こけんにかかわるよな」

 透くんは、おじいちゃんにたいへん同情的だ。

 おじいちゃんと結婚したので、房江さんは家で一緒に住むことになった。

「夏江さんがいるから、楽できるわあ」

 房江さんは定年まで今の病院に勤めるそうだ。うちに来ると家政婦の夏江さんがいたので、家事が楽になる、と喜んでいた。

 アリサちゃんがずっと入院している間は、仕事と家事と見舞いで大変だったから。

 同世代の二人は、すぐに仲良くなった。健康法などを教えあっている。

 若月先生も自分の怪我が治ると、毎日、アリサちゃんのお見舞いに行って、呼びかけたり、好きな音楽を聞かせたりしていたとか。

 そんな若月先生だから、「入籍したい」と言い出したときは、「早くやりなさい」と、房江さんはむしろけしかけていた。

 アリサちゃんは、『上原』から『楡崎』になって、すぐに『若月』になった。

 同じ姓でいる期間が短かったのは悔しいけど、叔母さんでお姉さんなのには違いないので、一緒に住めるときを楽しみにしている。

 おじいちゃんは業者さんを呼んで、庭の整地を始めた。そこの一角に、アリサちゃんと若月先生の新居を造ると意気込んでいる。

 もともと今住んでいるこの家は、パパとママが結婚するときのおじいちゃんからのプレゼントで、派手好きの二人に合わせて、家も大きいけど、庭も広い。

 その庭は、ママが好きな木や花を植えたものなので、ママが出て行ってから誰も気にせず、庭師さんに手入れをまかせっきりだったから、なくなっても誰もおしがる人はいない。むしろ、アリサちゃんと若月先生が住むっていうのなら、大歓迎だ。

 新しい庭つくりをアリサちゃんとしても、いいな。

 わたしがアリサちゃんと会えたのは、病室を移動してから初めての日曜日だった。容体が安定するまでは絶対、だめだって言われていたから。

 今日は、わたしで、次の日曜は透くんが挨拶に来る。

 アリサちゃんは透くんのこと、知っているけどね。

 面会時間、おじいちゃんに連れられて特別室に行った。これは、おじいちゃんが手配したんだろうな。

 ドアを開けると、ソファセットの向こうにベッドがあり、電動ベッドを作動させて半身起こしたアリサちゃんがいた。

 アンナマリーのような、すっごい美人ってわけじゃなかったけれど、優しい顔立ちをした人で、髪は入院中の手入れの関係で、ショートだ。

 かたわらに、若月先生が立っていた。

「アンナちゃん?」

 優しい声。わたしが思い描いていたとおり。ああ、これがアリサちゃんだ。

 わたしは数歩前に出て、それから駆け寄った。

「アリサちゃん、アリサちゃん、アリサちゃん! わああああんっ」

 抱きついて、大声で泣いてしまった。

「よしよし。びっくりしたねえ」

 わたしの頭をなでる手のぬくもり。それは夢の中では、感じ取れなかったことだ。

 アリサちゃんは、わたしが泣き止むまで、頭をなでてくれていた。

 しだいに落ち着いて、えぐえぐしながら、アリサちゃんから身体を離したタイミングで、それまで黙っていたおじいちゃんが尋ねた。

「杏奈は、亜里沙と知り合いだったのか?」

 訊かれて、さあーっと自分が青ざめるのが分かった。

 まさか、植物状態のときに意識が飛ばされてゲームの中に入り、それからわたしの中にいました、とは説明しても信じてもらえないだろう。若月先生は、どういうわけか、信じてくれたけど。

「あ、あの……学校の事務室で会って、知ってました」

「ほう、意外なことだ。どうしてそれを、今まで話してくれなかったんだ?」

「えーと、それは」

 目が泳いでいたわたしの視線を受け止めて、若月先生が代わりに答えてくれた。

「お父さんの事故の被害者が、亜里沙だと知らなかったし、杏奈さんは闘病生活もありました。それに先日の騒ぎに遭遇して、記憶が混乱していたのでしょう」

「まあ、確かに。父親が人を殺そうとする現場に居合わせたんだ、ショックだったろう。気づかなくて、悪かった」

「いいから」

 アリサちゃんが最初に目覚め、パパが病院の人たちに取り押さえられたとき、おじいちゃんは房江さんと一緒に駆けつけ、パパがアリサちゃんとわたしを殺そうとした場面を見ていなかった。

 だから、あとから来た警察の人と話した後、わたしと一緒に帰ってきたのだった。房江さんは肉親として、若月先生は事件の第一発見者として残り、わたしは「会いたい」とおじいちゃんに頼んでも、今まで会わせてもらえなかったのだ。

「偶然とはいえ、知り合いが思いがけなく、叔母だと分かったんだ。驚いただろうね。そのうえ、担任の僕が叔母さんと結婚するなんて。混乱するはずだよね」

 若月先生が、にこりとする。

「はい、そうです」

 つい、学校で先生にするように返事をした。

 くすくすっ、とアリサちゃんが笑う。

「今は、生徒しなくていいんだよ」

「具合は、どうだね」

 おじいちゃんが会話に加わった。

 大人三人が話しているのを聞いていて、違和感があった。

 そうだ。先生ってば、いつもは「俺」って言っているけど、今は「僕」で、言葉遣いも違っている。

 ふーん。先生、アリサちゃんの前では、猫かぶっているんだ。

 アリサちゃんは、性格がオトコマエだから、ちょっと抜けた男の人が好みなのよ。だから、〝かわいい男〟を前面に出しているわけね。

 じっと見つめていたら、先生が察したようだ。

 口元に、右手の人差し指をあてて、いたずらっぽく片目をつぶった。

 アリサちゃんとおじいちゃんは、話していて気づいていない。

 わたしも答えにかえて、ちいさくうなずいた。

 でも、アリサちゃんを泣かせたら、本性をバラすからね、腹黒だって。

 和気あいあいとした雰囲気で一時間ほどが過ぎ、わたしとおじいちゃんは帰宅した。

 アリサちゃんは検査の結果、どこも異常なし。お医者さんが「奇跡だ」と言ったとか。リハビリの専門病院に転院してから、家に帰ってくるんだって。

 先生とわたしが義理の叔父と姪、または義兄と妹という関係は、学級担任を下りる来年度まで、クラスのみんなには黙っていることを取り決めた。そして春に、先生とアリサちゃんの結婚式を挙げるんだって。

 楽しみ!

 さて、と家に帰ったわたしは勉強に取り組むことにした。予習復習、出された課題プリントをやろうとして、物理の教科書を開いたとき、はたと気づいた。

 脳内家庭教師のアリサちゃんは、もういないんだった。

 この体力では、塾にも行けないし。

 ということで、恥ずかしかったけど、透くんの部屋の前へ行って、ドアをノックした。

「あねちゃん、どうしたの?」

「自分の勉強で忙しいと思うんだけど、物理で分からないところがあって、教えてほしくて」

「いいよ。入って」

「お邪魔します」

 姉弟きょうだいの会話とは思えないんだけど、一緒に育ったわけでもなく、ずっと離れていたから、他人同然。

 透くんの部屋は、ベージュと茶色を基調にしたシンプルなもので、ベッドと机はきれいに整頓されていた。ただ、本棚にあふれるほど本が置いてあった。

 折り畳み式のテーブルを部屋の隅から持ってきた透くんは、それをカーペットの上で組み立てて、わたしに「座って」と言い、そこにわたしが持ってきた教科書を広げた。

「へえ。聖華では、この出版社の教科書を使ってるんだ。松葉が丘とは違うけど、進み具合と内容が一緒だから、教えれるよ。で、どこ?」

「あのね」

 と、わたしが説明すると、すらすらっと答えてくれた。

 すごい。うちの子、天才?

 ま、わたしが理数、苦手だってのもあるけど。

「ありがとう。すごく分かりやすかった」

「わかんないところがあったら、いつでも言ってよ」

「透くんは塾へ行ってないの?」

「行く時間がない。お金もなかったけど」

「おじいちゃんに言えば?」

「考えておくよ。あねちゃんのほうは?」

「塾へ行って勉強するほど体力がなくて。学校の課題で手一杯だし」

「じゃ、ぼくが家庭教師をしよう。試験中はだめだけど」

「わあ、助かる」

 と、答えつつ、そういえば、透くんは一つ年下だったと思い出した。これではどっちが上か、わからない。

 でもわたしは、年上のプライドなんて、すぐに放り投げた。

「報酬はどうしましょう、先生」

 と、ふざけたら、

「お弁当、作ってくれる?」

 透くんが答えた。

 訊けば、松葉が丘には学食がなく、生徒はお弁当か、購買のパン、どちらかでお昼にするという。中学のときも、朝、コンビニでパンを買ってから、学校へ行っていたと、たんたんと透くんは話した。

 母親の再婚相手に疎んじられていたというから、沙織さんは作ってくれなかったんだろう。

「いいよ」と、わたしは答え、自分のぶんも作ることにした。

「ああそれで」

 と、話のついでに言った。

 おじいちゃんが仕事やアリサちゃんのことで忙しくなりそうなので、そろそろ散歩して体力が少しはついたから、電車通学を再開しようか、と考えていると。小学校までは一人で通学していたし。

「なら、学校まで送っていくよ」

「ええっ、それじゃ遅れるよ?」

 透くんの通う高校は、聖華学園よりうちに近い。わたしを送っていくとなると、遠回りだ。

 うろたえて、こんなときアリサちゃんがいてくれたら、相談できたのに、と思った。

 他に相談できる人は――。

 麗ちゃんは朝練で、家のある方角が違うし、白鳥さんはどこに住んでいるか、分からない。電話番号は知ってるけど。あとは日向くんか、大道寺くん。

「ちょっと待ってて」

 わたしは透くんの部屋を出て自分の部屋へ戻り、大道寺くんに「どうしよう」とメールした。

 すぐに電話がかかってき、わけを話すと、「弟さんに電話、代わってくれる?」と言うので、透くんの部屋へ行って、「友達の大道寺くんが話したいって」とスマホを差し出したら、けげんな顔をして、透くんは受け取った。

 しばらく二人で話したあと、透くんがスマホを返してきた。

「話、まとまったから」

 なんのことかな、と思いながら、それを受け取ると、大道寺くんもそれに加わると言う。

 で、翌々日から、松葉が丘高校に通う生徒が下りる駅までは透くんが送り、いったんわたしはホームに出て、大道寺くんと落ち合って、一緒に登校することになった。

「大道寺って、校門のところで、じいさまを呼んだやつ? どんな関係?」

 目がすわった透くんに問い詰められ、涙目で付き合うまでの経過をわたしは話すことになった。





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