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わたしを殺すあなた  作者: 摩莉花
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悪役令嬢・アンナマリー

【王太子殿下の婚約者、ルルベル・グラフール男爵令嬢の暗殺未遂の罪によって、元ザンネミシェル公爵令嬢・アンナマリーの処刑をこれより行う!】

 処刑台の上に、十六歳になったばかりの、それも半月後に王太子妃となるはずだった私が白い囚人服で引き立てられると、王宮前広場に集まった民衆から、歓声と罵声が上がる。

 そして後ろ手にされた私が台に頭を押さえつけられると、首に刃が下ろされ、私の意識は暗闇の中へ堕ちていった。




 ああ、まただ。

 目が覚めると、ベッドの中で持ち上げた手が小さい。

 アンナマリーこと私は、もぞもぞとベッドから半身を起こした。そのとき、ドアがノックされる。

【お嬢さま、お目覚めになられましたか?】

 アンナマリー付きのメイド・ハンナが入って来て、カーテンを開ける。

 これも、同じ。六回目かしら。

 一回目のときは何も疑問を持たずに、大好きな婚約者を盗ろうとする男爵令嬢に嫉妬していじめ、断罪されて処刑されてしまった。ところが時間が巻き戻り、十歳からやり直し。それを三回繰り返すと、さすがに「おかしい」と思った。そして五回目の処刑の直後、私は前世を思い出した。

 上原亜里沙(うえはらありさという二十八歳の事務員で、暴走車から誰かをかばってはねられ、死んでしまったこと。そして、ここは死ぬちょっと前に友人が貸してくれた乙女ゲーム『グラフールの花の乙女』の世界であること。

 思い出すのが遅いってば、私!

 そして今、巻き戻って六回目をやっている……ハズ。この場面の前に、主人公・ルルベルの生い立ちの説明があるけど、私は登場しないので、ここから始まり。悪役令嬢・アンナマリーの説明場面。

 で、私はゲームの進行どおり、ベッドから出て、白い寝間着のまま、そこに立った。すると、ハンナに続いて入って来たメイドに暖かなタオルで顔を拭かれ、他の二人のメイドによって着替えさせられ、髪を整えられる。

 さし出された鏡を見れば、そこには濃い黄金の髪を垂らし、エメラルドの瞳をした美少女がいる。

 大きくなったら「絶世の美女」って言われるんだけどな。なのに、あのボンクラ王子、私が婚約者になることで、王太子に決まったのに、学園に入って、「かわいい」ってだけのあざといピンク頭の男爵令嬢に夢中になって、私に無実の罪をきせて、殺すんだもの。やってられないわよ。

 と思っても、顔には出さず、ハンナに連れられて、家族用の食堂へ向かった。

 食堂の壁際には、給仕のための使用人がずらりと並んでいるが、白いテーブルクロスがかかり、花が飾られた長いテーブルに、人影は無い。

 アンナマリーは主人の席とは反対側の端に行って、椅子の横に立った。

【旦那さまがおいでになりました】

 扉の脇で、従僕が告げる。

 使用人たちがいっせいに頭を下げる中、少しお腹周りが出始めた父の公爵が入室してきた。

【おはようございます、お父さま】

 アンナマリーは、ドレスを持ち上げ、挨拶をした。

【うむ】

 公爵がうなずくと、使用人が椅子を引いたので、アンナマリーは席についた。

【アレは、どうした】

【奥さまは、頭痛がなさるそうで、まだベッドにおいででございます】

 父の問いかけに、執事のセバスが答える。

 これも六回目ね。

 アンナマリーの両親は貴族によくある政略結婚で、子どもができたあとは互いに没交渉。どころか、それぞれ恋人をつくって遊んでいる。母には会ったことがない。というか、ストーリーに関係ないから、出て来ないんだよね。父親とも、この朝食の場面以外、会ったことがない。冷たい家庭環境の説明場面ね。これだからアンナマリーは愛情に飢えていて、婚約者のルイに執着するっていう――。

 そして父が席につくと、食事が始まる。

【アンナマリー、第一王子のルイ殿下の婚約者におまえが決まった。後日、顔合わせがある。それの後、王妃教育が始まるから、励めよ】

【はい、お父さま】

【我が家には子は、おまえひとりのため、跡継ぎとして、養子を迎える。殿下との顔合わせの前に会わせる】

【かしこまりました、お父さま】

 殊勝に返事をしたけど、私は知っている。父と愛人の子爵令嬢との間に出来た異母弟・アレン。攻略対象者の一人だ。

 場面は変わって、次はアレンとの初顔合わせ。

【お父さまが認めても、わたくしはあなたを弟と、認めませんわ!】

 アンナマリーは、高飛車に告げた。

 金髪で同じ緑の瞳をした一歳年下のアレンを、アンナマリーは乳母の告げ口から、愛人の子だと知り、嫌って、いじめまくる……予定。父の公爵は子どもたちに興味を示さないので、父の前でおとなしくしてれば、すべてスルー。

 でも、ゲームに逆らえないからとはいえ、ごめんよう~、と亜里沙としての私は心の中で謝っていた。

 こんなちっさい子、きらきら美少年をいじめるなんてねえ。おねえさんは、つらいよ。

 外見は十歳。そのわがまま娘が、今は九歳の異母弟に暴言を吐いてるだけなんだが。

 それが終わると、アンナマリー部分は終了し、他の攻略対象者の説明に入る。

 アレンの他には、王太子で婚約者のルイ。宰相の息子・サイラス。騎士団長の息子・ライリー。

 アンナマリーんちは、王家の血が入っているってことで、アンナマリーとアレンもキラキラの美少女・美少年。だけど、王太子のルイは黄金の髪に紺碧の瞳のゴージャス・イケメン。文武両道なんだけど、周囲の期待に押し潰されそうな彼の心をヒロインは癒す、というわけ。

 側近のサイラスは黒髪、青い瞳の眼鏡男子。ライリーは爽やか系脳筋。

 テンプレストーリーだけど、絵がきれいで、乙女ゲーム初心者の私にはこれがいいって貸してくれたのは――誰だっけ?

 そうそう、同僚の安藤さん。

 私は王太子ルートしかやってなかったな。




 さて、ゲームはヒロインが貴族の子女が通う王立学園に入学するところから、始まる。

 で、私は十歳からいきなり十六歳なわけよ。左胸にエンブレムのついた紺色ブレザーにひざ下までの丈の白黒チェック柄のひだスカート、という制服姿にドリル型の縦ロール、口紅真っ赤な濃い化粧。

 これは、イタイわー。アンナマリーは素顔がいいのに、ザ・悪役令嬢って外見なわけ。

 それでも地頭がいいので、成績は常に上位。生徒会の副会長をやっている。

 会長は当然、皇太子のルイ。会計がサイラスで、書記がライリー。

 生徒会長は、入学式で挨拶に立つ。そのとき他の役員である私たちは、その後ろにいる予定だ。で、新入生の中に、私の義弟のアレンとヒロインのルルベルがいる。

 講堂に新入生が集まり、席についた。その頃合いで、魔道具の拡声器によるアナウンスがあり、学園長が壇上に立って、話し始める。

 私たち生徒会役員は、次の出番なので、壇の上の緞帳どんちょうの陰に集まっていた。そこには新入生代表で挨拶をするため、アレンもいる。

 攻略対象者、全員集合だ。

「あの……信じられないかもしれないけど、聞いてくれる?」

 私が意を決して、語りかけると、ルイだけがこちらを向いた。他の三人は、聞こえなかったかのように、感情のない顔で壇上の学園長のほうを見ている。

 時間があまりなかったので、私は手身近に婚約破棄から処刑、そして巻き戻りの記憶のことを語った。

「だから?」

 聞き終えたあと、ルイが冷ややかに問い返した。その顔には何の感情も乗せていない。

「僕には関係ない。それが事実であったとしても、死ぬのは君だけで、他のみんなは幸せになるから、いいんじゃないのか?」

「は?」

 アンナマリーの中に、ルイを恋する心がそれまでにあった。私、亜里沙はないけど。

 けれども、その恋心も今の答えで、消えてしまった。アンナマリーの泣き声と共に。

 こんな薄情なやつ、失恋したほうがいいのよ、と私はアンナマリーに語りかけたけれど、もう彼女の内側には、精神こころは残っていなかった。

 嫌われて、消えちゃったの? ふざけんじゃないわよ、このクソやろう!

 アンナマリーは悪役令嬢だったけれど、婚約者のことを愛していたのに。

 私は、アンナマリーのために腹の底から怒りが湧いてきた。

 ルイを睨んだけれど、やつはそ知らぬ顔をしている。

 そういや、ヒロインとの出会いイベントをもう、済ませていたのよね。遅刻しそうになったルルベルとぶつかって、講堂へ案内するってやつ。だから、こいつの心はすでに、ルルベルにある。

(もう、あてにしないわよ。自分でなんとかしないと)

 ゲームのアンナマリーは消え、今は私、上原亜里沙がアンナマリー。破滅は回避しなきゃ。生き残るために。

 入学式を終えた後、廊下を歩いていたら、ルルベルが近づいて来て、ささやいた。

「ねえ。私のために、立派な恋の障害物になって、派手に死んでね」

 にやりとしたその女は、かわいい容姿をしながら、中身は悪魔だった。

(こんなやつに、負けたくない!)




 と、――そう思っていたときも、ありましたねえ。

 しみじみ。

 ゲームの世界っていったって、ここに生きている人間には現実なんだから、バッドエンドを回避する行動をすれば、なんとかなるはず。

 そう考えて、ルイとの婚約をしないように、ゲームの強制力で婚約してもルルベルをいじめないようにしようとしても、小指一本、自分の自由に動かせず、毎回、同じセリフ、同じ動作を繰り返す。

 何百回、何千回、王太子ルートにいって殺されたか。

 ヒロインがルイと結ばれなくても、サイラスの場合は夜会で、

【ルルベルを殺そうとした、動かぬ証拠がある。公爵も承知の上だ。王法にのとって、きさまを国外追放とする!】

 裁判にもかけられず、夜会の会場から連れ出され、国境まで馬車で運ばれて、ポイッと森に捨てられ、その場で魔獣に食われた。

 ライリーの場合は、

【可憐なルルベルを陥れて娼館に売ろうとするは、卑怯なり! こうしてくれる!】

 と、パーティ会場で剣によって顔を斬られ、父の公爵から【使えない】と、勘当されて平民落ちをし、お嬢さま育ちのアンナマリーはスラム街で野垂れ死に。

 義弟のアレンの場合は、

【お義姉さまが、ルルベル嬢にこれ以上、ひどいことができないようにします】

 と、領地に送られ、小さな屋敷に監禁されて毒を盛られ、一生を終える。

 ひどいな。ルルベルの私物を隠したり、壊したりしたという他の令嬢がしたことまで罪をかぶせられ、冤罪でここまでする?



『きゃははっ、悪役令嬢、ざまあ!』

『ストレスかいしょおー』

『ルイさま~~』

『サイラス、ヤンデレよねー』

『らいりー、きんにく、美~~』

『アレンってば、シスコン? やだあー』

『さくさく進めれるけど、隠れキャラがなかなか出て来ないわね。ムズカシー』

『テンプレ、あきたー。次、いこ』



 プレイヤーたちのいろんな声が聞こえる。

 大勢の女の子たちが、気晴らしに遊んでいるようだ。悪役令嬢のアンナマリーにとって、最悪な世界だけど、彼女たちにはちょっとしたストレス解消のサンドバックなのだ。

 でも、プレイヤーによって、ヒロインのルルベルの性格がゲーム内で微妙に違っている。

 たいていの子は標準のストーリー通りなのだけれど、六回目のルルベルは酷かった。全年齢対象なので、輪姦など、あんまりむごいことは私にしなかったけど、その子が選んだのは、逆ハーエンド。私が最後には兵士たちに殴られ、手足を折られる拷問を受けた末の公開処刑のとき、けらけらと笑っていた。

 そういえば、その六回目だけだった。ストーリーからはずれて、ルイとルルベルと、会話できたのは。あとはシナリオ通り。

 ゲームだからか、処刑のときも、痛みも何も感じない。

 からっぽ。

 ルイやサイラス、ライリー、アレン。みんな、シナリオ通りの言葉と表情。

 彼らは最初から、からっぽだったのかもしれない。アンナマリーの恋心もシナリオのうち。つくられたもの。

 そう。ここはゲームの中の世界。感情がある私が、バグ。現実じゃない。

 ゲームで描かれていない場所へ出れば、そこは真っ白な空間が広がっているばかりだ。ドアを出て来ると、ルイたちも白い影となって、ゆらめく。

(どれだけ死ねばいいんだろう……)

 そう思いながら、白い空間に佇んでいたら、誰かが表舞台から退いて、ドアから出て来た。

 栗色の髪と金色の瞳をした人だ。侍従のお仕着せを着ている。

「あなたは?」

「ぼくは、モブ。もしくは、隠しキャラというもの」

 と、彼はにこりとした。

「たった一人、ぼくを攻略した人がいる。その人からの伝言――」


『戻って来い!』


 彼の口からそう言葉が発せられたとき、空間が震えた。

 波紋が広がり、白い空間にひびが入ってカケラとなり、そこから崩れていく。

 現れた新しい空間では、薄暗い部屋の中、ベッドの上で、毛糸の帽子をかぶった女の子が泣いている。手にはゲーム機。


『アンナマリーが、かわいそう……』


 ごうっと、強い風が吹いた。

 パン、と私のいる空間がはじけ飛び、次の瞬間、私は女の子の目の前に立っていた。



「うそっ! アンナマリー?」

 ベッドの足元のほうに立つ私を見て、女の子は目を丸くする。

 にっこりと笑みを浮かべ、私は悪役令嬢らしく優雅なカーテシーをした。




 




 

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