クロウさんの依頼
「はぁ……」
あたたかな陽気に包まれている昼下がりのアトリエ。
私はそこでため息をつく。
ソファーに腰かけて、砂時計とにらめっこを始めてから一体どれだけの時間が過ぎたのだろう。
砂はキラキラと光りながら落ちていき、底に溜まる。
全て落ち切ったことを確認すると、またひっくり返して砂の落ちるさまを眺める。
そう、私は暇なのだ。
シーちゃんと別れてから、3日。
シーちゃんのいないアトリエは静かで、とても物寂しい。
まるで何か大事なものが抜け落ちてしまったようだ。
きっと、それだけシーちゃんに依存していたということなのだろう。
「はぁ……」
寂しさを紛らわすために、もう一度ため息をつく。
今日は何だかやる気が出ない。
暇な時間は錬金術に充てるべきなのはわかっている。
けど、どうも気分が乗ってこない。
心のどこかではわかっている。
シーちゃんに会おうと思えば会えるし、それこそ会いたいというなら会いに行けばいい話だ。
なのに私はそれをしようとしない。
理由は私にも分からない。
1つ確かなことは、私のモチベーションは類を見ないほどに下がっているということだ。
「どうしちゃったんだろうなぁ……私」
誰に話しかけるでもなく、虚空に向かってそう呟く。
「どこか悪いのか?」
まさかその言葉に返事が返ってくるなんて思っていなかった。
「え、だ、誰ですっ?!」
私は咄嗟に近くにあった杖を取って声のした方に向ける。
「おっと、落ち着きたまえ。私だ」
声の主の姿と声が結びつき、私は慌てる。
真っ黒な髪、腰に提げた剣。
私をここへ連れてきてくれた、張本人。
「あ、く、クロウさん?!」
「勝手に上がり込んだことは詫びよう。すまない」
「いや、え、どこから?どうやって?!」
「どこからと言われてもだな……普通に玄関から入ったに決まってるだろう。何も反応しないから少し様子を見ていたが、何かあったのか?」
どうやらぼーっとしすぎてクロウさんの来訪に気づけなかったようだ。
「あはは……ごめんなさい、少しぼーっとしてたっていうか……」
「ふむ、よくわからんが……少々気が立っているようだな。ちゃんと休めているのか?」
クロウさんは心配そうに私の顔を見る。
たしかに、疲れてるのかもしれない。
「大丈夫……だと思います。はい」
「無理は禁物だからな。適度に休むといい。もし仕事が忙しすぎて休めないというのなら私に言ってくれ。力になってみせよう」
「……ありがとうございます。困ったときは頼りにさせてもらいますね」
どうやら知らぬ間にクロウさんにはかなり心配をかけたみたい。
考えてみれば、ここに来てからクロウさんに会うのはアトリエをもらった時以来だ。
きっと新しくここに来たばかりの私をずっと気遣ってくれていたんだろう。
「……そういえば、クロウさんはどうしてここへ?」
ふと、クロウさんがここを訪れた理由が気になった。
何か大切なことでもあるのだろうか?
「おぉ、そうだ肝心なことを忘れるところだった」
クロウさんはそう言うと、咳ばらいをしてから話し始める。
「時にメル君、”古代魔法”というものに聞き覚えはあるかね?」
「”古代魔法”……?いえ、聞いたこともないです」
「そうか。……ならまずは古代魔法の説明からするとしようか」
そう言うと、クロウさんは懐から1冊の本を取り出す。
かなり古そうな本だ。作られてからかなりの年月が経っているであろうことが少し見ただけでわかる。
「この部分を見てくれ」
そう言って、クロウさんは本のとあるページに指を置く。
そこには、こう書かれていた。
ーーーーーー
我々が”魔法”と呼んでいる物は非常に興味深い。
手からは炎や水、さらには電気や氷に至るまで幅広い運用ができるだけでなく、媒体を利用すればそれぞれのもつ力を最大限まで引き出すことができる。
しかし現代において、その媒体を用いるという技術を知っているものは数少ない。
かく言う私も、技術自体は知っているが、それをできるほどの技量はない。
つまり、媒体を用いるという行為は既に失われつつあるのだ。
現代の魔法を魔法と呼ぶのなら、媒体を用いたものはまさしく”古代魔法”と言えるだろう。
では、そんな魔法がなぜ失われたのか。
その理由はただ一つ。それを扱う為には想像を絶する魔力が必要となるのだ。
その様子は、古代遺跡の壁画にも記されている。
積み重なる屍の上に立ち、右腕を突き出す女。
その次の壁画には、『之即ち”断罪の光”也』という文章と共に、一筋の光が怪物に当たり、怪物が真っ二つに切り裂かれている姿が描かれている。
もしこれが実在したものだとすれば、その魔法の破壊力は今の魔法とは比べ物にならない。
生半可な操作では魔法に飲み込まれ、術者どころかそのあたり一帯が焦土となるだろう。
そしてーー
ーーーーーー
「なるほど……」
一通り目を通して、少し考える。
古代魔法とは、要するに大量の魂などといったものをエネルギーにする魔法、ということだろう。
威力は一級品かもしれないが、代償が大きすぎる。
それこそ、最後の最後に使うとっておきのような魔法だ。
でも……
「……ぐちゃぐちゃだ」
「ぐちゃぐちゃ?何がだ?」
「文章ですよ。なんというか……意図的に何か隠されているように感じます」
「……ほう?」
クロウさんは意味ありげに口端を上げる。
「そうか、君もそう感じるか」
「え?はい……そう思いますけど……」
「では、君に頼むとしよう」
そう言うと、クロウさんはこちらをまっすぐ見つめて話しだす。
「私は、この魔法を解明したいと思っている。もしこの魔法が実在するものだとしたら、それは恐らくこの世界を滅ぼしかねないだろう。だから、この魔法が復元されてしまう前に我々は対抗手段を得る必要がある。そこで、だ。君にこの魔法の調査をお願いしたい」




