第7話 お話 ※ユアン視点
――気になる。
休み時間。
今日も僕は、いつものようにクラスの皆さんに囲まれてしまっている。
こうして皆さんが僕を頼ってくれるのは嬉しい事だし、こんな僕と親しくしてくれている事も嬉しい。
しかし僕は、今とてもある事がずっと気になってしまっているのだ。
――やっぱり、こっち見てるよ、な……。
僕を囲む人の隙間から見えるのは、エリス様の姿。
このクラスにおいて、一番高貴で一番美しいお方が、何を思ってかこちらをじっと見つめてきているのである。
何か僕に、話したい事でもあるのだろうか……。
いやいや、相手はあのエリス様だ、僕みたいな平民に何の用事があるというのだ。
この間、少しだけ会話をしたのは確かだが、エリス様の方から僕なんかを構うはずが……。
……そこまで考えて、脳裏にあの日の出来事が蘇る。
エリス様が、僕へ告げた言葉――『また必ず、お話しましょうねっ!』。
その言葉に、どうしても期待してしまう自分がいるのだ。
おかげであの日以降、どうしてもエリス様の事が気になってしまっている自分がいた。
しかしエリス様は、皆さんに遠慮しているのか小さく溜め息をつくと、そのまま席を立ってどこかへ行ってしまうのであった。
「す、すみません皆さん! 次の授業が始まってしまうので、その前にお手洗いへ行ってもよろしいでしょうか?」
時刻を確認すれば、休み時間も残りわずか。
気になった僕は、そう断りを入れて席を立つ。
エリス様がいなくなって少し経つが、何となくこのタイミングならエリス様に会える気がしたのだ。
すると、教室を出てすぐのところで、僕は本当にエリス様と鉢合わせる事ができた。
「あ、エリス様……」
思惑通りになった僕は、つい自分から声をかけてしまう。
しかし、相手は公爵家のご令嬢。
今更だが、平民の僕なんかがこんな風に気軽にお声かけしていい相手ではなかった――。
「ユアンさんっ!」
しかし、返ってきた返事は僕の想定外のものだった。
まるで僕の事をずっと待っていたかのように、満面の笑みで返事をしてくださるエリス様。
その太陽のように眩しすぎる微笑みを前に、ただの平民の僕が絶えられるはずもなく目のやり場に困ってしまう……。
「あの、ユアンさん! 本日の放課後、ご予定はございますか?」
「え!? ぼ、僕ですか!?」
それでも、エリス様は戸惑う僕にお構いなし。
気を取り直すように、放課後の予定を確認してくるのであった。
しかし、驚いた僕は思わず変な声を上げてしまう。
それもそのはず、何度も言うが相手はあのエリス様なのだ。
平民の僕を、高位のお貴族様であるエリス様の方からお誘いいただくなんて、畏れ多いなんてどころの話ではないのだ――。
「ええ、実は今日の放課後に、グエリー様の開かれるお茶会にお誘いいただいたのです」
「お、お茶会!?」
「はい。あ、でもご安心ください。私達だけでなく、ノイアー様もご参加されますので」
「ノ、ノノノ、ノイアー様ぁ!?」
いやいやいやいやっ!
安心どころか、更に畏れ多いのですけど!?
同じ公爵家のグエリー様に、この国の第一王子様であるノイアー様がご同席される場所へ、僕なんかが参加していいものなのでしょうか!?
――いや、駄目でしょう!!
そんな僕の戸惑いは、エリス様にも伝わったようです。
慌ててエリス様は、補足をしてくださる。
「だ、大丈夫ですよ? ただの健全なお茶会です!」
「け、健全とは!?」
「確かに!」
僕の返事に、なるほどと手を叩いて納得するエリス様。
エリス様ご本人も、それでは何も解決していない事にご納得くださったようだ……。
そして、うーんと悩まれたエリス様だったが、何かを決心するように再び口を開く――。
「その、私は……ユアンさんともっと、お話がしたいのです」
「ぼ、僕とですか?」
「ええ、駄目、でしょうか……?」
その予想外過ぎるお言葉に、僕の思考は完全に停止してしまう……。
驚く僕に、潤んだ瞳で懇願するように見つめてくるエリス様……。
お誘いいただいたお茶会には、まさかのグエリー様とノイアー様もご同席されるとのこと。
そんな場所へノコノコと足を運んでしまっては、場違いすぎるし何が起きるか分かったものではない。
けれど、目の前には不安そうに僕からの返事を待つエリス様のお姿――。
そのお姿を前にしてしまっては、僕の出すべき答えは一つしかなかった――。
「……じゃあ、分かりました。作法とか色々分からないのですが、僕が参加してもよろしいのでしたら……」
「まぁ! 本当ですかぁ!?」
僕の返事に対して、またしても満面の笑みを浮かべるエリス様。
その微笑みは、最初鉢合わせた時の笑みとは違い、本当に喜びを嚙みしめているようにも見えるのは気のせいだろうか――。
では放課後にと言葉を残し、弾むような足取りで教室へ戻られるエリス様の後ろ姿を見つめながら、僕の胸の鼓動はバクバクと速度を速めていく。
――本当に、お話したかったんだ……。
その明らかな前進と共に、僕は放課後に向けて強く覚悟を決めるのであった。