第5話 行くって言ってない
「おやおや、ノイアー様ではないですか」
「やぁグエリー、丁度二人が見えたからね」
朝から爽やかな笑みを浮かべるノイアー様を、グエリー様もニッコリと笑みを浮かべて迎える。
お二人とも、その態度や言葉は貴族らしく穏やかに感じられますが、どこか不穏な空気が感じられるのは私の気のせいでしょうか……。
「ねぇ見て! ノイアー様にグエリー様よ! それにエリス様までご一緒ですわ!」
「完全に別世界の方々ですわね……眩しい……」
「尊い……」
この学園でも、人気を二分するお二人。
あっという間に、周囲からの注目を集めてしまう。
「で、何を話していたんだい?」
「いえ、ただエリス様をお茶会にお誘いしていただけですよ」
グエリー様の返事を受けて、ノイアー様の右の眉が少しだけピクッとして見えた。
「そうか、いつやるんだ?」
「今日の放課後ですよ」
ノイアー様の問いかけに、即答するグエリー様。
その様子は、心なしか勝ち誇っているように見えなくもなかった。
――というか、私は行くなんて一言も申し上げてませんけど?
勝手に宣言されても困るのですが……。
そしてノイアー様は、また少し右の眉をピクッとさせる。
「ほう? それは楽しそうだ。丁度僕も、今日は生徒会の仕事が休みでね」
「そうなんですか。――あれ? でも今日は、生徒会の皆さんで課外活動のある日では?」
「ああ、そうなんだけれど、今日は中止になったんだ」
たしかに今日は、毎週生徒会の皆様が課外活動をされている日だ。
これまで一度も中止になった事なんてなかったと思うのですが、珍しい偶然もあるものです。
「本当ですか? まさか、たった今決めたなんて事は?」
「あっはっは、そんなわけがないだろう。僕の一存で決められる話ではないさ」
勘ぐるグエリー様の言葉を、ノイアー様は軽快に笑い飛ばす。
相変わらずお二人とも、表面上は至って自然。
ですが、二人の間にバチバチと火花を散っているような気がするのは気のせいでしょうか……。
「だから今日は、僕もそのお茶会へ混ぜてくれないか?」
そしてノイアー様から、決定的な一言が飛び出す。
ノイアー様は、このクロイツ王国の第一王子。
いくら公爵家と言っても、そんなこの国で最も高貴なお方からの申し出をお断りできるはずがなかった。
恐らくグエリー様としても、これは予想外の展開なのでしょう。
平静を装っていた表情に、少しだけ焦りの色が見え隠れしている。
……ただ、待ってほしいのです。
私はまだ、そのお茶会へ行くとは一言も申し上げてはおりません。
――でも待ってください、ノイアー様も来てくれるなら安心なのでは?
グエリー様も、私と同じ公爵家。
そう毎回お断りばかりしていると、個人の関係を飛び越えて家同士の摩擦に発展しかねない。
だからこれは、考えようによっては好都合なのかもしれない――。
そう考えた私の脳裏に、一つの妙案が浮かぶ。
「――でしたら、私の友人もお誘いしてもよろしいでしょうか?」
急な私からの一言に、お二人とも少し驚くような表情を浮かべる。
何がそんなに、驚かれる事があるのでしょうか……?
「エリスに……」
「友達……!?」
お二人の呟きに、ようやくその驚きの意味を知る。
「わ、私にも、お友達の一人や二人……いえ、百人ぐらいおりますわっ!」
悔しくて申し上げましたが、当然真っ赤な噓。
それはお二人にも見透かされているのでしょう、子供をあやすように笑われる。
「分かった、ではエリス様のご友人も紹介してください」
「ハハハ、いいね! それは楽しみだ!」
「もうっ! お二人とも、いないって思われているのでしょう!?」
よろしい、ならば覚悟するといいです――。
リュミオール家の長女として、最高のお友達を連れて行ってやろうじゃないかと、私はお二人に対して内なる闘志をメラメラと燃やす。
こうして、今日の放課後はグエリー様の開かれるお茶会へ参加する事になったのでした。