第4話 苦手
下校時間になりました。
今日も一日勉学に勤しんだ私は、皆にバレないように小さく欠伸を嚙み殺す。
――うぅ、眠たい……。
実は昨日の晩、つい趣味の読書に夢中になってしまい睡眠時間を削ってしまったのです。
たまにやってしまうのですが、これは本当に良くないこと。
そう頭では理解していても、もうあと一ページだけ……の繰り返しで、気付けばかなりの時間が過ぎ去ってしまうのは何故でしょうか。
――はやく帰って、今日こそはゆっくり休みましょう。
今の私に必要なのは、ベッドのフカフカのみ!
一刻も早くお布団で充電しなければと、私は残る体力を振り絞って教室をあとにする。
「おや? そこにいるのはエリス様じゃないですか」
しかし、早く帰りたい私を引き留めてくる人物が一人。
嫌な予感と共にその声に振り向くと、そこにはやっぱりグエリー様がいた。
グエリー・シュバイン。
私の一つ年上で、同じ公爵家であるシュバイン家の長男。
銀の長髪に、長身で細いながらも筋肉質な身体つき。
その見た目は、ノイアー様に勝るとも劣らないと言われており、女性からの人気を二分しているお方だ。
でも私は、正直に言ってグエリー様の事が苦手です。
何故なら――、
「ねぇ、早く行きましょうよぉ?」
「すまない、ちょっと待っていておくれ」
グエリー様の周りには、今日も女性が三名。
貴族も平民も関係なく、三人とも容姿の優れた女性達――。
そう、グエリー様とお会いする時はいつもこうなのです。
いつも女性を周囲に侍らせており、一言で言えばとてもナンパなお方なのです。
「どうだい? エリスも良ければ、これから皆で行う茶会へ来ないか?」
「いえ、本日はこのあと予定がございますので、失礼させていただきます」
そしてそのナンパな性格は、毎回このように私にも向けられるのです。
私はこれまで、男性の方から何度も思いを告げられる事がございました。
でもグエリー様の場合は、そのどれとも違う。
それは私への思いがあると言うより、ただ私という存在を傍に置いておきたいだけ。
そんな不純な動機が透けて見えている以上、私も毎回きっぱりとお断りする。
「――どうにかして、君を手に入れたいものだね」
去り際、そんなグエリー様の声が聞こえてくる。
どれだけ私が突っぱねようとも、残念ながら彼は全く諦める素振りすら見せないのです――。
◇
「やぁエリス様」
次の日。
校門前で送りの馬車から降りると、まるでタイミングを見計らっていたかのようにグエリー様と鉢合わせてしまう。
「……おはようございます、グエリー様」
「ああ、朝から奇遇だな」
ニヤリとした笑みを浮かべるグエリー様。
その表情から、やはりこれが単なる偶然ではない事を悟る。
警戒する私に対して、グエリー様は見透かすように笑みを浮かべる。
「ははは、何もしないさ、ただちょっと話があるだけだ」
「話、ですか……?」
「ああ、他愛のない会話だよ、それぐらい教室までの道中付き合ってくれてもいいだろう?」
「……ええ、分かりました」
相手は同じ公爵家。
あまり粗末にも扱えません……。
それに目的地は同じ校舎なのだから、ここで断っても気まずい。
だから渋々ながらも、私はグエリー様と一緒に校舎へと向かう事にした。
「今日も放課後にお茶会を開くんだが、エリス様もいかがですか?」
「いえ、今日も予定がございますので申し訳ございません。それに……」
「それに?」
「……わたくしが参加しては、他の女性の方々に悪いですわ」
ただ断れば良かったけれど、今は幸い周囲に他の女性もいない。
だからこの機会に、どうしても一言申したくなってしまいました。
他にも女性をお誘いしているというのに、そこへ私も行くなんて邪魔者でしかない。
だからお誘いいただくにしても、他の女性がご一緒でない事が最低限の条件ではないでしょうかと。
「……これは驚いた」
しかしグエリー様の反応は、私の想定外のものでした。
いつも嫌な薄ら笑いを浮かべているけれど、私の返事に対して驚くような表情を浮かべているのです。
てっきり不快感を露にされるものとばかり思っていた私は、その予想外の反応に対して戸惑いを隠せなくなる。
「な、何故でしょうか……?」
「いや、てっきりエリス様は、私の事が嫌いなのだと思っていたのでね」
今の話で、何故そうなるのでしょう……?
全く意味の分からない私は、首を傾げるしかなかった。
それに、グエリー様には大変申し訳ないのですが、得意か苦手かで言えば苦手なのですが……。
「分かりました。では、今日はエリス様だけお誘いしましょう」
そしてグエリー様は、改めて私を誘ってくる。
そこでようやく、私もグエリー様が何を勘違いされているのか察する。
確かにさっきの言い方では、まるで私が二人きりなら受け入れると取られてもおかしくなかった。
私の言葉足らずのせいで、とんでもない勘違いをさせてしまった……。
目の前には、まるで子供のようにその目をキラキラと輝かせながら期待しているグエリー様の姿。
それは、これまで抱いていたグエリー様の印象とは違っていて、不本意ながらも少しだけ可愛く思えなくもなかった。
けれど、それはそれ、これはこれです。
ダメなものはダメなのです。
期待を裏切るようで申し訳ない気持ちを抱きつつ、再びお断りしようとしたその時でした――。
「おや? 二人揃って、何の話をしているんだい?」
その聞きなれたお声に振り返ると、そこにはノイアー様がいらっしゃるのでした。