第2話 あるんですね
「エリス様! さっきの授業、ここがどうしても分からなくて教えてくださいませんか!?」
「エリス様! 良ければこのあとの昼食をご一緒しませんか!?」
「エリス様! 午後の実習、一緒の班になりませんか!?」
次の日。
今日もクラスメイトの皆さんが、私に声をかけてくださる。
その一つ一つに対して、私は貴族として、そして学園の模範としてニッコリと微笑みながら対応する。
ノイアー様には劣るものの、私もこの学園の成績上位者の一人。
だからこうして、何かと周囲から頼られる事が多いのです。
それは嬉しいことだし、とても名誉なこと。
けれど、学園にいる間は全く気を抜くことが許されない私は、今日も少しずつダメージを蓄積していくのでした。
「……はぁ、つかれた」
今はお昼休み。
クラスメイトからのお誘いを断り、私は一人で校舎脇にある一角へとやってきた。
この時間、ここへは誰も立ち寄らない事を知っている私は、時々この場所で一人の時間を過ごすようにしている。
つまりここは、この学園における唯一の憩いの場所なのである。
空を見上げれば、今日も雲一つない気持ちのいい快晴が広がっている。
私はいつもの石の上に腰掛けると、全身に陽の光を浴びながら大きく一度伸びをする。
「んんー! 気持ちがいいですね!」
植物は陽の光を浴びると成長するというけれど、たしかに私もこのまま成長できそうだ。
きっと休み時間が終わる頃には、身長が僅かばかり伸びていることでしょう。
一人で居られる心地よさを感じつつ、私は今日もここで午後のエネルギーを補充する事にした。
しかし、その時だった。
誰も立ち寄らないはずのこの場所に、近づいてくる足音が一つ――。
「……あれ? エ、エリス様!?」
驚くように声をかけてきたのは、同じクラスのユアンさんでした。
ユアン・アーノルド。
彼は貴族ではなく、平民からこの学園へ入学してきたクラスメイト。
黒髪のショートヘアーに眼鏡がよく似合う、中世的な顔立ちをした長身の男性。
平民とは言っても、代々魔法研究を生業にしている特殊な家系の生まれらしく、彼自身も知的で魔法に関する知識が驚く程高い。
それこそ、その分野に関しては学年でもトップクラスで、常に私よりも高い成績を収めている。
そんなユアンさんが、どうしてここに……?
「ああ、ごめんなさい! ちょっと、一人になれる場所を探して歩き回っていたんです……!」
戸惑う私に、ユアンさんは慌ててここへ来た理由を教えてくれる。
思えば人当たりの良いユアンさんも、よく人に囲まれているところを目にする。
だから私とユアンさんは、ある意味似た者同士なのかもしれない。
「ユアンさんも……?」
「というと、エリス様も……って、それはそうですよね。流石のエリス様だって疲れちゃいますよね……」
同情するように、笑いかけてくるユアンさん。
「そういうユアンさんも、疲れてここへ?」
「まぁ……そうなりますね。――あの、もしよろしければ、僕もここでご一緒させて貰ってもよろしいでしょうか?」
そう断りを入れつつ、ユアンさんは少しぎこちない様子ながらも隣の石の上に並んで座る。
私は今、一人になりたかったからここに居るわけだけれど、この流れでは流石にノーとは言えなかった。
まぁ、ユアンさんはある意味運命共同体。
他のクラスメイトの人達よりは、共有できる分少しだけ気楽に感じられる。
「なるほど、ここは気持ちがいいですね」
「はい、そうですね……」
しかし、ユアンさんとはこれまでほとんど会話をしたことがなく、こんなにも近くでご一緒するのも今回が初めて。
だから少しだけ、気まずさみたいなものを感じてしまう。
それはユアンさんも同じなのでしょう、暫く無言の時間が続く。
しかし私は、そんな沈黙の中である衝撃の事実に気が付いてしまう。
それは――。
ユアンさんが、昨晩読んだ小説の登場キャラクターにイメージがピッタリだということに――。
しかも、そのキャラの名前は『ユリアン』。
ユアンとユリアンで、名前までとても似ているのだ――。
そのことに気付いてしまった私は、内心高まってしまう。
まるでユアンさんがユリアン本人のように思えてきてしまった私は、普段は他人には全く興味を抱かないけれど、ユアンさんに対してだけはどうしても興味を抱いてしまう。
こうして数年ぶりに人へ興味を抱いてしまった私は、もう止まれなくなってしまっていた――。
「あ、あの……ユアンさんは、す、好きな方とかいらっしゃるんですか?」
完全に勢い任せで、私はそんな質問を投げかけてしまう。
物語通りであれば、ユリアンの相手はグエンに違いないと思いながら……!
「えっ!? い、いきなり何故です!?」
しかしユアンさんは、顔を真っ赤にして飛び退くように驚いてしまう。
ただお気持ちを聞いただけなのに、そんなに驚く質問だったかと少し不思議に思ったけれど、私はそこで一つの「答え」に辿り着いてしまう。
――なるほど……実際に思い人がいらっしゃるから、驚かれたのですねっ!
その答えに辿り着いてしまった私は、もう完全に高まってしまう。
高ぶる勢いのまま立ち上がった私は、ユアンさんの目を真っすぐ見つめる。
「いえ、やっぱりおっしゃらなくても結構です! 野暮なことをお伺いしてしまい、申し訳ございませんでしたっ! また必ず、お話しましょうねっ!」
戸惑うユアンさんでしたが、その頬がほんのりと赤く染まっていたことを私は見逃さない。
――やっぱり現実でも、あるんですねっ!
そのユアンさんの反応のおかげで、私の心のエネルギーはすでに満タン!
ルンルンと弾むような足取りで、私はその場を後にするのでした。