第1話 完璧令嬢
クロニクル魔法学園――。
ここは、国中で魔力を有する者達が集められた、国内唯一の魔法の学び舎である。
この学園の教育方針は、国内の才能ある若者を育成し、やがて国益につながる人材を育成すること。
だからこの学園内において、生徒の身分は二の次。
平民、そして貴族や王族など、その身分に寄らず才能の認められた者達が集い、ここではあくまで学業の成績のみが評価をされる。
しかしそれでも、貴族とは高貴なる存在。
たとえ身分を明かさずとも、その振る舞いから平民ではないことは一目瞭然。
そして学業においても、それぞれが家名に恥じぬ高い成績を収めている。
だからこそ、貴族は貴族であり、校内では代々模範生として憧れの対象となっているのである。
そんなこの学園において、中でも一際注目を集める存在がいる――。
艶やかな銀色のロングヘアーに、透き通るような白い肌。
凛とした高貴な振る舞いは、まるでお伽話の世界から飛び出してきた女神様のよう。
ただそこに存在するだけで、自然と周囲の視線を惹きつけてしまう程の特別な存在。
彼女の名前は、エリス・リュミオール。
リュミオール公爵家の長女であり、この学園に通う全生徒の憧れの的。
絹のように細く綺麗な髪を朝のそよ風に靡かせながら、悠々と歩くその姿はただただ美しい。
そのあまりの美しさから、これまでに何度も求愛されることがあったらしいが、彼女自身に浮いた話は何一つ聞こえてこない。
そんな素性の知れないミステリアスな部分もまた、彼女が特別である印象を強めているのであった。
◇
「ご、ごきげんよう、エリス様!!」
「ええ、ごきげんよう」
すれ違い様に挨拶をしてくれた下級生の子達に、私は微笑みながら挨拶を返す。
すると彼女達は、キャーキャーとはしゃぎながら嬉しそうに去って行く。
そんな無邪気な天使達の後ろ姿を見つめながら、私は小さくため息をつく。
「おや? そこにいるのはエリスじゃないか。おはよう」
すると今度は、男性の方が気さくに声をかけてくる。
こんな風に私へ声をかけてくださるのは、この学園においてただ一人。
振り向くとそこには、ノイアー様の姿があった。
ノイアー・クロイツ様。
彼はここクロイツ王国の第一王子であり、いずれはこの国を統べる立場にあるお方。
地位、そして学力、その全てが私より上を行く完璧超人。
黄金を思わせる綺麗なブロンドの髪に、非常に整ったお顔立ち。
そんな見た目も麗しいノイアー様は、学園中の女性達の憧れ。
ノイアー様が女性と一緒にいるところを度々目にするのも、最早当然なことと言えるでしょう。
「おはようございます。ノイアー様」
「ああ。朝からエリスに会えるなんて、今日はラッキーだな」
「そんな、お戯れを」
「ははは! そんなことないさ! 君は本当に美しい。なんなら、今すぐにでも僕と婚約してほしいぐらいさ」
謙遜する私に対して、ノイアー様はそう言って少しおどけた笑みを浮かべる。
ノイアー様との会話は、いつもこうだ。
いつだって明るく振る舞い、この学園でも常に模範として人々を導いてくださるお方。
それは私に対しても同じで、いつもこんな風に冗談を交えつつ気さくに振舞ってくださる。
そんなノイアー様だからこそ、女性からの人気もあれほど高いのだと納得させられる。
……でも私は、気づいているのです。
その笑みの奥には、上手く言葉では言い表せない何かを隠していることに――。
しかしそんなこと、ノイアー様ご本人に言えるはずもない。
だから私は、その事は胸にしまい一緒に笑ってやり過ごす。
――それに、隠し事があるのはお互い様ですし。
「それじゃ、僕は生徒会の用事があるから失礼するよ! 今日もエリスにとって、よき一日であるように」
「ありがとうございます。ノイアー様にとっても、よい一日でありますように」
去り行くノイアー様を、私は頭を下げて見送る。
そして、ノイアー様の姿が完全に見えなくなったところで、私はまた一つ小さくため息をつくのでした――。
◇
何事もなく、本日の講義が全て終了した。
帰宅するため校庭を歩いていると、今日も周囲からの視線を全身に感じる。
こうして注目を浴びるのはもう慣れたこと。
しかし、だからと言って意識しないでいられるものでもない。
例えば、ここで私が盛大に転んでしまったとしよう。
そしたら、そのみっともない姿が学園中の皆様の視線に晒されることになってしまう。
もしそうなれば、貴族としても個人としても不味いこと。
だから私は、この学園内での失敗は基本的に許されないのです。
「……はぁ」
自宅に帰るその時まで、全く気が抜けない重圧にうんざりした私は、また一つ溜め息をついてしまう。
昔お婆様に、「ため息をすると、幸せが逃げて行ってしまうよ」と言われたことがある。
当時はよく分からなかったけれど、今ならその意味がよく分かる。
何故なら今の私自身、一つを除いて幸せとは感じていないから。
だからまた一つ、ため息とともに見えない幸せを逃してしまったのでしょう。
これ以上幸せを失いたくはない私は、早く帰ろうと歩くペースを少しだけ速める。
前方の校門脇へ目を向けると、そこには何やら人集りが出来ている。
どうやら生徒会の皆様が活動中のようで、ノイアー様を中心に何やら楽しそうに会話をしているご様子だった。
――あんな風に友人と笑い合ったこと、あったかしら?
その光景に、私はいつ誰かと笑い合っただろうか思い出そうとするも、一切記憶が思い浮かんでこない。
どれだけ周囲から注目を浴びようと、私はいつも孤独――。
私のことを、本当に理解しようとしてくれる方など誰もいないから。
そんなことを思い出しながら、私はまた一つ小さくため息を漏らしてしまうのであった。
◇
学園の門を出ると、沢山の馬車が並んでいる。
これらの馬車は、全て私達貴族の迎えにきているものだ。
私達貴族には立場がある。
王都の治安は良いと言われていますが、それでも学園の外ではどうしても危険も付きまとってしまう。
だからこうして、それぞれの家の使用人が毎日送り迎えをしてくれるのである。
これから帰る先は、王都に持っているリュミオール家のお屋敷。
ほとんどの貴族は、ここ王都にもお屋敷を構えている。
それはリュミオール家も例には漏れず、学園からそれ程遠くはない中心部にお屋敷を構えている。
今は学園へ通うため、私は専属の使用人や警備数名と共にこのお屋敷での生活を送っている。
勿論、これは貴族に限った話。
学園には専用の寮もあり、一部の貴族を含めほとんどの方はそちらを利用している。
けれど、爵位の高い貴族を抱えるのは寮への負担となってしまう事もあるため、私達は寮ではなく王都の自宅から通うというのが通例となっている。
ガチャ――。
そんなわけで、王都のお屋敷へ帰宅した私は自室の扉を開ける。
部屋には勉強用の机と、少し大きめの本棚。
あとは一人用のベッドが収まると、もうほとんど歩くスペースしか残っていない小さな自室。
こことは別に、豪華な装飾品に囲まれたもっと広い別室もある。
しかしそれでは、どうにも落ち着かないのです……。
大は小を兼ねるとよく言いますが、感じ方は人それぞれ。
元々の自室は広すぎて落ち着かないからという理由で、今はこの部屋をメインの自室にさせて貰っている。
この空間こそが、私にとって唯一の天国。
周囲の視線から解放され、ようやく気を抜ける私は制服のままフカフカのベッドへと飛び込む。
「ぬわぁあ~ん! やっとおうちついたよぉ~! 今日もぢゅがれだぁああぁ~!!」
布団を丸めてぎゅっと抱きつきながら、感情のままゴロゴロと寝転がる。
今日一日貯め込んだフラストレーションを、こうしてフカフカのベッドに包まれながら一気に爆発させるのだ。
天気の良い日は、必ず使用人が布団を干してくれているおかげで、今日も布団から香るお日様の香りがとても心地いい。
快適すぎて、もうずっとこのままでいたい気持ちにさせられてしまう。
私は着ていた制服を横になったまま器用に脱ぎ捨てると、枕元に畳んで置いてあるいつもの服へ着替える。
ボタンや装飾などは一切ない、究極なまでにシンプルかつノーストレスな作りの布の服。
下のパンツは、腰の部分が伸縮する素材で出来ており、着ていて全く違和感のない優れもの。
もうこの世の全ての服が、これであれば良いのにと思うぐらい愛用している。
こうして着替えを済ませた私は、引き続きベッドの上でゴロゴロする。
おかげで、美しいと評判の髪はぐしゃぐしゃになってしまっているのだけれど、ここはもう自室なのだから関係なし。
ようやく訪れた自分だけの時間を、私は全力でただ満喫するのみ。
私は横になったまま、部屋の本棚へ手を伸ばす。
わざわざ立ち上がらずとも、こうして最小限の労力で手が届くのがこの部屋の素晴らしさ。
読書が趣味の私は、これまで買い集めてきたお気に入りの娯楽小説を部屋の本棚に並べている。
そんなこの本棚は、一見すると普通の本棚。
しかしここにある本は全て、実は普通の本ではなくちょっと特殊な内容のモノだったりする。
ジャンルとしては恋愛小説にあたるのだが、登場人物は男性のみ――。
そう、私が愛してやまない読書とは、所謂男性同士のラブロマンス作品を読むことなのです――。
最初の出会いは、本当に偶然でした。
たまたま街一番の書店へ立ち寄った際、沢山ある本の中でたまたまタイトルが気になり手にした本がそれだったのです。
『我儘お貴族様が選んだのは、素朴な平民男子でした』
この作品を初めて読んだとき、私の中でビビビと電流が走りました。
世の中に、こんなジャンルのものが存在したのかと――!
それ以来、私は同じジャンルの小説を買い集めるようになりました。
そして今では、百冊近い本が自室の本棚いっぱいに並べられているのです。
その光景を見ているだけで、何とも言い難い達成感と幸せで胸がいっぱいになってしまう。
「今日はやっとこれが読めるのよねぇ~♪ ぐふふ♪」
手にした本を、胸元でぎゅっと抱きしめる。
今日ずっと楽しみにしていただけに、我ながら気持ち悪い笑みがつい漏れだしてしまう。
でも、それも仕方のないこと。
何故なら、ずっと続きを待ちわびていたシリーズの続刊が今日やっと読めるのですから。
これも理解ある使用人の一人が、毎回新刊が出る度に本棚へ補充しておいてくれるから本当に感謝しかない。
「ああ~、高まるぅ~!」
本を開いた瞬間から、既にニヤニヤが止まらなくなる。
こんな姿を学園の誰かに見られでもしたら、まさしく一巻の終わりである――まぁこれは、二巻なのですけどね。
「フゥ! やばいやばい! フゥー!!」
こうして私は歓喜の奇声を上げつつ、ディナーの時間まで物語の世界へと旅立つのであった。
学園では、全校生徒の憧れの的。
でもその正体は、ちょっぴり特殊な小説が好きな女の子なのでした――。
異世界恋愛作品にチャレンジ!
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