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きらきら出逢い

広い校舎でヴァルを探すのは困難だ。生徒達に聞いても彼の姿は見かけていないと言う。

どうしたものか……足を止めて考える。

そしてふと、私が初めてヴァルと話した場所にいるんじゃないかと思った。

あそこなら一人になれる。


中庭の外れの大きな木から黒い尻尾が垂れていた。


「……ヴァル……?」


声を掛けると尻尾がピンっと警戒するように伸びてすぐさま引っ込む。


「ヴァルだよね。少し話せる……?」


少しの間の後、木がガサガサと揺れてヴァルが地面に飛び降りた。

こちらを見る瞳は少し赤い。……泣かせてしまったのだろうか。


「あの。ごめん……私ね」


「ノノが謝る必要はない。俺が悪いんだから」


悲しそうな声に頭が真っ白になる。何かを考えるまでもなく口を開いていた。


「き、聞いて! 私っ、ヴァルに惚れ薬飲ませようとしたの!」


言い終わってから耳まで熱くなった。

なんて恥に塗れた告白なんだろう。


「惚れ薬……?」


「……私のバッグにピンク色の小瓶あったでしょ……。あれが、そうだと思ってたの……。

2回目見た時中身ちょっと減ってたし、ヴァルが飲んじゃったんだと思って……。

実際は毛生え薬だったんだけど」


「毛生え薬……!?」


「ごめんなさい。

惚れ薬の影響で私のこと好きになったんだと思ってた。だから、早くなんとかしなきゃって焦って……。

でも違ったんだね。恋の、季節だもんね……」


彼の手を取りそっと握る。


「言うの遅くなってごめん。私もヴァルが好き」


告げた途端、ヴァルの頬はみるみる紅潮し、今まで見たことがないほどの喜びの笑顔を私に向けた。


「ああ、ああ。そうだよな。

良かった……。俺も好き。大好きだよノノ」


尻尾がブンブンと揺れた。

はちきれんばかりの喜びの様子が愛おしく、私は背伸びをして彼に抱き着いた。


「嫌われてるんだと思ってた」


ヴァルは私の背中に手を回しぎゅっと包み込んでくれる。


「なんで? ……避けてたから?」


「そう」


「悪い。近くにいると抑えられる自信が無かった」


「抑える……って、恋の季節?」


「うん、ずっと抱き締めてキスしたくて堪らなかった。

ヤバいだろ、好き同士でもないのにそんなことしたら……。

だからリッチルにコツ聞いて、できるだけノノのこと好きって意識しないように物理的にも離れるようにしてた」


だから急に避けられ出したし、リッチルとの会話で私のことが好きじゃないと言っていたのか、と納得する。


「あんな露骨なことして嫌だったよな。ごめん」


「ううん。でも抑えられてたのにどうして急に私のこと好きって言ったの?」


私は体を離してヴァルを覗き込む。


「ノノのバッグを倒した時、その毛生え薬? と一緒におまじないの道具が色々飛び出してきて、拾おうと思ったんだけど……」


彼はそこで少し言葉に詰まった。


「……だけど、アレが恋のおまじないのペンダントで、ロケットの中に好きな奴の名前が書いてあるって知ってたから……。誰の名前が書いてあるのか気になったんだ」


—持ってるだけで恋愛成就する指輪や、意中の相手の名前を書いて入れておくと恋人になれるロケットペンダント、相手の容姿に似せて作る恋のマスコットチャーム、互いの名前を一文字ずつ書いておくと恋が実るガラスペン、恋が叶う香水※せっけんの香り……。


これら全てをヴァルに見られていたんだ。私は今更ながら青くなった。


「あ、アレを見ちゃったんだ……」


「う、ん。ダメだって分かってたけどロケットの中を見たら、そしたら、俺の名前が……あって。まさかと思って他のおまじないのグッズ見たら、全部俺に当てはまった。

ノノも俺のこと好きなんだって分かったら嬉しくて嬉しくてもう抑えなくて良いんだってなって、だから」


そのまま彼は恋の暴風に飲まれたのだ。


「そういえば、毛生え薬ちょっと減ってたって言ってたけど俺が落としたせいだよ。

床に溢したの気付かなくて、そのまま尻尾で拭っちゃったんだよ」


揺れる尻尾を2人で見る。なんら変わりは見えないが……。


「毛生え薬の効果無いみたいだ」


「ちょっと伸びてるんじゃない? 昨日まで膝くらいの長さだったけど今ふくらはぎくらいまであるよ」


「ふーん。自分じゃ分かんないな」


それからヴァルはにっこりと笑った。


「俺のことずっと見てたんだ?」


言われた途端全身が熱くなる。

私はヴァルの尻尾もずっと見ていたのだ。それを彼に知られて猛烈に恥ずかしかった。


「ああ、可愛い。俺もずっとノノのこと見てたよ」


「……そうなの?」


「うん。ここで初めて会った時からずっと」


彼は木を見上げた。私もつられて見上げる。


「2年前だよね」


「覚えてたんだ」


「私もその時からずっとヴァルのこと見てたよ」


2年前のあの日のことはもう何度も何度も思い返した。

ヴァルの存在が私をミーチェ学園一の秀才と言われるものに導いたのだ。


*


その時、私は悩んでいた。

ヒト族でありながら魔法科に入ったのは好奇心と勢いだけで、その後に起こることをあまり深く考えていなかった愚かさからの決断だった。

周囲の種族達が当然のようにできることは私にとってはガーゴイルを学校の一階から屋上まで運ぶような大変さだったし、授業もついて行くので精一杯だった。

第二候補であった錬金科に編入し直すべきだと思ってはいたが、魔法自体は興味深く、もっと先のことまで知りたいと欲求が編入を留めていた。


興味だけでは魔法は使えない。クラスにいるちょっと意地悪な子には揶揄われるし、先生には遠回しに編入を打診されているし、私は泣きながら誰もいない中庭で呪文の練習をしていた。


誰もいないと思っていたのは私だけだった。

教科書を睨みながら引き寄せの呪文を唱えていると木がガサガサと大きな音を立て、それから人が降ってきた。


それがヴァルだった。

私は突然のことに驚き、それから人に聞かれていたことに羞恥を覚え、そして彼の格好良さにときめきもしていた。


「魔法の練習?」


「そ、そう」


揶揄われるのかなと身構えていた私は彼が近付いてきて身を縮めた。

ヴァルはというと私の様子を気に留めず、ただ教科書を見下ろしていた。


「俺もそのページ読んだけど手順が雑。あんたヒト族だろ? 補助テキスト貰った方が良いよ。何工程も抜けてるから慣れてないとその通りじゃできない」


「えっ? でも授業じゃこれで進んでたのに」


「大抵魔法が使える奴は小さい頃に習ってるから」


サラリと言われた言葉に皮肉は感じなかった。

ヴァルは教科書の文章を指差し、なんの工程が抜けているかを教えてくれる。


「試してみるね」


私はヴァルに言われた通りの工程をこなす。その途端、うんともすんとも言わなかった羽ペンがあっさり私の手元に飛び込んできたではないか。


「わあ!! すごい、ありがとう!!」


思わず立ち上がって跳ねるようにお礼を言うと彼は驚いた顔をしつつも「良かったな」と頷いてくれた。

手の中にある羽ペンを見つめる。

ずっと探していた魔法の感覚を確かに掴んだ。


「他の教科も補助テキストあるから貰いな」


「うん、分かった。そんなこと誰も教えてくれなかったからすごく助かる」


「ヒト族が魔法科に来ることなんて殆どないからなあ」


「そうだね。難しいし……」


けど、と私は羽ペンをかざす。


「できるとすごく楽しいね」


羽ペン越しに見た彼は優しく微笑んでいた。

その笑顔に思わず息を呑んでいると「頑張れ」と言ってさっさと立ち去ってしまった。


胸がドキドキする。魔法が使える手掛かりを手に入れたからか、彼と話していたからか、まるでの雲の上を歩いているかのようにふわふわした。

それから私はヴァルのことを自然と目で探すようになり、彼の視界にもう一度入りたくて魔法の勉強に励んだ。

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