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後悔とときめき

バッグがずしりと重い。

それはおまじないグッズのせいではなく、あの小瓶のせいだ。


どうしようやってしまった。ヴァルに飲ませなきゃ。バレたら退学。でもこれさえあればヴァルは私のことを。


禁断の薬を抱き抱えながらクラスルームに戻るが誰もいなかった。

テスト前だから図書室、もしくは早く帰って勉強しているか、あるいはテストから気を逸らそうと遊んでいるか……。

私は慎重に重くなったバッグを机に下ろしチャックを開け……小瓶を取り出した。


どう飲ませたらいいんだろう? そもそも本当にこんなことしていいのかな。


「……ノティスニア?」


「ひっ!?」


声をかけられ咄嗟に小瓶をバッグに戻す。

あろうことか、いや都合の良いことにヴァルがクラスルームに入って来た。


「何してたんだ?」


彼は怪訝そうに眉間に皺寄せながらこちらに近づいて来る。

普段は私のこと避けるくせに……!

いや、これはチャンスなのだ。ぎゅっと拳を握り覚悟を決めてヴァルを見上げた。


なんでカッコいいんだろう……。凛々しい琥珀色の瞳も高い鼻も薄く開いた唇から見える犬歯も、しょっちゅう盗み見ているのに、いつもドキドキしてしまう。


「……なあ、大丈夫か?」


ポーッと見惚れていたせいで彼はより一層不可解に思ったようだ。


「えっ!? あ、うん。全然」


「顔すげえ赤いけど、体調悪いなら医務室行けよ……俺も荷物持ちくらいするし」


「だっだい、大丈夫」


どうしようどうしよう。いきなり彼が来ると思わなかったのだ。

なんの作戦も立ててない。というか本当に飲ませるの? ヴァルに、こんなエゴの塊の薬を?


「ご、めん。ちょっと……」


一旦彼から離れて考えたい。私は手元を見ずにバッグに手を突っ込んで小瓶を引き抜くと、それが何か見られないうちにさっとポケットに隠した。


「き、気にしないで」


そう言って私は素早くクラスルームを出た。

数十メートルほど早足で離れやっと息を吐く。

……ヴァル、私のこと嫌いなのに心配してくれた。やっぱり優しい。

彼はいつも私が困ってると助けてくれる……今朝ヒックに絡まれてた時だって……。

見た目や言葉遣いは乱暴なのに中身は優しい。ヴァルが周りの人に手を貸すのを私は何度も見てきた。

そんな人に私は、私の気持ちを押し付けヴァルの気持ちを蔑ろにしようとしたんだ。


やっと私は我に返った。こんなことしちゃいけない。

どんなに辛くてもヴァルが私を嫌うのなら受け入れなくてはならないのだ。

私は小瓶をフィムフィム先生の準備室の棚に返そうとポケットから取り出した。


「は!?」


だが、あったのは惚れ薬ではない。

恋が叶う香水※せっけんの香りだった。

手元を見ないで持って来たから間違えたんだ……!

扉を叩きつけるように開けクラスルームに戻るが、そこには散乱した私のバッグの中身、それからうずくまるヴァルがいた。


「どうしたの!?」


彼の方に駆け寄り顔を覗く。

どこか焦点の合わないボンヤリした顔をしていた。


「ヴァル? 頭でも打った?」


「……いや……」


返事が返って来てホッとした。私は立ち上がり彼に手を差し出す。


「びっくりした。なに、机にでもぶつかった?」


「悪い……わざとじゃないんだけど」


バッグを落としたことを言ってるのだろう。

そんなこと気にしないで良いと首を振る。


……いや! 気にしなきゃだめだ!

さっと視線を床に走らせる。惚れ薬は……あった! ヴァルの足元だ!

素早く拾い上げて小瓶の中身が少し減ってることに気がついた。


「あの……ヴァル……この小瓶……触った?」


恐る恐る尋ねる。彼は返事をしなかった。

ひどく優しい顔をして私を見つめ、手首を掴んで抱き寄せられる。


「ノノ」


何が起こった? と考える暇もなかった。


「可愛いノノ……俺の恋人」


ヴァルは惚れ薬を飲んでしまったのだ。

なんということだろう。私は自分の体が熱くなるのと、顔が真っ青になるのを同時に感じていた。


「ま、待って! ちょっと……落ち着こう……」


「どうかした?」


ヴァルは私の顎をくいっと上げてじっと顔を見て来た。


「ひっ……」


「あー可愛い。耳まで赤い……」


彼の指が私の耳をつーっとなぞった。


「うわ!? ヴァル……!」


「くすぐったい? ごめんごめん」


軽やかに謝るが私を抱く腕は少しも緩まない。


「可愛い可愛い可愛い……」


私を見つめ、うっとりとした顔で彼は呟く。赤くなった頬と荒い息。惚れ薬の効果が強過ぎる……!

ヴァルに惚れられているのが嬉しくて、でも薬のせいだから悲しくて、心臓がぎゅっと痛くなった。


「あ、あのね、吐き出して……いや、もうダメか……そうだ! 水たくさん飲もう!」


「なんで?」


「自覚ないみたいだけど、今悪い薬飲んじゃったんだよ」


「そう、なのか……? 分かった」


彼は不思議そうにしていたが特に反発せずに自分のバッグから水筒を取り出した。


「ノノ、来て」


「ん? ん!?」


椅子に座った彼は何故か私を引き寄せ膝に座らせる。


「な、なに!?」


「何じゃない。今まで離れてた分くっ付いておこうな。2年もお前が欲しかったんだ」


薬による錯乱だろうか。2年前私たちは別クラスだったし同じクラスになるまでヴァルと話したのはたったの一回だ。


「それにもうお前は俺の物なんだ。しっかり匂いつけておかないと」


顔を寄せられぎゅっと力を込められる。

大きな手のひらが私の腰を撫でた。


「匂いって……って、ちょっと!? どこ触ってるの!?」


「ごめん、わざとじゃ。ただ腰細いなと思って」


「わざとじゃん!?」


「は、可愛い。ノノは本当可愛いな」


ヴァルは嬉しそうに目を細め、そして顔を寄せると、頬にキスをしてきた……。


「うあ!?」


びっくりして彼を見上げる。嬉しそう、というか愛おしそうに私を見つめ「大好き」と言われ脳が爆発しそうになった。


「真っ赤でかわいー。全部可愛い。こんな可愛いノノが俺の恋人なんてすげえ嬉しい」


バタバタと音がするほどヴァルは尻尾を大きく振っている。

私はもう、もう……。


「うああああ」


「大丈夫か? どうした?」


「おぼぼぼぼ」


「ダメそうだな……。医務室で休むか。

おいで」


「ぎょわわッ!」


彼に抱き上げられそうになり私は抵抗する。


「ヒト族の言葉……とかじゃないよな?」


「ちが、う。その、あの。一旦、離れて」


「離れないよ?」


「離れないよ!?」


「ああ。当たり前だろ。

俺たちは恋人だし……お前は無防備だから」


「無防備じゃないから大丈夫。ね?」


「は、どこが。隙だらけだよ。何百回キスしようと思ったか……リッチルに落ち着く方法教えてもらってなかったら俺はお前とクラスメイトに刺されてたしそのまま逮捕されてただろうな」


「ひへへへへ」


惚れ薬すごい。こんなことまで言うようになっちゃうんだ。

これが惚れ薬の効果じゃなければいつだってキスしてと言えるのに。


「あ、調子悪いんだったな……。

医務室行こう」


彼は私の手を取ると流れるように私の肩を抱き教室を出た。

私の頭の中は混沌としていた。ヴァルの優しい手のひらと「もっと寄りかかっていい」と優しく囁く声。ゆっくり見上げるとそこにあるのは心配そうに眉を下げる麗しい顔。

ここは……天国……?


「あれ? どうしたの?」


トパの怪訝そうな声が聞こえる。


「ノノの具合が悪いらしい。医務室に行ってくる」


「おー……? 随分くっついてんな?」


「そうか? 普通だろ」


「……うん! そうだな! ノノの調子が悪いから2人はそっとしておくようにみんなに言ってくるわ!」


「助かる」


「みんなに色々言わないと! じゃな!」


トパがその場から煙のように姿を消す。私はただぼんやりと2人の会話を聞いて……それからやっと脳に話が届いた。


「待って!! トパ!!」


「どうした?」


「トパ、勘違いしてる……! 止めなきゃ! 変な噂流されちゃうよ!」


どうしよう! トパは全校、いや全世界中にヴァルと私が恋人になったと言いふらすだろう。そんなことになったら大変だ。薬が抜けた後ヴァルは嫌いな私と付き合っている事実を受け入れられず苦しむことになる。


「ヴァル、トパを追いかけよう!」


「え、なんで? っていうか体調は……」


「もう大丈夫! 急ごう!」


トパの魔力の痕跡をすぐに調べる。この感じだと……もうロビーまで行ってる!?


「もう! 魔族は足が速い!」


私が移動魔法を使ったって教室一つ分くらいしか飛べないだろう。全く、普段は羨ましい移動魔法が忌々しくて堪らない。


「ロビーか」


そう呟くとヴァルは私の体を抱き上げた。


「へ!?」


「急ぐんだろ。捕まってろよ」


そう言って彼は窓を開けた。

ま、まさか。


ヴァルの右足が窓の桟にかかる。


「待っ」


言い終わる前に私たちは空に浮いていた。

獣族は獣と名がつくだけあって身体能力に優れている。だがまさか私を抱きかかえてなお、ここまで跳べるだなんて。


下を見るとその高さに眩暈がした。必死でヴァルの腕に縋り付く。


「大丈夫。落としたりしない」


彼の声は風切り音にかき消される。

すごい勢いだ。怖くて力を込めると微かに笑われた。


「平気だって。ノノ軽いし」


「そんな、私、」


思わず言った体重は風とともに消えていく。


「ヒト族は軽いんだな」


「そうなのかな!?」


「下見るから怖いんだよ。顔上げてろ」


確かに彼の言う通りかもしれない。

恐る恐る顔を上げ周りを見る。

圧巻の景色だった。

キラキラと夕日に照らされる、荘厳な校舎と周りを囲む木々。

生徒たちの姿が遠くにあってこちらに気付かずに楽しそうに談笑している。


ヴァルは隣の棟のバルコニーに着地するとまたポーンと飛んだ。

体がふわりと浮く感覚は怖いけどほんの少しワクワクした。


「すごいね……ヴァルはこんなこともできるんだ」


彼は弾んだ声で「そうだぜ」と言う。


「霊族みたいに長く飛んだりはできないけど、これも悪くないだろ」


「うん!」


なんで霊族? と思いつつヴァルの動きに身を任せる。

風の音は強いけれど私の髪を撫でていく感触は気持ち良かった。

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