惚れ薬に手を伸ばす
さて、私は優秀な生徒である。そして時として優秀な生徒というのは教師陣のパシリになりやすく……。
「はあ……」
私は木箱を抱えてため息をつく。
フィムフィム先生の魔力のみで宝石を作るという課題を、なぜか私が放課後先生の準備室まで運ぶことになってしまった。
最初はそれくらいと思って安請け合いしたが、魔力でできた宝石というのは壊れやすいらしく、幾重にも防壁魔法や防御魔法を重ねて慎重に慎重に運ばざるを得なかった。
やっと運び終わったが腕の筋力も、魔法の維持で精神力も疲れてしまった。
先生には悪いが部屋で少し休ませてもらおう……。
埃っぽく物が散乱した準備室の棚を何気なく見ているとピンク色の液体が入ったガラス瓶が目に入った。
あまりにも学生生活に見合わない、オシャレで可愛い小瓶だ。
私は立ち上がりまじまじ見て……気が付いた。これは多分今朝話題になった惚れ薬じゃないか?
フィムフィム先生の担当の生徒が作っていたはず。
棚の扉を見ると鍵が掛かっていない。
私はトパの「ヒト属は魔法の抵抗力が無いもんなあ。それこそ惚れ薬なんて飲んだら大変なことになるな」という言葉を思い出していた。
先生ってば不用心だ。うっかり倒れて私にかかりでもしたら、その場合私はこのボロっちい棚に恋焦がれることになるんだろうか?
うわあ、嫌な想像。私は数歩下がり小瓶から距離を取る。
その時、外の廊下から誰かの話し声が聞こえてきた。
声の主はリッチルと……ヴァル?
部屋の扉に近付き耳をそばだてる。
「わたしのアドバイスの効果はどう?」
「ああ。お陰様でなんとか、な」
「ふふ、それならよかった。恋の季節コントロールできないと不安だよね。
でもそろそろ誰がすきなのか教えてくれてもいいんじゃない?」
リッチルの可愛い声、それなのに私には恐ろしく聞こえた。
ヴァル、好きな人いるんだ。
「ナイショ」
軽やかなヴァルの声。私といる時とは全然違う……。
すごく楽しそうだ。
「えー? じゃああてよっかなあ。
クィハ!」
「違うよ」
「クラスのマドンナなのに。
あ、じゃあイーシャ?」
「違う……っていうか教えないって言ってるだろ」
「わかった! ノノでしょ!」
自分の名前がいきなり出てきて驚くと共に、ぎゅっと拳を握る。
期待する気持ちと今すぐ逃げ出したい気持ちで頭がぐるぐるした。
「やめろよ」
ヴァルの声は驚くほど低く、警告するようだった。
「そういうんじゃないから」
「あ、あれ? ごめん、仲良いから……」
「やめろって。
……別に仲良くない。テストの順位張り合ってるだけだし」
ヴァルは嫌そうに言う。
頭が真っ白になってショックで動けなかった。
まさかこんなあっけなく失恋してしまうとは。
彼に想いを伝えてすらいないのに。漏れ聞く声で失恋だなんて……。それと同時に、やっぱり嫌われてたんだなと思った。
「向こうは俺のこと友達とすら思ってないだろうよ。セスタとばっかり仲良い……っていうか誰とでも話すだろ。楽しそうにさ。
俺は、セスタよりテストの順位上なのに。……アイツは真面目な奴のが好きなんだろ。根っからのちゃんとしてる奴。俺みたいな表面だけ真面目装ってるのは興味無いみたいだし……」
「……あの。ヴァルやっぱりノノのことすきだよね……?」
「違うって言ってるだろ。全然違う。これっぽっちも好きじゃない。誰があんな……あんな……。クソ」
ヴァルの声は唸り声混じりになっていた。
興奮するとよくそうなるのだ。それくらい、私のことを話すと苛立つのだろう……。
リッチルと話していた時の楽しげな響きがもう感じられない。
そんなに私が嫌なんだ……。
確かにヴァルにとって私は張り合ってきてばかりで一緒にいても楽しくなかっただろう。
でも私は彼と張り合うのが楽しかった。
ヒト族でも平等に戦えるのがテストの場しか無かったから、そこで本気でぶつかってくれるヴァルが好きだった。
彼ももしかしたらこの勝負を少しは楽しんでくれてるんじゃないかと思っていたのだが。
ヴァルと恋人になるだなんて夢物語だと分かっていたが、どこかでそれを望んでいたし、何度も想像した。
彼の大きな手のひらで頭を撫でられたら気持ちいいだろうなとか、逆にヴァルの耳や尻尾に触れてみたいだとか。そんなこと叶うわけがなかった。
扉から離れ私はフラフラと棚の方に歩み寄っていた。
ピンク色の液体が電灯を反射しきらきらと光っている。
……これがあれば。
私は棚から小瓶を取り出した。