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おまじないにもすがりたい

おはよう、と挨拶しただけだった。

けれどヴァルは少し鬱陶しそうな、それでいて警戒するような視線を私に向ける。


「……おはよ」


「モスゲット先生の課題終わった?」


「ああ、まあな」


そう言うなり彼はすぐに席から立ち上がってしまう。

避けられている……私はその事実に泣きたくなるが、なんでもないようなフリをして自分の席に荷物を置く。

ここ2週間はそうだった。元々仲が良いとは言えない、目が合えば口喧嘩してばかりだ。

けれどこうやって避けられてはいなかったのに。

私が何かしたんだろうとは思うが思い当たる節が無く、ただもう嫌われたんだろうとしか思えなかった。

好きな人に嫌われるなんて……ギュッと唇を噛み締め、私はノートを開いた。


「ノノ、課題終わってんならオレに見せてよ。全然終わってなくてさ」


クラスメイトのヒックが馴れ馴れしく頼んでくる。霊族の彼の周りを水滴が楽しげに跳ねていた。


「嫌だよ。前そう言って返してくれなかったし」


「今度は返すって」


「いーや。他の人に頼みなよ」


「いいだろー。メシ奢るから!」


馴れ馴れしく肩を組まれ思わず顔を顰める。

友達になった覚えはないのだが。


「やめてよ。自分で頑張って」


「なんだよ、ケチ。お前って頭硬いよな。

可愛いのは顔だけか……あ、顔も大したことなかったか」


全くヒックはいつもこうだ。自分の言う通りにならないとすぐに機嫌を損ねる。周りの水滴は小さな火花に変わっていた。

馬鹿じゃないの、と言い返そうとした。

しかしヒックは私が言うよりも前に体を離していた。なんだ、分別がつくようになったかと感心したが……獣の唸り声が聞こえてきて驚く。

ヴァルが彼の腕を捻り上げていたのだ。


「ひっ!? ヴァル、なんだよ!」


「……気安くコイツに触るな」


「わ、分かった……」


ヴァルのあまりの形相にヒックはおとなしく従った。

私はホッと息を吐く。


「ヴァル、ありがとう」


お礼を言うが彼はまだ耳を伏せ警戒するようにヒックを睨んでいた。


「ヴァル? ヒック怖がってるしもういいんじゃない? これでもう課題自分でやるようになるよ」


「も、もう二度とノノには頼りません……」


「薄汚れた声でノティスニアの名前を呼ぶなよ。視界にも入れるな。空気も吸うな」


「そんな。オレどうしたら?」


「死ねってことじゃない?

ヴァルってば、いいよこんなのに構わないで……」


ヴァルの腕を軽く叩くとハッとしたように彼は身を引いた。


「……悪い、頭に血が上った」


「みたいだね」


どうしたの? と首を傾げるが彼は視線を逸らし誤魔化すような咳払いをした。


「課題で寝不足だった。ヒックには悪いことしたな。謝るからちょっとこっち来い」


「えっ? え?」


ヴァルはヒックの襟首を掴むとズルズルとクラスルームの片隅に行ってしまった。

何だったんだと思いつつ、次の授業の予習をしなくてはと椅子に座り直す。

レブラン先生の浮遊学は難しいので気合が必要だ。


ノートを読み返しているとそこにふっと影が落ち、見上げると2人の学友が立っていた。


「今度のテストもノノが一番かしらね」


神族のクィハはおっとりと微笑み、翼を楽しげに動かしながら言う。

横で霊族のセスタが花びらを舞わせながらウンウンと頷く。

挨拶も無しにこれだ。2人は顔を見合わせあい、揶揄うように笑っている。

私がノートを広げているのなんていつものことなのに。


「なんたってミーチェ学園きっての秀才だからな!」


「ちょっと、やめてよ。テストは魔法科だけでの順位じゃん」


「だが魔力の少ないヒト族が錬金科でも呪具科でもなく、魔法科に入学して更にはトップになるだなんて、素晴らしいことだろう?」


セスタの堂々とした言葉に私は恥ずかしくなり「次一番取れるかは分かんないし」とわざとつっけんどんに言う。


「ああ、ヴァルくんに前回1位取られちゃったんだっけ?」


「そう! だから次こそは取り返さないと!」


私はぎゅっと拳を握る。


「大丈夫じゃない? 彼、様子がおかしいし勉強に集中できてないでしょ」


そう言うとまた2人は顔を見合わせあってくすくす笑う。


「獣族の恋の季節か」


恋の季節。それは年頃の獣族に訪れるものだ。

好きな人に対していつも以上にドキドキしたり、言動が大胆になったり、時には人が変わったように情熱的になる場合もあるらしい。


クィハの言う通りここ最近のヴァルの様子はおかしい。

さっきのヒックとのやり取りだって、普段の彼なら適当に諌めるだけなのに……。


「……恋の季節かあ……」


ヴァルも誰かに恋しているのだろうか。そう思うとたまらなく嫌な気分になる。


「ヴァルくんに邪魔されないように気をつけなきゃね?」


「邪魔? されないんじゃない?」


「今のところは我慢できてそうだけど……」


クィハが何か言いかけた時、クラスルームに魔族のトパが駆け込んできた。


「おい! 聞いたかよ! 2年の先輩が退学処分になったって!」


「いきなり走ってきてなんだ君は!」


セスタの周りにぱちぱちと電気が走る。騒がしさに苛立ったようだ。


「驚かねえの? 退学だぜ?」


「退学って何したの?」


「なんと惚れ薬作ったらしい。フィムフィム先生担任じゃん、もうヤバイよ。怒り過ぎて周りに炎撒き散らしてる」


クラスルーム中が「あちゃー」と額を押さえた。

惚れ薬なんて危険薬物作るなんて……。退学で済んで良かったとも言える。


「まさか誰かに飲ましたの?」


「近くにいた奴が気付いてギリギリセーフだったってさ。ま、学生の内で作れる惚れ薬なんて大したことないだろうけどなあ」


「そういう問題か! 人の感情を変える恐ろしい薬だぞ!?」


「だから退学になってんじゃん」


トパはセスタの雷を鬱陶しそうに手で払う。


「それにしても学生で作れるもんなんだね」


「作り方普通知らねえよな。禁書読んだんかね……」


「それだけでも退学だろうに。よくやるよ」


「恋のおまじないくらいに留めておけば良かったのよ」


「おまじないだって結局他者に作用するものは禁止じゃないか」


「おまじないだから平気平気。 気休めだし」


「そ、うだよね。気休めだよ、なんの効果もない……」


私は内心どきまぎしていた。バッグの中身を見られないかふと不安になる。

バッグの中には私が片っ端から試したおまじないグッズが入っているのだ。

持ってるだけで恋愛成就する指輪や、意中の相手の名前を書いて入れておくと恋人になれるロケットペンダント、相手の容姿に似せて作る恋のマスコットチャーム、互いの名前を一文字ずつ書いておくと恋が実るガラスペン、恋が叶う香水※せっけんの香り……。

効果は今の所無いが、最早これに縋るしか無いのだ。

ヴァルのことを2年前から好きなのに一切仲は縮まらない、それどころか避けられるようになってしまっているのだから。

……おまじないに頼るしか無い人間だっているのだと3人に言いたい。とても言えないが……。


おまじないグッズのせいで重くなったバッグを見遣る。

私も惚れ薬を飲ませた先輩と何ら変わりはない。相手の気持ちを尊重しないで、自分の物にしようとしている。

そう思うと自分の行動が馬鹿らしくなるが同時に、私も惚れ薬が作れるとなったら作るだろうとも思った。

ヴァルに飲ませて、彼を自分の恋人に……。


「ノノ?」


呼びかけられてハッとする。

今、良くないことを考えていた。


「な、なに?」


「だからノノなら禁書読めるんじゃないかって……そんなことあるわけないわよね」


「無いよ! 私ヒトだよ? 禁書の魔法文字なんて目に入れただけでおかしくなっちゃうんじゃない」


「そっか。ヒト属は魔法の抵抗力が無いもんなあ。

それこそ惚れ薬なんて飲んだら大変なことになるな」


「魔族は良いよね、抵抗力高いもん」


「まあな!

あと獣族も抵抗力低いんだっけ。退学になった先輩は魔族で獣族に飲ませようとしてたらしいけど……」


「獣族に惚れ薬とは……ちょっと恐ろしい」


なんで? とセスタを見ると目を逸らされた。

クィハを見る。「さあ……惚れ薬なんて怖いわよねえ……」とかぶつぶつ言っている。

トパの方を見てようやく答えが返ってきた。


「獣族は独占欲強いからなー。流血沙汰で済めば良いけど」


「流血沙汰で済むのは良い方なんだ……」


「まあお前はそのうち嫌でも身を持って知ることになるよ」


「私何かに巻き込まれてる?」


私はチラリとセスタを見た。彼のことを獣族のリッチルが好いているのは周知の事実だ。

もしかして私がセスタと話しているからリッチルが嫉妬して串刺しにしようとしているんだろうか……。


「ねえノノ、モスゲット先生の課題でちょっと教えて欲しいことがあるんだけど」


クィハが話を逸らすように自分のバッグからノートを取り出した。

トパの言いたいことが何か聞きたかったが彼のことだ、くだらないゴシップの可能性もあるし私はクィハの課題を見ることにした。



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