バフ系呪文を軽視しまくってた勇者パーティー、冒険の終盤も終盤でその有能さに気づいてしまう
勇者ヘリオス率いる勇者パーティーは、魔王ジェダールを倒すべく冒険を続けていた。
彼らの戦術は一言でいうと攻撃一辺倒。
ヘリオスと戦士ディッツが剣で攻撃しまくるのは当然として、女魔法使いマリーンもとにかく魔法をぶっ放す。残る女僧侶ウェンディは傷ついた彼らをひたすら回復する、というものだった。
当然負傷は多いし苦戦続きだが、それでも彼らは立ち塞がる魔物や魔族を倒し続けてきた。
ある日のこと、女僧侶ウェンディがこう言った。
「あのー勇者様」
「なんだウェンディ」
「この間町でもらった本を読んでたら、私、新しい呪文を覚えちゃいました!」
ディッツとマリーンも会話に加わってくる。
「へえ、面白いじゃねえか」
「どんな呪文?」
「パーティーメンバーを補助する呪文ですね」
「補助? 新しい回復魔法ってことか?」首を傾げるヘリオス。
「いえ、そうじゃなくて……一時的に仲間の筋力を強化したり、防御力や素早さを上げたり……という呪文です」
これを聞いたヘリオスは大笑いした。
「ハハハッ、なんだそりゃ!? 俺たちはすでに鍛えまくってるんだ。今更呪文で強化しても効果はたかが知れてるだろ」
ディッツも同意する。
「ああ、一時的ってのも微妙だし、んなもんより回復魔法を唱えてくれた方がありがたい!」
マリーンもうなずく。
「そうよ。あなたは補助呪文なんてものに気を取られず、回復に専念すべきよ」
三人からこう言われ、ウェンディもその通りだと認識する。
「そうですよね! 私ったら変な呪文覚えちゃいました!」
ヘリオスは剣を掲げる。
「これからも俺たちは“攻撃は最大の防御”戦法で魔王どもをやっつけるぞ!」
彼らには不要な呪文だったとはいえ、パーティーの結束は固まる出来事であった。
***
しかし、冒険の終盤――魔王城にて、彼らにとって絶望的な敵が立ち塞がった。
魔王軍最高幹部、暗黒騎士ゼム。魔王ジェダールを守る最後の壁といっていい彼だが、今まで戦ってきた魔族とは桁違いの実力だった。あらゆる面で勇者パーティーを上回っており、まるで歯が立たない。
「だあああーっ!!!」
ヘリオスがボロボロの体で斬りかかるが、あっさり切り払われる。
「ぐあっ!」
「ここまでのようだな、勇者。ジェダール様に歯向かう者は死あるのみだ!」
ゼムが力を蓄え、トドメの一撃を放とうとする。
「く、くそ……!」ヘリオスがうめく。
「ここまでかよ……!」ディッツも限界を迎えている。
「もう打つ手はないの……!?」絶望するマリーン。
三人と同じくボロボロのウェンディが、こうつぶやいた。
「そういえば……まだやってないことがありましたね……」
「え、なに?」
ヘリオスが尋ねる。
「ほら、補助呪文です。筋力や素早さを上げるっていう……」
「ああ、そんなのあったな……」
「今更やっても無駄だと思いますけど……相手が強すぎますし」
兎が多少パワーアップしたところで獅子に勝てるわけがない。ヘリオスも同じ考えだったが、どうせなら最後まで足掻きたかった。
「やってくれウェンディ……。どうせ死ぬならやるだけやって死のう。俺らに補助呪文をかけてくれ!」
「分かりました!」
ウェンディはヘリオスとディッツには力や守備力、素早さを上げる呪文を、マリーンには魔力を上げる呪文を唱えた。
ゼムも「今更何をしようと無駄だ」と時間を与えてしまう。
すると――
「うおおおおおっ!? なんだこりゃ!?」
ヘリオスは自身の変化に驚く。
「力がみなぎってくるぜ!」
ディッツも湧き上がるパワーに、思わず拳を握り締める。
「嘘でしょ……!?」
マリーンも全身から魔力が溢れんばかりになっている。
ゼムが驚く。
「な、なんだ!? 何をした貴様ら!?」
ヘリオスは狼狽するゼムに剣を向ける。
「行くぞ、暗黒騎士!」
ここからは一方的な展開となった。ゼムは先ほどの圧倒ぶりをやり返される形となった。
斬られ、突かれ、魔法を浴び、グロッキーになったところでトドメを刺される。
「ジェダール様……申し訳……」
ゼムの肉体は消滅し、この世には黒い鎧だけが残った。それを見つめる勇者パーティー。
「勝った……! こんなあっさりと……!」
段違いの実力差があった暗黒騎士ゼムだったが、補助呪文を使っただけであっけなく逆転できてしまった。
彼らの胸中にあるのはやはり喜びだろうか。
否、そうではなかった。
補助呪文を使っただけでこんなに楽になっちゃうのなら――
――今までの冒険はなんだったんだ?
もっと早くこれに頼っていれば、あの負傷も、あの苦戦も、しないで済んだのでは。マジでバカみたいじゃん俺ら、という心境になっていた。喜びどころか今までの冒険を全否定されているような気分になっていた。
だが、ヘリオスは首を振った。
「違う!!!」
他の三人が驚く。
「今のは……何かの間違いだ。俺らの戦術は間違ってなかった! そうだろう!?」
半ば脅迫めいたヘリオスの言葉に、仲間たちはうなずく。
「補助呪文なんてなかった。俺たちは間違ってなかった。その正しさを証明するために……ジェダールは意地でも補助呪文無しで倒す! いいな!?」
仲間たちも同じ気持ちだった。
彼らからすれば、補助呪文など「ぽっと出の助っ人」も同然。せっかくここまで頑張ってきたのに、最後の最後でそんな奴に手柄を奪われたくなかった。今までの戦術や苦労を否定されたくなかった。
勇者パーティーは強固な決意を胸に、最後の扉を開いた。
***
魔王の間では、玉座にジェダールが座っていた。
銀髪に褐色の肌を持つ、恐るべき力を持つ魔族のリーダーである。
「あのゼムをも倒すとは、見事だ勇者たちよ。褒美にまとめて地獄に……」
ジェダールの口上など一切聞かず、ヘリオスたちはいきなり仕掛けた。
相手はゼムよりも格上の魔王。補助呪文無しで勝利するには、この戦法しかなかった。
「おい、お前たち話を――」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
「どりゃあああああああああああああああああああっ!!!」
「いやああああああああああああああああああああっ!!!」
「えいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」
四人は凄まじい雄叫びとともにジェダールに飛びかかる。
この戦いはまさしく自分たちのアイデンティティに関わる決戦となる。気合が違っていた。
「おい、ちょっと待て! 私の話を……! 聞けって……!」
奇襲に面食らい、ジェダールはタコ殴りを受ける。
ヘリオスたちは鬼の形相でジェダールを攻撃しまくる。鬼気迫るという表現が相応しすぎる連続攻撃だった。
やがて――
「あ……死んでる……」
魔王ジェダールは息絶えていた。勇者パーティーは見事、補助呪文無しで魔王を倒し切ったのだ。
「やった……やったぞーっ! 俺たちは間違ってなかったーっ!」
ヘリオスは叫んだ。
ディッツ、マリーン、ウェンディも感動して涙を流した。
補助呪文を一切使わず、終盤にその有能さに気づいてしまった彼らであるが、最後は意地とプライドにかけて“自分たち流”のやり方で魔王を倒した。
“バフ系呪文は使わない”という彼らの固い決心もまた、強力なバフ系呪文の一種だったのかもしれない。
完
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