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盤都羅 ~古の邪遊具~  作者: ジョカジ
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第6話

 牙流雅がるがは腕組みを解き、装飾のある腰に手を当てた。

「さて香天、そなたの番だ」

 灯輝は動悸を感じながらも、口をつぐんだまま女性へ向き直った。

「そうね…あなた、よろしければ立ち上がってくださる?」

帯が頼み、女性は固まった顔のまま、ゆっくりと起立した。混乱から別の感情へと切り替わったようだったが、その表情から喜怒哀楽は伺い知れなかった。

 閃光が走ったかと思うと、女性の容姿が変わっていた。背丈、顔立ち、髪型などは元のままだが、衣服は白のカーディガンに淡いグリーンのシャツ、やや裾の広いベージュのスラックス、黒のパンプスという、ごくありふれたものとなった。

 女性の左側、灯輝から見て右前方に、最初に川の上で見た、赤髪の少女が佇んでいた。

「私は――もう何度も名前を呼ばれているから分かるわよね。香天(きょうてん)です。よしなに」

 そう言って軽く両腕を開き、片足を軸にくるりとダンサーのように一周回った。束の間、花の良い香りが漂った。

 改めて見ると、とても優美だと灯輝は感じた。背は自分よりも低いが、年齢は同じくらいだろうか。くっきりとした目、細く通った鼻梁、小ぶりな口元。鮮やかな紅い髪はセミロングほどで、毛先はやや大きな束でいくつかのウェーブを描いている。身に付けた、これもまた優雅な朱の和服は、純粋なそれとはやや異なる趣で、木製の飾りのある帯を持ち、裾は膝までスリットが入っているようだった。

「わあ……お姫様ね」

 無表情となっていた女性が、口を開いた。香天をじっくり眺めたおかげか、先程より落ち着いたようだった。

「ありがとう。私も牙流雅と同じで、盤都羅という遊戯の駒なの。それで、あなたの名前も教えていただきたいのだけど、よろしい?」

 香天は微笑をたたえ女性へ促した。



 「私は臼杵(うすき)みどりといいます」

 依然戸惑いは見せながら、女性は応じた。自分は看護師で、あなた達のことはよく分からないが、夢でないならば勤め先へ急がなければならないと言い出した。灯輝はそれを聞いて車内の惨劇を思い起こした。気が付けば間段なく、風に乗り遠くサイレンの音が聞こえているのだった。

「医療に従事する者か…困った。説明もままならぬ状態で局者を手放すのはいかがなものか」

 牙流雅は再び腕を組んでいたが、今度は威風を示すというよりは単純に思案にくれている様子であった。

「私と牙流雅で分かれるのも良くないわよね……局者が(ひと)りになったとして、狙う存在があるのかしら?」

「まだ戯法(ぎほう)の霧が晴れぬ。少なくとも、相対した敵は我ら符駒(ふごま)が標的であったと推測できるが」

 駒と名乗る二人の会話はまた灯輝に理解できないものとなっていた。

「あの…もう行っていいですか?」

 耐えかねたように、みどりが言葉を挟んだ。

「いやしばし…せめてこの少年と、いつでも伝達の可能なようにはできまいか。この世では様々な手段があろう?」

 牙流雅は灯輝とみどりに連絡先を交換するよう要求しているのだった。

「俺、自分の電話番号は分かるけどバッグと一緒にスマホは電車で無くしたよ」

「それは私も同じです。番号は同じものを再発行できるはずだけど、そもそも…その…」

 みどりは情報交換自体を躊躇(ためら)っていた。

「…分かった。筆記具もないのね?言うから覚えてちょうだい」

 電話番号を互いに暗記し、おおよその自宅の位置まで教えあった。最寄り駅はひとつ隣であったが、二人の家はどうやら徒歩30分程度と距離は近いようだった。加えて、灯輝の学校とみどりの通勤先も大きく離れてはいなかった。

「では、これで失礼します。もうお目にかからないかもしれませんが」

 軽く頭を下げそう言うと、みどりは足早に去っていった。



 得体の知れないものと残された灯輝は所在無げに立っていた。自分も学校に向かうべきだろうか。いいや、教科書も無くして怪我もあって、とてもそんな気になれない、と灯輝は思った。

「俺は、家に帰るよ」

 疲れた口調で灯輝は言った。二人はどうするのかと問いかける前に、反応があった。

「ではもうひとつの形態へと変じよう」

 そう牙流雅が言うと、牙流雅と香天は空を切るような音と共に消失した。いや消えてはいなかった。手のひらほどの不思議な二枚の紙が、灯輝の前に浮かんでいた。

「この状態を符姿(ふし)という」

 今日何度目かの驚きの顔を見せる灯輝に向かって、牙流雅の声が言った。

「非力な形態ではあるが、身を潜めるには勝手が良いのだ。このようにな」

 二枚は灯輝の頭を越え、後ろ襟から背中へと入り込んだ。

「え、ちょっ!?」

 灯輝は後ろ手に背中をまさぐった。

「お供させていただくよ、少年。あのミドリという女子(おなご)よりも、そなたの方が我らを受容しているようでな」

「ね」

 背中で話す二人の声はやけに楽しげであった。

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