第24話
「確認しておきたいこと…?」
灯輝は汐春の言葉を繰り返した。汐春の顔はややほころんだ。
「ああいや、単純なことさ。私達は何を目的として動くかということ。さ、座ろう」
全員が着席した。
「私が目指すゴールはこうだ。なるべく目立たず、かつ安全に、盤都羅を終わらせること。それだけ」
「ああ……」
灯輝とみどりは同時に頷いた。異存はなかった。簡潔で明快な目標であると感じた。
「目立たずに、って大事ですよね。私も…自分が川にいる映像を見て、ネットではどうやってるんだとか、この人達が犯人じゃないかとか言われてて…それで…」
みどりが話し出したが、言葉の帰結を失っているようだった。灯輝は撮られた自分に関するニュースや噂はあえて避けるようにしていたが、やはりみどりがいうような醜聞となっているのだと知り、複雑な気持ちとなった。
「そうだね…だが私達は悪いことは何もしていない。むしろ世間のために、身を潜めて難題を解決しよう」
慰めるように汐春が言った。
「さて、同意を得られたようだから本題に入るとしよう。私が話を始める前に、大雑把でいいからこの書類がどういった性質のものか目を通してほしい。その方がやりやすいからね」
灯輝は30枚はあろうその束の表紙を捲った。灯輝が駒から聞いた盤都羅に関する用語が目次として並んでいた。続けてページを捲り、息をのんだ。自分が書いたテキストなどの比でない、考察と細かい注釈が用語ひとつひとつにびっしりと記述されているのであった。灯輝は駒の状態に関する箇所を目で追った。
依姿は符駒が最もその物理的能力を発揮できる状態である。だがこれは先述の局者の素棋力、合脈に依る部分が大きく、その双方が著しく程度が悪い場合、駒姿の状態よりも虚弱となり得る。また依姿の状態で行われる闘争にて駒に累積された損傷は、駒姿、符姿の状態で休息の時間を取ることでのみ癒やすことができる。符姿にての療養が最も効率が良いが、同時に最も脆弱な状態であり、このバランスを考慮しつつ―――
灯輝は羞恥心を感じつつあった。
「これ…俺の資料なんか要らなかったですね……」
嘘偽りのない感想だった。これが大人の構成なのだと感服した。
「いやいやいや風早君、とんでもない。分かりやすく、新たな見地もあって良かったよ。正直、大学でもあそこまでまとめられない生徒もザラにいる」
「そうですよ。多分私もこれをいきなり渡されたらきっと困ってました。風早君のファイルを先に読んでいたから、この書類もなんとか理解できそうです」
灯輝は自分の未熟さの実感と褒められた気恥ずかしさとで、耳が火照るのを感じた。そういった心情であったためか、いつの間にか汐春と同じく君付けとなったみどりの呼びかけも、意識することなく受け入れていた。
「書類の概要は分かったかな、ではのんびり始めよう」
汐春はドリンクを一口飲んでから、パソコンを灯輝達にも見えるよう横に向けた。灯輝とみどりも飲料を口にする。
「これが盤都羅だ」
画面には3枚の画像が並んでいた。灯輝はカップを持ったまま前のめりにそれを眺めた。先日汐春が言ったとおりの造形物であった。正面が1枚、左右の斜め後方から1枚ずつのようであった。みどりも緊張の面持ちで見ている。
「確かに盤都羅だ」
「盤都羅ね」
ガルガと香天もポケットから反応した。
「この本体は行方知れずで、私が持つ画像はこれだけだ。崩落の顛末は説明したよね。私は現場から帰る途中大学の研究室に寄った。ひとりでいたところで八ノ目が背中から出てきて―――色々知ることとなったわけだ」
「こやつの驚きようは見事じゃったぞ。本の雪崩が起きたわ」
八ノ目が揶揄し、汐春は咳払いをした。
「それで弓野さん、盤都羅の起動については…? ガルガも香天も条件がうろ覚えみたいなんです」
灯輝の質問に、八ノ目が引き続き答えた。
「なんじゃ、二人とも発羅のことは頭にないのか」
「はつら…発羅。むう。名称に覚えがあるような、ないような、希薄さだ」
「その発羅が盤都羅を起動する方法なのね?」
駒だけの会話となっていた。
「さよう。戯法を熟知したものが発羅を行い、現の映盤を経て盤都羅が始まるのじゃ。もっともワシも知識としてあるだけじゃがの。知ってのとおり盤都羅が実行されていない時は、ワシらは中で眠っているだけじゃ」
これは、確かに顔を合わせての話し合いは正解だと灯輝は思った。




