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断章:名も無き独白(4)

ナダ


 黒髪の貴女はそう俺を呼ぶ。


「お前は『無きもの』だ。名も無く、意志も無く、ただわたくしの命に従い、わたくしに逆らう者を殺しなさい」


 白い指が指し示す先には、殺意を発する無数の人影。

 反射的に短剣を鞘から抜いて、俺は走り出す。


 ルーイ様の敵は、俺の敵。ルーイ様に害を為す者は、片端から斬り捨てる。

 だけど、敵の数は本当に底が知れなくて。今まで傷のつかなかった場所を斬りつけられ、返り血以外の血に染まって、地面に倒れ伏す。


「役立たずな事。見込み違いだったか?」


 ルーイ様の声で、貴女は嗤笑ししょうする。

 そして、倒れ込んだ俺に手をかざして、赤い光を零させる。

 血が止まる。傷口が塞がる。痛みが引いてゆく。だけどこれは、『光吟士』の力ではない。貴女には『光吟士』の力が無い。そのせいで、皇帝陛下に疎まれていたのだから。


「お前は死ぬまで戦い続けなさい。壊れたら、壊れたその姿で戦いなさい」


 術を施した貴女の隣には、赤い髪に黒い瞳の男が立っている。そいつは唇を三日月に象って、俺を一瞥した後、ルーイ様に恭しく頭を下げる。


「アーリエルーヤ様。ミナ・トリアのデュルケン王が擁立した『聖女』ニィニナが、間もなくやってまいります」


「わかっている。行くぞ。ナダをここに置いて、我々は深奥で待ち受ける。わたくしに楯突いた事を、とくと後悔させてやらねばな」


 ルーイ様。

 それは悪魔です。

 気づいてください。

 そんな奴の力を借りないでください。

 俺に、俺だけに、貴女を守る事を命令してください。


 伸ばした赤い手は、届かなくて。

 その手もこきぽきと耳障りな音を立てて、人でなきものに変貌してゆく。


 絶望に塗りたくられた心が悲鳴をあげたところで。


 俺は目覚めて、それが夢だった事をようやく知る。

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