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断章:名も無き独白(1)

 俺は、生まれた時から異端だった。


 東の大陸(エス・レシャ)東方諸国の民は黒髪黒瞳が当然の中で、銀髪赤瞳を持って生まれた。

 父や村人達は、母が鬼と通じたと断じ、かといって、鬼の血族に直接手を下せば災いが降り注ぐという迷信を真に受けて。

 母と、へその緒も取れていない俺を、壺に詰めて、地中に埋めた。


 七日の後。

 村人達が母子の死を確認する為に壺を掘り起こした所、母の遺体の隣で、俺は元気良く泣いていたという。


 死ななかった鬼子おにごは戦に追いやって、敵に殺させ、呪いをなすりつけるもの。

 幾人もの異端児を戦争に送り出した剣豪に、俺は託された。


「お前は『無銘』だ」


 名前ももらえなかった俺が物心ついた時に、自らも白髪に琥珀の瞳という異端の師は、俺にそう告げた。


「意味のある名前は俺達を縛る。『無い』くらいが丁度いい」


 それからは、ひたすらに生きる日々だった。

 箸を握る暇があったら短剣を握らされ、ぼろぼろになるまで訓練を課される。

 食事に出るのは黴びたパン。


「あらゆる毒や病原菌に対する抗体をつけろ」


 とは師の言葉。

 おかげで本当に毒は効かなくなったが、育ち盛りの身体は空腹に耐えきれず、近くの林檎の木に登って、まだ熟していない実を噛み砕いた。おかげで歯も強くなった。


 師は鬼子を育てる以外の生業なりわいを持っていないようだった。

 時折、風呂で念入りに洗われ、身なりの良い服を着せられては、夜の歓楽街で金持ちの『遊び相手』をさせられた。男も女もいた。

 彼らから重たそうな革袋を渡される時の師の顔は、夜叉の形相で俺を打ちのめす時からは想像もつかない、酷くにやけた表情で、何だか情けない気持ちになった。

 だが、その『遊び相手』の役目があるおかけで、顔を打たれる事は一切無かったし、目に見える場所に傷はできなかった。


 初陣は、十の歳だった。

 隣国の侵攻に対し、同じような鬼子達と共に最前線で敵を迎え討って。


 気づけば、返り血塗れで、累々と横たわる敵の屍の只中ただなかに立ち尽くして、朝日を見上げていた。


 やけに眩しく、しかし美しい、と思える太陽だった。


 それから無数の戦場を駆けた。


「殺意を見せる奴は敵だ。とにかく殺せ」


 師の言葉に従い、一人で百の敵を屠る『無銘』の名は、数年もすれば近隣諸国に知れ渡り、『銀色の鬼』として恐れられた。


 リバスタリエル帝国が遠征してきたのは、そんな頃だった。


 剣と弓を使う東方の民の戦い方は、帝国の鋼鉄の鎧と騎馬軍団の前には歯も立たず、大勢が死んだ。


「久々の戦場だ」


 そう張り切っていた師とも、途中ではぐれた。


 とにかく、目の前に立ち塞がる相手を、鎧の隙間を縫って、斬って。斬って。斬って。

 力尽きて地面に倒れ込んだ時、俺は死ぬのだと思った。

 生まれた時から死を回避してきた自分が、初めて死を間近に感じた瞬間だった。


 だから、意識を取り戻して、外の光が格子窓からわずかにしか入ってこない馬車に揺られているのだと気づいた時。

 俺は、また死に損ねたのだと思った。

 同じように、逃げ出せないように手足を縛られ、馬車に押し込まれて、帰りたい、死にたくない、と繰り返す鬼子達のすすり泣きは、まるで別の生き物の鳴き声のようにしか聞こえなかった。

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