乙女ゲームのヒロインは幸せになれるのか(二万字以内)
同じ題名でもう一つ投稿しています。そちらの方が読みやすくて短いので、そちらが良いという人はシリーズから飛んでください。
似ている話があればごめんなさい。
どうもみなさま。公爵令嬢マリア・ローゼンです。
私、前世の記憶を思い出したの。執事のアーノルドに、国立学園入学許可の手紙を渡されたときに。
それで、この世界が前世の私がやっていた乙女ゲームとリンクしていて、ゲームの舞台は国立学園だと知ってしまったの。
大変なことになっちゃった…。
というのも、私はそのゲームの中で悪役令嬢、つまり悪い子だったから。主人公(平民で、難しい試験をクリアして入学した健気な女の子!)をいじめて、彼女と攻略対象の間を邪魔する人間。プレイしているときは私も嫌いだったなあ。
でも、今同じ立場になってみると彼女の気持ちも分かる。なんといっても、婚約者の王子様まで心をヒロインに移しちゃうんだもん。悲しくなっても仕方ない。いじめはやりすぎだと思うけど…。
でもこの世界ではそんなことにはならないと思う。
だって私、あの王子様あんまり好みじゃないんだよね。私のことナチュラルにバカにしてくるし。一応公爵令嬢なんだけど、たくさん国に貢献してるんだけど、嫌われてるみたい。顔かな? 胸かな? 大根足かな?
もとが悪役令嬢だから、不細工ってことはないんだけど、好みじゃなかった?
まあ、何でもいいんだけど。
だいたい、私には好きな人がいる。執事のアーノルドだ。私の三才年上で、すごく紳士。優しくて、私を一番大事にしてくれる。そりゃあ、雇い主だもの、当然かもしれないけど、少なくともあんな王子様とは違うでしょ。
告白したときね、彼も「うれしいです」って言ってくれたんだ。もちろん立場上、否定できなかったのはわかってる。でも、それでも嬉しかったわ。
もう諦めつつあるけど、こんな素敵な人がいたら王子を好きになれなくても仕方ないでしょう?
ゲームでは、王子様とヒロインが結ばれたとき、虐めをしていた私は修道院に送られてしまっていた。
今回はどうなるかわからないけど、国の秩序を守るためにも婚約破棄は避けたい。できるだけ穏便に、私に危険が及ばないように、王子との結婚に持ち込もう。
好きでもない人と結婚するのはちょっと嫌だけど、そんなのもとからだもの。覚悟できていたし、結婚くらいどうということはない。
よし、これから学園生活がんばるか!
入学して1ヶ月。なんだか、うまくいっていない。まず、友達ができない。話しかけられない。そりゃ、ちょっとこわめの顔してる自覚あるし、怒らせちゃうと実家が怖いかもしれないけどさあ!
仲良くしてよ…。
「元気ないですね、マリア様」
「聞いてよルイーズ、実技科目で私だけペアを組めないのよ。余り物になって、先生と柔軟をするのよ?」
「おかわいそうに…」
家に帰ってお茶を飲む。召使いのルイーズは、もともとスラムの子供だった。道端に座り込んでいるところを拾って教育を施し、今は私専用の召使いをしてくれている。美人で優しい、とても良い友達だ。
「ルイーズが学園に来てくれたらよかったのに…」
「もしよろしければ、マリア様のお付きとして同行できないか旦那様に聞いてみましょうか?」
「本当? 確かに、メイドや近衛を連れている子も多いものね」
次の日から、ルイーズは私の荷物持ち兼お目付役として一緒に登校してくれるようになった。
でもそれからしばらくして、変なことになり始めた。
特待生、奨学金を貰って入学した少女が、王子様を初めとするこの国の次期主要人物と親しくしている噂がたち始めたのだ。
私がみる限り、それは事実。
というか、少女って言うのが例のヒロイン、ミランダだったからほぼ確定。
完全に、ゲームのルートを突っ走っている。
困ったことに、王子までミランダと仲良くしていて、私も中庭でよろしくやっている姿を何度か見かけた。
…さすがに、婚約者として放ってはおけない。ミランダは平民だ。貴族のマナーがわからずに距離感がつかめていない可能性もある。
一度、注意をしてみるべきだろうか。
放課後、教室でミランダを呼び寄せる。ちなみに側にはルイーズもいる。
「あの、こんにちは?」
ゲームでみたとおり、サファイアの瞳と太陽に透き通るような金髪。顔が整っているだけの悪役令嬢マリアより、ふんわりしていて話しかけやすそうな可愛い子だ。
「初めまして、ミランダさん。私は…」
「公爵令嬢の、マリア様ですよね! 噂は、良く聞いています。素敵で、かっこいい人だと思いました!」
「か、かっこいい!? ほんと? …じゃなくて、ミランダさん。あなた、最近複数の男子生徒と仲良くしていますね」
いけない、ほだされかけるところだった。
「え? えーっと、エリックたちのことですか? みんな親切に、学校のこととか教えてくれています!」
…この子視点だと、そんな感じなのか。
「女性のご友人はいらっしゃるの?」
「それが…。平民出身者のほとんどが男の子だし、女の子たちは私と仲良くなりたがっていないみたいなんです…」
なんだか、どこかで聞いた話…。私だ! え、ひょっとして私たち、ソウルメイト?
「まあ! ねえ、じゃあ私たちお友達にならない? きっと仲良くできるわ」
「本当ですか? うれしいです!」
「ねえ、ミランダって呼んでいい?」
「じゃあ、マリアって呼びますね!」
「うふふふ!」
「あははは!」
「ルイーズ、友達ができたわ!」
部屋に帰って、報告する。
「見てたから知ってますよ」
「明日から三人で学校に行きましょうね」
「はいはい」
いつもクールな彼女が淹れてくれたお茶を飲みながら、明日着ていく服について考える。
「やっぱり青かな…。ミランダの目の色だし。そういえばルイーズの目も青よね。お揃いだわ」
「…マリア様、いらない心配かもしれませんが、あのミランダって子、信用しない方がいい気がします」
「あら、どうして?」
ルイーズが悩ましげにクビを傾げる。
「なんだかどこかでみたことがある気がして…。それに、なんだか言っていることが嘘っぽかったといいますか」
話が長くなりそうだったので切り上げてしまおう。
「みたことがある? 気のせいでしょ」
「…はぁ。とにかく、マリア様は騙されやすいんですから注意しておいてくださいね」
「はあい」
その日はうっきうきの気分で布団に潜った。
今日は2年生全員での遠足がある。ちなみに私は乙女ゲームの中でも経験している。途中で獣が出てきて大変だったんだっけ。
入学から一年経って、王子様はますますミランダにベタぼれだ。
悲しいことに四人班で、私とミランダ、王子様と宰相の息子が同じ班。生徒ではないルイーズはついてこられないと言うし、とてもいやな予感がする。
予感は当たった。
散策自体は特に何事もなく終わって、山を下りている最中のこと。
ふと目の前の草むらがガサガサいったかと思うと、大きなクマが飛び出してきた。
「「きゃああああああっ!」」
ミランダと私はたまらず悲鳴を上げる。
悲鳴に驚いたのか、クマはあちらに逃げていった。
「大丈夫かい、ミランダ」
「え、ええ。ありがとうエリック」
ミランダは、駆け寄った王子様の手をつかんで立ち上がっているが私には誰もいない。仕方なくひとりで立ち上がる。
「普通は悲鳴を上げるとよって来ちゃうから、駄目だよ」
「はあい」
泥を払いながらおとなしく宰相の息子の言うことを聞いている。
「マリアも怪我はない?」
「大丈夫よ、ミランダ。王子、お話があります」
いまのことで、私は決心した。
「婚約者ではない女性を優先させる、もしくは婚約者を蔑ろにするのは、止めていただきたいのです」
「はあ? 蔑ろ? いつ、誰が」
「今、あなたが。危険な目にあったのは私も同じ。転んだのも。それなのに、ミランダを助け、注意すら向けないあなたの態度が、ないがしろにしていなくて一体なんなのでしょうか」
さすがにばつが悪いのか、王子は勢いに詰まった。
「だ、だが、どうせ政略婚約だ。俺は心を求めているわけではないのに、そういったことをいって嫉妬するのはよくないと思うぞ」
私だって求めた覚えはないのだが、この男はなにやら勘違いをしていないか? 私が王子を好きだとか、鳥肌が立つような勘違い。
大体嫉妬ではない。常識だ。
「あの、マリア。確かにエリックは私を助けてくれようとしたわけだし、そういう言い方はよくないと思うわ」
「は?」
「きゃあっ」
驚いて聞き返せば、怯えたように王子の後ろにかくれられる。
…え、ミランダ、どうしたの? というか、私が悪いの?
「おい、ミランダをいじめるな!」
「はあ?」
「マリア、落ち着いて…! ごめんなさい、エリックと親しくしすぎたのは謝るわ」
「はあ!?」
なんで、私が冷静じゃないと思われてるわけ? ミランダも、私がエリックを好きだとでも思っているの?
「…もういいわ。先に帰る」
「そんな! マリア」
「ごめんなさいね」
何か言いたげだったミランダを残して、下山する。一年つきあってきた友達に裏切られた気分だった。
「だからいったじゃないですか、ミランダには注意しろって」
「…いい子なのに」
「悪い子と、男にこびる子は別物です。いい子だからと言って頭から爪の先まで信用するのはばかげてます」
帰ってからルイーズにお説教された。
ミランダの誕生日に送る予定だった青色の髪飾りは、机の中にしまったままだ。
それから、私はミランダと距離を取るようになった。
ミランダの方は、王子や側近とさらに親しくしている。
弟のカリエスも入学して、お付きの使用人としてアーノルドが学園に出入りしている。それが今のところ一番の幸せだ。
お昼ご飯は四人で食べたり、勉強を教えて貰ったり。
そんな風に時間だけがたった。もうすぐ、卒業式になる。
「はあ…」
部屋で掃除していたルイーズが私のため息を拾った。
「どうしたんです」
「うーん、友達できなかったなって」
「成績はトップですよ」
「孤独はつらいわ」
またため息。それに、悩みはそれだけではない。
「やっぱりあの噂のことを気にされてますか?」
「そりゃね。私がミランダをいじめてる、だなんて」
「ばかばかしい」
掃除用具を乱雑に整え、ルイーズは吐き捨てた。
「そうよね、いったいどこからこんな噂がたったのかしら…。最近じゃ関わることすらしていないのに」
「マリア様がおきになさることではありません」
慰めてくれていたとき、部屋に弟のカリエスが入ってきた。
「元気ないね、姉さん」
「当然でしょ、あんただって学園の噂は聞いているはずよ」
「でも姉さんは、俺の同級生の女子からは憧れられているみたいだよ」
「え? そうなの?」
「クールで落ち着いて、公平なんだってさ」
にやにやと笑いを浮かべて、カリエスは分かり切ったことを聞く。
「ところで建国記念のパーティーに、エリック王子からのお誘いはあった?」
「…」
返事をしない私に察したらしいカリエスがため息をつく。
「姉さんさ、あんなのと結婚しても幸せになれないよ」
だからといって、役目を放棄することはできないだろう。私だってできることなら、好きな人と結ばれたい。
「まあ、恋なんてしたことないお子さまにはまだ早い話ね」
「失敬な! 俺にだって、片思い相手くらいいるよ」
「えっ!? 誰、姉さんの知ってる人?」
「言わない」
おたがいに軽口をたたいているうちに、憂鬱な気分は吹き飛んだ。
そのパーティー会場でのことだ。
盛り上がり、いい雰囲気になってきたときのこと。
「マリア・ローゼン! 前へでてこい」
王子が声を張り上げる。
なんだかひさしぶりに名前を呼ばれた気がするわ。
「なんですの、王子」
ため息混じりに近づく。周りがざわざわして、自分が注目されているのがわかる。
「言わなくてはわからないというのか」
「ええ」
なんにもしてないもの。
「わからないなら教えてやる。この場にいる者もよく聞いておけ! マリア・ローゼン、お前、平民出身者のミランダを害し、殺そうと企んだな!」
「はあ?」
「しらばっくれても無駄だ! 証人はいるんだぞ」
王子が振り返ると、男の子たちが何人か出てきてこう言った。
「俺みました! マリア様がミランダさんの教科書を破っているところ」
「俺も、階段を突き落としているところを見ました」
「たしか一昨日の放課後だったかな」
一昨日の放課後? その日って確か…。
「これでもまだ言い逃れる気か、マリア!」
「言い逃れるもなにも、そんな証言証拠にはなりませんよ」
「その通りです」
「だれだ!」
「どうも。ローゼン家執事のアーノルドです。先ほどからあまりにも見苦しい言い分で、つい口を出してしまいました」
カリエスの後ろに控えていた執事のアーノルドが一歩前にでる。
「な、見苦しいだと?」
「ええ。証言なんて、いくらでもねつ造できます。それに、その日の放課後といえばお嬢様はお父様とご一緒に隣の領までお出かけされておりました。突き落とすのは不可能です」
「ぐぅ」
王子がうなって、こちらをにらんでくる。周りにいる人たちが疑い始め、王子をクスクスと嗤い始めた。
「僕たちがうそを言っているっていうんですか?」
証言をした男の子が声を上げた。
「いいえ。思ってもいません。ただ、お嬢様は赤色のドレスに派手な銀髪ですから、簡単な変装なら遠目で見たらわからないでしょう? 勘違いをしていたのではないですか」
「…いわれてみれば」
「顔、みてないよね」
「そもそもマリア様がみみっちいいじめなんてする訳ないでしょ?」
「そうよそうよ」
「お前たち!?」
証拠が覆されて、王子は焦り始めた。
ぐだぐだしたかんじで終わるのはよろしくないだろう。
「エリック王子、今ここにはミランダがおりません。彼女が誤解しているのかもわからないですし、この件はまた後日、話し合いになりません?」
せっかく提案してあげたのに、
「なぜ俺がお前なんかと話さなくちゃいけないんだ!」
わがまま言わないでほしい、フォローしてあげてるんだぞ。
「よせ、エリック」
「ここは目立ちすぎるんだよ」
「確かに席を変えてはなした方がいい気がするし」
友人である側近の言葉に、王子はしぶしぶ従順の意志を見せた。
「ただ、お前がどんなにすがっても婚約破棄は取り消さないからな!」
そういい残して、王子は会場から出て行こうとした。ちょうどそのとき、ミランダが会場にはいってきた。
息を切らして、ドレスもカジュアルなものだ。大慌てで来たらしい。
「ミランダ! 今、お前をいじめていたマリアを断罪して婚約破棄したところなんだ! これで、堂々と恋人になれるな!」
「ばかですかあ!?」
会場に響きわたるほど大きな声を、ミランダが出した。
直後、話を聞いていたらしい国王陛下がいらして、衛兵たちに王子とミランダ、そして私たちを別室に移すよう指示した。
場所を移して、私、ミランダ、王子、そして承認になり得るルイーズが集められた部屋で、国王は頭を抱えて座っていた。
しかしそれ以上に深く頭を下げている人間がいた。
「ほんっとうにごめんなさい!」
「もういいから、ミランダ…」
ミランダは涙を流しながら謝っていた。
「おい、ミランダ。こんな女に頭を下げてやること…」
「なにいってるんですか、ボンクラ王子! あんたはなんてバカなことを…」
「バカなこと? 俺はただ、マリアがお前をいじめていたから」
「誰がそんなこといいましたか? マリア様に虐められてなんかいませんよ!」
「え、でも教科書も破れてたし、靴もなくなってたじゃないか。おまえをいじめるやつなんてマリア以外にいないだろ?」
「たーっくさんいます! どこかのアホどものせいで、女の子たちからは嫌われるし、テストの点に嫉妬した人からは妬まれるし、もう散々!」
土下座に近い体制で、絨毯に涙をこぼしながらミランダは嘆いた。
「昔からそうなんだよ、運が悪くて…。領長さんの紹介で国立学園に受かったときはやっとツキが回ってきたかと思ったのに…」
運の尽きだったってわけか。
「ミランダ、私の方こそごめんなさい。よく考えれば、熊がでたとき平民のあなたが王子をかばわなかったら、危険な立場になってしまったかもしれないものね。これからも仲良くしてくれる?」
「え? い、いいんですか? 私あんなにひどいことを…」
「一年以上前のことよ。それにおたがいさまだわ」
「マリア…!」
二人で涙を流した。よかった! ギリギリだったけど仲直りできたわ、これからも仲良くできるといいな。
次の日の朝、ミランダが国家反逆罪で逮捕されたと知らせが入った。
突然のことに理解が追いつかない。
「どういうこと、アーノルド!」
「王子が婚約破棄した事実は覆らないでしょう。いっそのこと全てミランダに押しつけるのが手っ取り早く、王子はそれに踊らされていたと言う方が楽なのです。ミランダ嬢が王子やその周辺を誘惑して国家を乗っ取ろうとしていたと言えば、彼女を嫌っていた人間はこぞって賛同するでしょうしね」
吐き捨てるようにアーノルドは言った。冷静な彼にしては、ずいぶんぶっきらぼうだ。
「そんな…。ミランダはどうなるの?」
「…」
答えないアーノルドに最悪の予感がする。
「アーノルド…!」
「…反逆罪は問答無用で死刑です。一週間ほどで執行されるでしょう」
目の前が真っ暗になった。私がエリックを卸せなかったせいで、ミランダが死ぬ。
「どうにもならないの…!?」
膝から崩れ落ちた私をアーノルドが支えてくれた。
「国が絡んでいる以上無罪の証明は難しいでしょう」
「何か私にできることはないの?」
ふらふらした足取りで立ち上がり部屋を歩く。なにもしないなんてできるはずがなかった。
「手紙か、食事を届けてあげるのはどう?」
振り返ると弟のカリエスが扉の前に立っていた。
「姉さん本人がとどけるのは出来ないはずだけど、使用人のルイーズがいくことはできると思うよ。もと平民同士だし、公爵家の遣いだと言えばね」
「そう、ね。ルイーズ、頼めるかしら?」
「…………はい」
正直、これが何かの足しになるかはわからない。でもきっと不安がっている彼女を励ませればと、心から望んだ。
でももし本当に彼女が死んでしまったら、そう考えると寒気がする。その日はよく眠ることができなかった。
マリア様の指示で城までくると、牢屋まで通された。
暗い階段を下りると、衛兵がいた。つれてきて貰った別の兵士が説明をする。衛兵はおとなしく脇によけ、中に進むのを許可した。
「元気? ミランダ」
声をかけると中にいる彼女はぼんやりと顔を上げた。ランプに照らされ、目だけが青く光る。私の目だ。私と同じ、サファイアの瞳。
「…マリアの使用人の、ルイーズ」
「そうよ。二人きり直接はなすのは初めてかしら」
「そうね。あなたは私を避けていたもの」
気づいていたのかと、よく顔をよく見る。所々痣ができて、服はびりびりに破れているが、ほほえんでいる姿はまるで聖女のようだった。
「ねえ、ルイーズ。私と少し話をしない?」
「あなたはもうすぐ死ぬわ。処刑されて」
「そうでしょう。でもね、あなたになにも残さないで死ぬのはいやなのよ」
私は壁のそばにあった椅子に腰掛け、ランプをかける。そうすることで話をする姿勢を見せた。
ミランダは話し始めた。
「あなたはどうしてここまで届け物に来たの?」
「マリア様に頼まれて」
「そう。それは手紙ね? 食べ物はだめだったでしょう」
確かに、食べ物に危険な物が入っているかもしれないため没収された。
それには答えずに、私は気になっていたことを言った。
「ミランダ、あなた本当にエリック様を誘惑しなかったの?」
手紙を受け取ったミランダはかわいらしく首を傾げて聞いた。
「どういうこと?」
影が同じように伸びた。
「あなたはもともと、王子たちを虜にして国をめちゃくちゃにするために学園にいたんじゃない?」
「どうしてそう思ったのかしら」
「なんとなく。ねえ、隠さなくてもいいったら。どうせ明日には死んでしまうのよ?」
控えていた兵士がちらりと身じろぎをした。
ミランダは、手にもつ手紙を眺め、中身もみずに破り始めた。弾みに、中から青色の髪飾りがこぼれ落ちた。去年の誕生日にマリア様が渡しそびれたものだ。ミランダは無造作にそれを踏みつける。パキッという軽い音がした。
「…そうよ。私は、あいつら貴族に泣きっ面をかかせてやるためにここに来た。あのお花畑な、マリア様も一緒にね」
「…」
「動機はね、復讐。十年前、大きな飢饉があったのは知ってるでしょう。貴族たちが肥え太ってる間に、私たちは藁の屋根をかじってやり過ごしていた。
何年か前には、結婚の約束までしていた幼なじみが、東国に兵役にいった。きっともう帰ってこられないわ。死んでるかもわからない。
一番の理由は、妹を誘拐されたこと。
六歳の時、ようやく飢饉も収まってきて、家族全員で生き残れて、あともう少しというところだった。散歩に行った妹が、貴族の馬車に乗せられているのをみたのはね。
私は頭が良かったし、美人だった。大人に好かれた。だから、村の技師に取り入って勉強させて貰って、学園の試験を受けた。その頃には、妹を連れ去った馬車の模様が、ローゼン家の家紋だったことも知っていた。妹を連れ戻すためだけに頑張った。
入学してからはね、地獄。無邪気にわらって貴族の相手をしなくちゃいけないんだもの。彼らが大切に思っていたものをめちゃめちゃにして、尊厳を傷つければ、いったいどんな顔を見せてくれるんだろう。そんなことばかり考えてやり過ごしていた。
頑張って、王子や側近たちからは信用、婚約者や父親や家の名誉、地位や長子の権利を奪うつもりだったわ。そのためには死んでも良いと思った。
いま、私は成し遂げたわ!
例えうまくいかなくても彼らは、無実の私が死んだのが誰のせいかよく知ってるもの! きっと勝手に一生の鎖にしてくれるわ」
青い瞳は確実に私をとらえていた。
私は、ミランダの妹が誰なのかよく知っている。
彼女が牢に近づいてくる。
「ねえアマンダ、私の妹。ルイーズなんて名前を押しつけられて、貴族の靴をなめさせられて。私は幼なじみを、あなたを、家族を奪ったあいつらを絶対に許さない。一生消えない傷を作ってやる」
「…」
ミランダは私を真っ直ぐ見つめてきた。
「アマンダ。私、人生の最後だったとしてもあなたに会えて嬉しいわ。こうやって何年ぶりにもなる話をして。姉妹らしいことができたわね」
「…」
「あのね、マリアは私が死んで、すごく傷つくと思うの。自分のせいで人が死んだっていってね。嗤っちゃうわ。でも、もしアマンダが、私が復讐のためにマリアに近づいたって、もともと死ぬ予定だったって伝えたとしても、それはそれで良いと思っているわ。だってそれも、面白いじゃない?」
クスクスとわらって、ミランダは勝手に計画を進めていく。
「そうね、王子との結婚はしないと思うわ。ざまあみろ。結婚のもらい手もいなくな」
「気持ち悪い」
「え」
「気持ち悪いんだよ! なに? 変な計画を立てて! 私が会えてうれしい、なんて泣いて喜ぶとでも思ってたの? 勘違いしないで、あんたなんて私の前に現れなければよかったのに!」
牢の中の少女は呆然とこちらを見つめる。
「馬鹿じゃないの、家族を奪った? 私は、ここにいる方がいい! おまえらなんてどうでもよかった! もう二度とスラムに戻されてなるものか! 泥水をすするような生活も、死体の内臓を夕食にとり合って殴りあうような生き方も、したくなかった! あんたは家族といたかったかもしれない、私はいたくなかった! アマンダ? そんな名前とっくの昔に忘れたわ!
あんたはただ、私があんたよりいい暮らしをしているから引きずりおろしたいだけなんだ。自分と同じ、昔の溝鼠にしたいんだ!
あのひ、あの路地で転んだのがあんただったら、家族のところにいきたいなんて、あんたは考えもしなかっただろうね。馬鹿じゃないの? あんたさえいなければ、私は皇后のお付きとして一生幸せに暮らせたのに! あのおめでたい頭のマリア様に仕えるのは面倒だけど、いうことさえ聴いていればいいんだから。
あんたがよけいなことをしたせいで、計画は台無し! 執事のアーノルドがマリア様にプロポーズして、隣国に移るって言っているし。残念でした、どのみちあの女の子は幸せになるのよ。好きな男と結ばれてね!」
「ア、アマンダ…?」
「私はルイーズ。マリア様の使用人。あなたにはその手紙を届けに来ただけ」
私は乱暴にランプをつかむと、後ろも振り返らずに来た道を戻った。帰る途中、衛兵がついてきていないのに気がついたが、戻る気にもなれなかった。
アマンダ…ルイーズがこの部屋から出て行った。
あの女はやはり馬鹿だと思う。人前でここまでベラベラしゃべるなんて。姉さんは彼女を過大評価しすぎな気がする。
「妹に嫌われた調子はどう、ミランダ」
「分かり切ったことを聞くのね。やっぱりあなた、性格が悪いわ」
ミランダが力なく微笑んだ気配がする。先ほどの演技は堂には入った物だったが、俺の前だと素に戻ってくれると考えると少しうれしい。
「予想していたことじゃないか」
「ええ…。それに、こうしなきゃいけなかったものね」
そういいつつも、彼女の視線はまだルイーズが出て行った扉の方に向けられたままのようだ。
「これでいいだろう。アーノルドは姉さんと自分の故国に行くし、ルイーズは姉さんについていく。計画通り、彼らは革命から逃れられる」
「あなたも行くのよ、カリエス」
「ああ。期限はどれくらいあるんだろう」
「一年あるかないかというところじゃないかしら」
-この国に革命の動きがあると知ったのは、学園に入ってからのことだった。知るきっかけは、ミランダと話すようになったことだった。
学園には行る前から、二歳年上の姉の婚約者と親しくしている女性のことは聞いていた。社交界では、優秀な名家の少年たちが平民上がりの娘に骨抜きにされていると噂されていた。
姉に思いを寄せている執事のアーノルドと共に、その女を懲らしめてやろうと思って入学したが、なかなかしっぽをつかませない。むしろ、男たちが姉や婚約者を悪く言うのを控えめにたしなめていた。
彼女の動きに怪しいところはなかったが、なんとなく危険な感じがして目を追っていた。ある日、彼女が裏庭から切なげに姉さんを見つめているのをみてしまった。
よく見るとそれは、姉さんと話しているルイーズを追っていたのだが、その目が余りにも印象的で、つい話しかけてしまった。
彼女に裏があることは明白だったが、俺には嘘をつかなかった。少なくとも、あとで調べた事実と同じことをミランダは言ってくれた。
ミランダが俺に革命が起こることと、彼女の計画について教えてくれたのは、協力者がほしかったためだ。
最終的に自分が死んだとしても、うまくことを進めてくれる人。計画がうまくいけば、本人にも利益がある人。
俺はそれなりに姉思いだったから、マリア姉さんを革命から逃すために協力することにした。
アーノルドは隣国の伯爵家の出で、最終的には彼と姉さんが結婚して全員で避難することが目的だった。
ルイーズは気がつかなかった。
ミランダが心の底から望んでいたのが自分の幸せだなんて、知りもしなかった。
革命が起これば、圧政をしいてきた王や宰相、俺の父でもある公爵たちは死刑。ローゼン家の未来は暗くなる。使用人は解雇され、ルイーズだってクビは免れないだろう。
もし無事に姉さんがエリック王子と結ばれても、スラム生まれのルイーズは宮廷までついていけない。離ればなれになって、お嬢さんのお付きとは違う、面倒で低賃金の仕事に追いやられる。
だから、王子と姉さんが結婚せず、安全に国から脱出するのが最もよい方法なのだ。
ミランダは貴族を嫌っていたが、妹の助けになるならそれすらも利用した。
ミランダは王子に媚びを売り、同情をかって煽り、大勢の前で婚約破棄をさせた。
今、牢に入れられ暴行を受け、妹からなじられようとも、彼女が最も望んだ形になっている。
だから、俺がそれにとやかく言う権利はないのだ。
「思ったよりも革命には時間がかけられているんだな」
「ええ。飢饉の段階よりも前から、囁かれてはいたみたい。でもそれがしっかり形になったのは、兵役が強化されてからかしら」
「長いことばれずに、よくやるよ」
「短気なだけじゃうまくいかないわ。計画立案がしっかりしてこその“よい革命”よ」
ランプがなくなり、真っ暗になった地下牢に二人だけの声が響く。
「それにしても驚いたわ。兵士として潜り込んでくるなんて。てっきりルイーズだけがくるものかと思っていたもの」
「他人に聞かれたら面倒だしね。牢の前の衛兵も一応こちら側だから」
「お貴族様ぶって堅苦しい格好しているよりも、カリエスには泥臭い今みたいな兵士の方が似合う気がするわ」
彼女の言葉にほほえみが漏れる。暗闇のなかで手を開いたり閉じたりした。
「私、どうやって死ぬのかしら」
「死刑だろ、多分民衆の前で首を切られる」
「まあこわい!」
クスクスと明るく振る舞っているのがわかる。でも、きっと顔は青くてよく笑えていないはずだ。
「じゃあ、死刑の前に『言い残すことはあるか』って聞かれちゃうわね」
「そうだね」
「なににしようかな、国の未来の栄達なんか願ったら、それこそ見に来ている人皆がないちゃううんじゃない?」
彼女の声は楽しそうで、とても死をまつ人間には思えないだろう。
おそらく彼女の声を聞くことはこれが最後だ。国が醜聞の真実を語られることをおそれて、彼女は喉をつぶされ舌を切られるはずだから。
だから彼女は、断頭台で何もいわずに散っていく。
きれいな声に耳を傾け、人生でもう出会えないかもしれない愛しい女性の手を握った。
空気と同じように、ひんやりしていた。
手の甲に雫が落ちてきたけれど、なにも知らないふりをして彼女の言葉に返事をした。
二日後、ミランダの死刑が行われる前に、俺たちは国をでた。
馬車の中にはマリア姉さん、アーノルド、ルイーズがいた。
泣いている姉さんを、ルイーズが慰めていた。姉さんは、まだミランダがなにもしていないのに捕らえられたと勘違いしているのだ。
ルイーズだって、皇后付きになれなくて内心苦い思いをしているだろうが、伯爵夫人付きだってそうそうなれるものではない。
そんな二人の様子を眺めながら、ぼんやりとため息をつく。
出発前、革命の動きを早めるように、中心人物たちに言ってきたのだ。その中にはミランダを知っている人もいて、もしかすると彼女の死刑が執行される前に救い出せるかもしれない。
でも、無理かもしれない。
形だけの裁判は明日行われるし、どれだけ急いでも革命準備に一ヶ月はかかるはずだ。それまでミランダが生きている保証はどこにもない。
もう一度ため息をついて、これからのことに思いを馳せる。
別れ際に、ミランダに頼まれた。ルイーズのことだ。幸せにいきられるように手伝ってほしいと言われた。
いくらミランダの頼みでも、それは聞けないかもしれない。
俺はルイーズが大嫌いだ。ミランダを傷つけたあの夜から、反吐がでるほど憎々しい。
それでもミランダは言っていた。
生きる希望を失ったとき、ルイーズがいたから助かった。自分の命を救ってくれた彼女が幸せなら、私は死んだってかまわない。
窓の外に視線を向ける。
もうすぐ国境を越えるだろう。背にもたれ掛かって目を閉じた。手は無意識に握っていた。
二週間ほど後、国で革命が行われたことを知った。両親は捕らえられたが、アーノルドの補佐役として隣国に避難していた俺と、正式に籍を入れた姉さんにまで飛び火はしなかった。
面倒なことに、革命中に隣国、つまりこの国が攻め入ってしまった。
革命軍も正規軍も、うまく対応ができずにあっという間に侵略された。
この国の言い分では、「革命で崩壊しそうだったかの国を助けた」らしいが、領土も増えて内心笑いが止まらないだろう。
その一方、たしかに故国は壊滅を免れた。王族や両親は、まだ生きている。国家の利権が完全に返還されたら、この国に監視されながら政治を行うことになるだろう。
ミランダはどうなったのだろう。
婚約破棄事件をもみ消そうと国が焦っていれば、処刑されていてもおかしくはない。
ただ情報をまつだけの日が続く。
もし彼女が生きていたとして、どうなるのだろう。俺はその場限りの協力者であったわけで、もうかかわってほしくないかもしれない。
それに彼女には、婚約までしていた幼なじみがいる。彼が生きているのなら自分が出て行ったところでどうにもならない。
ミランダの心にその幼なじみがいつでもいるのは知っていた。
彼女が首から下げていたペンダントには、危険を回避するためのあらゆるまじないがかけられていた。聞くと、幼なじみに作って貰ったのだと言う。
これのおかげで、虫はおろかクマすら回れ右をしてよけるんだそうだ。
どうにかペンダントが作用して、死刑になっていなければよいのだが。
彼女が何年も身につけていたペンダントの贈り主に、俺は絶対かなわない。悔しいが事実だ。
なんにせよ、彼女が生きていなければ全て意味はないことである。
「どうしたのカリエス。元気がないわ」
「水があわないんだよ」
「あらそう。それにしても、お母様たちは大丈夫かしら」
両親は牢に放り込まれているらしい。父は知らないが、母まで殺されることはないだろう。俺は親にそこまで深い愛情を感じていたわけではないのでどちらでもかまわない。
「不安ですよね、最悪死刑なんてこともあるでしょうし」
「あらカリエスったら、朝の手紙を読んでないのね」
はい、と手渡された紙には、両親ともに釈放されたが、疲労によって父のおでこの面積が広くなったことがかかれていた。心配するのは毛髪か。
「おかしいな。うちの家は結構平民に風当たりが強かったと思うんだけど」
「なに言ってるの? 最近はあなたが領民や貧困層に有利な政策を出していたり、領地にとって都合のいいことしてきたじゃない。お父様、きっとあなたに頭が上がらないわ。命の恩人だもの」
確かに国民の我が家に対する印象がよかったから、父はすんなり解放されたのだろう。でも、俺が行った策はほとんどミランダのおかげで思いついたものだ。平民と貴族という境目を理解しつつも、目を向けていなかった頃では到底成し得なかっただろう。
柔らかいシチューを口に含む。
いい味がした。
三日後、姉経由でミランダの無事がわかった。
「今は、辺境の地で幼なじみと暮らしているんですって!」
「そう、よかったね」
喜びと苦味が一気に合わさって、うまく笑えない。
「でも、牢屋にいるときにいろいろされて、声がでないみたい…。ひどいわね。ねえ、今度会いに行かない?」
「マリア様、いまはどちらの国もまだ緊張状態が続いています。控えておいた方がよろしいかと」
主人とミランダをあわせたくないらしいルイーズがすかさず言う。もっともらしい理由だ。
「それもそうね。手紙だけにするわ」
マリア姉さんはおとなしくいって、早速便せんを用意した。
辻馬車からおりると、あたり一面畑、畑、畑。気持ちのよい風に吹かれて一斉になびく。
手紙にのっていた住所を探して歩き始める。しかし、少し歩いただけで困ってしまった。なにしろどこもかしこも畑なのだ。どこがどこだか、全くわからない。
御者に案内して貰うべきだったか。
そう考えていると、小麦色の肌をしたかわいらしい女性が向こうからやってきた。
「おにいさん、どこ行きたいの?」
頭にあみ籠をのせたまま聞かれる。大いに助かった。
「カヤコドリ町東区18ぶんの7…。あら、お隣だわ。もしかしてあんた、ミラの友達?」
「ええ、まあ」
「なんだ! いいよ、連れて行ってあげる」
頭に籠を乗せたままくるりと振り返り、すたすたと駆け出した。
驚いたことに中身は赤い豆のようなもので、なみなみと入っているのにこぼれない。驚いた心地でついて行く。
「ご親切にありがとうございます。ミラというのは、ミランダであってますか?」
「そ。ごめんね、あんたぼーっと突っ立ってるもんだから、迷子かなって思って話しかけちゃった。お節介じゃなくてよかったわ。それにしても驚いた! お貴族様がこんな辺鄙なところにくるもんかってね。だってこの辺、畑しかないじゃないか。そんなかっこして、襲ってくれと言わんばかりだよ。もちろんこの辺は言いやつが多いから、真っ昼間からそんなことするやつはいないけどね。それにしてもあんた、よかったよ。ミラったら喋れなくなっちゃったせいで、どんな生活していたか教えられないんだもの。みんな学園の生活って言うのが気になってて、ぜひ教えてくださいな。ね、それから村の子供に勉強を教えてやってくんない? この辺の大人馬鹿だからさ。私も字は読めるんだけど書けなくって。あ、そういやおにーさん名前なんてったっけ」
「カリエス・ロ……です」
ローゼンの名前は出したくなかった。万が一父や姉にばれると厄介だ。
「カリエスろ? 貴族ったら名前まで変わってんのね。名前の由来とかあんのかしら。あ、私はスザンナ。妹はルツで、姉はタマル。みんなこの辺で一番メジャーな宗教の聖女様たちが由来だよ。聞いたことくらいはあるだろう? あ! あそこの家の麦、おいしいんだ。同じような土地なのに、どうしてこうも違いがでるかね。不思議。ミラ、顔はかわいいけど性格があんなだろ? だから友達ができてるのか不安だったけどよかったよ…あ! カリエスろ、あんた、ミラを恨んで復讐に来たとか言わないよな? あんな女の子でも、一応友達なんだ。革命が終わって、ようやくみんな揃って過ごせるんだから、見逃してよ。なんて、冗談だよ。この家を知っているのはミラが手紙を送った相手だけだからね。きっといい友達なんだろ。そういえば、学園でミラはどんな感じだったかな。気になるけど、それはまたの機会にしようか。ほら、ついたよ」
目の前には気でできた粗末な家があった。
「ちなみにあたしんちはあれ。ほら、ミラが中にいる」
窓の隙間から、懐かしい彼女の後ろ姿を見つけて胸が高鳴る。
誰かに手を振っているのか。
「つれてきてくれてありがとうございます。ぜひ、またお話しさせてください」
スザンナさんにお礼を言ったとき、家の中から男が出てきた。
精悍な顔つきのたくましい青年で、俺をみたとたん顔を曇らせた。
「誰だ、そいつ」
一瞬で彼がミランダの幼なじみだとわかった。
俺はとっさに、持っていたバスケットをその男に押し付けた。
「ミランダさんの学園時代の同級生です。この近くを通る用があったのでよってきただけです。いろいろ大変なことがあった後ですが、お互いに頑張ろうとお伝えください」
早口にそれだけ伝えて、逃げるように元来た道を振り返る。そのまま帰ろうとしたとき、服の裾が何かにつっかかったような感触がして振り返る。
ミランダが、僕を見つめて立っていた。
学年で一、二を争うほど美しかった顔は痣だらけで、鼻は骨が折れたのか形が変わっている。唇は切れ、目の上は腫れている。頬骨はどこか歪んでしまっているとしか思えない。ナイフか何かで傷つけられた後も残っている。唇が閉じられているのでわからないが、もしかすると歯も数本ないのかもしれない。あまりの痛々しさに思わず息をのんだ。
二ヶ月たった。革命の知らせが来てから、それだけの間があったのに、彼女の傷はもとに戻らなかった。
「カリエスろさん。ぜひ、ミラんちでお茶を飲んでいってあげてくれない? もう旦那も引き上げると思うしさ」
「え、しかし、旦那さんがいらっしゃるのでしょう…?」
「ああ、これはあたしの旦那。ミラは独身よ」
驚いて息が詰まる。振り返った姿のまま、どこに目をやって良いかもわからずに顔をさまよわせた。ミランダの顔を直接みられない。
「えーっと、ミランダ。久しぶり」
「 」
「…ん、ごめんね、挨拶が遅れて…。えっと、もしよければ家に入ってもいい?」
「 」
ミランダは何もいわずに体をよけた。
「久しぶり、ミランダ。あ、これはさっきも言ったかな。お邪魔します…」
「じゃあ俺は畑に戻るから、戸締まりはしっかりしろよ」
青年は俺に軽く頭を下げ、スザンナさんを連れていった。スザンナさんはおまけのように俺に豆を一掴み譲って、手を振って行った。
部屋の中は土のにおいがした。何をはなせばいいのかわからなくて、いそいそといすに座る。
「元気だった…わけないか。そうだ、妹さんは今元気だよ。向こうの学校に通わせて貰っていて、朝はパン屋で手伝いも始めたんだ。さすがに伯爵家といえども使用人に一日中勤務させる余裕はないみたいで。
でも、そこで気になる人がいるみたいでさ。朝早くに起きて並べたりこねたりするのを手伝いに行くとき、髪飾りを一生懸命選んでるんだ。たまに姉さんが助言したりして。うまくいくといいな。
今はどうやって生活してるの? あ、あの機織り機を使ってるのか。ふうん。織れるの? へぇ。じゃあ今度姉さん経由でハンカチでも作って送ってよ。学園にいる時あれだけ協力したんだから、このくらいしてくれても良いだろ? わかった、楽しみにしてる」
俺が話している間、ミランダは笑ったり相づちをうったりして聞いている。
でも笑うと引きつって傷が痛そうだ。あまり笑ってほしくはない。でもそんなこというわけにもいかない。
どうやってはなせばいいかわからなくて、スザンナさんにおしゃべりのコツを聞いておけばいいと後悔した。
「こっちの生活は楽しい? そう、ならよかった。学園にいるときは忙しそうだったもんな。青春をする時間なんてなかったでしょ」
「 」
「え? あったってこと? うーん、まあ楽しかったならよかったよ。いつも気を張ってる様子しかなかったし。あれなりに楽しんでくれてたなら嬉しいな。
あ、そうだ。おみやげを持ってきたんだ。ほらあのバスケット。
福神漬けが好きって言ってたからさ、作ってきたんだ。甘いものとかより日持ちするし。
今日は挨拶に来ただけなんだ。元気にやってるか不安でさ。そのうち、だいぶ後になると思うけど姉さんたちがくるかもしれない。笑って向かい入れてやってくれないかな。まだだいぶ落ち込んでるから。
体の調子はいいの? 骨とか…。微妙? はは、しょうがないか。あんなことがあったんだから。何かあったら姉さんに手紙をだしなよ。友達のためなら何とかしてくれると思う…。
部屋に夕焼けが射し込んだ。
帰り際に、ミランダから手紙を渡された。俺が家を見物している間に書いていたらしい。
小さな手が震えていることには気がつかないふりをして受け取る。
「ありがとう」
生きてきた中で一番優しく見えるようにほほえんで、ミランダの髪をなでた。
艶やかで、そこだけは学園時代と何の違いもないように思えた。
帰りの馬車の中で手紙を開く。暗くなって明かりが見えなくなる前に読み終えたかった。
手紙からはかすかに土のにおいがした。
『今日は来てくれてありがとう。とても楽しかったわ。仕事は大変だと思うけど、いつでも応援しています。
スザンナと旦那のユリウスのことはごめんね、勘違いさせていたみたい。
私たちはスラム街で近くにすんでいた幼なじみで、あの二人は小さい頃から結婚の約束をしていたの。ユリウスが召集されたときはスザンナが大泣きしちゃったわ。きっともう帰ってこられないって思ったんでしょうね。
でもユリウスは帰ってきた。幼なじみたちの中で生き残ってるのは三人だけだから、二人は私の面倒もよく見てくれているんだ。』
2枚目の手紙にうつる。
『ほんとうはね、不安だったの。こんな顔になって、できればあなたにあいたくなかった。後輩の前で強がっていたいとか、あなたのまえではかっこいい自分でいたいとかももちろんあったわ。でも、私は自分の顔に誇りを持っていたから。妹がなにも知らずに幸せに暮らす代償にしては、小さすぎるくらいだけど、カリエスには会いたくなかった。私のことをきれいなままの女の子だって思っていてほしかった。
でも、あなたの声がしてたまらずに玄関までいっちゃったわ。そうしたら振り返って帰ろうとしているんだもの。どうしようもなくなって外へ飛び出た。引き止めたかった。話したいことがたくさんあったの。声はでないわ。唇の動きで伝えられることは限られている。舌があれば別なのでしょうけど。それでも話したかった。
でもすぐに後悔した。私の顔を見てぎょっとするんだもの。引き留めなければよかったって心がしぼんでいったわ。
私とゆっくりはなしてくれて、カリエスはカリエスだった。私のわがままを聞いてくれるあなただったわ。でもできれば、あまり気を使わせたくはなかったわ。ごめんなさい」
便せんが変わる。筆跡と、インクの濃度、紙が別の物になって、このページは俺がここにくる前にかかれた物だと推測できた。
『 カリエスへ、ごめんなさい。私はあなたが嫌いだったわ。ずっと、あの寂しい牢屋の夜まで。
マリアには家族がいたわ。もしなにかマリアが責められたら、全力でかばってくれる家族や大切な人が。私にはなにもなかったもの。羨ましかったのよ。そして、あなたが憎かった。
でも、たった革命が終わって助け出されるまで、一人暗闇の中にいて不安でたまらないとき、あなたが手を握ってくれたのを思い出したの。まるで一人じゃないみたいだった。ありきたりだけど、とても落ち着いた。
私、たくさん悪いことをしたわ。革命を止めなかった。友達を責めた。妹を騙した。でも、あなたに嘘をついたことはなかったわ。いいわけがましいかしら。
カリエス、大好き。あなたが好き。
こんな私に好かれても迷惑だと思うわ。ごめんなさい。私の変わった顔を見て、あなたはきっと傷つくでしょう。でも、責任を感じないでほしい。
それとね、反省しているの。いろんなことに対して。私は今まで、そして今でもあまり素敵な性格じゃないわ。取り柄の顔もなくなったし、勉強はできても文字が読めない人には伝えられない。
私の価値って、そう大したことないんだって気づいたわ。
気づいたけれど、あなたの想いを言葉にせずにはいられなかったの。めんどくさいでしょ。でも、これでもう二度と会えなくなるかもしれないのよ。そもそも会うこともなく、この手紙はずっと棚の中にしまわれたままかもしれない。もちろん来てほしいとは思うけど、なにもない私を知って、失望してほしくはないもの。
お姉さんによろしく。
きっと幸せになってね。
一番の友人 ミランダより』
馬車の外はまだ畑が続いていた。
マリアとアーノルドには子供が産まれます。領地はいい感じに栄えて、幸せです。
文官になったカリエスは頑張ります。そのうち爵位も貰っちゃいます。
そのごカリエスとミランダが仲良くなれたのかはご想像にお任せしたいです。でも私はハッピーエンドになってほしいです。
側近がミランダに群がったのはヒロイン効果です。
ミランダが王子の婚約者やアーノルドのことを知っていたのは、技師が昔、ローゼン家の家庭教師をしていて世間話程度に聞かせました。ローゼンの名前は伏せてはなしていましたが、後の調べでミランダは突き止めました。