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四隣  作者: ゆら
3/9

 その日の晩、薄い布団を確り肩まで掛けるんなり若月は天井をぼっと見詰めて考えた。

「結婚か。」

 思わず声となって洩れた自分の声にさめざめした気分になり、元から深く検討する気の無かった彼は、ぷいと別の向きに思いを逸らした。

 次に浮かぶは初めて凝視する事となった崗崎の顔と、取り留めない官界の話だった。地方の書類捌きよかヨッポド好い、との、崗崎の「友人」と云う水野の話である。若月も、何となく地方の市役所なんかに勤めるのはいやだと思った。

 其れは矜持や野心等でなく、若月特有の無関心無気力ゆえだった。実りの無いと思われる雑務に力を割くのは自分にとって無駄で勿体無く面倒に思えた。幾ら自らの意思が弱いと云っても、苦労を避ける位の舵は切る。断われない男と謂うのでも無かった。向こうから来ても願い下げだろう。


 結局、「ううむ。」と唸ったきり静かに寝に就いた。


 気にも留めぬのどかな朝鳥の鳴き声が、覚醒した若月の脳がその日初めて処理した情報だった。どこかで鳴いて居るな、と云う簡単な認識を頭の隅に置いて直ぐ消去ると共に、今日の講義は何であったか早速記憶を辿りつつ布団を畳んだ。

 階下に降りればハキハキした伯母さんの声が若月を出迎える。卵焼きと味噌汁のやはらかな香りが鼻を和ませる。

「お早う御座います。」

 伯母さんの声に応じるように投げられた、何時も通り機械的でいて律義にも思わせる青年らしい挨拶に、彼女は愛想良く、且つてきぱき返しながら艶のある白米をよそった。

 伯母さんは若月が食卓に落ち着こうとするなり、次の家仕事に向って行った。今日は洗濯日和で気持が好いわ、と弾む声を足音と共に遠退かせる。

 サラダを口に運びながら、之と云った好き嫌いのない若月は一見無造作にぽいぽいと箸で皿の中身を片付けていった。伯母さんのご飯は美味しいと思う。実際、美味しいと思いながら食べて居る。しかし食に大層な拘りも無いので、仮に結婚して嫁が新しい飯を作ったとて、変わらぬ顔で「旨いね」と訊かれた問いに答えながら口に運ぶのだろう。…自分がそうする所迄頭で自然と意図するなきに弾き出して、イヤ変な話だ、相手も無しに。と、昨日の話に案外まだ毒されて居るのかと、一人で表情崩さずゆっくり一つ瞬きをした。

 下宿先は丁度伯母さんの家が通える範囲に在った為、大学に進むなり其処を間借りさせて貰って居る。親族の誼で家賃は免除されたものの、実家からの季節外れの歳暮は絶えない。若月の分の食費や雑費は少々多めに送られて来るから、端数は伯母さんへとの事だろう。

 一緒に住んでいる伯父さんは新聞社の幹部であり、帰りが遅かったり社への泊まり込みも屡々で余り顔を合わせない。快活でこれも伯母さんと好対照の仕事人である。

 加えて軒先に何時も留まって居る小鳥迄含めてなんとなしに此の家の住人の様だ、と若月は思って居る。柿の木のある所為か、大きな木陰を求めては引切り無しに集団やら二三の団体らが入替り飛代り。子供の居ない伯母さんの家は二人して動き甲斐があると喜んで若月をひとり受け入れて呉れた。

 二階へ戻るなり鞄の支度を整えながら今日は丸善に寄って往こうかと早々帰路の臨時変更に頭を悠々泳がせて居た。


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