雨嫌いの少女
よろしくお願いしました(?)
朝。外はどんよりとした雨模様で、わたしは辟易する。
「今日も、か……」
別に珍しくはない。と言うのも今は六月、梅雨の季節だ。つい二週間前に梅雨入りのニュースがあり、その辺からずっと雨が降っている。あれから晴れたのなんて一日か二日だけだ。
しばらく、濡れたガラスを通して空を見つめる。
「…………はぁ」溜息でガラスが曇る。
雨は嫌いだ。じめじめして気持ち悪いし、髪がはねて手入れが大変だし、外出に雨具が必要になって足手まといになるし。雨が好きな人なんて、農家の方くらいなんじゃないか。いや、降りすぎても困るのか。じゃあ好きな人なんて誰もいないじゃないか。
人間に都合の良い社会になってきているんだから、手っ取り早く天候もどうにかしてほしいものだ。それか、どうかわたしのいないところで降ってくれ。勝手に空に溜まって勝手に降るくらいなら。
しかしわたしがここでどうこう言っても、いまこの天気が変わることなんてない。わたしには祈ったことが現実になる強運も、この雨雲を吹き飛ばす超能力もないのだ。
仕方ないから、登校の準備をしよう。そう踵を返すと、寝間着を脱いで制服に着替える。……雨の日はなんだか色々と面倒くさくなるので、今こうやって制服に着替えることすら面倒に思えてきた。
しかしわたしがここでどうこう以下略なので、ダラダラしながらもなんとか着替え終わることができた。
「あぁ〜……ダルい。めんどい」
ドスンと勢いよくベッドに腰掛け、スプリングで身体が跳ねる。このダルさはもう体調不良として扱ってもいいんじゃないだろうか。
そうだ、今日は仮病で──いや、それを言ってしまえば梅雨の時期はほとんど休むことになってしまう。それに加え雨は梅雨とは関係なく降る。となると、それが積み重なって、出席日数が足りなくなってしまうかもしれない。
結果、留年……なんてことにならないように、たとえ今日みたいな日でも学校には行かなくてはいけない、のか。
だとしても、なぁ。面倒なものは面倒だ。でも学校には行かないといけないし。うーん……悩ましい。
壁掛け時計を見ると、ちょうど家を出る時間を指している。
「……サボろっかな」
結局、サボることにした。
◇
学校に着き、教室へ行くため階段を上がる。
サボるとは言ったが、別に学校へ行かないとは言っていない(屁理屈かな)。出席日数が減るのは嫌だからせめて朝礼まで教室にいて、その後は担任に「体調不良です」とか何か言って保健室でやり過ごすのだ。
でも流石に長時間サボるのは怪しいまれるし気が引けるので、せめて長くても二時間目の授業が終わるまでにする。休憩時間くらいには戻ろうか。
これに対し「どうせ戻るのなら学校行かなきゃいいじゃん」という人もいるだろうが、こういうのは『サボりたい』という己の欲求とその背徳感に意味があるのだ。わたし、悪い子。
そのためにも、まずは空気作りだ。わたしが体調不良であることを回りに知らしめ、サボることが悟られないように空気作りをするんだ。
「おはよー」
今後の方針を決め階段を上がり終わったところで、同じクラスかつ小学生から馴染みのあるよしこが後ろから声をかけてきた。よし、作戦通りに行こう。そんなもの立ててないけど。
わたしは振り返るといかにも調子の悪いような声音で、
「ああ……おはよ」
「おお、何、いつもより元気ないね」
よし、いい流れだ。
「うん、ちょっと今日体調悪くて」
「あー、今日雨だからね、昔からそうだし、しょうがないね」
よしこはうんうんと頷く。
「んま、雨だからって『体調が悪いです〜』なんて言ってサボんなさんなよ?」
……えっ? バレてる? 焦っちゃうぞ、わたし。
そう、よしこは雰囲気こそ軽くて接しやすいが、その身とても真面目でお節介だ。あれは確か小学生の夏休み、わたしは残り二週間になっても課題に手を付けずに遊び呆けていた。この時からわたしは不真面目気味であった。
そして終わってないことが分かると直ぐにわたしを捕えて、課題が終わるまで毎日ずっと監視してきたのだ。それも、わたしの家に泊まってまで。あの課題漬けの日々は辛かったが、同時に楽しくもあったなぁ。
って、そんな感慨にふけってる場合ではない。よしこは今、わたしが「授業をサボるかもしれない」と勘繰っている。その事実がよしこの中で確定すれば無理やり授業に出されるし、できなくても先生にチクるか何か行動を起こすだろう。
一体どうやってその予想にたどり着いたかは定かでは……いや、きっと長年の付き合いからなんだろうけど、とにかく誤魔化さねば。動揺しながらも、なんとか言葉を捻り出す。
「いや、今日はホントに体調悪くて。ね、熱もあるしさ、うん」
「そうなの」よしこは何やらリュックを漁り始める。
そして取りだしたのが──
「はいコレ。熱測って」
──体温計だった。
えっ、何であるの? 女子高生ってそういうの普通に持ってるの? それが女子力なの? わたしも女子のつもりだけどそんなの持ってないよ。それともわたしが仮病かどうかを判別する為に持ってるの? なんでわたしは仮病が前提なの? 前例はあるけど酷くない?
……一旦落ち着こう。
実はわたしも念の為と測ってきたが、とても平熱だった。いつもの三十六度中盤で、ダルいこと以外とても健康体だ。
な、何か別の言い訳を考えなければ。我ながら悪いことをしているなぁ。
「あー、ほら、お腹の調子も悪くて……」
「はい、胃腸薬飲んで」
「あ、頭が頭痛で痛くて……ん?」
「頭痛薬あるよ」
「あー咳が、ゴホッゴホ」
「はい咳止めの薬」
「鼻が詰まってて……」
「はい鼻詰まりの薬」
「二日酔いで……」
「はい『〇じみ習慣』」
「腰が……」
「湿布貼るよ」
「なんであるの!?」
次々と物が溢れてくるリュックに、さすがに驚きを隠せなかった。たしかに昔から準備がいいなぁと思ってはいたが、まさかここまでとは思わなんだってやつだ。
「いや」よしこはさも当然と言わんばかりに、「もしかしたらって時にさ」
「えぇ……意味ねぇー」
「あるとかないとか、その時にならないと分からないでしょ」
少なくとも『〇じみ習慣』はいらないだろうよ。
内心で反論を述べている私を他所に、よしこは出した物を直しながら呆れたように溜息をつく。
「どうせ仮病なんでしょ。授業はちゃんと出ること、いい?」
「け、仮病じゃないし」
「何か言った?」
「ごめんなさい、お母さん」
「誰がお母さんよ」
軽いチョップを受ける。本人はそう言っても、そのお節介焼きと準備の良さはもう『お母さん』と呼んでも過言ではないだろう。実際、家事も手際が良いし。
しかし、今その『お母さん』であるよしこにバレた以上、これでもうサボることはできない。世のお母さんは子どもの間違いを許さないのだから。
ちくしょう、最初によしこに会ったのが敗因だったか。なんて悪態をつく。
予定していたことが崩れ去ったことで、結局いつも通り授業に出なければならなくなった。ただでさえ雨が降っているのに、こんなことになるなんて。考えていると次第に憂鬱になり、今度はわたしが溜息をついた。
◇
企てた小さな計画が潰れて、全ての授業を受け終わった放課後。机にうつ伏せているわたしの顔を傍から見られたら、百人が百人「顔が死んでる」と言うだろう。今朝からのダルさのせいで、普段から面倒くさくて嫌気がさす授業も、拍車がかかり更に面倒くさかった。
雨が入ってくるからと窓を閉め切った室内は湿気過多極まりなく、肌にカビが生えていくかのような感覚に苛まれる。このままほんの僅かも動かずにいたら、本当にカビが生えてくるのではないのだろうか。
ダメだ、それは避けなければ。こんなズボラなわたしだって一応、綺麗好きの端くれだ。うつ伏せたまま鞄を持つと立ち上がり、そこでようやく教室全体を見回した。
私の席は廊下側の後ろから二番目。後ろからプリントを集めなくても良いし、すぐに教室から出られる位置だ。そして、暇潰しに教室のほぼ全体を観察できる位置でもある。
室内には私以外のもう一人、男子生徒が窓際一番端の席にいた。その男子生徒は頬杖をついて、どうやら外の景色を眺めている。
あの席は確か……朝霧、だったか。あまり話したことはないけど去年クラスが一緒だったので、苗字だけは覚えていた。
黙って静かに出るのも気が引けたのでせめて声をかけてからに出ようと、わたしは朝霧の席に近づき「ねぇ」と話しかけた。朝霧が頬杖を解き、わたしを見上げる。
「わたし帰るから、戸締まりしといてね」
「あぁ」首肯し、「分かった」
ふと、朝霧ってこんなに声低かったっけな、と感じた。わたしの記憶にある数少ない会話の中でも、こんなに声は低くはなかった。会話でなくとも、脳天気な声がよく聞こえていた。
となると、今は元気がないのかな。心無しか、記憶に残る顔よりも覇気がない気がするし。体調が悪いなら保健室で休めばよかったのに、なんて、仮病でサボろうとしたわたしが思ってみる。
しかし災難だな、体調の悪い中この雨降りに帰るんだから。まぁそんなものわたしには関係ないので、朝霧を横目に踵を返し帰ろうとする。
そして、一歩を踏み出そうとして──
「なぁ」後ろから、声をかけられた。
この場にはわたしと朝霧しかいないので、朝霧の声だとしたら指しているのはわたしだろう。繋がりの薄いわたしに何の用だと、渋りながら振り向く。
朝霧は頬杖をついてはいないものの、また窓の外を見つめていた。話しかけたのならこっちくらい見ろ。そう文句を言ってやりたかったが、ここは我慢する。
そのまま、少し待つ。私の耳には、小さなノイズしか届かない。
待つ。
待つ。
……待つ。
……数十秒経ったろうか。一向に続きを言わない朝霧に、痺れを切らしてわたしから口を開く。
「……何」
少し不機嫌そうな声音で促せば、それを待っていたのか朝霧はポツリと呟くように尋ねてきた。
「君さ、雨、嫌い?」
君て。年頃かつ同い年の相手に、君て。年上ぶってんねぇ。それともわたしの名前が分からないのか、去年も同じクラスだったのに。
そんな呆気や憤慨は顔に出さず、答える。
「嫌いだけど、それがどうしたの」
「いやさ」朝霧はこちらを向くと微笑み、「いつも気だるそうだなって」
「はぁ……そう」
いきなり何なんだ、本当に。こちらの時間も考えないで。やることないけど。
年頃の男子という生き物の考えは、わたしには理解できない。基本的にいつもお子ちゃまみたいな言動や低俗な会話で盛り上がっているし、かわいい女子限定を大抵下品な目で見ているし。そのくせ話しかけると凄くキョドるし。本当に何なんだって思う。
その中でも、朝霧は群を抜いて理解できない。会話をするとたまに支離滅裂な回答が返ってくるし言動もバカっぽくて、かと思えばどこか達観しているかのような、大人びているような表情をチラッと見たこともある。変なヤツだなぁという印象を抱いたのを覚えている。
今こうやって対峙して、改めてそう思うよ。
というか、今サラッと「いつも」って言わなかった? えっ、いつも見てんの? 怖いよ。名前分かっていないのに、そういうところは見てるんだね。わたしの中に恐怖心が芽生えていくのを感じた。
そんなことは勿論露知らず、朝霧は「俺もなんだよねぇ」と再度頬杖をつく。今度は前を向いていた。頬杖、好きなんだな。
「んじゃさ、晴れ、好き?」
朝霧はそのまま上目遣いで、またもや意味不明で不毛な質問をしてきた。もうこの際だ。雨の中帰るのも面倒なので、止むことを祈って付き合ってやろう。
「別に、どっちでもないけど」
「ふぅん。好きか嫌いか、だったら?」
「どっちでもない」
「話聞いてるかな」
朝霧は肩を揺らして笑う。その顔は、子供みたいに純粋だ。
「でも、そっか。どっちでもないのか」
「……朝霧は」
「ん?」
「朝霧は、どっちがいいの」
質問されても結局意味が分からない腹いせに、今度はわたしから質問をする。わたしがやっても意味はないのに。
朝霧の返事は早かった。
「俺は、晴れが好き」
……聞いてみたはいいものの、心底どうでもいい。そうとしか感じられず、少し後悔した。
「それじゃあ、雨はどうなの」
それでも続けようと思ったのは、わたしの暇潰しなのか。それとも、理解できないことがどこか癪で、理解しようとしたからなのか。
なんて考えてみるが多分、前者だ。
「んー」朝霧は空を見つめ、「どっちでも、ないかなぁ」
なんだそれ、わたしと一緒か。
すると朝霧はこちらを見上げると声のトーンを少し上げ、
「なんか、気ぃ合うね」
「いやいやどこが」
わたしは「ないない」と手を横に振る。
「ほら、君は雨が嫌いで、俺は晴れが好きじゃん」
「でもどっちでもないんでしょ」
「そうなんだけどさ……うーん」
朝霧は唸り、頭を抱える。
朝霧の言わんとすることは、なんとなく分かる。つまるところ『敵の敵は味方』理論だ。
確かにさっき「どちらでもない」とは言ったものの、晴れは嫌いではない。実際は普通以上好き以下だ。朝霧もそんな感じなのかな。
だからといって、わたしは気が合うなんて思わないが。敵の敵は第三勢力の可能性だってある。それにもし仮に、朝霧の晴れ好きの理由が作文用紙五枚分もの量あったとしても、晴れが好きでもなんでもないわたしは、それらを理解できない。朝霧も雨はどちらでもないのだから、逆もまた然りのハズだ。
雨が嫌い、晴れが好き。その程度で、気が合うかどうかは推し量れない。
「んー……君の言うことは分かるけどさ」
朝霧は頭を抱えていた手を解く。
「ほら、雨が嫌いってことは、晴れていれば気分が上がるってワケじゃん」
「別に」
「そういうことじゃなくて。晴れてなきゃ、良いことがあっても気分が上がらないワケじゃん」
まぁ、それは言えなくもない。ケーキを食べても友達と遊んでいても、雨が降っていたらいい気分にもなりにくい。
わたしは首肯する。
「ほらね」
「雨降ってたら気分上がらないの、朝霧は」
「そうだなぁ。雨別に嫌いではないんだけど、気分が上がることはないね」
「ふぅん」
なるほど。朝霧の話を聞いて、腑に落ちた。
雨でなければ、晴れていれば、良い気分になる。そう捉えれば、うん、気が合うのかもしれない。
まぁ、それはそれというだけで、わたしと朝霧が気が合うことはないが。
視線を上げればいつの間にか雨は上がっていて、雲の隙間から陽が差し込んでいた。
「雨止んだね」
朝霧も外を見て、呟く。わたしはその姿を視界に入れつつ踵を返し、
「じゃ、戸締まりよろしく」
「おっけー」
顔は窓に向けたまま、朝霧は人差し指と親指で丸を作りわたしに見せる。そのくらいこっちを見て言え。
寄った眉と睨むような目が相まって、今のわたしの顔はきっと鬼の形相だろうけど、そっぽを向いた朝霧には見えない。わたしは「はぁ」と溜息をつくと、再度別れの言葉を告げて教室を出た。
そのままの足取りで昇降口に着く。靴を履き替えて外に出れば、雨上がりの空がわたしを迎えてくれた。濡れたアスファルトが陽を反射して、その眩しさに思わず手をかざす。
そしてわたしは歩き出す。
雨は嫌いだけど、雨上がりは好きかも。なんて考えると、体が軽くなった。
こうして何の設計書もなしに書いてみると、文も流れもメチャクチャな気がします。今回はそれを知る良いきっかけとして残しましょう。
誤字・脱字、文章のおかしな点・矛盾点、「この描写どないやねん」等、気になること又は感想があれば、なんでも書いていただけたらと思います。
多分来ないですけど(予言)。
追記:予言外しました。嬉しいです(?)