アマンダさんこんにちは
精神的なお話しであります。理解できない可能性が高いです。したくもないような不思議な方の頭です(笑)それでもよろしければ、暇つぶしにどうぞご覧あれ
「アマンダさんこんにちは」
私が朝一番にいうセリフである。
近所で有名人だと把握している私は、いつもアマンダさんに挨拶する。
なぜ、
「おはよう」でなく
「こんにちは」なのか?それは誰にもわからない。
ただ、私はいつでも
「こんにちは」だ。
朝一番に
「こんにちは」ということを躊躇ってはいけないと思う。私は頑張っていうし、そうでなくても
「こんにちは」だ。
ただ、私が疑問に思うのはアマンダさんなる人物が存在しないということだ。
それでも純粋な私の感性が
「アマンダさんこんにちは」と言わせるのである。誰にもとめられやしないし、とめようとも思わないだろう私の至高の発言を他人様からみて特別であるらしい。
私からみたら、アマンダさんに挨拶しないほうが不思議だ。
アマンダさんは人間を養う糧で、私を私として成り立たせている唯一の存在である。具体的にはアマンダさんは私の血液であるといってもいい。
そんな客観的なアマンダさんに無視ができるのは狂人かアフロの方のみであるし、それは社会では到底通用するに値しないキ印ではないかと確信している。
さて、アマンダさんについてわかりやすく詳しく説明したところで、私という人間がだいたい分かったと思うが、実は私はその逆である。
私はあなたが思うような人間では決してないのである。それはアマンダさんに聞けば理解できることだが、アマンダさんはもともとお話しはできない。だから、アマンダさんとお話ししたいならば自分とお話しする勇気が必要である。それがあなたにできるかどうかで、未来は大きく飛躍することでしょう。
私はアマンダさんについてのお話しをこうしてあなたに熱心に言っていますが、あなたの耳がきくみみがあるかないかでアマンダさんが肩を叩くか、顔を殴るか、アマンダキックをされるか、千差万別であります。
アマンダさんはこわいですよ。
さてきょうはこれくらいにしておきますか、明日はクロビアさんのお弁当の中身を一生懸命考えましょう
そういって私は家庭教師としての役目を果たし家に帰った。
玄関をあけるとアマンダさんがたっていて私にお礼申し上げた。
私は
「いいですよ。あなたがアマンダである限り、私があなたにこんにちはを言わねばならぬだけなのですから・・・」と申し上げ、つづけて
「アマンダさんこんにちは」と挨拶をした。
そうなのだ。アマンダさんは実にユニークな可愛い方であるのだ。それがアマンダさんの魅力を引き立て私に挨拶いがいの言動を言わせてしまうのだ。
そんな自分の心の醜さに呆れ、本来の発言をしなければ救われないぞ!と軌道修正に成功した。
アマンダさんは意地悪だ。昨日は猫になって私を驚かせた。私は、最初ゴキブリかなにかだと思い
「うわあ!!!」と叫んだが、それが猫の手だと理解した時アマンダさんだとわかった。たまに、アマンダさんは動物になって私を驚かせる。
意地悪だ。
冷蔵庫をあけると、アマンダさんがいたこともある。そんなときでも私は
「こんにちは」と言うし、その行為によってアマンダさんの愛を感じる。純粋なものなのだアマンダなるものは。
アマンダさんこんにちは
昨日もいったし明日もいうだろう
アマンダさんこんにちは
アマンダさんには理解できない言葉なのに、私は言わねばならないのだ
アマンダさんこんにちは
アマンダさんは今日もわたしの血液となります
「アマンダさんこんにちは」をかくきっかけはとくにないのですが、たまたまアマンダさんという単語が僕の頭の中ででたので次は「こんにちは」でした。挨拶をしなくてはアマンダさんに失礼ですからね(笑)




