1章『日常から非日常へ』
バスに揺られながら、俺は外を眺めている。
通学の為に使っているこのバスは、乗客全員が学生だ。一般の乗客が居ないのは、これが学校専用の送迎バスだからである。それでも、乗っている人数は40人位だろうか。それぞれが回りと談笑している中、自分を中心に席が空いてる。
友達が居ないとか、ボッチなだけなら、こんな事にはならない。
――アイツだろ? 父親が殺人犯で……
――報道陣だかに掴み掛かったんだろ?
――何で平気な顔してんだよ。
周りから聞こえてくる声にウンザリしながら、外の景色を眺め続ける。確かに全部本当だ。
2ヶ月前、3月の始め、高校入学を控えた俺の父親は、人を刺したらしい。通行人を無差別に襲った挙句、最後は自分の首を刺して自殺。死傷者は10人を越えているらしい。他人事みたいに語ってるのは、俺自身がその男を父親と思ってないからだ。
母親と幼い俺を置いて蒸発した奴を、親父だなんて思えるわけ無いだろ。
それからすぐ、息子である俺の元へ、テレビ局が殺到した。
まるで、新しい玩具でも見つけたみたいに。こっちを苛立たせるような質問を繰り返してくる。亡くなった母親までネタにした所で、俺は報道陣の胸倉を掴んでいた。それが全国放送されてこの通りという訳だ。
よく入学が取り消されなかったと思う。どうやら、俺が入学する私立高校は、入学金が馬鹿高いが、どんな奴でも入学できるような場所らしい。全寮制でもあるから、親類も俺を厄介払いしたかったんだろう。
そういった事情が重なって、寮から出ている送迎バスで、今朝も高校へと向かっている。憂鬱な時間を過ごしながら。そろそろ見慣れてきた通学の風景を見ていると。
「うわあああああああ!!」
前の方から叫び声が上がる。運転手の悲鳴に驚いた周りの生徒達。俺も肩を跳ね上げて前を向いた瞬間――司会が横になった。
次の瞬間には衝撃と、頭部への痛みで意識は途切れた。
「――ぁ……いっ、でぇ」
視界は真っ暗。意識だけが戻った俺は、搾り出すように声を出す。目を開ける前に意識が戻っただけのようで、霞んではいるが視界が戻ってくる。けどおかしなことに、視界の左半分は真っ赤に染まっている。それもそのはずだ。妙に頭が痛いと思って左手で触ってみればべっとりと掌に血が付いている。目に血が入ったんだろう。
「交通事故……?」
俺の目の前には、横転したバスがある。事故の影響で外に放り出されたのだろうか。ガラスでも突き破った? 意識を失う前に覚えている状況で考えられるのはソレだけだ。けど、頭が現状を理解しようとしない。いや――理解できない。出来るわけが無い。
「何で、夜……ていうか、森の中……?」
朝、俺はバスで通学してたはず。市街地を通っていて、森なんて無かった。
「誰か……そうだ、人ッ!!」
周りに人が見当たらない。ふらふらとしながら横転したバスへと近寄るが、この体じゃよじ登って窓をのぞく事も、ドアへと近寄ることも出来ない。
「誰か、誰か居ませんか!!」
返事は無い。横ではなく、正面に向かえば中の様子は見れそうだ。車体に手を付きながら前方へと回ってみると、人が見当たらない。ただ――人だった物体が見えたんだ。
「――うっぷ」
胃液が逆流して、溜まらずソレを吐き出す。まとに頭が回らない状態で。後ろから何かが迫ってくる気がした。落ち葉に隠れた土を力強く蹴り進む。
振り返った先に見えたものは、この暗闇でもはっきりと分かる赤い瞳と、茶色の毛並みの犬。口から涎が溢れていて、見間違いなのか、俺と大して変わらないような大型犬。その瞳が黒髪短髪の男を――俺、鈴鳴蓮を見つめ飛びつく。大口を開けてだ。
とっさに左腕で顔を守るように翳す。その腕へと犬歯が突き刺さり。そのままタックルでフロントガラスを突き破り、車内へと押し倒される俺。背中に刺さるガラス片の痛みよりも。
「っがぁあああああああ!?」
左腕に深く食い込む牙の痛みが上回る。そのまま首を振りまわし、そのたびに腕から血が溢れる。痛い!! 痛い!! 痛い!! パニックになりながら、犬の顔面を右腕で殴りつける。が、まったく効いてる様子が無い。そこまで貧弱な体じゃないぞ俺!?
体格は一般的だと思うし。身長だって16歳の割りには173cmとあった方だと思う。手加減無しで全力の殴りを入れてもまったく効いてないと来た。このままじゃ腕が引きちぎられる!!
とっさに右手でガラス片を掴む。もちろん右手が切れてしまうが、お構いなしに顔面へと突き刺す。
「ギャンッ!!」
とっさに突き刺したそれは、犬の右目に刺さったようで、左腕から口を離して地べたを転がりまわる。今だ。急いで逃げないとっ!!
ここにある物と、同じ末路を辿ってしまう。死にたくない。その一心で、俺は森の中へと走りだした。