悪神
昔、神は人であった。
人は神であった。
時代が下るにつれて、神は神となり、人は人となった。
人は神に仕えるために在り、神は人のために在った。
だが、いつしか人は神を忘れ、神は人との縁を切った。
打ち捨てられた神殿は、すでにその意味を失っていた。
それでも石造りであったがために、その荘厳な雰囲気を残しつつ、少しずつ朽ちていた。
それゆえ、誰も近寄らずに会うことができるため、近所に住む子供らの格好の遊び場となっていた。
近くにどの建物よりも大きいものがある一方で、親からは入るなと言われている。
それを気にする子は、おそらくはいない。
「ねえ、今日は何して遊ぶ?」
女の子が言う。
円陣のように丸くなって、5人の子供が一緒に遊ぶようだ。
「どうすっかなぁ。なんでもいいんだけどな」
一人の子供が言った。
「じゃあ、遊ぼうか」
そう言ったのは、建物の中から聞こえた。
「誰かいる?」
誰かが話す。
「僕だよ」
それは、同じくらいの背丈の男の子だった。
「君は誰だ」
思わず一人が尋ねる。
「ここに住んでるんだよ、ずっとずっと前からね」
「うそだ、ここに誰かいるって話、聞いたことないぞ」
「でも、住んでるんだから。本当にね」
「今日は何して遊ぼうって?」
女の子が話す。
「それよりも、建物に入らない?たまにはさ」
ずっと見ていることを示唆するように、その子は聞いた。
「どうする?」
女の子が恐る恐る周りを見る。
「行くか、外で遊ぶのも楽しいけどさ。たまには中で遊ぶのもいいかもな」
その時、その子がニヤッとしたのを、誰も気に留めなかった。
建物の中は、たしかに生活をしているような様子だった。
菓子袋が散らばっていたり、少し前に販売されはじめたゲーム機があるようなものだ。
しばらく部屋で遊び、そろそろ帰ろうとしたとき、入ってきたドアが開かないことにようやく気付いた。
「あれ?」
ガタ、ガタガタと力強く引いても、動く気配がない。
「開かないかい」
それが当然というように、その子が話し出す。
「当然だね、結界の中へと、自分の意思で、入ってきたのだから。出られないように、我を閉じ込めたこの結界へとね」
「君は、本当は誰?」
「我は、禍津神。禍を司る神である」
みると、そこにあったはずのお菓子類は全て消えていた。
天井こそあるものの、そこここで雨漏りが見える。
「神っていっても、子供じゃないか」
「ホンに子供とお思いか」
タンと右足で地面をたたく。
とたんに、軽い揺れとともに、地震が襲った。
「ほれ、もう一回」
今度は左足で地震を起こす。
「次はコレじゃ」
両手をこすり合わせると、外で火が起こるのが見える。
「君はどうしてこんなことするの」
女の子はもう泣きそうだ。
「それが我の本分であるから。我は禍を司っておる。それをするのは当然のこと」
「俺たちを閉じ込めて、どうするつもりだ」
「おお、それはある意味偶発的な事故。ということも言えような。だが、ここに来たからには、少しばかり力を貸してもらいたい」
この子らは子供である。
それは、神に近いということを意味する。
7歳までは神のうち、という言葉通り、その前後までは神と人の境界線の上にいる存在だ。
この子らがそうであるように、すなわち、神の力となりやすい存在ということである。
「どんな力」
「簡単さ。この結界を超えるためには、君らの体に入らないといけない」
「ダメだよ、こんなことをするような悪い神様には、僕らの体を渡すわけにはいかないよ」
一番小さな男の子が、言ってくる。
「じゃあ、しょうがないなぁ」
禍津神はそういって、自身を5つの影に分けた。
そして、有無を言わさずに、子供らの蔭へとはいる。
「歩け、進め、そして叫べ、『我は、この世に災厄を齎す者』」
我は……と唱えつつ、神社の建物から出ていく。
一人、二人、三人、とでて、そしてとうとう5人目が結界を超えた。
「我は禍津神、いま、この世に再び顕現せり」
それぞれの子供らの蔭から再び集まり、一人の少年の風体をとった。
これが抽象的な姿だということはすでに、5人は分かっている。
「君らにもこの力は使えかねない。が、きっとそれはそれでいいと、我は考えている。災厄を振りまくのが本分であるかにして、我の代わりに災厄が振りまかれるのは、おそらく見ていて愉しいことであろうからな」
では、去らば。と禍津神が言葉を発すると、その場から瞬間で消えた。
残された5人は、このことを誰にも話さないという、強い強い約束をして、それから二度とこの元神社へと戻ることはなかった。




