鏡の向こう側
僕が利き手の右手を挙げると、君は利き手の左手を挙げる。
僕が反対側の左手を挙げると、君は反対側の右手を挙げる。
いつもと同じ。君は僕の真似をする癖に、君の利き手と僕の利き手は正反対。
「いつもと同じで安心したよ」
独り言を呟く僕と、口の形だけを真似する君。いや、僕には君の声が聞こえないだけで、実際は喋っているのかもしれない。
「君も、同じ事を思ってるのかな?」
僕の質問に、君は答えない。
君の質問に、僕は答えない。
君の声は届かない。
僕の声は届かない。
「……当たり前だよね。君は鏡だもん」
鏡の前に立つ自分と、鏡に映る自分。
自分と全く同じ姿。自分と全く同じ動き。だけど、利き手だけは違う君。
「鏡の向こう側……」
側に置いたデジタル時計をチラリと見る。
[23:57:39]
秒単位まで正確に表示する、非常に正確な電波時計。
[06:00:00]にアラームがセットされており、約6時間後に本来の持ち主である親を起こすため、機能はデジタルでありながら、アナログな音で持ち主を起こすのだろう。
「あと少し……」
僕の目的である時間は[00:00:00]。全ての数字がリセットされ、新たな1日の時間を刻みはじめる。
自然と高鳴る胸を抑え、視線で穴が開く程に時計を見つめる。
[23:58:26]
[23:58:27]
[23:58:28]
1秒。また1秒。カチカチと音が鳴る事もなく、時を刻む。
「なにやってんだろう……」
ふと、我に返る。
明日も学校がある。いつもの[07:30]にセットしたスマホのアラームで起きれない自分が、夜中の0時まで起きていて、何をやっているのだろう。
「明日あいつらに文句言ってやろう」
こんな馬鹿げた都市伝説を語る親友と、悪ノリが大好きな悪友と、怖い話が苦手なのにグループに入ってくる幼馴染。
……いや、幼馴染は悪くないな。逆に「怖くて夜眠れなかった!」とキレそうだ。
[23:59:46]
明日起こるであろう光景を思い浮かべていると、その時間が目前までやって来ていた。
その時計を視界の隅に入れながら、目の前に立つ君を見る。
僕と同じ様に緊張した顔の君。
僕と同じ様に自然とまばたきが多くなる君。
僕と同じ様に呼吸が荒くなる君。
[23:59:58]
[23:59:59]
「えいや!!」
自分なりに気合いを入れた掛け声と共に、両手を鏡に触れる。
……冷たく、そして硬い感触。
鏡に飲み込まれることもなく、何か別の物に触れる感触もない。
いつの間にか閉じていた目を開き、側に置いたデジタル時計を確認する。
[00:00:57]
時間がおかしくなる事もない。時計も置いた場所に確かにある。
ぐるりと周りを確認するが、何もおかしい所は見当たらない。
「やっぱり都市伝説か……『鏡の向こう側』なんて」
日付が変わる0時丁度に鏡に触れると、鏡の世界に引きずり込まれる。
なんて、作り話にしか思えない都市伝説。せっかくだから皆で試す事になったが、結果はご覧の有り様。誰かが作った妄想話。
「ちょっと残念な気持ちもするけどね……」
まぁ、少し楽しめたから良しとする。
「君も、同じ事を思ってるのかな?」
鏡に映る僕に話しかける。しかし、当然答えは返ってこない。
僕と同じ顔の君。
僕と同じ動きをする君。
だけど、利き手だけは違う君。
僕が利き手の左手を挙げると、君は利き手の右手を挙げる。
僕が反対側の右手を挙げると、君は反対側の左手を挙げる。
いつもと同じ。君は僕の真似をする癖に、君の利き手と僕の利き手は正反対。
「いつもと同じで安心したよ」